31 / 57
第五章
反撃
しおりを挟むばかでかい吹き矢──大砲と言ったか──が次々に火を噴く。轟音と煙をまき散らしながら。
インポウは白人のあまりの数の多さに、辟易していた。
マッチラに数など関係無いとか言ってみたが、ごめん、あれウソだわ……。
彼は旅団という軍の単位など知らなかった。
だが、目の前に整然と並ぶ白い肌の者たちの数が、自分たちの優に十倍以上居ることは瞬時に見抜いていた。
大河沿いの砦から、こんな本格的な軍の塊が尖塔群を抜けてやってきたのだ。
目的は、白人の屋敷だけではあるまい。
そもそも中部平原にまで出張ってきて、あの砦や農園を築いた白人どもは、南部から河を渡ってきたのだろうか。
それとも、海から──河口から大河を遡ってきたのか。
赤い上着のグンタイは、南部を占拠しようとしている者たちと同じように見えるが、顔立ちは中部の青や緑のグンタイ、そしてカイタクシャどもと区別がつかなかった。
もしかすると、まったく違う場所から来た未知の白人部族かもしれない。
何であれ、マッチラの相手では無い、そう思っていた。
誤算は、白人の群れの中に、先住民が混じっていたことだ。
(どういうことだ)
インポウは顔をしかめた。
初めは奴隷にでもさせられているのかと思ったが、彼らは騎馬し、自由に戦っていた。
東部部族のように、裏切った者たちがいるのだ。
(しかも強い)
マッチラ三人を拳のみでなぎ払った大男を見て、戦慄した。なんだあれ。
血まみれになった仲間が、インポウの元に駆けつけた。
顔に歯型がついている。まるで北部のヴォルフ族──狼の血が入っていると本気で信じている──を相手にしたかのように……噛み付かれたということか。
「報告します長よ! やつら『人喰い』です。ガチ族、グロ族のどちらかは判断できません。だが額に突起がある」
インポウが目を見開く。
角の名残と言われている突起。両部族とも、幻の部族である。南部で一番恐れられていた二部族。
もちろん同じ人間を食うなんて、ウエスティアの住民の間でも精霊信仰に背く行為だ。
邪教の信徒──異端中の異端である。
南部で、彼らに襲われたという部族の話を聞かなくなって久しかった。
ここ最近は「人喰い」の噂すら聞いたことが無かった。
既に伝説となっていたほどだ。
他部族との交流が無いため、部族内での人口は増えず、存在を確認できていた頃から少数の民族であった。
疫病で死に絶えたか、共食いをしあって自滅したのだと思われていたのに。
まだこれほど生き残っていたのか。
彼らに襲われた部族は、骨までしゃぶられるという噂だ。
特に女を喰らうのが好きで、少しでも肉付きのいい女がいる部族は狙われる。
だから、南部先住民の女はそれを恐れて、スレンダーな体型を保ったと言う。
おやつをたくさん食べようとした子供には「ガチ族に狙われるぞ」と脅したりする。
(どちらの部族も、南部では『人』として扱われていない。だが、最強と言われていた部族)
人の肉を喰らうなど、あまりにえげつなくて、戦ってみたいとすら思ったことがなかったが……。
やつらは大河を越えてきた。この中部に──平原部族の縄張りに──やってきた。
インポウが拳を握り締めた。その手のひらは、濡れて湿っている。
(めったに汗などかかないマッチラが、冷や汗か)
眉をひそめて部下に指示を与えようとした時、目の前からその部下の姿が消えた。
馬ごと吹っ飛んだ仲間を見て舌打ちする。吹き矢──大砲の弾ごときにやられた。偉大なるマッチラの戦士が。
自分なら大であろうが小であろうが、白人の吹き矢が飛んでくる場所が分かる。
はっきりと弾が見えるから。
しかし、完全な力を受け継いでない多くの若い世代は、体質からして純血種とは違った。
彼らには、ノーピャン族の持っていたイカヅチの異能などほとんど無かった。
鍛錬により手に入れた技のみで戦うのだ。そう、他の狩猟戦闘系の民と大して変わりがないのである。
多数の白人とその武器と、少数とは言え南部の人食い部族。そのすべてを相手にするには、マッチラの今の戦力ではあまりに分が悪い。
ノーピャン族さえ復活できれば──パッチラに、子供を産ませることが出来れば、こんな奴ら……。
「インポウ! 煙が」
別の仲間が背後を指差す。
狼煙、では無い。もっと大きい。インポウたちが仮住まいにしていた白人の農園がある方角だ。
インポウが愕然とする。
「くそっ、裏をかかれた」
いや、陽動というより、この本隊は焼かれた砦の再生のために出動していただけ。それとは別動体が探していたのだ。マッチラという手に負えない部族を抹殺するために。
「引けっ、屋敷に戻るぞ」
インポウの顔は蒼白だった。
あの場所には、滅び行くマッチラを救う希望──パッチラの女戦士たちがいる。
しかも、孕んでいるのだ。
※ ※ ※ ※
美しい模様の描かれた壁にソーが叩きつけられたのを見て、ミンチは危うく悲鳴をあげそうになった。
それを呑み込んだのは、呻きながらも彼女がすぐに立ち上がったからだ。
そうだ、我々はパッチラ戦士。倒れても、何度でも立ち上がる。
屋敷の奥から出てきたのは、ジャイアン族ほどもある大柄な男たち。
全部で五人居た。
赤褐色の肌をみれば、自分たちと同じくこの大陸の人間であることが分かる。
「こいつら、一体……」
「ソー、腹の子が──っ!」
ソーがふらつき、メンチが彼女を助けようと走り寄ったその時、
──パンッ
メンチの腹が弾けた。
彼女は首をかしげて、その少しだけ膨らんだ腹を見下ろす。
──パンッパンッパンッ
馬ごと屋敷に乗り込んできて、メンチを取り囲んだ騎兵。
彼らの短い吹き矢が、次々に火を噴いた。白人は、湧いて出るかの如くたくさんいる。
「メンチッ!」
今度こそミンチの悲鳴が漏れた。
瞬間、背後から飛んできた戦輪が、白人の男たちを切り裂く。落馬した男たちを、そうさせた張本人であるセージの金玉剣が刺し貫いた。
「どうしよう、メンチ、赤ちゃんが」
悲鳴混じりで叫びながら、ミンチは走り寄ってメンチを支えた。
傷に当てた手のひらから、バチバチッと静電気のような青い光が漏れる。
ミンチは精一杯意識を集中した。メンチがその手を握り、首を振る。
「やめろ、お前まで死ぬぞ。もう手遅れた」
抱きかかえるミンチの腕の中で、メンチはパンッと形を失い、塵になって消えた。
ミンチはその場に膝をついたまま放心する。
吹き矢は──銃は──心臓を射抜いていたのだ。
「ああぁぁあっ、嫌だ、メンチッ」
我に返り、うめくミンチに、
「おまえは、逃げよ」
セージが累々たる白人の遺体を見渡し、静かにそう言った。
マッチラの戦闘員は全て出払っていて、実質この襲撃者たちを相手にしているのは、四人のパッチラ戦士だけだった。
だが、メンチが倒れ、セージもソーもミンチも、もう立っていられないほど傷ついていた。
大男が、三人のパッチラ戦士の前に立ちふさがる。
「そうだっ、こいつのせいで」
ミンチが警戒して腰を落とし、身構えた。
白人だけなら、数で負けていてもどうにかなった。本当ならパッチラは、吹き矢すら剣で薙ぐことが出来るのだ。
パッチラを翻弄し苦境に落としたのは、この大きな先住民の男たち。
もちろんマッチラではない。
騎兵より先にこの屋敷を襲って火を放った者たちは、同じ先住民だったのだ。
デカいくせにやたら速く、戦輪でもなかなか捉えられなかった。
こんな部族が居るなんて、聞いたことが無い。
ジャイアン族の力強さと、マッチラの速さを備え、しかも足音も立てずにしなやかに動く。
額がやけにせり出している。まるで角のようだ。なんという部族なのだろう。
それに何故、赤い服の白人どもと行動を共にしているのか。
いつもならば血が沸き立つはずなのに、この先住民たちから放たれる禍々しい雰囲気が、戦いたいという気さえ起こさせない。
ましてや、強姦したいなんて露ほども感じさせない。
シャーマンが祓おうとする、悪霊憑きと対峙しているような薄気味悪さだ。
なのに、手話を使った。
「腹ボテ、赤子もついてお得」
手話の内容に、セージがぞっとして腹を庇う。声を低くして警告する。
「気をつけろ。やたら強いと思ったけど、あの額の突起、もしかして、こいつら……まさか」
ソーが痛みに呻きながら、ゆっくりと彼らから離れた。
「南部の人食い……」
大男がにやりと笑った。
首から下げた、数珠繋ぎになった頭蓋骨の首飾りを、これみよがしに見せる。
それがソーの言葉を肯定していた。
「ガチ族か……グロ族?」
ミンチも聞いたことがある。でも、ただの伝説だと思っていた。
子供の頃「早く寝ないとガチグロが来るぞ」と脅されていた、あの人喰い?
「どちらにしろ、死に絶えたって聞いていたのに……」
マッチラは、非戦闘員ばかりがいるこの拠点に、見張りを置かなかった。
さらってきた部族の者たちは、もう他に行くあてがなく、逃げ出さないと思ったからだろう。
だからマッチラの戦士の力は頼れない。
戦えるのはもうこの三人のみ。しかも二人は身重。ミンチは背中に傷を負っている。
相手は右往左往している騎兵の残りと、大男揃いの『人喰い』──が五人。
若い騎兵が、苦い声で彼らに文句を言う。
「お前ら、勝手に行動するなっ。いくら先住民に乗っ取られていたとはいえ、屋敷に火を放つなんて──俺たちが咎められるんだぞっ」
別の一人が手話でそれを伝えると、人食い先住民が顔を見合わせ、渋々後ろに下がる。
「こいつらがどうして手を組んでるんだっ?」
セージの口から疑問が溢れる。東部部族は素敵なお洋服をもらって喜んでいたが、こいつら「人食い」が白人と手を組んで何のメリットがあるというのか。
「どういうことデシか、お前ら。ドシテ先住民を従えているデシか?」
ミンチが背中の痛みをこらえながら、片言で騎兵に向かって叫ぶ。
人食いもある程度公用語を分かるようで、自ら進み出て、人骨ネックレスをまた自慢げに見せた。
それから手話で伝えてきた。
「これ、もっと欲しい。でも白人食ったら不味かった。先住民、もうあんまりいなくなった。俺たち、腹減った。そしたら──」
騎兵を振り返る。
「こいつらの味方したら、肌黒いやつ、俺たちにくれる言った」
そして、うっとりしたように目を瞑る。ついには片言の公用語で言葉に出して言った。
「アカリア女、ムッチムチ多い、香ばしくて美味かった」
(嘘だろ)
鳥肌が立つ。この白人どもは、あの黒い人間を食料として差し出して、協力を要請しているのか。
「なんと……外道っ!」
ミンチは貧血で目眩を感じながらも、チャクラムを構えた。
殺す。たとえ精霊の加護を失っても、こいつらは殺す。絶対許さない。
その肩を、後ろから伸びた手が叩く。
「下がって、お前は逃げろ」
「ソー姐、何言ってる!?」
「たくさん殺したからね。精霊は許すまいよ。この子ももう産まれまい」
ソーが腹をさする。諦めに似た微笑を浮かべた。
「何言ってるの、自分や仲間を守るためだ。精霊はお許しになる」
ミンチはそう言うと、なぜかふらついたソーを支えた。
訝しげに彼女を見ると、ソーの太ももからは血が滴り落ちていた。
「激し……くっ動きすぎた」
人喰いの馬鹿力で、壁に叩きつけられた時だろうか。
ミンチはうろたえた。
メンチに引き続き、ソーまで生命力が削り取られていくのを感じた。
今度こそ治癒の力を使おうとしたミンチに、しかしソーも首を振った。
「お前の背中の傷だって深いだろ? 自分を治すのに使いなさい。来るよっ」
ソーの目線を追うと、人食い先住民が近づいて来るところだった。
手には、白く小さな菱形の飛び道具を持っている。
親指と人差し指で挟んで、こちらに差し出す。自慢げに見せびらかしているのだ。
「これ、グロ族の骨の手裏剣、女の骨で作った。白人の吹き矢より速い」
ニヤニヤしながら付け足す。
「赤子ごとお前ら喰らう」
手話より公用語の方が上手いじゃないか!
そう思った次の瞬間、小さくて平たいそれらが飛んでくる。
一つがミンチの頬を切り裂いた。
(うそ、ほんとに速いっ!)
ソーが飛び起きて彼らの前に躍り出た。──しかし膝をついてしまう。
そこに広がる血だまり。明らかに、子が流れていた。それでも、チャクラムを飛ばし、敵を牽制する。
セージがその隙に、ミンチの背中に手を当てた。バチッと紫の光が飛び散る。背中の傷からすうっと痛みが引く。
「応急処置だ。後は、私たちがやる。お前はまだ若い。森に帰って仲間に伝えろ。逃げろと。南から、赤い服の白人が押し寄せる」
「だめ、セージこんなに怪我してるのに、力を使いすぎたら──セージが森に行って」
ミンチは、自分がそろそろ塵となって消えるだろうことを意識した。
背中の傷は思ったより深い。
錯乱していたとは言え、ゲスターなんかに傷つけられてしまった自分が情けない。
悔しいが、このまま留まって玉砕する方が役に立つ……。
しかし、セージは金玉剣をミンチに渡した。
「これも使え。逃げよ」
何を言っているのだ。妊娠しているものを置いて逃げられるわけないじゃないか。
しかし彼女は、目にも留まらぬ速さでミンチの横を駆け抜けていった。
「あたしが増幅する。お前は離れてなっ」
ソーが苦痛を堪えた声でそう言い、よたよたとその後を追う。
二人は、銃を構えながら遠巻きにしていた白人たちと、先住民の戦士たちに突っ込んでいったのだ。
バチバチバチッとセージの両手から稲妻が吹き出す。それは彼女の全身を包んだ。
その光に、誰もが目を奪われた。
ミンチよりずっと強い青い光。
(え、なに?)
あんな力、見たことがない。
セージは、年齢を誰にも言わなかった。年齢不詳だった。もしかして、純血種だったのか?
なのにインポウの子を、奇跡的に孕んだということなのか?
(だったらセージのお腹の子は、確実にノーピャン族並みの力が──)
引きとめようとしたミンチの目の前で、青い光が炸裂した。
爆風で、ミンチの華奢な体は吹っ飛び、地に叩きつけられた。
暗闇が訪れた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる