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第二章

カティラってあのカティラ?

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 ジョルジェは怒り狂っていた。

「この人にアルコール飲ますってのは、毒を盛るのと同じなんだぞ!?」

 カティラは痛む頭を抑えながら、ジョルジェを睨みつける。

「だから、悪かったって言ってるでしょ? この女、何にも言わないんだもの。下戸の分際で獅子のミルクの飲み比べなんて、受けてたつと思わなかったのよ」

 マリアは額に冷たい布を乗せて、船室の吊り寝台に寝ている。

 夜が明けたらすぐに出港なので、気の毒だが、宿は引き払ってしまった。揺れるベッドは二日酔いには辛いだろう。

 意識はあるようで、片手をあげてジョルジェを弱々しく手招きしている。

「なんだよ? どうした? またバケツか?」

 マリアが何か言いたげなので、ジョルジェはその口元に耳を寄せた。

「え? 本当にミルクだと思ったって?」

 バカかあんた、と今度は自分の上司に怒りをぶつけている。

 マリアはカティラと同じように額を抑えた。

 カティラはジョルジェに向かって指を差す。

「ねえ。ちょっと黙ってよヒヒ猿」
「誰がひひ猿!?」
「とにかく約束は約束よ。先に倒れたのはそっちの女船長さん。正直に身元を明かしてもらおうかしら」

 マリアは囲い柵に掴まって身を起こした。もともと白い顔は血の気を失って、痛々しいほど透き通っている。

「何度聞かれても同じだ。身元はもう知っているだろう? 帝国の元軍人だ」

 小さな声でそれだけ言うと、ジョルジェが手渡した水を、ちびちびと啜る。

 よほど弱っているようだ。手が震えてカップから水をこぼしてしまっている。

 カティラはちょっと良心が痛んだが、そんな言葉だけでは納得できなかった。

「そこのヒヒ猿を含め、お仲間はみんな、あんたみたいな小娘の指示に従っている。一目置いているように見えるわ。……まさかとは思うけど、あんたの階級って本当に大佐だったの?」

 マリアはジョルジェにカップを返すと、情けない顔でシャツにこぼれた水を拭いている。

「もう帝国軍人じゃない。どうでもいいことだろう?」

 その時、黙って見ていたハサンが横から口を出した。

「そういうあんたらだって、相当ヤバイ出自なんじゃないの?」

 ゲルクがピクリと片眉を動かす。

「あんたらの腕っぷし。それに銀色と藍色のコンビって言やー、あっしはどうやっても思い浮かべちまう人物が居るんだがね」

 あっ、とジョルジェとウォルトが固まる。マリアもハッとしたようにカティラの顔をまじまじと見つめた。

 黙するゲルク。一方カティラは目に見えて狼狽えた。

「ばっか、違うわよ、『月光』と『躯の家』は壊滅したんだから。あたしたち髪の色が似てるけどそれだけで、バッカ違うわよ、バッカ」
「カティラ……」

 ゲルクが深々とため息をついた。

「誰も賞金首のお尋ね者だなんて、言ってませんがね」

 ハサンが呆れたように呟く。真っ赤になるカティラ。

「てゆーか~名前もまんまじゃなあい? 月光のカティラって、女みたいな名前だと思っていたら、本当に女だったのねん? 今まで何で気づかなかったのかしら、あたしたち。これでも治安警備艦隊の乗組員だったのに~」

 アンリエッタがカラカラ笑う。それなりに満足して帰って来たので機嫌がいい。もうすぐ千人斬り達成だと喜んでいた。

「わ、私たちじゃないわよ、だってほら、もう伝説の海賊二人は処刑されたから。賞金だって取り下げられたもの」

 ごにょごにょ言うカティラに、ジョルジェが舌打ちした。

「ところが俺たちは知ってるんだよ。あんたたちが逃がしてもらったってことをな」

 そして恐る恐るマリアに目をやった。

 案の定、悲痛な顔でカティラを見ている。彼女が惚れ込んだ海の英雄アーヴァイン・ヘルツが、任務を忘れるほど骨抜きにされた女。それが、目の前にいるのだ。

「なによ、あんたたちやっぱり私たちの仲間を皆殺しにした、あの男の部下なのね」

 カティラが気色ばむ。マリアがふらつきながら寝台から降りた。

「だったら何ですかコラ? やるっていうなら相手になるぞコラ」

 えー? なんか好戦的になってる? すかした女だったはずなのに、その変貌ぶりにたじたじになるカティラ。

 ウォルトとアンリエッタが、慌てて上官を座らせた。

「まーまー、もうお互い水に流しましょうよ。殺した殺されたなんて言っていたら、恨みの連鎖は断ち切れませんよ」
「そうよ、寝取った寝取られたみたいな感じでしょう? だったらまた寝取りかえしたらいいのよ」
「あんたちょっと黙っててくれる!?」

 ゲルクが我慢できなくなって突っ込む。

「つまりなんだ? おまえらはあの神風艦隊の、海賊処刑人の仲間ってことだろう? 俺の女をさんざんな目に遭わせやがって。しかも一瞬とは言え、心まで奪いそうになりやがって──」

 それを聞いたマリアが耳を塞いだ。あ~あ~聞こえない。

 カティラが顔を真っ赤にして、ゲルクの口を手で塞ぐ。

「そんなんじゃないわよバカ!」

 キャビンのドアが叩かれた。ジェシカだ。

「おはよー船長~、風が吹き出したよ~」


 出港の時が近づいていた。アマリスの神、ウィンダーが味方したかのような、航海日和だった。
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