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この世界は気持ち悪いのか?

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 ある夜、僕は家を出た。
 ただの散歩のつもりだった。

 外は寒く、空は澄み切っていた。
 月がぽつんと一つ浮いていて、弱い光を放っている。

 時刻は十時を回っていた。
 家に帰るサラリーマンや、塾帰りかと思われる高校生ぐらいの子が自転車で通り過ぎていく。

 僕はその人達を横目にどこへ行こうか悩んだ。
 目的地など決まっていない。

 ただ、家にいるのが窮屈に感じてしまい外に出てしまった。
 まあ、その変の道をてきとうに歩こうと思った。

 僕は意識せずてきとうに歩いて行く。
 視線はいつも地面に向いていた。

 僕は小さなときから、町を歩くときは地面を見つめていた。
 人の目が怖いのだ。
 人に見られるのが、とても怖かった。

 通り過ぎていく人達にどう思われるか怖い。
 だから、散歩をするのは夜が良い。
 夜は良い。
 暗闇が僕の存在をいくらか薄めてくれる。

 てきとうに歩いて行くと、僕はいつの間にか大通りにいた。
 隣の道路には車がたくさん走っている。
 東京へ向かうであろうトラックも何台も走っていた。

 運転手の顔は見えない。
 見ないようにした。
 彼らが夜中に歩く僕をどう思っているのか見られるのが怖い。

 僕は早くこの場所から立ち去りたかった。
 自然と足が早歩きになる。
 信号を渡り、細い道に入る。

 一本隣の道は、恐ろしくシンとしていた。
 辺りには畑が広がっている。
 
 人は一人もいない。
 この場所だけ、他の場所より寒い気がした。

 昔に何度か来たことがある場所だ。
 来たと言っても、通り過ぎただけだ。
 記憶では確か少し奥に公園があるはずだ。

 僕はその公園に向かうことにした。
 その公園はとても小さい公園だ。
 ベンチが一つと、ブランコが一つだけだ。
 それだけで、照明もない。

 僕は今までその公園で遊んでいる子供を見たことがない。
 こんな立地の悪いところに、わざわざ子供を連れて来る親は中々いないだろう。

 僕は公園に着き、ベンチに座ろうとした。
 座ろうとしたのだが、僕はそこにすでに人が座っていることに気がつかなかった。
 照明がないため、そこに人がいることに近くに来るまで分からなかった。

「うわあ!!」と僕は叫びながら退く。

 ベンチに座る人の反応はない。
 表情は分からない。
 ただ、顔はこっちを向いていた。

 驚く僕をどう見ているのだろうか。
 どう思われているか怖い。
 それに心霊的に怖い。

 何故こんな時間に一人でベンチに座っているのだろうか。
 いや、今からベンチに一人で座ろうとしている自分が言うのもおかしいか。

 僕はしばらくその形で止まっていた。
 身体が動かなかった。

「……大丈夫ですか?」とベンチに座る人は言った。

 どうやらその人は女性のようだった。
 暗くてよく見えないのだが、その女性は僕と同じくらいの年齢に見えた。

「大丈夫?」と彼女はもう一度言う。
「ああ、ごめん、大丈夫」と僕は言った。

 沈黙が訪れる。
 その間、僕と彼女は見つめ合っていた。
 彼女の髪はとても長かった。
 それがその間で唯一分かったことだった。

「座らないの?」

 彼女は自分の隣を軽く叩いた。
 僕は黙って座る。
 座ると目の前には、畑が広がっている。
 とても退屈な光景だった。

「なんでこんなところに来たの?」と彼女は尋ねてきた。

 彼女もつまらない畑の光景を眺めていた。

「……なんでだろう。暇だったから、かな」
「変な人」と彼女は軽く笑いながら言った。
「君も同じじゃないか。君は、なんでこんなところにいるの?」
「さあ、なんでだろう。君と同じで暇だったからかな?」
「じゃあ、君も変な人じゃないか」と僕は言った。
「そうかも」と彼女は笑いながら言った。
「あなたは高校生? それとも大学生?」
「高校生だよ。高校二年生」
「なんだ、同い年じゃない」
「へえ、君も高校生なんだ。なんだか大人っぽいから大学生だと思った」と僕は言った。
「ああ、違うの。私はあなたと同い年だけど、高校生ではないの。私、高校に行ってないの」
「ああ、そうなんだ」と僕は気まずく言った。
「そうよ。私、学校が嫌いなの」

 ベンチの上に置いていた手が彼女の手に触れた。
 彼女の手はとても冷たかった。

「なんで嫌いなの?」
「んー、学校自体は好きなのよ。勉強も嫌いじゃないし。だけど、学校にいる人間がとても嫌いだった。本当に嫌いだったの」

 彼女の声は変わらなかった。
 抑揚のない、感情のないような声だった。
 しかし、声は綺麗だった。

「いじめられてたの?」と僕は尋ねた。

 普段ならそんなこと聞かない。
 だけど、さっき会ったばかりの彼女になら聞けると思ってしまった。

「いじめられてはなかった。友達も数人いて、周りの人はごく普通な人達だった。だけど、私にはそれが耐えられなかった。嫌いなクラスメイトにニコニコして、毎日つまらない会話をする。そうすることで自分は孤独ではないのだと、周りにも自分にも言い聞かせる。私はそういう人間関係がとても気持ち悪かった。吐いちゃうくらい気持ち悪い」

 彼女はそのときだけ、声に少し抑揚がついていた気がした。
 それはほんの些細な変化だった。
 僕の聞き間違いかもしれない。

「遊びたくない人と休日に遊んで、放課後は一緒に勉強会をする。それのどれもかれもが嫌になってやめたの。こんなことをして生きなきゃいけない世界は、滅んでもいいと思った」

 彼女はそう言ってから立ち上がった。

「ごめんね。見ず知らずの君にこんなこと話しちゃって」と彼女は言った。
「べつに大丈夫。さっき言ったとおり、僕は暇してたから」

 彼女はニコッと笑った。
 そこで初めて彼女の顔がはっきりと見ることができた。
 その笑顔はとても魅力的なものだった。

 彼女は胸の前で手を振って公園を出ていく。
 彼女が見えなくなると僕も立ち上がり、家に帰った。

 家に帰ると眠くなり、そのまま眠ってしまった。
 朝起きると準備をし、学校に行く。

 教室に入るとみんな友人たちとお喋りをして過ごしていた。
 それを見て昨日、彼女の言ったことを思い出す。
 そうすると、クラスにいる全員が自分の立場を守るために友人と過ごしているように見えた。

 ああ、確かにこの世界は滅んでもいいなと思った。
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