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第三章

オトコ、皆、クソ

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「ロウコ、戻ってこないじゃないか」

 リンファオは、苛立ちをチチンカにぶつける。

「ロクサーヌも戻ってきません」

 チチンカは上の空だ。

「ロクサーヌは、自らパッチラ族の住処に残ったんだ。いくら言っても一緒に帰ろうとしなかった。諦めろ」

 砦に戻るとき、ロクサーヌだけなぜか躊躇った。

 彼女はチチンカに対してある一点だけ、疑問を持っていたのである。

「あの人、一目惚れだと言っていたけれど、明らかにわたくしの顔を見ていなかったわ」

 ロクサーヌは、初めてチチンカが自分を見て陶然とした時の視線の位置が、まったく気に入らなかった。

 それは、胸のデカい人特有の不快感。

 会話するときに、おいお前、目線が下じゃねーか、というのにちょっと似ている。

 顔じゃなくて、明らかに首から下を見てうっとりしていたのよ、と彼女は言うのだ。

「どうなの? チチばっかり見てたの? チチんかだけに」

 ナシュカ族の長に疑惑の目を向ける。

 あれ、でもロクサーヌってペチャパイだよね? リンファオは小首をかしげた。

「ロクサーヌは分かってない。人間は顔では無いのだ。そして私は、けして素敵なドレスに惚れたのではない。素敵なドレスを着たロクサーヌに惚れたと言うのに!」
「……つまり、服を見てたのね」

 もう諦めろ、他に嫁は何人もいるんだし。

 シャオリーとシマが、リンファオにまとわりつく。彼女は娘とペットが戻ってくれさえすれば、それでいいのだ。

「問題はロウコだ。森林部族──パッチラと、会談の約束を取り付けて来い、なんて使命、あの脳筋に与えたって全うするわけないだろう?」

 何せ、下半身むき出しでコソコソ帰るしかなかった彼は、激怒のあまりしばらくろくに眠れなかったという。

 リンファオがからかったからよけいだ。

 あの男はパッチラ族と交渉するどころか、皆殺しにするだろう。

「しかし、ロウコがどうしてもと」
「あいつが自分の欲求以外のことを考えるわけ無いんだっ。もういちど私が行けば良かった」
「ダメだっ」

 今度はヘンリーが口を出す。

「せっかく無事に戻ってきたのに、何でまた行かせなきゃならないんだよ!?」

 まだ腰痛の治っていないヘンリーだが、リンファオを引きとめようと必死にしがみついてくる。

 出て行く嫁にすがりついて許しを請う、亭主の図だ。

 というか、三人、いや二人と一匹にまとわりつかれて、正直うっとおしい。

 あれ、おかしいな。孤独だったはずなんだけど。家族に会いたかったはずなんだけど。

「だいたい、チチンカ。おまえらナシュカ族や他の東部部族でもいいじゃないか。手話使えるんだろ?」

 ヘンリーが言うと、チチンカは首を振る。

 まずパッチラの気配を掴まなければ、居場所など突き止められない。

 ロウコは一度パッチラと対峙している。彼の探知能力ならば、あるいは──。

「東部低地の農耕部族で一番強いのは、我々ナシュカ族です。他の部族ではやつらの気配すら感じられないでしょう」

 農耕部族は穏健で、戦いに疎い民族が多い。

 大耕地地帯に略奪に来る武闘派部族から農作物を守るために、ナシュカ族のような武張った一族が生まれたのである。

「だから、あんたたちが──」
「それ以上は言ってはならない!」

 チチンカは強い口調できっぱり言った。

「探索は、服が汚れるのです」

 リンファオの目が死んだようになる。

「ですが、嫌がる部下に無理やり探らせている限りだと、あの者たち、また移動する予定でいるらしい」
「え?」

 部下可哀想だな、と思いながらも興味を引かれるリンファオ。

 その腕にシャオリーが絡みついている。今まで美形天国だったのに連れ戻され、さらにロウコまでいなくて機嫌が悪いシャオリーは、リンファオにべったりである。反対側には青い虎がベッタリしている。

 ……暑い。

「我々は森林部族と共存したいが、彼女たちは違うのでしょう。でも、時代には逆らえないはず。我々や白人たちがどんどん入植しているその流れを、森林部族も肌で感じている。おそらく森を追われることになると」

 森は目に見えて開拓されてきている。

 パッチラや、その他森林部族の住処であることは知っている。しかし、西の開拓に意欲的なライカヴァージニア植民地からは、森以外から西部へ開拓を進めるのは難しい。両脇を挟む山脈の標高が高すぎて、トレイルを確立できないのだ。

 この森の木々は特殊で、傷をつければ飲み水となる液体が滴り落ちる樹木や、燃やせば長時間保つ薪となる大木、そして焼くだけでパンそっくりの味の実をつける木など、開拓者たちの命の糧となる植物の宝庫だ。

 港や大耕作地からの輸送手段が確立される前の西部には、かかせない中間拠点となる。

 チチンカとて、森林部族の気持ちは分かる。が、これが時代の流れと言うものだ。

 初めて白人の乗ってきた白い帆の大型船を見たとき、東部部族は、自分たち原住民が結束して対抗しても、彼らに敵わないことを悟った。

 見たこともない、ずらりと並んだ黒光りする鉄の筒。そこから煙と共に吐き出された鉄球。

 白人の吹き矢、でけー、すげー。単純にそう思った。

「何よりも、あの素敵な服」
「服はもういいよ」

 リンファオは服飾談義に移行しそうになったチチンカの言葉を止め、ぶらんと細腕にぶら下がったシャオリーを持ち上げて見つめる。

「ここは他人の土地だ。それを奪おうとするなら、きっと争いは避けられない。ならば本土の方が安全そうだし、どうする? 戻る?」
「ぇええええ、俺はここがいいっ」

 いきなり我が儘モード。これは?

「エド?」

 ふてくされて背を向けるもうひとりの夫。

「ここだと試せるんだぜ?」
「なによ?」

 困惑するリンファオに、いそいそと模型を見せる。精巧なジオラマ。

「鉄のレールを敷くんだよ。北部よりのサクラタント植民地や南部寄りのジョリジア植民地の海岸からは、河川が交通の要になるだろう。だけど、このライカバージニア植民地からは、もうこれしかないと思ってる。東から西まで一直線に、鉄のレールを敷くのさ。いや、見てろ、この大平原を縦横無尽に駆け巡る、蒸気の動力車を作ってみせる! 掘削機を駆使し、山脈や大河を制して、この大陸を最強の先進国にするんだっ。この俺がな」

 あー、開拓魂に火が付いてる。だめだこりゃ。リンファオはがっくりとうなだれた。そう言えば、何もない土地でゼロから色々作り上げたいとか言ってたな。

 チチンカがポンとリンファオの肩に手を置く。

「我々は奪われたとは思ってないですよ。それに総代のミシェルは、あくまでも先住民と共存を貫く姿勢です。だからこの私が、公私ともに彼の手足という地位についているんです」

 小さく「文字通り」と付け足す。

 リンファオは夫と子供とペット……じゃない青虎だけでも連れて帰りたかったが、渋々残るしか無かった。


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