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もうどうしようもない

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 どれくらいの時間、同じ行動を繰り返しただろう。

 さらに同じ時間だけ、その屋敷ですごした。

 あの奇妙な通路を通るのにも慣れてしまうくらい往復して、全て調査しつくした。

 こちらの屋敷では、ルジェクがコンセントの穴に短剣を差し込もうとしているから超焦ったわよ。幼児か!

 とにかくそれくらいの時間、私たちは何者かに監禁されているってことだ。


「もう試すしかない」

 突然ルジェクが低い声で吐き捨てた。そして私に掴みかかる。

「何するのよ!」
「合体だ、合体するのだ!」

 ついに、とち狂った! ルジェクは血走った眼で私をベッドまで運び、放り投げる。

「あなた、私に乱暴しようっての?」
「乱暴はせん、犯すだけだっべぶらっ」

 思い切り右ストレートを繰り出したら綺麗に入った。

 体型維持のためにボクシングジムに通ったことだってあるんだからね、続かなかったけれど!

 次はデンプシーロールかましてやろうか!

 騎士は頭を掻きむしる。

「だって他にどうしようもないだろう!? 俺だって嫌だ。魔女じゃないにしたって、得体の知れない破廉恥な女と合体するなんて。娼婦はどんな病気を持っているかもしれんしな!」

 殴られた頬をさすりもせず喚いている。気持ちは分かるけど、ちょ、今なんて言った!? 

「私は、娼婦でもありません!」
「じゃあ何で太腿むき出しなのだ! 初めからずっと誘惑しよったくせに、この俺の財産目当てなのだろう? 本当は出る方法を知っているのだろう? オレを誘拐して身代金を請求する奴らの一味、ずばりそうだね! どうなんだ!」

 むき~っ、さっきから言わせておけば、騎士とは思えないゲス野郎め。まあ騎士がどんなのだか知らないけれど。アーサー王とか円卓の騎士みたいな感じ? 程度の知識だけど!

 だいたいこの人の世界だって、ペストとか天然痘とか、やばそうな病気持ってそうじゃないのよ!

「なんだその目は、俺は性病なんて持って無いぞ、騎士だからな! 騎士には教会から聖水が与えられる。ケガや病気を治す回復万能薬」

 ゲームみたいな設定だね! 子供の頃にちょこっとやったことがあるけれど、棺桶引きずって歩いたりするのかしら。

 すごくこの人の異世界に興味あるけど、外に出られなきゃしょうがない。

 ベッドの上で二人でにらみ合っていると、どこから落ちてきたのか、ひらひらと紙が舞い散ってきた。

 またメッセージだ。こちらの屋敷では日本語である。

『そんなんじゃダメです。お互いのことをよく知って、お互いに好意を持ち、そして合体してください』

 見られてるんじゃないのぉこるぇえええ???

 まず見られているところで合体とか無理だし、いや、それ以前に、このイカレモラハラ男にどうやって好意を持てと?

 今度は私が頭を掻きむしった。もうどうしていいか分からない!!

 ついには、うぇぇええんと声を出して泣き出してしまう。

 こんなケバい見た目だけど、まだ学生なのよ私。これくらいいいよね!?

 するとルジェクがオロオロしだした。

「わ、悪かった。そ、そんなに泣くことないだろう?」

 あれ……この人、女の涙に弱いのかしら。

「そうだな、まずお互いのことを話そう」

 ルジェクは私をベッドカバーで包み込み、子供をあやすように抱きあげて頭を撫でた。

「酷いことばかりしている自覚はある。実はその──俺は……女が嫌いでな」

 嫌いなのかい。嫌いで強姦しようとしたってこと?

「ゲイってことよね?」
「違う、ボーイズラブではない」

 どんな訳され方してんだ。

 彼がまた大人しくなったので──どうもこの人は感情の起伏が激しい──私も先ほどの無礼は水に流すことにした。

「いいわ、私も自分のことを話すから、貴方も話して」

 そういえば、お互いの傷心を癒すようにメモ紙には書いてあった。この人も辛い目に遭っているのね。

「まず、俺の母が浮気をしてな。イケメン家臣と手に手を取り合って行方をくらませた。父は憔悴しきって病気がちになり、そのまま──」

 私は筋肉質の体を感じて、ちょっとソワソワしながらうなずいた。

「それは──小さな子にはつらかったでしょうね」
「いや、最近の話だ。しかも浮気十二回目にして、ついには戻らなかった」

 母、精力的! え、そう言えばこの人いくつなんだ? 二十代後半くらいに見えるけれど。

「その後、今度は俺が婚約者に逃げられた。隣の領主にメロメロになったとかで、一方的に婚約破棄された」

 彼のブルーの目が潤む。おや。

「好きだったのね」

 耳を赤くしている。ほう。こんな脳まで筋肉みたいな男でも、人を好きになるのか。意外。

「だから隣の領地に攻め入って領主を殺し、領地を奪ってやったのだ」

 一気に血生臭くなった!

「しかも婚約者は城の塔から飛び降りて──」
「ストップストップストップ!!」

 え、どうしよう。めっちゃ怖いんだけど。話が思ったより重かった! いや、ロビンフッドとかね、あんな感じの封建時代ならしょっちゅう領主同士で揉めてんのかもしれないけれど!?

 はっきり言って、こちらの傷心とレベルが違くない? こっちはいつの間にか不倫してました、なんてすごく陳腐な感じだし、それにさ、彼が経験したことと照らし合わせると「なに? 不倫だと? 斬って捨てる!」とか言われそうな雰囲気だよね?

「それは……おふっ……なかなか立ち直れないでしょうね」
「ああ。しかしオレの領地を継がせるために、跡取りは作らねばならぬからな。その後、王の親戚にあたる貴族の家柄の女性と普通に結婚したのだが──」

 ふっと青い目を伏せた。

「ものすごいSで、毎日オレを足で踏みつけ、鞭で叩いた」

 私と逆だね! いや、こっちは望んでないけどね!? 

「幸い、子供が出来なかったから離婚することができたが──もう女はこりごりでな……」

 彼は頭を抱えた。

「しかし、このまま跡取りができなければ、俺が死んだあと領地が王に没収されてしまう」

 それから、ハッと私を見た。

「すまぬ、俺は自分の話ばかりしていたようだ。ルカよ、君の話を聞かせておくれ」

 まずい。この人ほど大した話は無い。

「まあ、だいたい似たような感じ?」

 嘘を吐いた。

「そうか、傷ついたのだな」

 優しい声で言われて、私は戸惑う。傷ついた。まあ、確かに傷ついたのかもしれない。

「それもあるけれど──なんて言うんだろう。自分の目が信じられなくなったっていうか」

 高校生の時からそうだ。二股どころか三股かけていた人も居るし、しかも私がケバいから──化粧じゃないってば──お互い遊んでると思っていた、と言われたっけ。勝手な話だ。

 この人なら絶対大丈夫だと思った地味な人も、一緒にママとお風呂に入っちゃう、ものすごいマザコンだったり。

 大学生になってから付き合った人だって、最初は普通に見えた。誰もいないからって突然野原に押し倒して一発やろう、なんていう人には見えなかったもの。

 自信に溢れて何でもリードしてくれていた人がドMだったなんて、最初は気づかなかったしね。

 ましてや、奥さんが居るなんてぜんぜん分からないじゃない? いや、私が鈍感なだけなのかな。

 とにかく、次に付き合う人だってどんな人だか分からないじゃない。そのたびに、疲れるんだよね。別れ話で揉めるのって、エネルギー使うから。

「選んだ人がどんな人だか分からない。『付き合う』ってけっきょくそういうことなんだよ。どんな人か知るために、付き合うんだもんね」

 交際期間っていうのは、試用期間みたいなもの。どちらかがダメだと思えば、そこで終了。だから私がしたことは、正しいと思う。たとえ、あちらから私をフッても、仕方ないことと割り切れる。

 結婚なんてしない人も多い時代だし、それがゴールじゃない。だとしても、試用期間を経てお互い納得した契約だと思うの。やっぱり去年のハロウィンに別れた彼は、パートナーを騙した卑劣なやつだった。

 私に言うべきだった。割り切って付き合えるか、私に聞くべきだった。

 あの出来事が、やはり一番打撃を受けている。

 しんみりした私に、怪訝そうな顔を向けてくるルジェク。

「何を言っているのだ、ルカよ。自分の目も何も、お互い初めて会って結婚するものだろう?」
「えぇええええ?」

 あ、そうか。彼の世界ではきっとそうなんだ。領主とか言っているから、そもそも自由恋愛の時代では無いんだ! それを考えると、ますます私の境遇は彼より幸せだと思う。

「うーん、恋愛観も結婚観もぜんぜん違うわね」

 どうやってこの人と分かり合えと言うのか。話し合ってみたけれど、そもそも常識からしてズレている。

 いや、分かり合ったところでエッチなんてしないからね!?

「もう、一生出られない気がしてきた」

 私は悄然と頭を垂れた。ルジェクは気遣うように私の顔を覗き込む。

「疲れたのか? ずっとこんな異常な状況にいるのだ。疲れて当たり前だ」

 ふっと微かに笑って見せた。

「俺が見張っていてやるから、少し眠るがいい」

 私は頷いた。彼の珍しく柔らかい表情に、少し安心できたのかもしれない。

 このお腹の減り具合から言って、体内時計も止まっているのだろう。信じられないけれど、そうとしか説明がつかない。だから睡眠も必要無いのかもしれない。

 でも、とても疲れてしまった。一応、歩き回ったり考えたりしているんだもんね。精神的に疲れた。

 私は目をつぶった。少しだけ。少しだけ寝よう。

「寝てる間に、何もしないでよ?」

 私は彼に釘を刺してから、すやすやと深い眠りに入っていった。
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