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魔王からの招待編
第74話 魔将
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2秒ほどだろうか。
閃光に視界を奪われてからそれくらい経って、ようやく光は収まった。
特に、体に異常はない。
隣を見ても、魔夜中紫怨も異常は感じていないようだった。
しかし、前を見ればその理由にも納得できる。
あれは見せかけの光などではないと、理解できる。
目前には、ひとりの男が立っていた。
もちろん、族長とは別に。
タイミング的に、召喚魔法なのだろう。
3メートルはある身長。
紫の肌。
6本の腕。
筋肉質な上半身を晒している。
頭には、2本の角。
髪は金で、不愉快そうな表情をしていた。
「これっぽっちの代償でオレを召喚するか」
たとえ人の形をしていようと、あれが人でないことは容易に分かる。
その存在が放つ異様な雰囲気は、決してこの世界の住民のものではない。
「葵……アレはまずい…………」
隣から掛けられる魔夜中紫怨の忠告が耳に入らないほどの威圧を放たれながらも、頭を必死に働かせる。
目の前の”アレ”はなんなのか。
その答えは、既に出ている。
アレは──
あの存在感は──
魔界から召喚された、悪魔。
それも、ただの悪魔ではなく。
上位の、強力な悪魔だ。
「オレを召喚したのはどいつだ?」
魔夜中紫怨、枷月葵、族長、と。
順に見る悪魔に、言葉を投げかけたのは族長だった。
「わ、私が召喚した! 契約に基づき、我が願いを叶えよ!!」
「ほう、矮小な魔族がオレを召喚したか。たった三百の魂で?」
三百の魂。
奥の手と言ったのも納得だ。
つまり、集落にいる魔族の命と引き換えに、悪魔を召喚したということ。
自分の名誉のためにそこまでするとは、なんとも酷いヤツだ。
「代償は支払った! アイツらを殺せ!!」
族長は悪魔の威圧を感じないのか。
なぜか上手に出ようとしている。
ただ、悪魔はそれを気にしていないようで、興味深そうに族長を眺めていた。
「なるほど。だが、オレはお前のようなザコに従うつもりはない。とはいえ、召喚された以上、願いは叶えなければならん。名を述べよ、矮小な魔族よ」
「リスト、だ」
「オレは魔将グルシーラ。望みを言うが良い」
悪魔の召喚。
それは、代償を差し出す代わりに己の願いを叶えてもらう、という契約。
「アイツらを殺せ!」
族長は俺たちを指差しながら、悪魔に願う。
───アレは……まずい……。
「ふむ」
悪魔が、その金眼を俺たちへと向ける。
瞬間、全身に寒気が走る。
殺気、のようなものだろうか。
あるいは”威圧”とも言えるかもしれない。
人生で感じたことがないほどの、覇気のようなものを感じた。
無意識に呼吸が早くなるのを感じる。
自分の呼吸音がやけにうるさい。
隣では、魔夜中紫怨が呼吸を整えるよう、深呼吸を試みてるのが見える。
「アレらは勇者ではないか。勇者の討伐を依頼するにしては代償が足りないな」
「なッ────!?」
すかさず、悪魔──グルシーラは族長の胸に一本の腕を突っ込んだ。
何の躊躇もなく、一瞬でやってのけたのだ。
「だが、安心しろ。オレは寛容な男だ。追加でお前の魂を貰う程度で勘弁してやろう──と、もう死んでいるか」
そして、一瞬で絶命させた。
俺が認識した頃には、既に事切れた族長が転がっていた。
───なんなんだ…………。
理外の化物。
正真正銘の、怪物が目の前にいる。
「葵……」
そもそも魔将とは、どの程度の強さを誇るのか。
悪魔はそれぞれ強さによって、階級が付けられている。
下から、下位悪魔、中位悪魔、上位悪魔、魔将、悪魔王、冠者、だ。
こう見ると、魔将は一見大したことがないように見えるが、それは違う。
そもそも、冠者と呼ばれる最高位の悪魔は、9体しか存在しない。
その下にいる悪魔王も、数えられる程度だ。
悪魔の数に対し、冠者、悪魔王、魔将が占める割合は、実に1%ほど。
上位悪魔でさえ、冒険者で言えばAランク以上の強さを誇る。
更には、上位悪魔と魔将とでは圧倒的な差まであるのだ。
上位悪魔が4匹で挑んでも、魔将1匹に勝てるかどうか。
そのレベルの存在なのである。
それを、平和な異世界からやってきた日本人如きにどうにかできるわけもない。
「さて、待たせたな。オレはあまり客人を待たせるのは好きではないんだ」
───どうすれば逃げられる……? この展開を打開できる……?
体が上手く動かせない。
「さて、では始めようか」
グルシーラが、歩き出す。
ゆっくりと、俺たちへと向かって、歩いてくる。
───どうすればいい……!
目の前に迫りくる威圧に、頭も上手く回らない。
金縛りにあったかのように、体も動かない。
「はあぁぁッ!!!」
そんな中、魔夜中紫怨が駆け出した。
隣で、己を鼓舞するように声を上げながら。
全力で地面を蹴って、魔将グルシーラへと肉薄した。
「<天魔破断>ッ!」
そして、剣を振るう。
聖なる光を纏った剣先が、グルシーラへと迫る。
高速で振り下ろされる剣は、俺ならば反応さえできないだろう。
だが、グルシーラは違った。
「ふんッ!」
6本ある腕の1本が、魔夜中紫怨の剣を受け止めたのだ。
ガキンッ!
とても、肉体と金属が接触した時のものでは無い音が響き渡り、剣は弾かれる。
剣を弾かれた魔夜中紫怨は、体勢を崩している。
グルシーラがそれを見逃すはずもなく──別の腕が腹を殴った。
「がッ……ふッ……!!」
どんな怪力なのか、それだけで魔夜中紫怨は吹き飛ばされた。
目に見えていた結界といえば、そうだが。
実際、あそこまで軽快に吹き飛ばされるとは、思いもしなかった。
彼が魔将へと迫った時よりも速く、吹き飛ばされているだろう。
「お前は来ないのか?」
そして、すぐに興味をなくしたのか、俺に視線を向けてきた。
来ないのか、と。
王者が挑戦者を待つように。
俺が挑んで来ることを、待っているようだった。
「来ないならば、オレから行くが?」
ただ、体が動かない。
頭も回らない。
どうにかしないといけないのに、その手段が思いつかない。
グルシーラが本気を出していないことは、確かだ。
なんのつもりかは知らないが、やろうと思えば俺たちを一瞬で殺せるはず。
遊んでいるのか、油断しているのか。
なにせ、アレに本気を出させてはいけないことは理解できる。
ちらと、魔夜中紫怨の方を見る。
ぐったりと項垂れているが、死んではいないだろう。
僅かだが、呼吸をしているのは伺えた。
「オレを差し置いて、仲間の心配とはナメられたもんだなぁ!」
───まずい……!
俺が魔夜中紫怨を一瞥したのが気に入らなかったのか、視線を前に戻したとき、グルシーラは目前に迫っていた。
本当に、一瞬よそ見をしただけだったのだが、それさえも許されなかった。
───来るッ……!
腹を殴られるだろうと、推測できた。
それが頭をよぎったからか、咄嗟に腕を腹の前で組む。
これが意味を為すかどうか、というより、反射で腕が動いてしまったという方が正しい。
「弱ぇな、お前」
「え?」
ズンッ、と。
全身に、衝撃が走った。
だが、それも一瞬のこと。
次の瞬間には、妙な浮遊感が俺を襲う。
───何……が……?
理解をするよりも前に。
ドンッ、と。
次は、何かに思い切りぶつかるような感覚。
「かっ……はッ!?」
そこで、動きが止まったのを感じた。
何が起きたのかを理解しようと、前を見ようとするが、視点が定まらない。
分かったことは、魔将グルシーラに何かをされたということ。
俺は為すすべもなく、飛ばされたということだった。
「なッ……うっ、おぇッ……」
衝撃と、不快な浮遊感から来る吐き気。
痛みを拒否する脳に対して、それ以上の痛みを訴えかけてくる全身。
骨折は確実にしているだろうか。
辛うじて、意識だけはある。
これを幸いと言えるかどうかはともかく。
あいにく、痛みを感じる意識だけは手放せなかった。
「うぁ……、ゲホッ! おぇ……ッ!」
あまりの苦しさに、その場に吐き戻す。
気持ち悪さに抵抗できず、体が求めるままに。
俺の意思に反して、体は動いている。
「オレは弱いものイジメは好きじゃないが、弱いヤツも好きじゃない」
だんだんと、朦朧としていた視界が色を取り戻していく。
少し離れたところに立つ魔将。
考えるに、あそこから飛ばされたのだろう。
「ほう、お前、意識を失わなかったのか」
ただ、俺が意識を持っているのを確認した瞬間、感心したような声を漏らした。
残念ながら、俺は意識を失わなかっただけだが。
それでも、悪魔は気にせず、こちらへとゆっくり歩き始めた。
「弱いヤツは嫌いだが、根性があるヤツは嫌いじゃない。安心しろ。すぐに殺してやろう」
───なにか、しなければ……。
打てる手は、あるか。
あまりの痛みに、頭は上手く回らない。
コツ、コツ、と。
ゆっくりと近付く、死へのカウントダウンに対抗する手段は、あるのか。
どうすれば、生きれる。
エリスを救い、魔夜中紫怨も救い、生きて帰るにはどうすればいいのか。
そんなことを考えている間にも、一歩、また一歩と。
魔将は、こちらへと近付く。
ここまで圧倒的な差があるとは、思わなかった。
魔夜中紫怨も、起き上がる気配はない。
「なに、安心しろ。オレの糧になれるのだ。それに──お前らを殺せば、丁度悪魔王になれるくらいだからな」
女神も、これくらい強いのだろうか。
ならば、こんなところで屈するわけにはいかない。
───動け……動け……! 生きるために、動けっ……!
どれだけ願おうと。
俺の体が、動き出すことはない。
腕は完全に折れているのか。
足も折れているのだろう。
体が、言うことを聞かない。
「さらばだ、此度の勇者。苦痛なき死を与えてやる」
足音が、消えた。
見上げれば、グルシーラの顔が上にある。
すぐそこに、魔将は立っている。
グルシーラは、拳を振り上げた。
それが振り下ろされれば、俺は消し飛ぶだろう。
「まったく、君たちは世話が焼けるね」
だが、グルシーラが、その拳を振り下ろさんとする、その瞬間。
グルシーラの後ろから、声がかかった。
────────────────
お久しぶりです。
なろうの方では更新していたので、書き溜めが驚くほどあります。コンテンツ大賞もあるようなので、ぼちぼち投稿していけたらなと思います。
閃光に視界を奪われてからそれくらい経って、ようやく光は収まった。
特に、体に異常はない。
隣を見ても、魔夜中紫怨も異常は感じていないようだった。
しかし、前を見ればその理由にも納得できる。
あれは見せかけの光などではないと、理解できる。
目前には、ひとりの男が立っていた。
もちろん、族長とは別に。
タイミング的に、召喚魔法なのだろう。
3メートルはある身長。
紫の肌。
6本の腕。
筋肉質な上半身を晒している。
頭には、2本の角。
髪は金で、不愉快そうな表情をしていた。
「これっぽっちの代償でオレを召喚するか」
たとえ人の形をしていようと、あれが人でないことは容易に分かる。
その存在が放つ異様な雰囲気は、決してこの世界の住民のものではない。
「葵……アレはまずい…………」
隣から掛けられる魔夜中紫怨の忠告が耳に入らないほどの威圧を放たれながらも、頭を必死に働かせる。
目の前の”アレ”はなんなのか。
その答えは、既に出ている。
アレは──
あの存在感は──
魔界から召喚された、悪魔。
それも、ただの悪魔ではなく。
上位の、強力な悪魔だ。
「オレを召喚したのはどいつだ?」
魔夜中紫怨、枷月葵、族長、と。
順に見る悪魔に、言葉を投げかけたのは族長だった。
「わ、私が召喚した! 契約に基づき、我が願いを叶えよ!!」
「ほう、矮小な魔族がオレを召喚したか。たった三百の魂で?」
三百の魂。
奥の手と言ったのも納得だ。
つまり、集落にいる魔族の命と引き換えに、悪魔を召喚したということ。
自分の名誉のためにそこまでするとは、なんとも酷いヤツだ。
「代償は支払った! アイツらを殺せ!!」
族長は悪魔の威圧を感じないのか。
なぜか上手に出ようとしている。
ただ、悪魔はそれを気にしていないようで、興味深そうに族長を眺めていた。
「なるほど。だが、オレはお前のようなザコに従うつもりはない。とはいえ、召喚された以上、願いは叶えなければならん。名を述べよ、矮小な魔族よ」
「リスト、だ」
「オレは魔将グルシーラ。望みを言うが良い」
悪魔の召喚。
それは、代償を差し出す代わりに己の願いを叶えてもらう、という契約。
「アイツらを殺せ!」
族長は俺たちを指差しながら、悪魔に願う。
───アレは……まずい……。
「ふむ」
悪魔が、その金眼を俺たちへと向ける。
瞬間、全身に寒気が走る。
殺気、のようなものだろうか。
あるいは”威圧”とも言えるかもしれない。
人生で感じたことがないほどの、覇気のようなものを感じた。
無意識に呼吸が早くなるのを感じる。
自分の呼吸音がやけにうるさい。
隣では、魔夜中紫怨が呼吸を整えるよう、深呼吸を試みてるのが見える。
「アレらは勇者ではないか。勇者の討伐を依頼するにしては代償が足りないな」
「なッ────!?」
すかさず、悪魔──グルシーラは族長の胸に一本の腕を突っ込んだ。
何の躊躇もなく、一瞬でやってのけたのだ。
「だが、安心しろ。オレは寛容な男だ。追加でお前の魂を貰う程度で勘弁してやろう──と、もう死んでいるか」
そして、一瞬で絶命させた。
俺が認識した頃には、既に事切れた族長が転がっていた。
───なんなんだ…………。
理外の化物。
正真正銘の、怪物が目の前にいる。
「葵……」
そもそも魔将とは、どの程度の強さを誇るのか。
悪魔はそれぞれ強さによって、階級が付けられている。
下から、下位悪魔、中位悪魔、上位悪魔、魔将、悪魔王、冠者、だ。
こう見ると、魔将は一見大したことがないように見えるが、それは違う。
そもそも、冠者と呼ばれる最高位の悪魔は、9体しか存在しない。
その下にいる悪魔王も、数えられる程度だ。
悪魔の数に対し、冠者、悪魔王、魔将が占める割合は、実に1%ほど。
上位悪魔でさえ、冒険者で言えばAランク以上の強さを誇る。
更には、上位悪魔と魔将とでは圧倒的な差まであるのだ。
上位悪魔が4匹で挑んでも、魔将1匹に勝てるかどうか。
そのレベルの存在なのである。
それを、平和な異世界からやってきた日本人如きにどうにかできるわけもない。
「さて、待たせたな。オレはあまり客人を待たせるのは好きではないんだ」
───どうすれば逃げられる……? この展開を打開できる……?
体が上手く動かせない。
「さて、では始めようか」
グルシーラが、歩き出す。
ゆっくりと、俺たちへと向かって、歩いてくる。
───どうすればいい……!
目の前に迫りくる威圧に、頭も上手く回らない。
金縛りにあったかのように、体も動かない。
「はあぁぁッ!!!」
そんな中、魔夜中紫怨が駆け出した。
隣で、己を鼓舞するように声を上げながら。
全力で地面を蹴って、魔将グルシーラへと肉薄した。
「<天魔破断>ッ!」
そして、剣を振るう。
聖なる光を纏った剣先が、グルシーラへと迫る。
高速で振り下ろされる剣は、俺ならば反応さえできないだろう。
だが、グルシーラは違った。
「ふんッ!」
6本ある腕の1本が、魔夜中紫怨の剣を受け止めたのだ。
ガキンッ!
とても、肉体と金属が接触した時のものでは無い音が響き渡り、剣は弾かれる。
剣を弾かれた魔夜中紫怨は、体勢を崩している。
グルシーラがそれを見逃すはずもなく──別の腕が腹を殴った。
「がッ……ふッ……!!」
どんな怪力なのか、それだけで魔夜中紫怨は吹き飛ばされた。
目に見えていた結界といえば、そうだが。
実際、あそこまで軽快に吹き飛ばされるとは、思いもしなかった。
彼が魔将へと迫った時よりも速く、吹き飛ばされているだろう。
「お前は来ないのか?」
そして、すぐに興味をなくしたのか、俺に視線を向けてきた。
来ないのか、と。
王者が挑戦者を待つように。
俺が挑んで来ることを、待っているようだった。
「来ないならば、オレから行くが?」
ただ、体が動かない。
頭も回らない。
どうにかしないといけないのに、その手段が思いつかない。
グルシーラが本気を出していないことは、確かだ。
なんのつもりかは知らないが、やろうと思えば俺たちを一瞬で殺せるはず。
遊んでいるのか、油断しているのか。
なにせ、アレに本気を出させてはいけないことは理解できる。
ちらと、魔夜中紫怨の方を見る。
ぐったりと項垂れているが、死んではいないだろう。
僅かだが、呼吸をしているのは伺えた。
「オレを差し置いて、仲間の心配とはナメられたもんだなぁ!」
───まずい……!
俺が魔夜中紫怨を一瞥したのが気に入らなかったのか、視線を前に戻したとき、グルシーラは目前に迫っていた。
本当に、一瞬よそ見をしただけだったのだが、それさえも許されなかった。
───来るッ……!
腹を殴られるだろうと、推測できた。
それが頭をよぎったからか、咄嗟に腕を腹の前で組む。
これが意味を為すかどうか、というより、反射で腕が動いてしまったという方が正しい。
「弱ぇな、お前」
「え?」
ズンッ、と。
全身に、衝撃が走った。
だが、それも一瞬のこと。
次の瞬間には、妙な浮遊感が俺を襲う。
───何……が……?
理解をするよりも前に。
ドンッ、と。
次は、何かに思い切りぶつかるような感覚。
「かっ……はッ!?」
そこで、動きが止まったのを感じた。
何が起きたのかを理解しようと、前を見ようとするが、視点が定まらない。
分かったことは、魔将グルシーラに何かをされたということ。
俺は為すすべもなく、飛ばされたということだった。
「なッ……うっ、おぇッ……」
衝撃と、不快な浮遊感から来る吐き気。
痛みを拒否する脳に対して、それ以上の痛みを訴えかけてくる全身。
骨折は確実にしているだろうか。
辛うじて、意識だけはある。
これを幸いと言えるかどうかはともかく。
あいにく、痛みを感じる意識だけは手放せなかった。
「うぁ……、ゲホッ! おぇ……ッ!」
あまりの苦しさに、その場に吐き戻す。
気持ち悪さに抵抗できず、体が求めるままに。
俺の意思に反して、体は動いている。
「オレは弱いものイジメは好きじゃないが、弱いヤツも好きじゃない」
だんだんと、朦朧としていた視界が色を取り戻していく。
少し離れたところに立つ魔将。
考えるに、あそこから飛ばされたのだろう。
「ほう、お前、意識を失わなかったのか」
ただ、俺が意識を持っているのを確認した瞬間、感心したような声を漏らした。
残念ながら、俺は意識を失わなかっただけだが。
それでも、悪魔は気にせず、こちらへとゆっくり歩き始めた。
「弱いヤツは嫌いだが、根性があるヤツは嫌いじゃない。安心しろ。すぐに殺してやろう」
───なにか、しなければ……。
打てる手は、あるか。
あまりの痛みに、頭は上手く回らない。
コツ、コツ、と。
ゆっくりと近付く、死へのカウントダウンに対抗する手段は、あるのか。
どうすれば、生きれる。
エリスを救い、魔夜中紫怨も救い、生きて帰るにはどうすればいいのか。
そんなことを考えている間にも、一歩、また一歩と。
魔将は、こちらへと近付く。
ここまで圧倒的な差があるとは、思わなかった。
魔夜中紫怨も、起き上がる気配はない。
「なに、安心しろ。オレの糧になれるのだ。それに──お前らを殺せば、丁度悪魔王になれるくらいだからな」
女神も、これくらい強いのだろうか。
ならば、こんなところで屈するわけにはいかない。
───動け……動け……! 生きるために、動けっ……!
どれだけ願おうと。
俺の体が、動き出すことはない。
腕は完全に折れているのか。
足も折れているのだろう。
体が、言うことを聞かない。
「さらばだ、此度の勇者。苦痛なき死を与えてやる」
足音が、消えた。
見上げれば、グルシーラの顔が上にある。
すぐそこに、魔将は立っている。
グルシーラは、拳を振り上げた。
それが振り下ろされれば、俺は消し飛ぶだろう。
「まったく、君たちは世話が焼けるね」
だが、グルシーラが、その拳を振り下ろさんとする、その瞬間。
グルシーラの後ろから、声がかかった。
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お久しぶりです。
なろうの方では更新していたので、書き溜めが驚くほどあります。コンテンツ大賞もあるようなので、ぼちぼち投稿していけたらなと思います。
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