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働くアリスとご令嬢

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 ヴィラは王都から馬車で二時間くらい。

 前日からタウンハウスの使用人たちもそっちに移って準備だ。

「普段は使っていないから、管理人に維持を任せているの。たまにご親戚やお知り合いの方たちに、短期で貸し出したり。旦那様やお嬢様たちも学園がお休みの時は、ご家族で使ってらっしゃるわ」

 ベッキーはクリステルと違い、嬉しそうだ。

「わたし、実家が貧乏なの。事業に失敗してね。パーティーは忙しいけど、残り物は食べられるし、臨時のボーナスがつくから助かるわ」

 貧乏つったってさ、私ほどじゃなくね?

 まだ若いベッキーを見つめる。

 子供でもいるのかしら。

「下の弟妹が八人いるの。食べ盛りもいるし大変なの」

 思ったより大変だった!

 私は自分一人だから、まだどうにでもなるけど。

「長女って大変ね」
「ええ。兄が──長男が居るけど、賭博にはまって借金まみれなの。あと女にも貢いでいたわ」

 長男、我慢するどころかやりたい放題やな。

「メイド検定一級だとお給料はずっといいけど、それでも家族を養っていくのはカツカツなのよ」

 ベッキーは、窓から見える景色に目をやり、ぼんやりと呟いた。




 私からしたら、これが噂のマナーハウスか! と勘違いするほど、グラント家のヴィラは大きかった。

 広い庭園だけでなく、温室も完備。客間もたくさんある。

 もっとこじんまりした物なら、アッパーミドル階級の平民でも持ってるんだって。

 確かに招待客の半分は、金持ちの平民だった。

 学長って、貴族は強い魔力持ちの後継者を生むべき! なんて朝礼で熱弁奮っていたけれど、普段は階級には拘らないのよね。

 だから特待生クラスに、労働者階級まで受け入れてるし。

 あと、貴族には働いたら負けと思ってるやつが一定数居る。平民で土地持ちや、事業を成功させている者は、破産寸前の貴族より金持ちなのだ。

 訪れる招待客を見ても、皆きらびやかな身なりをしていて、どれが平民でどれが貴族なのかさっぱりだ。

 そんな中、主役のユベール君は取り囲まれている。

 代わる代わる挨拶に来る人々に、笑顔を振りまいて……。

 似合わなっ!

 笑顔貼り付けたままじゃん。引きつってるじゃん。

 開始は午後から。メインの晩餐会の前に、軽い立食パーティーがあるのだ。

 給仕を務める私たちは、来客者の空のグラスを集め、地下の洗い場まで運び、また新しいグラスを持って戻ってくる。

 ケーキスタンドはすぐ空になるし、何度往復したか分からない。太腿パンパンだよ。

 クリステルがめんどくせーと言ったのがよく分かった。舞台裏は戦争のようだ。

 隙を見ていつものようにサボろうと思ったけど、涙目の使用人たちを見るとさすがに可哀想になった。


「ご令嬢たちを、化粧直しの部屋に案内して」

 私とベッキーが家政婦長に命じられる。なんでも写真屋を呼んであって、集合写真を撮るとか。

 招待客の帰宅時までに現像して、配るんだって。

 お、ちょっと休めるかな?

 十代のかしましい令嬢たちを連れて、上階にいく。

「彼、結構社交的じゃない? 美形だし」
「そうね、無愛想って聞いていたけど。美形だし」

 彼女たちの昼のドレスは明るい色が多くて、目がチカチカする。

 その中に居たひときわ派手な令嬢が、他の令嬢に言った。

「昔は酷かったわよ、似合わない眼鏡にボサ頭。でも、卒業してから会ってびっくり。あんなに綺麗な顔だなんて!」

 『わたし昔のユベール君知ってるのよ』マウントか。

 ボサ眼鏡。そうよね、悪役令嬢の目に留まろうと、アレクの真似をしていたみたい。

 あれ? 学園時代を知ってるってことは?

 その女の顔を見たら、ちょうど目が合ってしまった。知らない子だな。

「あら? もしかして、あなた……アリス・ローズモンド先輩? わたくし、二学年下だったマドレーヌよ。見かけたことあったかしら」

 やっば。

「いいえ~人違いです」
「そうよね、確か盗みをして捕まったんだもの。そんな方を屋敷の使用人として雇うわけ無いわね」

  うっさいな、学長は雇う人なの!

「あっれ~? ツインテールなんて若作りしてるけど、二十歳なの? まだ結婚相手が決まらないのか~」

 ポロっと言ってしまった。貴族女子は結婚が早い。焦ってくる頃だろう。ご令嬢の顔が、みるみる赤くなる。

「やっぱりアリス・ローズモンドね! あんたこそいい年齢のくせに、メイド服とかあざといのよ!」
「コスプレみたいに言わないで、これはお仕着せなのよ!」
「みなさん、お気をつけあそばせ! この女、盗っ人よ!」

 まー、それはそうだけど。

 私は面倒くさくなって、チッと舌打ちし、その場を立ち去った。

「ベッキー、後は頼んだわよ」


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