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101. 偶然

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「まさか……アリス様がブランク様を罠に仕掛けたとか?」

 兵士たちからそのような声を聞きハッとするブランク。まさかアリスが仕掛けたことだったのか?いや、そんなはずはない。この本を手に入れたのは数年前のこと。アリスが嫁いでくる前のことだ。

 それとも彼女は

「お前は未来視でもできるのか……?それとも記憶操作か!?」

 怯えたような目でアリスを見て叫ぶブランク。その言葉に周囲の者もざわざわと騒ぎ出す。

「皆様……何を仰っているのですか?」

 呆れたような顔をするアリスに視線が集まる。

「私が愛しの旦那様を罠に嵌めるような女に見えますか?」
 
 見えますと心の中でだけ言う一同。

「人間が未来視なんてできると思いますか?」

 できないと思います。が、あなた様ならできそうです。これまた心の中でだけ言う一同。
 ちなみにアリスは未来視などできない。会話や行動を別の場所から覗き見て、どういったことになろうかと予測して先回りした行動はできるが……それはあくまでアリスの分析でしかない。

「答えは簡単、たまたまですよ」

「「「………………………………」」」

 そんなことある?えっ、冗談?

 アリスの顔はニコニコしており、嘘か誠か実にわかりにくい。彼女の実力はこの場の者はよく知っている。だからこそ想像ができないことまでできるような気がしてしまう。

「そのイリスが作った「やめてください」……その本はせっかく作ったのにすぐに行方不明になってしまったのです。少し探してみたのですが見つからず」

「見つかっていたらすぐに燃やしております」

 イリスが早口で言う。それもそうか。なんか恥ずかしいよな。いや、すごい本なのだ。魔力を閉じ込め限りなく本物に近い立体映像を出すことができる本。だが、なんか召喚紋とか考えて描いちゃってるし……こうなんか若かりし日の勢いというか、いわゆる黒歴史的な感じがする。

「どうして紛失してしまったのだ?」

「それは………………」

 王の問いにアリスが深刻な顔をする。

「あれは……晴れた日のことでした」

 うん?晴れた日?こういうときは暗い天気のイメージだが。

「イリスとフランクとその本で誰かを驚か……どれだけの完成度か確認しようと思ったのです」

 驚かしてやろうと思ったのか……

「どうせ見せるなら魔物とよく戦う猛者が良いと思いました。その為母に見せに行ったのです」

 アリスの母……すなわちカサバイン家当主エレナ。猛者といえば猛者なのだろうが、何か違和感がある。

「母の元へ向かいましたら偶然にも家臣たちと会議をしていたのです。たくさんの人から感想をもらえるビッグチャンスだと思いました。…………うざいジジイやババアもいたし」

 …………それは感想をもらうのではなく、ビビる姿を見たかっただけではないのか?

「様子を見ておりましたらぎゃあぎゃあとくだらない議論を聞いて母がうんざりした顔をしておりましたので、今だ!と思い映像を出現させました」

 その時のことを思い出しているのか実に良い笑顔だ。どの辺が今だ!と思ったのかは謎だが。

「カオスに陥りました」

 流石にエレナは騙せなかった。偽物だとすぐに見破り落ち着き払っていた。問題は家臣だった。幸いなことに怪我人は出なかったが、戦える者がいたからか会議室が滅茶苦茶になってしまった。

「母の怒りという名の雷が落ちました」
 
 そらそうだ。

「ちょっとした悪戯でしたのに」

 いやいや、さっきからころころと見せに行った理由が変わっている。

「お説教3時間。その後母が魔力の阻害魔法をかけてどこかに売り飛ばしてしまいました。阻害魔法のせいでイリスの魔力を感じられなくなり探すことができなくなってしまったのです。ちなみに母の魔力を辿ろうとしましたが流石母、それも辿ることができませんでした」

 は、はあ。

「それが罰だと言い、当時は何いってんだこのオバハンはって苛ついたものですが。今となっては意味がわかった気がします」

 ちらりとイリスを見る。睨み返された……怖い。

 当時なんか魔物をイメージして紋様作って、魔物を映像化して。なんかそういうことしてる自分っていけてる、すげーとか胸張っちゃってて。そういうのって悪いことではないし、良い思い出とも言えるのだが…………なんか猛烈に恥ずかしい。

 特にそれが大勢の前で披露されているなんて……顔から火が出るほど恥ずかしい。

「いやいや、アリス様は無傷だから良いではありませんか!」

 イリスの叫びに同情的な視線が向けられる。確かにこれを作ったのはイリスだ。

「イリスちゃん、怖いわ~。それにしてもあなたもまだまだ精進しないと駄目よ。魔物の気配なんて一切なかったでしょ?その時点で疑問に持たないと。魔物が出たと聞いて何慌ててるのよ」

 ヤレヤレと首をふるアリス。言ってることは間違っていないし、反省しなければならないのだがなんだか腹が立つ。

「兵士の皆様も、魔物という言葉や見た目に騙されてはなりませんよ。そもそも眼の前の魔物が何もせずにそんなに長時間ぼーっとしているわけないじゃないですか。思い込みも甚だしいですわ」

「「「も……申し訳ありません」」」

 アリスより余程でかい図体を竦める兵たち。

「一番ヤバいのはあなたですよ!」

「あ……と…………なに……が」

 ビシッと指を指されたブランクはうまく言葉が出てこない様子。

「そもそもこんなこと企むこと自体論外ではありますが。それは横に置きまして。まず魔物が本物かどうかくらい確かめましょう。触れてみれば即座にわかりますし、よーーーく見れば少しだけ透けています。それに言うことを聞くかどうかくらい試しておきましょう。命令はしたことありますか?ああ、返事は結構です。どうせなんか怖いし、自分を襲う気配はないから、さっさと召喚できるかだけ確認して本に戻してしまおうとか思っていたんでしょう?」

「…………っ……」

 彼の顔が羞恥で赤くなる。図星だった。

 アリスはその後も何やら皆にブツブツ言っているが、王が遮る。

「アリス、その辺で良いだろうか。そろそろブランクを捕縛しなければ」

「あら陛下失礼致しました」

 王は騎士たちに目線を送る。ブランクの腕を掴む騎士たちは王に視線を返す。

「………………牢へ」

 さっとその場にいた者たちの顔に緊張が走った。この騒動を王は重罪と捉えたようだ。やろうとしたことは重罪、やったことは何やらたちの悪いイタズラ……と言えなくもない。後者として取り扱おうとすれば自室に監禁というところだ。

 だが、王は前者を取った。

 ブランクは抵抗せず、連れられて行く。理想と現実の差に頭が追いつかないのか。ことが大きくなりすぎたことへの衝撃か。それとも……何一つうまくいかなかったことへの絶望か。

 それとも、やっと自分がやってきたことがヤバイと認識したのか。



「アリス…………」

 騒ぎを聞きつけてやってきたザラがアリスの名をそっと呼ぶ。

「お義母様。約束は必ず守ります」

「ありがとう……」

「それにしても我が夫は本当に小者感満載ですね」

「………………そうね」

「元は悪くないのに他の方が自分以上に優れている劣等感。力を得てもその振るい方もわからぬとは哀れな……」

「…………力は得ていなかったわね」

「お義母様!見ていてくださいませ!」

「?」

 何を?

「力とはこう振るうものだとブランク様に手本を見せて参ります」

「え……?ああ…………頑張って?」

 アリスは何を言っているのだ?理解が追いつかない。

「夫の調教は妻の務め。ブランク様の至らぬところは私が教えて差し上げましょう」

「…………………………」

 アリスは何をしたいの?ブランクを救う手立てを考えてくれるのでは?調教?見本?力?

 自分の理解が及ばぬアリスの言葉にザラは言葉を失った。



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