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第八章

鬼神現る

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 一方、農園ではザッカーニャたちが大暴れしていた。

 いや、嘘である。残念ながら大暴れ、というのは間違っている。

 なんてことはない。奥方を人質にして、白人どもを拘束すれば良かったのだから。奴隷の方が数が多い大型農場なので、容易であった。

「あ、あたくしにこんなことして、ただで済むと思っているの?」

 全裸のまま連れ回されている奥方は、屈辱で顔が真っ赤だ。

「あそこから、汁滴らせて何言っている。お前、悦んでるダロ」
「ザッカーニャ、私に復讐させてくだしゃい」

 チンゲーニャが鞭を構えて近づいてくる。

「私すごく痛かった。ちょっと痛すぎましゅた」
「あ?」

 奥方がじろりと睨む。あ、やっぱり怖い。チンゲーニャがすごすご引き下がる。

「チンゲーニャ、鳩を。伝書を頼む」

 部族語で命じた。彼の目線の先には、煙が上がっている。

「砦を攻撃しているな。俺たちもやることをやるぞ。ここを元から居た奴隷たちに任せて、半分は次の農園に行く」

  そこにも仲間が潜入しているはず。そして、ホワイトイーグルが運んできた情報によると、マッチラとかいう部族が、中部に進出している砦を襲うことになっているらしい。

 ならば、やることは一つ。河を渡り、彼らに加勢する。

 しかし、そこにグロ族が潜伏していることをザッカーニャは知らなかった。



※ ※ ※ ※ ※



 危ないっ!

 頭を引っ込めて拳をやり過ごす。ガチ族は確かに武器など要らない。剛力が普通の人間の比ではない。おまけに──。

 ミンチの肩を何かが貫いた。苦痛のうめき声をあげる。

「ミンチッ」

 ポークが叫びながら、自分にも飛んできた小さな骨の塊をチャクラムで迎え撃った。キンと小さな欠片を弾く。

 ガチ族め、武器を使っているではないか。しかも、その体格からはズレているほど小さな骨の飛び道具。

 ポークは舌打ちする。



「地上は決着がつきそうだ」

 ラムが要塞の階段から駆け下りてきて言う。その後ろから銃を持った兵士たちがやってくる。

 皆ネイビーか濃緑色の軍服だ。味方である。

「ションベン臭い小娘と、青い虎が大活躍だ。遺体も残りそうにない……地下は劣勢か?」

 からかうような母親ラムの言葉に、ミンチはムッとする。

「ミンチは最強の戦士だ。加勢など要らない」

 その横を、再び白い小さな物体が飛んでくる。ミンチは指で挟んで止めた。三角形に削られた滑らかな骨。喰らうどころか、その屍まで辱めるなんて許せない。

 その時、ポークがピクッと顔を上げた。

 いや、パッチラ全員が、何か物音を聞いた野生動物のように動きを止め、周囲の気配を窺う。

 地下の奥からだ。列柱の並ぶ狭い通路を通って、何かが近づいてくる気配がした。

 ランプの灯りも届かない、闇の向こう。ヒタヒタと裸足の足音が反響する。それとともに近づく、モアッというおどろおどろしい黒い空気が、肉眼で見えそうなほどだ。

 一瞬で、その場の者たちが静まり、ガチ族戦士含めた全員がそちらを見た。

 襲撃に参加したアカリア人たちも、故郷では戦闘系の民族だった者たちだ。それなりに気配には敏感であるようだった。

 パッチラの女戦士など、何人かが腰を抜かしたように座り込んだ。それほど、邪悪な空気が押し寄せたのだ。

 耐えられないほどの、禍々しい気。

 やがて全員が注目する中現れたのは、骸骨ネックレスを何重にも重ねたガチ族の戦士。頭に骨を組んだ冠を被っている。

「族長」
「長よ」
「鬼神がお目覚めだ」

 ガチ族の戦士たちが戦いの途中であるにも関わらず、次々にその場に膝をつく。硬直していたアカリア人たちも、圧力を受けたかのように下がった。

 彼はガチ族にしては、それほど大柄では無かった。まだ若く、他の戦士のように髭も生えていない。その代わり、豊かな黒々とした髪の毛が、腰まで届いていた。

 驚いたのは、白目しかないところだ。

(見えているのか?)

 ミンチとラムが顔を見合わせる。一方で、ポークは震えて呟いた。

「やばいぞ」

 ロウコは冷や汗を拭った。なぜか、ランギョクを思い出した。蘇った後の、別のモノが入ったランギョクと、メイルンとかいう巫女。

 ポークが言った。

「あやつ、もはや人ではない」

 死肉を喰らいすぎたか。人の理を超えた存在。

「ハ ラ ヘ ッ タ」

 長と呼ばれたガチ族の男は、大きく歯を剥いた。ギザギザしたそれを、その場に居た全員が畏怖を持って見つめた。


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