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異世界転生編

第42話 He is only the hero.(1)

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 目の前に現れた男を油断なく睨みつける。

 それは仲間も同じようで、皆臨戦態勢にすぐさまなっていた。

 そしてアビーは姿を隠すスキルを使い、男の後ろに移動していた。

「お前は…何者だ?」

 剣の先を男に向け、俺は油断なく問い詰める。

 黒いローブを纏い、フードを深くまで被っている。そのせいか、顔は見えない。
 声は聞いたことのあるようなないような声。肉体は弱々しく、身長もそこまで大きくないだろう。

 ただ、警戒すべきは彼が誰にも気づかれずにあの場に現れたこと。気配を察知できないというのは異常事態なのだ。

「俺が何者か、か。不思議な質問だな、駿河屋光輝スルガヤコウキ

「はっ!!」

 男が答えた瞬間──男の後ろからアビーが姿を現し、短剣を突き刺すように男へと向かっていった。

 確実に避けられない距離での、視覚外からの不意打ち。
 対魔獣戦では使わなかったが、盗賊である彼女の最強の攻撃とも言えるだろう。

 短剣の切先は男のローブへと直行し、深く突き刺さる。

「取った…!」

 アビーが狙った場所は、心臓。確実に息の根を止めるために、心臓を損傷させることを優先させたのだ。

 ズブリと短剣が刺さり、男の心臓に深く傷を与えた────ように思われた。

「………」

 男はふらりとよろめき、アビーに覆い被さるように倒れたのだ。

 それは一見、アビーが男を殺したからのように見え、光輝たちは当然、勝利を確信していた。

 その場で危機を覚えていたのは──アビーのみだ。

 男はアビーに覆い被さった後、何かを小声で呟いた。

 光輝たちには聞こえないほどの声量。近くで聞いたアビーですら、何を言ったのかはハッキリ聞こえないレベルだった。

 何をしたのか、理解した者は居ないだろう。

 アビーでさえ、自分が何をされたのかを理解しなかった。いや、出来なかった。


 アビーの自我は深い闇へと誘われていく。
 それをただ、朦朧とする意識の中で自覚する事しかできなかった。


「アビー、暗殺者か何かなのか?」

 よろめいたように見えた男が再び姿勢を戻しながら言葉を発する。

「なッ!?」

 光輝を驚かせるには十分だったことだろう。
 アビーが確実に殺したであろう男が未だ、生きているのだから。

 それも、隣にいるアビーの様子は大人しい。

 死んでいるかのように、その様子は静かなものだった。

「何をしたっ!?」

 光輝は問いかけるも、男は何も答えない。

「殺せ」

 端的な言葉を発したのみ。それが答えになるはずもなく、光輝たちは一瞬疑問の念を頭に浮かべる。

 もちろん、それは一瞬に過ぎない。

 次の瞬間、死んだように止まっていたアビーが動き出し、光輝たちの元へ向かってきたのだから。

 それも、歩いていくような仕草ではなく、短剣を構えて物凄い速度で、だ。

「まさかッ!」

 光輝は剣を構え、アビーに応戦する。仲間たちは何が起きたのか理解できず、固まっていた。

「アビーが精神支配を受けた!ルーナ!解除を頼む!」
「は、はいっ!」

 ルーナが魔法を詠唱し始める。

 彼女が使う聖魔法の1つには、精神支配から立ち直らせる魔法がある。確か第2階級の魔法だ。

 精神支配や精神を乱してくる魔獣、魔族は数多くいる。そういった敵への対処として必須なのだ。

「<洗脳解除アンチ・チャーム>!」

 アビーが神々しい光に包まれる。

 これは魔法が発動した合図だ。

「ルーナ、ありがとう。アビー、大丈夫か?」
「……」

 光は収まり、魔法は正常に発動した。

 それにも関わらず、アビーは光輝への攻撃を辞めようとしない。

「アビー!目を覚ませ!!ルーナ!どうなってる!?」
「わ、わかりません!魔法は確かに発動しました!」

 むしろ、その手が強くなっているかのような気さえしていた。

 先程までと比べ、本気で光輝を殺そうとしている戦い方だ。

 アビーの短剣が光輝を狙い、それを光輝が剣で防ぐ。そんな戦いを繰り広げていた。

「くそ!どうすればいい?どうすればいい!」
「こ、光輝様……」

 苛立ったような光輝の声。

 それにビクッと肩を動かすアビーを除く3人。

 そしてそれを気にせず、見事な体捌きで光輝を殺しにかかるアビー。

 アビーの剣は鋭さを増していくばかり。防戦には慣れていない光輝だ。その守り方にアビーが慣れてきたのだろう。

 仲間はその様子を遠くから見ているだけだ。

 何をすればいいか分かっていても、体が動かないのだろう。

「くっ………そが!」

 光輝からしてみればギリギリの戦いだ。
 幸いなのは黒ローブが参戦して来ていないことか。

 俺を殺す目的ならば参戦すれば良いものを、なぜ上から眺めているだけなのだろうか。

 そんなことを思うが、考える余裕は光輝にない。首元に一気に迫る短剣の切先をギリギリで受け止め、直ぐ様迫る追撃の一手を躱し、そんな瀬戸際の戦いを強いられていた。

 素早さを重視したアビーの戦い方は、光輝にとって相性が悪い。一方的に防衛に回るなら、の話だが。

───殺すしかないのか?いや、気絶させるだけでもいいはずだ……だが、そんなことをする余裕はない…どうすればいい?

 無駄なことを考えれば、光輝の命を確実の奪うべく、目前の仲間から剣が飛ぶ。一瞬の油断すら許されないだろう。

 超近距離で行われる戦闘はアビーのスタイルにぴったりだ。そもそも短剣のリーチは短いし、この距離ならばアビーに敗北はないだろう。

───くそっ!くそっ!アビー、ごめんな………。

 低い姿勢から繰り出されるアビーの突き。それは首元を目掛けていて──光輝を確実に殺す一手だ。

 だが、それが光輝に辿り着くことはない。

「か…はっ……!」

 光輝の剣がアビーを貫く。

 それは確実に胸を貫いていた。

 アビーが攻撃にすべてを振っていたからこその隙。それを上手く突いてアビーを殺したのだ。

 どさりと、アビーの体から力が抜けていくのを感じる。言葉もなく、死に至ったことが理解できた。

「すまない、アビー」

 そんな光輝の様子を見ていた仲間たちも、誰も光輝を責めようとはしない。全員が理解しているのだ。

 光輝はアビーからゆっくりと剣を引き抜くと、彼女の遺体を丁寧に床に横たえた。

 そして──仲間たちと同じく、憎むべき相手を睨み付ける。

 彼が参戦しなかった理由。それは、光輝がアビーを殺すのを見たかったからだろう。

 心の奥底から湧き上がる怒りと、勇者としての無力感。味方を死なせてしまったことに対する罪悪感も湧き上がってきた。

 ただ、その全ては黒ローブへの怒りに飲み込まれていく。

───あいつが、あいつがアビーを殺した。

 仲間たちも同じだろう。

 皆、憎むような視線を送りつけていた。
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