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第二章

女の闘い……ヒロインは誰だ?

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「あんた、何者なの?」

 全ての準備が終わってから、カティラはこの船長を問い詰めた。

 港近くの酒場だ。

 二人の間には親しげに酒を飲んでいる、という雰囲気がまったく漂っていない。

 店主や店の客──ほとんどが船乗りだ──は怪訝そうに、二人の美女がテーブル席に向かい合って座っているのを眺めている。

 カティラはジロリと周囲を見回して一喝した。

「なに見てるのよ?」

 尋常でない眼力に、大の男たちが目をそらす。

 カティラは勝手に注文をすますと、マリアを値踏みするように眺めた。

「何で部下から『大佐』って呼ばれてるわけ?」

 マリアは肩をすくめた。

「えらそうにしてるから、そういうあだ名がついただけだ」

 カティラは腕を組んでマリアを見つめた。軍人なのは確かだろうが、本物の『大佐』のはずがない。

 帝国軍人で、こんなに若い女の佐官がいるわけがない。

 だって、二十代の初めくらいよ? 自分を差し置いてなんだが、小娘と言ってもいいくらいだ。

 士官学校を出たばかりの年齢ならば、がんばっても階級は少尉のはず。

 なのに、あの部下たちの言う『大佐』という言葉には、かなりの信頼と、重みが宿っているのだ。

「一応本物の帝国軍人よね? コスプレじゃなくて。なぜ帝国から亡命してきたの? 海戦が始まるって噂だけど……まさか、怖くて逃げ出したの?」

 小ばかにしたように言われても、マリアは挑発には乗らなかった。

「海戦になっても勝つ」

 カティラは眉を顰めて、目の前の氷の女を睨んだ。ずいぶんな自信だと思った。よく日報に目を通しているし、伝書鳩の管理小屋にも通っているから、何か裏付けする情報があるのだろうか。

「市場で襲われたのに、なんであたしたちを雇ったの?」

 マリアはパチンと買ったばかりの懐中時計を開いて、うんざりしたように応えた。

「雇いなおす時間が無かったし、おまえたちの腕が立つのは身をもって実証済みだったからだ。……私は忙しい。もう帰るぞ」

 まだ十五分も経ってない。カティラは頭にきた。この女の何もかもがうさんくさい。だいたい女が船長になれるはずがない。

 カティラは再び自分を差し置いてそう考えた。ただの女じゃない、絶対に何か隠している。

 マリアは返事をしないカティラに対して、そっとため息をつく。そして、やけに絡んでくる女傭兵に静かに聞き返した。

「だいたいおまえこそ何だ? なぜ帝国軍人を無差別に憎む?」

 店員がショットグラスを二つと、透明の液体が入った瓶を運んできた。カティラは一つをマリアの前にトンと置く。

「勝負よ」

 マリアの青い目が開かれる。

「飲み負けた方が、正体をあらかたぶちまけること。本当は剣で戦いたかったけど、たぶん私が勝つわ」

 マリアはムッとなった。だがそれは真実だろう。射撃なら勝つ自信はあるけれど、まさかこれほどの人材を、一発で射殺するわけにもいかないし。

「水軍御用達のラム酒──グロッグばかりだと飽きるわよね? これにしておいたわ」

 カティラはショットグラスに瓶の液体を注ぎ、手で蓋をしてコツコツとテーブルにぶつける。するとグラスの中が白く変わった。ウォッカの一種で、南方では一番アルコール度の強いやつだ。

「別名、獅子のミルク」

 カティラはにやりと笑う。そして止める間もなくそれを一気に呷った。

 細い喉が、ごくっと白い液体を飲み下す様はやけにエロチックで、周囲の男たちは見とれ、生唾を飲みこんだ。

 しかしそれは一瞬で終わった。カティラは口元をぐいっと腕で拭うと、マリアのグラスに酒を注ぐ。

「どうぞ」




※ ※ ※ ※



 カティラは霞む目をこすりながら、軍人女の顔を凝視した。

 顔色が変わらない。

 さっきから何杯目だろうか。獅子のミルクは、火気厳禁のアルコール度が高い酒。

 三度自分を差し置いてなんだが、二十歳をちょっとばかし過ぎたくらいの小娘が、これほど飲めると思わなかった。

(まずい)

 先に自分がつぶれそうだ。カティラはテーブルの上にずらりと並んだ小さなグラスに目をやる。霞んできてその数を数えることも出来ない。

「ね……、ねぇ、ちょっと。そろそろ……お互いに、まずいわよ」

 カティラがかすれた声でそう呻いた時、それまで姿勢正しく飲んでいたマリアが首をかしげた。

 かしげた、と思ったのは勘違いだった。マリアの身体は横に傾いたのだ。

 驚くカティラの目の前で、沈むように椅子から滑り落ちて倒れたマリア。血の気の失せた白い顔の中の、長い睫毛に覆われた目は固く閉ざされている。

 完全に気を失ってしまったのだ。

「か、勝った……」

 立ち上がろうとした途端、カティラにも眩暈が襲う。久しぶりに飲み比べなんてやったから相当回ってきている。

 だが、変な倒れ方をしたマリアの方が心配だった。

 テーブルに手を突いた拍子に、卓上のグラスが床に転がり落ちた。客の一人がその腕を支える。

 振り返ると、頭を剃りあげた大男が立っていた。

「いいもの見せてもらったぜ」

 下品な笑みを浮かべて、品定めをするかのように、カティラと、床の上に伸びたマリアを交互に眺める。そして口笛を吹いた。

「すげー上玉だ」

 カティラはそのスキンヘッドをにらみつけた。

「放して。自分で立てるわ」

 男は手を放さない。その男の取り巻きだろうか。次々に荒くれた男たちが集まってくる。

 カティラは舌打ちした。面倒なことになった。腰の剣に手をやると、その腕を押さえられる。

「むりむり。今の状態で、そんなの振り回せないだろ」

 欲情が零れ落ちそうな声だ。

 カティラはぞっとして手を振り払おうとした。途端、再び襲う眩暈。軽々と床に押し倒された。

 自分が酒も腕っ節も強いといううぬぼれが、油断を生んだ。軽率だった。悔しさにギリッと歯ぎしりする。

 男の身体に圧し掛かられると、ピクリとも動けなくなった。カティラは、近づいてくる男の顔から必死に逃れようと、首をねじる。

 他の男たちが、気を失っているマリアに群がっていくのが見えた。カティラは責任を感じた。

 憎んでいた帝国軍人だが、こんな形は望んでいない。

「やめ……なさい」

 かすれた声で命じるカティラの首筋に、男の唇が吸い付く。



「死刑決定」

 店の外に通じる開き戸から聞こえた声に、全員が振り返る。

(ゲルク──)

 カティラはほっとしてそちらに目をやった。

(──じゃない)

 男ですらない。帝国軍人の仲間の、アンリエッタとかいうゲルクを狙っている女。ただの技術士が今助けになるわけがない。被害者が増えただけ!

「バカッ、逃げなさい。あんたも捕まるわよ」

 アンリエッタは怒りくるって、カティラを睨みつけた。

「二人していつまでも戻ってこないと思ったら~、乱交パーティですかコラ?」

(はい?)

 どこをどう見たらそうなるのだろう。

 しかしアンリエッタは、つかつかとカティラと巨漢に近づいてきた。

「あなたぁ、ナリはデカいけどアソコはどうなのぉ?」

 スキンヘッドは明らかに戸惑っている。

「国宝級なのかしら? って聞いてるのよぉ」

 えー。目が点になっている男たちを見渡した。

「とっととその腐れマンコ二人を放しなさいよぉ」

 誰が腐れマンコだって? カティラは眉を吊り上げる。しかしアンリエッタは反撃を許さない。

「その二人は国宝級以外受け付けない身体なの。あなたたち、その二人を満足させられるぅ?」

 既にたじたじしている荒くれ者たちに、アンリエッタは畳み掛けるように言い切った。

「さあ、二人を放してん。私が相手になるわ。小さいやつでも回数で補えるなら、あたしは満足できる!」

 男たちは泥酔していた女二人を解放した。

 自分たちはとてもじゃないが、国宝級の持ち主ではない。犯した女にバカにされるのだけは嫌だ。たぶんトラウマになる。

 アンリエッタは興奮した眼をキラキラと輝かせながら、腕まくり、ではなくスカートをまくりあげた。

「一人二人は面倒だわ、束になってかかってきて~ん!」


(助けてもらったみたいだけど……)

 カティラはフラフラする身体を無理やり起こし、マリアを担ぎ上げた。

(なんか違う気がする)

 でも、とりあえずマリアを逃がすのが先だYOね。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 外に連れ出すのが限界で、そのまま地べたに転がるカティラ。

 マリアはぴくりとも動かない。

(まさか、急性アルコール中毒?)

 ドキドキしながら脈を計ると、かすかに動いている。ほっとしたその時、突然マリアが起き上がった。

「よかった、今あんたの仲間の色魔が──むぐぐ」

 マリアが突然カティラの首に手を廻し、口付けしてきた。慌てて突き飛ばすカティラ。

「何するのよ、気持ち悪い!」

 しかしトロンとした目で、マリアは再び手を伸ばしてくる。

(この女、キス魔か)

 はっきりいってこれほど綺麗な女に迫られると、けっこうドキドキする。

 その気はまったくないのに、妙な気分になってきたカティラは、自分が怖くなってむせび泣きながら懇願した。

「お願い、変なマネはやめてちょうだい。早く船に帰りましょう」
「ヘルツ中将──」

 え、誰? 誰かと間違ってる? カティラは股間をまさぐられて悲鳴をあげた。

「ついてないっ、私には国宝級はついてないっ!」
「オイ!」

 ゲルクとジョルジェが走ってきた。

「遅いと思ったら何でこんなことになってる!? カティラおまえ男に……俺に飽きたのか!?」
「おまえらそんな素敵なことを──青姦&百合なんてマジすげー。夜のオカズにするから見物させろ」

 ジョルジェの声に、マリアが正気に返った。

 抱きついていた目の前のカティラに焦点を合わせると、突然立ち上がる。それからフラフラしながら物陰に駆け込み、おうぇぇぇぇっと吐き出した。

「ごっつい失礼なんだけど」

 カティラは怒りに打ち震えた。

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