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第五章
純血種の力
しおりを挟む意識が戻った時、静寂が辺りを包んでいた。
ミンチは足を引きずって、消え失せたセージとソーを探す。
「セージ姐、ソー姐……」
雷が落ちたかのように、石の建物を含めた一帯が黒焦げになっている。
純血種だったとして、こんな力があったのか。
だが、力を放った本人の姿が、跡形も無い。
白人も「人喰い」も、そしてソーをも巻き込んでの自爆。
あの年齢で全力を出すということは、つまり、力を使いすぎて塵になってしまうということ……なのだろうか。
自分自身の肉体と精神力を糧とする、爆発的なエネルギー。
「嫌っ、なんで、みんな……」
ミンチは崩れ落ち、手で顔を覆う。ソーは腹の子の仇を取るつもりだった。命をかけて。セージは、なぜ? だって腹の子を守らなければならないのに。
まだ燻っている屋敷の前で泣いている彼女の元へ、マッチラ族の戦士たちが満身創痍で戻ってきた。
インポウは、一目見て何があったか悟った。
イカヅチの力。
焦げ跡から、その片鱗を感じる。
「死んだか」
インポウがかすれた声を絞り出すようにして、そう呟いた。ミンチは黙って頷く。
ミンチを逃がすために、敵を巻き込んで逝ってしまった。
「純血種だったなんて、同じ部族なのに知らなかった」
「純血種とは言え、見た目が若々しくても、やはり若い頃とは違う。残念ながらな。これほどの力を放出すれば、俺だって死ぬ」
そもそもミンチには出来ない。
セージ──純血種とはかくも恐ろしい力を持つものなのか。では、祖母ポークも……。
「待望の、パッチラとの子だった……。あの女たちを孕ますことがなかなか出来なくて、やっと願いが叶ったと思ったのに」
この男でも泣くことがあるのか、とミンチは目を見開く。インポウの目元に光るものがあった。彼はそれを見られぬよう、顔を背けた。
「だが、セージとの子は、もしかしたら、死産だったのかもしれん。純血種は、育っていなかった──産まれても、まともではなかったかもしれん。セージはずっとそれを恐れていた。母親の予感めいたもので、何かに気づいていたようだった」
インポウは、先程までの傲慢さからは考えられないほど、沈んだ声で続けた。
「我々の力は、滅び行く力だ。ノーピャン族は、女子によって救われていた。マッチラだけではノーピャンの子孫は残せぬ。パッチラと決別した時、運命は決まっていた」
「マッチラだけではない」
ミンチは、奇怪な面をぎゅっと抱きしめながら答える。
パッチラもやはり、純血種より力が衰えて来ている。
ノーピャン族並みの力を継承するには、マッチラほどの種が必要だったのだ。
パッチラだけではダメだったのだ。
「でも、ノーピャン族のままでいても子が出来なくなっていた。どうしようもない。もう我々ですらも、セージのような力を持つ──女児は生まれない。精霊は我々が力を持つことを望んでいないのだ」
インポウは、苦々しく吐き捨てる。
「力が無くても、マッチラは最強だ」
精霊などくそくらえだ。イカヅチの力など要らぬ。それほど過酷な鍛錬を重ねてきた。これからもそうするつもりだ。
生まれ持った資質など関係無く、ただひたすら戦士たちを鍛えるのだ。
それを聞いて、しんみりしていたミンチが、ぷいっと膨れる。
「違う、最強はパッチラだ」
自分だって、あの力を出せるのかもしれない。やったことが無いだけで。
塵になることを恐れなければ、純血種で無くてもイカヅチの爆発を起こせるのかも……。
それに何よりも、気配を混乱させ、チャクラムを操ることは、誰よりも上手いという自負がある。
まあ、剣はちょっと苦手だけど。
「お前らなんてな、ケチョンケチョンだっ」
「やるかこのアマ」
「上等だ、インポめ」
「今名前言ったわけじゃないよな?」
再びにらみ合う二人に、マッチラの戦士の一人が警告を発した。
「長よ、本隊が来ます。……いったんここから逃げましょう」
行軍を止めるのが精一杯だった。追い返すまで至っていない。
インポウは逃げるという言葉に苛立ったが、彼らもこの惨状を見て砦の復興は諦めるかもしれない。
「……わかった」
インポウは、生き残りをかき集めるために指笛を吹いた。
手を縛られた子供たちや、女たちが木陰からそっと姿を現した。
農園の労働力として連れて行かれそうになった他部族の者たちだ。
戦闘が始まると同時に、賢明にも身を隠したのだろう。
インポウは、ほっとした。
少し余裕が生まれたのか、ミンチを見ると、その生きてきた年数を想像できないほど若々しい精悍な顔に、笑みを浮かべる。
「おまえも来い」
「なんで?」
「俺の子を産め」
「断る」
ミンチはまた面をぎゅっと抱きしめた。本当は、馬に積んだロウコの下半身の皮を抱きしめたかった。匂いを嗅ぎたかった。なぜかあの男、ほとんど体臭などしないが。
インポウはそれを見てむぅっとなる。
「おまえ、男いるのか」
ミンチはうろたえた。
「違う、パッチラは男なんて嫌いだ。だが……そいつの皮以外、欲しいと思わぬのだ」
ランギョク、と耳元で囁かれた時のショックを押し隠す。なぜか胸が痛くなって、鼻の奥がツンとした。
ちっ、とインポウはいまいましげに舌打ちした。心に決めた男がいるということではないか。
「わ、私にはまだ南部を探るという、使命がある」
何か勘違いしているようなので、ミンチは慌てて面で顔を隠しながらそう付け足した。
自分でも不思議だ。男は強ければ強いほど、征服してやりたくなるものだ。
ロウコは今までに無いほどの好敵手だが、このマッチラの男だっておそらく同じくらいの力を感じる。
本来なら襲いかかって犯りたくなるはず……。
いんぽうインポウは、いや──いっぽうインポウは疑わしげにパッチラの美しき女戦士を眺め、それからまた甲高い指笛を吹いた。
それは仲間を呼ぶときのモノと違い、ずっと高く長く続く。
バサバサっと音がして、バカでかい猛禽が彼の腕に止まる。ホワイトイーグルだ。
「ずいぶん馴れた白頭鷲だな」
翼を広げると二メートル近くある大きさである。
「お前、ノーピャン族の頃から使われていた文字を書けるか? それとも、共通語がいい?」
白人どもは先住民が文字を持たないと考えているが、じっさいは違う。部族特有の物と、わずかながら、手話のように共通の物がある。
「パッチラの文字はノーピャン族から変わってないってポークが言っていた。使えるよ」
「では、この鷲をやろう」
インポウが腕を差し出すと、その黄色い嘴がいきなりミンチのむき出しの肩に噛み付いた。
「痛っ」
なんとこの鷲、ミンチの肉を喰んでいる。血が吹き出る肩の傷を押さえ、睨みつける。
「許せ、これでお前を主人と認める。南部に行くなら、俺たちにも様子を伝えてくれ。源流まで遡れば、湖畔の森に出る。石を渡って河を渡れるからな。それ以外にも、マッチラ族と連絡を取りたい時はこれが使える。狼煙より遠くまで届くし、お前が敵だと思うやつを攻撃してくれる。便利だ。持っていけ」
こんな奴と連絡を取り合う気は無いのだが……。
相手の方はパッチラを諦めていないのだから、ここで揉めるよりはいいだろう。マッチラ複数を相手にするほどバカではない。
ミンチは凶悪な顔をした鷲を受け取った。今度は爪が腕に食い込んで眉をひそめる。慌ててなめし革を腕に巻いた。
白人どものように、ウエスティアリョコウバトを伝書に使ったほうが良さそうな気もするが。
「柔い肌だな」
嘲笑とも、欲情とも取れそうな口調で、インポウはからかった。
「お前の意志など関係ない。次は必ず股を開かせる」
そう捨て台詞を吐くと掛け声をあげ、馬の腹を蹴った。そのまま、マッチラの生き残りたちは去っていった。
その集団の背を見送るミンチ。
数がだいぶ減った。噛じられたような跡をつけている者も居て、満身創痍だ。激しい戦闘だったのだろう。伝説のマッチラがこれほど苦戦するとは……。
あちらにも「人喰い」部族の奴らが居たのだろうか。一体どれほどの人数なのだ?
彼らをどうにかしなければ、やがて森林地帯にもやってくるだろう。
人ごとではなく、洒落にならない事態に陥りそうだ。
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