14 / 57
働くアリスとご令嬢
しおりを挟むヴィラは王都から馬車で二時間くらい。
前日からタウンハウスの使用人たちもそっちに移って準備だ。
「普段は使っていないから、管理人に維持を任せているの。たまにご親戚やお知り合いの方たちに、短期で貸し出したり。旦那様やお嬢様たちも学園がお休みの時は、ご家族で使ってらっしゃるわ」
ベッキーはクリステルと違い、嬉しそうだ。
「わたし、実家が貧乏なの。事業に失敗してね。パーティーは忙しいけど、残り物は食べられるし、臨時のボーナスがつくから助かるわ」
貧乏つったってさ、私ほどじゃなくね?
まだ若いベッキーを見つめる。
子供でもいるのかしら。
「下の弟妹が八人いるの。食べ盛りもいるし大変なの」
思ったより大変だった!
私は自分一人だから、まだどうにでもなるけど。
「長女って大変ね」
「ええ。兄が──長男が居るけど、賭博にはまって借金まみれなの。あと女にも貢いでいたわ」
長男、我慢するどころかやりたい放題やな。
「メイド検定一級だとお給料はずっといいけど、それでも家族を養っていくのはカツカツなのよ」
ベッキーは、窓から見える景色に目をやり、ぼんやりと呟いた。
私からしたら、これが噂のマナーハウスか! と勘違いするほど、グラント家のヴィラは大きかった。
広い庭園だけでなく、温室も完備。客間もたくさんある。
もっとこじんまりした物なら、アッパーミドル階級の平民でも持ってるんだって。
確かに招待客の半分は、金持ちの平民だった。
学長って、貴族は強い魔力持ちの後継者を生むべき! なんて朝礼で熱弁奮っていたけれど、普段は階級には拘らないのよね。
だから特待生クラスに、労働者階級まで受け入れてるし。
あと、貴族には働いたら負けと思ってるやつが一定数居る。平民で土地持ちや、事業を成功させている者は、破産寸前の貴族より金持ちなのだ。
訪れる招待客を見ても、皆きらびやかな身なりをしていて、どれが平民でどれが貴族なのかさっぱりだ。
そんな中、主役のユベール君は取り囲まれている。
代わる代わる挨拶に来る人々に、笑顔を振りまいて……。
似合わなっ!
笑顔貼り付けたままじゃん。引きつってるじゃん。
開始は午後から。メインの晩餐会の前に、軽い立食パーティーがあるのだ。
給仕を務める私たちは、来客者の空のグラスを集め、地下の洗い場まで運び、また新しいグラスを持って戻ってくる。
ケーキスタンドはすぐ空になるし、何度往復したか分からない。太腿パンパンだよ。
クリステルがめんどくせーと言ったのがよく分かった。舞台裏は戦争のようだ。
隙を見ていつものようにサボろうと思ったけど、涙目の使用人たちを見るとさすがに可哀想になった。
「ご令嬢たちを、化粧直しの部屋に案内して」
私とベッキーが家政婦長に命じられる。なんでも写真屋を呼んであって、集合写真を撮るとか。
招待客の帰宅時までに現像して、配るんだって。
お、ちょっと休めるかな?
十代のかしましい令嬢たちを連れて、上階にいく。
「彼、結構社交的じゃない? 美形だし」
「そうね、無愛想って聞いていたけど。美形だし」
彼女たちの昼のドレスは明るい色が多くて、目がチカチカする。
その中に居たひときわ派手な令嬢が、他の令嬢に言った。
「昔は酷かったわよ、似合わない眼鏡にボサ頭。でも、卒業してから会ってびっくり。あんなに綺麗な顔だなんて!」
『わたし昔のユベール君知ってるのよ』マウントか。
ボサ眼鏡。そうよね、悪役令嬢の目に留まろうと、アレクの真似をしていたみたい。
あれ? 学園時代を知ってるってことは?
その女の顔を見たら、ちょうど目が合ってしまった。知らない子だな。
「あら? もしかして、あなた……アリス・ローズモンド先輩? わたくし、二学年下だったマドレーヌよ。見かけたことあったかしら」
やっば。
「いいえ~人違いです」
「そうよね、確か盗みをして捕まったんだもの。そんな方を屋敷の使用人として雇うわけ無いわね」
うっさいな、学長は雇う人なの!
「あっれ~? ツインテールなんて若作りしてるけど、二十歳なの? まだ結婚相手が決まらないのか~」
ポロっと言ってしまった。貴族女子は結婚が早い。焦ってくる頃だろう。ご令嬢の顔が、みるみる赤くなる。
「やっぱりアリス・ローズモンドね! あんたこそいい年齢のくせに、メイド服とかあざといのよ!」
「コスプレみたいに言わないで、これはお仕着せなのよ!」
「みなさん、お気をつけあそばせ! この女、盗っ人よ!」
まー、それはそうだけど。
私は面倒くさくなって、チッと舌打ちし、その場を立ち去った。
「ベッキー、後は頼んだわよ」
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
【完結】フェリシアの誤算
伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。
正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる