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盾ツルギ先生の真実
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不思議と凪いだ気持ちで、書斎の入り口に寄りかかる。
部屋の壁を埋め尽くすのは、たくさんのBL小説が並んだ棚。
一番多い作者の名前は『盾ツルギ』。
純くんに紹介された本は全部並んでいるし、何なら彼が知らないであろう昔出した小部数の同人誌も収納されていた。
あとは『ダンデライオンでいっぱいの海』などの映像化された作品のBlu-rayとコミック。俺の作品の特集が載った雑誌。あとは賞状とトロフィーと、盾。
盾っていっても、ファンタジーなんかに出てくる防具としての盾じゃない。
表彰式で渡される表彰盾のことだ。
その表彰盾の前で、純くんは呆然と立ち尽くしていた。
「ネックレス文庫大賞 大賞受賞 『ダンデライオンでいっぱいの海』 盾ツルギ様」
盾に書いてある文章をそらんじると、純くんはびくっと肩を跳ねさせた。
俺はへらりと笑った。もうあれから何年経っただろう。
「懐かしいなぁ。授賞式でそれをもらった時は思ったより軽くてびっくりしたよ。記念写真もそれを持って撮るんだけど、同期がみんな女性でさ。男性がBL小説の大賞を取ったことにみんな目を丸くしてたよ。まぁ、作者は女性ってことにした方がウケはいいからそういうことになってるけど、取材も顔は出していない」
純くんは信じられないように呆然と口を開いた。
「大輝さん、あなた一体……」
俺は歌うように答えた。
「俺は、藤原大輝。サラリーマンであり兼業BL作家。ペンネームは『盾ツルギ』」
……君の憧れの作家だよ。
ため息のような懺悔のような、そんな声で俺は微かに笑った。
「大輝さんが、盾ツルギ先生……」
唖然とした声が部屋に響いた。どうにも憧れの先生に出会えた嬉しさはうかがえなかった。
「信じられない?」
純くんはこくこくと頷く。
「だって、大輝さんの創作ノートを見ましたけど、その、文章がちょっと……」
まぁ、あれ見れば作家だなんて万が一にも思えないよな。
「言っただろ。『好きなものを書こうとすると文章力がカスになる』って。逆に『思い入れが普通なものを書こうとすると、かなりいい文章ができる』んだ。俺の場合」
純くんははてなマークをいっぱい浮かべた顔をしている。
俺は苦笑して、補足した。
「力を抜いたほうががいい文を書けるってこと。BLで俺が活躍しているのはそういうわけだよ」
納得いかなそうに小首を傾げる純くんだったが、飲み込むことにしたようだった。
「じゃ、じゃあ、出版関係のお仕事っていうのも……」
「作家もある意味出版関係のお仕事だからね」
まだまだ信じられなさそうな純くんに、俺はこの部屋をぐるっと見回して言った。
「納得できるまでこの部屋のもの全部見ていいよ。って言いたいけど、流石に守秘義務があるしなぁ」
じゃあ仕方ない。作家の証は書くことでしか示せない。
デスクのパソコンを起動して、メモ帳を開いた。
「なんかリクエストしてくれる? 何でも書くよ」
純くんは戸惑っていたが、結局俺が本物の盾ツルギか確かめたくなったようだった。
「じゃ、じゃあ、『ダンデライオンでいっぱいの海』の志楽先生と串良くんのその後の話って書けますか?」
「書けるけど、……なかなか厳しいな、純くんは」
俺は軽く頷くと、キーボードに指を走らせた。
串良くんは母親に臓器提供を断られた余命わずかな高校生。志楽先生は教育実習生で串良くんのクラスの担当だ。
『ダンデライオンでいっぱいの海』の原作のラストは一時危篤になった串良くんが母親の手を握り、あえぎながら「最後まで、生きるから見てて」と言ったところで断ち切るように終わっている。
串良くんは死んだのか、それとも奇跡的に助かったのか。それすらもわからない。
その後の話を書けってことは、串良くんの生死を明らかにするってことだ。
そして、この「最後まで生きるから見てて」がどういう意味だったのか、読者の間では意見が分かれている。
何があっても生きることを諦めない強さを見せて母親を安心させようとしたのか、自分に臓器をくれなかった母親に最後まで見届けろという当てこすりなのか。
読者に聞かれても、俺は何も答えなかった。
だって、聞いてどうするんだろう。
俺は、思いつくままに書いているだけで、そこに意味を見出すのは読者がやるべきなのだ。
俺はいつもそうだった。俺の仕事は書くことだけで、それで感動したとか、元気づけられたと言われても困る。
俺は感動させたかったわけでも、元気づけたかったわけでもない。
読者が感動したかったから感動した。元気づけられたかったから、元気づけられた。
全部読者の心のうちにあるものが俺の小説をきっかけに出てきただけだし、みんな作者が作品に込めた思いとやらを神聖化しすぎなんだ。
俺が自分の作品に込めた思いなんか、ない。
ファンタジーではありったけの思いを込めてもカスみたいな文章しか書けない。
逆に心の伴わない小手先だけの小説を書けば、感動の超大作で大ヒットだ。
ファンタジーで公募に出しまくって落ち続けて、ヤケになって応募したBLで大賞を取った俺だからわかる。
(小説家なんてこれほど思い通りにならない職業はないぞ、純くん)
いつの間にか肩が冷たくなっていた。
見上げれば、パソコンを覗き込む純くんの頬からほたほたと涙がこぼれて、俺の肩にしたたっていた。
「そっかぁ……、串良くんやっぱり生きてたんですね。生きて志楽先生に会いに行ったんだ。お母さんとも離れていても、心は側にあって……。いいなぁ、……よかった……」
良いのは純くんの心なんだよ。俺の小説はそれが出てくるきっかけになっただけで。
短編になった『その後の話』にエンドマークをつけると、純くんは夢から覚めたようにため息をついた。
「本当に大輝さんが盾ツルギ先生だったんですね。こんな作品を書けるのは盾ツルギ先生しかいません」
そう言って微笑む純くんに向き直って、俺は内心いもしない神に懺悔した。
俺は、こんな良い子に今から最低な提案をしようとしています。
「なぁ純くん。俺が盾ツルギだって証明できたところで、君にお願いがあるんだけど……」
「? はい、おれにできることならなんでも……」
純くんの言葉を食うように俺は強い語調で言い切った。
「俺が君のために君の好きなBLをいくらでも書くから、君はBL作家になるのは諦めてファンタジー作家になってほしい」
呆然と目を見開く純くんの瞳に映る俺は、とても必死な顔をしていた。
じょ、冗談ですよね……? と純くんが泣きそうな目で訴えるが、俺は頑として撤回しなかった。
沈黙だけが部屋に降り積もる。
とうとう俺が本気だと気づいたらしい純くんは、弱々しくふるふると首を振った。
「い、いやです。おれ、あなたに憧れてBL作家になろうって思ったんです。な、なんでそんなひどいことを言うんですか?」
「君のファンタジーの才能を腐らせるにはあまりに惜しいから。……何より俺が見たいんだ」
純くんは訳がわからないと困ったように眉を八の字にした。
「おれ、確かにファンタジーの妄想はしますけど、でも大輝さんにそこまで言ってもらえるほどの才能はないと思います。それに、おれ、どんなファンタジーの妄想をしていたかも、もううろ覚えで……」
その言い逃れは俺には通用しない。
「問題ない。俺が全部覚えている」
「えっ?」
それから俺はとうとうと語った。純くんと出会ってから見守ってきたレオンとジーナの物語を。
語りながら、自然と胸が熱くなる。
生きるか死ぬかの戦いの中、お互いの心と体を削りあって愛を育む二人の姿がまぶたの裏に見える様だった。
こんなファンタジーの才能を朽ちさせるのはあまりに惜しい。だんだん腹が立ってきた。
純くんはこれを自分から捨てようとしてたわけだ。
とうとう最後まで語り終えた。シンと部屋に沈黙が落ちる。
純くんは可哀想なくらい顔を青くして、まるで病人のようだった。
震える声で問いただされる。
「ど、どうして……大輝さんが俺の妄想を知っているんですか……?」
俺は怒りと後悔がないまぜになったような不思議な気持ちで、ため息をつくように打ち明けた。
「俺、人の妄想が見えるんだよ」
動物実験で電流を流されたように純くんの体が跳ねる。
「そ、それって……」
「レオンとジーナの物語。あれは素晴らしかった。何を優先させても俺はあれの続きが見たい。そのためだったら俺は何でもできる」
だから頼むから、BL作家の夢は諦めてファンタジーを書いてくれ。
そう言って深く頭を下げて頼み込む。必要なら土下座もできる覚悟があった。
しばらく純くんと俺の呼吸の音だけが部屋にこだましていて……。
震える声で俺に上からかけられたのは思いもしない言葉だった。
「大輝さん、俺と大輝さんが出てくる妄想も見ましたか……?」
「えっ!」
俺は息を呑んだ。それはすっかり忘れていた!
(ああくそ、そっちの問題があったか!)
ここまできてアホな失態だった。
今更誤魔化すには遅すぎて、俺は渋々答えた。
「海の家で一緒に焼きそば食べてるシーンから、純くんが満天の星の下の展望台で俺に告白しているシーンまで、見た……」
「そ、それって全部見てるじゃないですか! 大輝さんのばか!!!」
耳をつんざくような大声で叱られる。こんなに大きな声で叫ぶ純くんは初めてだった。
慌てて言い訳しようとしたがもう遅い。
くるっと踵を返すと、純くんはあっという間に真っ赤な顔で部屋から駆け去ってしまった。
(だめだ、弁明しないと!)
俺も部屋を出るも、純くんは小鹿のように俊敏だった。
パニックのあまり、純くんは取るものも取らず玄関を飛び出して行く。
(だからって傘も持たずに出て行くことはないでしょうが!)
とりあえず財布だけわしづかんで、俺も大雨の中走り出した。
かくいう俺もパニックで、同じように傘を忘れたのは本当に笑えない冗談だよ!
顔に雨粒が叩きつけられるように降ってきて視界は最悪。
スニーカーはあっという間に水を中まで吸ってしまい、一歩ごとにぐちょぐちょと気持ち悪い音を立てている。
これで走るのは無理がある。
それは純くんも同じようで、思ったよりスピードが出ない様だった。なによりこの道は初めてだから地の利がない。
少々てこずったが、追いついて純くんの腕を掴むことに成功した。
「離してください! 言い訳なんか聞きたくありません!」
興奮した猫みたいな暴れ方だった。
こういう時は話を逸らすに限る。
「ばか、落ち着け! こっから君の家に帰るまでにどのくらいあると思ってるんだよ! 風邪引いて寝込みたくないだろ。一旦避難しよう」
思ってたことと違うことを言われて、一瞬純くんが怯んだ。
その機を逃さず強引に引っ張っていく。
「……どこに行くんですか。おれ、大輝さんの家には戻りたくないんですけど」
そりゃ俺のテリトリーで喧嘩するのは純くんにとって不利だ。警戒するのもわかる。
だから俺は別のところに純くんを連れていくつもりだ。
「涼のところに行こう。そこでタオルと着替えを借りる。ついでにちょっと話をしよう」
「……涼さんなら大輝さんのこと怒ってくれますか?」
「そりゃあ、銀のトレイで俺の首を刎ねるくらい怒ると思うよ」
『純くんを泣かせるな』と脅されたことを思い出して、うんざりとした声が出た。自業自得だけど。
俺の様子に純くんはにんまりと笑って、「じゃあ行きましょう」と大人しく着いてきてくれるようだった。
なにやら早まったのかもしれない……。
部屋の壁を埋め尽くすのは、たくさんのBL小説が並んだ棚。
一番多い作者の名前は『盾ツルギ』。
純くんに紹介された本は全部並んでいるし、何なら彼が知らないであろう昔出した小部数の同人誌も収納されていた。
あとは『ダンデライオンでいっぱいの海』などの映像化された作品のBlu-rayとコミック。俺の作品の特集が載った雑誌。あとは賞状とトロフィーと、盾。
盾っていっても、ファンタジーなんかに出てくる防具としての盾じゃない。
表彰式で渡される表彰盾のことだ。
その表彰盾の前で、純くんは呆然と立ち尽くしていた。
「ネックレス文庫大賞 大賞受賞 『ダンデライオンでいっぱいの海』 盾ツルギ様」
盾に書いてある文章をそらんじると、純くんはびくっと肩を跳ねさせた。
俺はへらりと笑った。もうあれから何年経っただろう。
「懐かしいなぁ。授賞式でそれをもらった時は思ったより軽くてびっくりしたよ。記念写真もそれを持って撮るんだけど、同期がみんな女性でさ。男性がBL小説の大賞を取ったことにみんな目を丸くしてたよ。まぁ、作者は女性ってことにした方がウケはいいからそういうことになってるけど、取材も顔は出していない」
純くんは信じられないように呆然と口を開いた。
「大輝さん、あなた一体……」
俺は歌うように答えた。
「俺は、藤原大輝。サラリーマンであり兼業BL作家。ペンネームは『盾ツルギ』」
……君の憧れの作家だよ。
ため息のような懺悔のような、そんな声で俺は微かに笑った。
「大輝さんが、盾ツルギ先生……」
唖然とした声が部屋に響いた。どうにも憧れの先生に出会えた嬉しさはうかがえなかった。
「信じられない?」
純くんはこくこくと頷く。
「だって、大輝さんの創作ノートを見ましたけど、その、文章がちょっと……」
まぁ、あれ見れば作家だなんて万が一にも思えないよな。
「言っただろ。『好きなものを書こうとすると文章力がカスになる』って。逆に『思い入れが普通なものを書こうとすると、かなりいい文章ができる』んだ。俺の場合」
純くんははてなマークをいっぱい浮かべた顔をしている。
俺は苦笑して、補足した。
「力を抜いたほうががいい文を書けるってこと。BLで俺が活躍しているのはそういうわけだよ」
納得いかなそうに小首を傾げる純くんだったが、飲み込むことにしたようだった。
「じゃ、じゃあ、出版関係のお仕事っていうのも……」
「作家もある意味出版関係のお仕事だからね」
まだまだ信じられなさそうな純くんに、俺はこの部屋をぐるっと見回して言った。
「納得できるまでこの部屋のもの全部見ていいよ。って言いたいけど、流石に守秘義務があるしなぁ」
じゃあ仕方ない。作家の証は書くことでしか示せない。
デスクのパソコンを起動して、メモ帳を開いた。
「なんかリクエストしてくれる? 何でも書くよ」
純くんは戸惑っていたが、結局俺が本物の盾ツルギか確かめたくなったようだった。
「じゃ、じゃあ、『ダンデライオンでいっぱいの海』の志楽先生と串良くんのその後の話って書けますか?」
「書けるけど、……なかなか厳しいな、純くんは」
俺は軽く頷くと、キーボードに指を走らせた。
串良くんは母親に臓器提供を断られた余命わずかな高校生。志楽先生は教育実習生で串良くんのクラスの担当だ。
『ダンデライオンでいっぱいの海』の原作のラストは一時危篤になった串良くんが母親の手を握り、あえぎながら「最後まで、生きるから見てて」と言ったところで断ち切るように終わっている。
串良くんは死んだのか、それとも奇跡的に助かったのか。それすらもわからない。
その後の話を書けってことは、串良くんの生死を明らかにするってことだ。
そして、この「最後まで生きるから見てて」がどういう意味だったのか、読者の間では意見が分かれている。
何があっても生きることを諦めない強さを見せて母親を安心させようとしたのか、自分に臓器をくれなかった母親に最後まで見届けろという当てこすりなのか。
読者に聞かれても、俺は何も答えなかった。
だって、聞いてどうするんだろう。
俺は、思いつくままに書いているだけで、そこに意味を見出すのは読者がやるべきなのだ。
俺はいつもそうだった。俺の仕事は書くことだけで、それで感動したとか、元気づけられたと言われても困る。
俺は感動させたかったわけでも、元気づけたかったわけでもない。
読者が感動したかったから感動した。元気づけられたかったから、元気づけられた。
全部読者の心のうちにあるものが俺の小説をきっかけに出てきただけだし、みんな作者が作品に込めた思いとやらを神聖化しすぎなんだ。
俺が自分の作品に込めた思いなんか、ない。
ファンタジーではありったけの思いを込めてもカスみたいな文章しか書けない。
逆に心の伴わない小手先だけの小説を書けば、感動の超大作で大ヒットだ。
ファンタジーで公募に出しまくって落ち続けて、ヤケになって応募したBLで大賞を取った俺だからわかる。
(小説家なんてこれほど思い通りにならない職業はないぞ、純くん)
いつの間にか肩が冷たくなっていた。
見上げれば、パソコンを覗き込む純くんの頬からほたほたと涙がこぼれて、俺の肩にしたたっていた。
「そっかぁ……、串良くんやっぱり生きてたんですね。生きて志楽先生に会いに行ったんだ。お母さんとも離れていても、心は側にあって……。いいなぁ、……よかった……」
良いのは純くんの心なんだよ。俺の小説はそれが出てくるきっかけになっただけで。
短編になった『その後の話』にエンドマークをつけると、純くんは夢から覚めたようにため息をついた。
「本当に大輝さんが盾ツルギ先生だったんですね。こんな作品を書けるのは盾ツルギ先生しかいません」
そう言って微笑む純くんに向き直って、俺は内心いもしない神に懺悔した。
俺は、こんな良い子に今から最低な提案をしようとしています。
「なぁ純くん。俺が盾ツルギだって証明できたところで、君にお願いがあるんだけど……」
「? はい、おれにできることならなんでも……」
純くんの言葉を食うように俺は強い語調で言い切った。
「俺が君のために君の好きなBLをいくらでも書くから、君はBL作家になるのは諦めてファンタジー作家になってほしい」
呆然と目を見開く純くんの瞳に映る俺は、とても必死な顔をしていた。
じょ、冗談ですよね……? と純くんが泣きそうな目で訴えるが、俺は頑として撤回しなかった。
沈黙だけが部屋に降り積もる。
とうとう俺が本気だと気づいたらしい純くんは、弱々しくふるふると首を振った。
「い、いやです。おれ、あなたに憧れてBL作家になろうって思ったんです。な、なんでそんなひどいことを言うんですか?」
「君のファンタジーの才能を腐らせるにはあまりに惜しいから。……何より俺が見たいんだ」
純くんは訳がわからないと困ったように眉を八の字にした。
「おれ、確かにファンタジーの妄想はしますけど、でも大輝さんにそこまで言ってもらえるほどの才能はないと思います。それに、おれ、どんなファンタジーの妄想をしていたかも、もううろ覚えで……」
その言い逃れは俺には通用しない。
「問題ない。俺が全部覚えている」
「えっ?」
それから俺はとうとうと語った。純くんと出会ってから見守ってきたレオンとジーナの物語を。
語りながら、自然と胸が熱くなる。
生きるか死ぬかの戦いの中、お互いの心と体を削りあって愛を育む二人の姿がまぶたの裏に見える様だった。
こんなファンタジーの才能を朽ちさせるのはあまりに惜しい。だんだん腹が立ってきた。
純くんはこれを自分から捨てようとしてたわけだ。
とうとう最後まで語り終えた。シンと部屋に沈黙が落ちる。
純くんは可哀想なくらい顔を青くして、まるで病人のようだった。
震える声で問いただされる。
「ど、どうして……大輝さんが俺の妄想を知っているんですか……?」
俺は怒りと後悔がないまぜになったような不思議な気持ちで、ため息をつくように打ち明けた。
「俺、人の妄想が見えるんだよ」
動物実験で電流を流されたように純くんの体が跳ねる。
「そ、それって……」
「レオンとジーナの物語。あれは素晴らしかった。何を優先させても俺はあれの続きが見たい。そのためだったら俺は何でもできる」
だから頼むから、BL作家の夢は諦めてファンタジーを書いてくれ。
そう言って深く頭を下げて頼み込む。必要なら土下座もできる覚悟があった。
しばらく純くんと俺の呼吸の音だけが部屋にこだましていて……。
震える声で俺に上からかけられたのは思いもしない言葉だった。
「大輝さん、俺と大輝さんが出てくる妄想も見ましたか……?」
「えっ!」
俺は息を呑んだ。それはすっかり忘れていた!
(ああくそ、そっちの問題があったか!)
ここまできてアホな失態だった。
今更誤魔化すには遅すぎて、俺は渋々答えた。
「海の家で一緒に焼きそば食べてるシーンから、純くんが満天の星の下の展望台で俺に告白しているシーンまで、見た……」
「そ、それって全部見てるじゃないですか! 大輝さんのばか!!!」
耳をつんざくような大声で叱られる。こんなに大きな声で叫ぶ純くんは初めてだった。
慌てて言い訳しようとしたがもう遅い。
くるっと踵を返すと、純くんはあっという間に真っ赤な顔で部屋から駆け去ってしまった。
(だめだ、弁明しないと!)
俺も部屋を出るも、純くんは小鹿のように俊敏だった。
パニックのあまり、純くんは取るものも取らず玄関を飛び出して行く。
(だからって傘も持たずに出て行くことはないでしょうが!)
とりあえず財布だけわしづかんで、俺も大雨の中走り出した。
かくいう俺もパニックで、同じように傘を忘れたのは本当に笑えない冗談だよ!
顔に雨粒が叩きつけられるように降ってきて視界は最悪。
スニーカーはあっという間に水を中まで吸ってしまい、一歩ごとにぐちょぐちょと気持ち悪い音を立てている。
これで走るのは無理がある。
それは純くんも同じようで、思ったよりスピードが出ない様だった。なによりこの道は初めてだから地の利がない。
少々てこずったが、追いついて純くんの腕を掴むことに成功した。
「離してください! 言い訳なんか聞きたくありません!」
興奮した猫みたいな暴れ方だった。
こういう時は話を逸らすに限る。
「ばか、落ち着け! こっから君の家に帰るまでにどのくらいあると思ってるんだよ! 風邪引いて寝込みたくないだろ。一旦避難しよう」
思ってたことと違うことを言われて、一瞬純くんが怯んだ。
その機を逃さず強引に引っ張っていく。
「……どこに行くんですか。おれ、大輝さんの家には戻りたくないんですけど」
そりゃ俺のテリトリーで喧嘩するのは純くんにとって不利だ。警戒するのもわかる。
だから俺は別のところに純くんを連れていくつもりだ。
「涼のところに行こう。そこでタオルと着替えを借りる。ついでにちょっと話をしよう」
「……涼さんなら大輝さんのこと怒ってくれますか?」
「そりゃあ、銀のトレイで俺の首を刎ねるくらい怒ると思うよ」
『純くんを泣かせるな』と脅されたことを思い出して、うんざりとした声が出た。自業自得だけど。
俺の様子に純くんはにんまりと笑って、「じゃあ行きましょう」と大人しく着いてきてくれるようだった。
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