上 下
36 / 57

ユベール君の朝?帰り

しおりを挟む

 溶けて柔らかくなったドンドールマを食べたせいかしら。

 いや、妙な茶番を見せつけられたからだな。

 肩は軽くなったんだけど、胃がムカムカしてきた。賄い食がほとんど入らなかった。

「ベッキー、食べる?」

 チーズの乗ったバゲットとポトフの器を、同僚の方に押した。

「どうしたの? 三度の飯より賄い飯が好きなあんたが!」

 と、言いつつ光の速さでタッパーに詰めるんじゃないよ。イリュージョンか! 大家族に持って行くのかしら。

「うーん、昼間いやーな物を見たからかな。体調が悪いんだよね」

 ベッキーは首を傾げる。

「執事さんにズルを疑われるかもしれないけど、今日はお休みさせてもらえば? お坊ちゃま夜会だから、片付けも要らないしさ」

 今日は舞踏会で、主催者の用意したホテルで開催され、そのまま泊まるらしい。それなら楽ね。

 私は遠慮無く休ませてもらうことにした。

 食事を抜くなんて信じられない。食べられる時に食べておかないと、孤児院では生きていけなかったもんね。

 元悪役令嬢と元同じ施設の孤児の、仲睦まじい姿が脳裏に蘇り、胃の中がまたムカムカした。

 あいつらのせいだ。

 見せつけるから。

 さっさと横になったのに、なかなか寝付けなかった。悔しくて。

 自分が惨めで涙がこぼれ落ち、枕を濡らした。



 ところが、真夜中に叩き起された。ユベール君はなんと、午前様で帰ってきたようだ。

 迷惑なやつだな!

 まだ気持ち悪かったけど、きちんと顔を洗い、夜と昼用を迷った末、脱いだばかりのお仕着せを身につける。え? このまま起床ちがうよね!? 

 慌てていたため、歯ブラシを突っ込んだら思い切りえずいた。ユベールめ!

 屋敷内の他の使用人たちも慌ただしかった。従僕など油断しすぎだ。アルコールが入っていたようで顔が赤い。

「大変なお客様を連れてきたんだよ」

 執事が片眼鏡を眼窩に嵌めながら、私を睨みつけた。

「くれぐれも、粗相がないように。遊戯室で少しビリヤードをするようだから、準備をする間お茶をお持ちして。くれぐれも粗相がないように!」

 二回言った。もう一月以上経つのに、誕生日パーティーのことをまだ根に持ってやがるな? 

 ユベール君と客人は今、広間で歓談しながら、遊戯室と客室が整うのを待っているそうだ。

 メイドキャップを被り直し、熱いポットを運んだ。

 玄関ホールに行くと固まってしまった。

 四人いるじゃん。

 アルコールが抜けていないようで、賑やかにおしゃべりが弾んでいる。

 しかもやけに派手な一団だ。

 まず、知っている顔だったことに尻込みした。

「べ、ベルトラン……さま」

 なつかし……。このレベルなら資格取ったとしても愛人くらいにしかなれないだろうと、早々に攻略を諦めたアンティーブ公爵家の次男だ。

 ベルトラン様は、お酒が入ったせいで潤んだブルーグレーの目を、こちらに向けた。

 相変わらずイケメンが止まらないな。誰にでも優しい貴公子っぷりも健在だ。

「こんばんは、かわいいレディ。夜分に迷惑をかけたね」

 両側に、ド派手なドレスとド派手な髪型の、爆乳女を侍らせている。

「お久しぶりです」

 目が泳ぐ。初期は随分しつこく言いよったから、気まずいな。

「うん??」

 笑顔で首を傾げたまま、固まるベルトラン様。

 そうだった。早々にターゲットから外したのは、彼の記憶力の悪さだ。いや、成績は次席で卒業していたから、バカなわけじゃないんだろうけど。

 貴族ってこういう人が多いのかな? そういや、悪役令嬢は平民の名をまったく覚えないやつだった。

 このベルトラン様は平民どころか、令嬢の顔や名前も一致させていなかったんだけどね。

 つまり、この一見優しい貴公子にとって、興味を持てない女は、道端の石ころ同然だったんだ。

「はは、残念らったにゃ、アリシュ」

 ユベール君も呂律があんまり回ってない。飲みすぎたなら素直に泊まってこい、ホテルに。

「ベルトランしゃまは同志らかりゃな。ノエル以外の女は覚えられにゃいんだ」
「まあぁぁっ、妬けちゃうわ」

 両隣の派手な爆乳が、ベルトラン様の乳首の辺りをつねる。

「はは、参ったな。セレスティーヌにクリスティーヌ、僕の乳首を弄ぶのはやめたまえ。おいたが過ぎるぞ」
「やっだー、ベルトラン様ったら。ベランジェーヌとオーギュスティーヌよ、きゃはははは」

 バカまるだしだわ。

 たぶん、ナントカリーヌたちは高級娼婦。場末の娼婦と違って、国が指定した店で働く公娼なんだ。

 ……学も教養もある高給取りのはずなんだけどな。メイドなんかよりよっぽど格上なのに、会話がアホっぽい。

 でも、彼女たちですら名前を覚えてもらえないのだから、私なんか覚えているはずもない。

「カップが足りませんでした。持ってきますね」
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。

処理中です...