上 下
23 / 34
第8ステージ 魔法がとけたら

魔法がとけたら②

しおりを挟む
 レンジャー部隊やアンバーたちの働きで、ランスヘッドバイパーの卵はほぼ回収された。
「きみのおかげで助かった」
 以前サハラに連れて来られた給湯室兼事務室で、レンカは彼と向きあいすわっていた。
 しかし、初めてほめられたというのに、レンカはすっきりしない。

「オアシス村でわたしを助けてくれたひとがタキトゥナだって、サハラさんは気づいていたんですね」
「本人がかくそうとしてるんだ、その意図を知りたいだろう」
「だから泳がせておいたんですか? 前の受付嬢のように?」
 依頼初めに聞いた、サハラの強い声を思い出す。
 ──わたしはこの禍乱を治めたい。
 
 彼は自分のゲームもキャラクターもとても大切にしている。
 さっきも、タキトゥナが犯人だとわかったのに責めることはなかった。
 ゲームへの被害は食い止めるが、再び彼が帰る場所を用意していたのかもしれない。
 彼女のようにならないよう、タキトゥナを護るために。
 
 全部レンカの想像だ。だがサハラは否定はせず、眼鏡のブリッジを中指でおさえレンカを見下ろした。
「いい機会だ、ここできみを雇った成果を聞こうか」
 そろそろ呼び出される覚悟はしていた。レンカは緊張気味に姿勢を正す。

「わたし、彼がテロリストだって気づけませんでした」
「そうだな、盲目になる恐れがあるから恋愛禁止だと釘を刺したんだ」
 そこはぐうの音も出ない。
「それで、黒幕が誰かわかったのか」
 レンカは首をふった。
「でも、一つだけわかったことがあります。このゲームに黒幕はいません」
「ほう」サハラの目がすっと目を細まる。

「酔っぱらいや多少荒ぶるキャラクターはいますが、『デザート無双2』を陥れようとする者はいないと思います」
「なぜそう思う?」
「みんな、このゲームが好きだからです。スレイヤーもN P Cノンプレイヤーキャラクターも、クエストや生活を楽しんで生きています。黒幕がいるとしたらほかのゲーム、それがわたしの答えです」

 そう、みんな。タキトゥナですらも、本当はこのゲームが好きなはずだ。あんなに楽しそうに遊んでいたのだから。
 サハラが少し微笑んだように見えた。
「ご苦労だった。きみは立派に依頼を果たしてくれた。役目は終わりだ、仲間とともに自分のゲームへ帰るといい」
「わたしが帰ったら、受付はどうするんですか?」
「きみは心配しなくていい、しばらくは似た背格好のホログラムを立たせておく」
 
 だが、レンカはぎゅっとひざをつかんで言った。
「まだ……帰れません。『憂国のシンデレラ』にバグを起こした犯人を見つけるまでは。わたし、そのために自分のゲームを出たんです」
「これ以上ここにいたら、来なきゃよかったと思う結果になるかもしれんぞ」
「脅しですか?」
「忠告だよ」
 それ以上サハラは問いも命じもしなかった。その代わり、一枚の地図マップをレンカにわたした。
「これを彼に返してやってくれ。きみも一泊した地下のにいる」

 犯罪者とエラーの預かり所、留置所。
 再び訪れることになるとは思わなかったが、檻の中の面々は、前回と顔ぶれが変わっているように思えた。
(これまで収容されていたひとたちはどこへ行ったの?)
 エラーを起こしたN P Cノンプレイヤーキャラクターやクリーチャーは不具合を直しもどされたとして、P Kプレイヤーキラーなど囚人たちも見当たらない。
 削除されたのではと懸念が走ったが、この人材不足の中それはないだろう。
 あの酔っぱらいの姿もなく、『デザート無双2』へ帰されたと思われる。こんな短期間では改心したとも思えず、レンカは顔をあわせるのが怖かった。

(とにかく今は彼に会わなきゃ)
 看守の案内でレンカが面会に行くと、彼はベッドに寝そべってカビの生えた天井を眺めていた。レンカに気づき目線だけよこす。
「なんの用だ」
「そのベッド、固くて眠れないよね」
「へえ、ここ入ったことあるのか、あんた意外とやんちゃだな」
 意地悪な笑みはあの短髪のときと同じで、やはり同一人物なのだとレンカは改めて思い知らされた。

「あのとき、オアシス村で助けてくれたわね、なぜ?」
「お前を助けるのに理由がいるのか?」
 口説き文句のような返答にかまえていた意識が溶かされる、のも束の間。
「──と、あのキザ野郎なら答えるだろうな」
 声高に笑われ、レンカは彼が誰のことを言っているのか、間をおいて気づいた。スピネルが聞いたら顔色を変えずに剣を抜くだろう。

 だが自分だって怒っている。レンカは顔を赤くして檻をつかんだ。
「わたしのことからかって楽しいの? 楽しいのね?」
「あー楽しかったね。あんたみたいな乙女脳は、助けてくれたらみんな王子さまなんだろ。おめでたいプログラムだよな」
 くだらない言いあいがしたかった。でも、こんな諍いがしたかったわけじゃない。
 レンカはくやしくてくちびるを噛んだ。

「わたし、あんたじゃないわ」
「憶えてるさ、乙女ゲームのレンカ」
 望んでいた答えではないのに、不覚にも呼ばれた名前がリフレインしてレンカの頭に響く。
「それで──話があるって言ってたな。なんだったんだ?」
 採取クエストの日のことだ。わかっているのだろう、タキトゥナの口が弓なりに上がった。
「ああ、あんたおれのこと好きだったんだっけ」
 かあっとレンカは顔が赤くなる。

「ひとの気持ちをもてあそんでおもしろがって最低よ!」
「そうだな、思い通りにならなかった世界でお前だけが操れた、こんなにおもしろいことはなかったな」
 そして哄笑から一転、声色が急に怒気を帯びる。
「うぬぼれるなよ、お姫さま。すべての男がお前にかしずくと思ったら大間違いだ。そのままのあんたを愛してくれるのは攻略対象だけだ。あのときランスヘッドバイパーを追い払ったのは、あんたが主役級キャラクターだからだよ。あそこで食われたら、乙女ゲームの連中が介入してめんどうなことになる」

 そう、あのとき余計なことに首を突っ込むなと警告されていた。もう来るなとも。
 だがレンカはみずから『デザート無双2』へやって来た。
 タキトゥナがやさしく接してくれたのは、邪険にすれば警戒されるから、さりげなく監視するためだということももうわかっている。
 それでも本人の口から聞きたかった。

「受付で再会したとき他人のふりしたのも、オアシス村でウィルスをまいていたことをかくすためだったの?」
「それもあんたがおじゃんにしたけどな」
 レンカが騒がなければ、サハラに怪しまれることもなかっただろう。
 憎しみのこもった目、笑顔の裏ではあんな顔で常に睨んでいたのだ。
「何がシンデレラだ、疫病神だよ、あんた」
 吐き捨てるようにタキトゥナは言った。涙が出そうだったが、もう一つこれだけはどうしても聞きたかった。
「どうしてウィルスなんかまいたの? バグが起きれば、ソフトまるごとアンインストールされてしまうわ」
 タキトゥナは何も言わなかった。

「わたしは別のゲームのキャラクターだけど、『デザート無双2』が好き。消えてほしくない」
(プラットホームすべてのキャラクターが、平穏に生きられる環境を願っている)
 それはサシミに話を聞いてもらい、彼が導いてくれた答えだ。
 けれど今、目の前の本人は忌々しい口調でレンカのすべてを否定した。
「正しい選択をすれば幸せなエンドが待っている乙女ゲームなんて、ぬるくて吐き気がする。あんたがダウンロードされたときからきらいだったんだよ、消えろ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

処理中です...