上 下
12 / 34
第4ステージ 恋したっていいじゃない

恋したっていいじゃない③

しおりを挟む
「次! 注文は!?」
 カウンターでは、歴戦の闘士のような傷を負った料理人たちが、フライパンや大鍋を片手に荒ぶっていた。ランチタイムの忙しさは鬼気迫るものがある。
「何食べようかなあ」
 対照的に、のんびりとメニューを選ぶサシミ。完全にイラついているシェフが恐ろしく、レンカは彼を急かす。

「わ──わたしパスタで! サシミさんは?」
「じゃあぼくもそれにしようかな」
「生もあるよ!」
 料理人は続けて勧めて来た。生麺か乾燥麺か選べということだろうか。
「ええと、生パスタお願いします」
「あ、ぼくはサワークリームとマツの実のトッピングも」
「あァ?」
 料理人が目に見えて不機嫌になるのがわかり、レンカはハラハラした。
「マツの実なんかねえよ」
「じゃあ鬼グルミで」
「ねえよ、自分で獲って来い!」
「じゃあ……」
「サ、サシミさん、あっちで待ってましょ!」
 
 レンカはたまらずサシミをテーブルへ引っ張って行った。とりあえず無事注文がすみ、胸をなで下ろす。
 これ以上料理人を怒らせると、自分たちが材料にされそうだ。
 厨房では、彼らは高く燃え上がる炎を扱ったり、材料である魚に噛まれたりと、傷だらけなのもうなずけるワイルドな調理をくり広げている。
 ビーコンを手に食事を待つ間、レンカはサシミをまじまじと見た。

 砂漠の民族らしい、陽に灼けた肌に金色の瞳。髪色はオアシス村で会ったときと同じ砂色だが、短髪でなくくせのある長髪を後ろで束ねている。
 どう見てもランスヘッドバイパーを追い払ってくれた彼とは違うのだが。
「ぼくの顔に何かついてる?」
「砂がついてます」
 サシミは照れながら、無精ヒゲのように砂がまぶされた顔をおしぼりで拭いた。いつも彼は砂だらけだ。
「あのーオアシス村、ほんとに行ったことありません?」
「うん、ないなあ」
 あまり興味もなさそうだ。

 サシミはそのうち、おしぼりで首や耳、躰まで拭き始めた。完全に仕事帰りの飲み屋のサラリーマンのようで、
(わたしのこと、まったく意識してない証拠だわね)
 レンカはくやしさでプルプルと手をにぎった。プライドにかけて、なんとか思い出してもらわないと気がすまない。
 なにしろ自分はヒロインなのだ。ここでまた助けてもらったことも、イベント発生のフラグに違いない。
(わたしは攻略の鬼なんだから!)

「ちょっと失礼」
 レンカは席を立ってレストルームへ走った。ポーチを出し、急いで化粧直しをする。くちびるはいつもよりグロス増し増しだ。
 すましてもどって来たレンカを、今度はサシミがまじまじと見た。
(うふふ、わたしのキラキラのくちびる見てる見てる)
 サシミが顔を近づけて来る。
(釣れた!)胸中ガッツポーズを取るが、彼は声をひそめ、そっとナプキンをレンカへわたした。

「つまみ食いした? 油ついてる」
「あ、はい……」
(だめだ、このひとはもっとダイレクトに行かなくては)
 テーブルをはさんで、レンカはもう一度サシミを見つめた。
 彼はどんな女性が好みなのか。どんなタイプだろうと演じてみせる。  
(さあ、攻略開始よ!)
 
 まずはタイプA・儚げ女子!
「わたしのこと……ほんとに憶えていないんですか?」
 タイプB・ツンデレ!
「べ、別にあんたのこと憶えてたわけじゃないんだから!」
 タイプC・メンヘラ!
「憶えてないんだ? あなたを殺してわたしも死ぬ!」
 タイプD・理系女子!
「一度脳の検査したほうがいいわね」
(あれ、これはツンデレだっけ?)
 
 もう何が何やら分からなくなってきたころ、サシミが手を叩いてよろこんだ。
「きみっておもしろいなー」
「はは……楽しんでくれて何より……」
 どうやらコントだと思われたようだ。
 力が抜けたと同時に、料理ができあがった合図のビーコンが鳴る。サシミがふたりぶんの皿を運んで来てくれた。

(あれ?)
 トッピングに、クラッシュしたピスタチオが散らばっている。厨房の彼らが、マツの実や鬼グルミの代わりに乗せてくれたに違いない。
「彼らはプロだからね、オーダーは極力応えてくれるんだよ」
 サシミはほくほくと皿の匂いを嗅ぐ。あの強面の料理人が、自分のぶんまでトッピングしている図を想像すると微笑ましかった。
 レンカが手をあわせると、サシミはすでに満足げに咀嚼していた。自分も早速カトラリーを取り麺をまぜる。
「いただきまー……!」

 だが食事をすることなく、レンカは絶叫をあげて椅子ごと後ろへひっくり返った。
 不思議そうにレンカを見るサシミ。ほかのスレイヤーたちも、何事かとわらわら集まって来る。
「パっ、パスタが動いて……!」
「そりゃ、こいつら散策するもの」
(散策するボロネーゼってそういう意味!?)
「い、いやああぁ!」
 
 レンカは反射的に起き上がると、そのまま駆け出した。厨房から出て来た料理長が、ミートに絡まって蠢くの皿を見下ろし、訝しげにつぶやく。
「注文、って言ったよなあ?」

(もーいや! 完全にルートを間違えた)
 レンカはロビーを、早足でずんずんと突っ切っていた。
 取引も何も知ったことではない。
 正式な契約も発生していないし、なんなら自分でウィルスの存在を明らかにすれば、少女の事件は証明できるはずだ。
 スピネルの言う通り、『デザート無双2』は習慣や文化、まったく世界が違った。
(こんな場所で生活していけるわけがないんだ)

〝帰る? or 続ける?〟
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒猫ですが精霊王の眷属をやっています、死んだ公爵令嬢とタッグを組んで王国の危機を救います

玄未マオ
ファンタジー
そこは精霊王フェレーヌドティナと部下の四大精霊が人々の歴史を見守る魔法も存在する世界。 精霊王をなれなれしくも「ティナ」と愛称で呼ぶ黒猫の魂が、婚約破棄の後毒殺された公爵令嬢とともにその真実を白日の下にさらす。 この物語は 『王宮の幻花 ~婚約破棄された上に毒殺されました~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/886367481/926792984 の一章から二章の半分までを黒猫クロ目線でダイジェスト版にまとめたものです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

処理中です...