上 下
898 / 916
第九部:大結界の中心

エルスカインの都合とは

しおりを挟む
俺たちは大結界を阻止することや、その仕組みを解明することに気を取られていたけど、そもそも、なぜエルスカインは急いでいるのか?っていう話だな。

「確かにそうですね御兄様! 明らかに不自然です!」

「それにヒュドラの毒も俺たちに邪魔されて、ラファレリアに撒き散らす量にギリギリで血清を造るには足りないかもって話だし、『獅子の咆哮』をラファレリアまで飛ばすために必要な魔力も、エルスカインが持ってる全魔石に匹敵するかもしれないって事だったな」
「そのあたりを含めて考えると、今エルスカインのやってることは慎重な行動とはとても言えないですよね...」

「ああ。なんでエルスカインが急に慌てだしたのかってのは前にも話したけど、単に予定外の勇者が現れたからだとは思えないよ」
「御兄様を恐れてでは無いと?」
「きっと違うな。これほど心許ない状況なのに、なんで無理矢理にでも『いま』大結界を起動しようとしてるんだと思う? ヒュドラの毒は、二十年ほど待てば日光で分解されるという話だったろ。そうなったらまたヴィオデボラ島に踏み込んで、あの生きてるヒュドラだって利用できるかもしれない」

「わたしは地上に出る前のヒュドラの姿しか見ていませんけど、どうにも気味悪かったですよね。いまはもっと成長しているんでしょうし...出来れば見たくないです」
「気持ちは分かるけどね。ともかく数千年の時を超えてきたエルスカインなら、いま無理に勇者と闘わなくても、俺とシンシアが寿命で現世を去るのを待つことだって出来るんじゃ無いか? 二人とも勇者でハーフエルフだと言っても人の理は超えられないだろう。それからゆっくりと計画を進め直したっていいのに、なんでそうしない?」
「えっと...」
「以前に教えた師匠の言葉だよ。『やればいいと思うことを相手がしないのは、それが出来ないからだ』ってな?」

「つまりエルスカインはなんらかの理由で、いま大結界を起動するしかないのだと?」
「本当に『持ち時間が残り少ない』と言ってもいいかもしれない。でも残りの『時間』って言うよりも残りの『量』が少ないのかもな」

「あっ、高純度魔石っ!」

「そうだよシンシア。あの錬金術師はどんどん節約志向が高まってるって言ってただろ?」
「ええ、確かに言ってました!」
「その一番の理由が、さっきシンシアが推測した水路の触媒魔道具なんじゃ無いかな?」
「きっとそうですね! いったん大結界の井戸や水路に魔力触媒を配置して動かし始めたら、その魔道具は相当な魔力を消費し続けるんだと思います。日々、備蓄を削っているのでしょう」

「俺たちが現れたのは、こと魔石の消費に関してはダメ押しのようなモノかもな。去年までのエルスカインにとっては計算外の存在だし」
「ですよね!」
「エルスカインは俺たちを消し去ろうとした活動で、高純度魔石の備蓄をかなり消費しているはずだ。各地の『橋を架ける転移門ブリッジゲート』の維持だけでも大変だろうし、あの『ドラ籠』だって相当な魔力喰いだったと思うよ」

「だからエルスカインは、持っている高純度魔石を使い果たす前に、なんとしても大結界の起動を試みるしか無いんですね!」
「俺はそう思う」
「それに、摩耗した魔道具や枯渇した素材をどうやって補充するのかという問題もありますよね。あの老錬金術師も、古代の技術が失われたんのでは無くて、錬成する素材その物が枯渇してると言ってましたし、再現不可能なモノも多いかも知れません。ひょっとしたら、これが一度きりの機会なのかも...」

「かもしれない。とは言えエルスカインは、存在している限り諦めるって事はしないだろうけどね」

「私もそう思います。エルスカイン自身にも、今回失敗すれば次のチャンスは何十年後、何百年後になるか予測が付かないでしょう。高純度魔石を使わずに転移門を動かしたり、大結界を起動したりする魔導技術の開発からやり直す必要が出てくるかも知れません。もっとも、そんな事が出来るかどうかは分からないですけど」

「それでもエルスカインは俺たちの寿命が尽きて現世を去った後で、何百年かがかりで復活して、魔石に頼らない別の方法を編み出すかもしれないし、南部大森林にあった魔石サイロみたいな備蓄を新たに発見するかもしれない。なんにしてもヤツは人じゃない。絶対に諦めないし止まることも無い」
「ええ」
「だからエルスカインが存在し続ける限り、ポルミサリアに住む人々は、これからもエルスカインの見えない手に苦しめられ続けるって事なんだよ。俺たちが生きているうちに、エルスカインその物を滅ぼすしか無いんだ」

とは言え・・・もちろん俺だって、それが『言うは易し、行うは難し』だってコトは承知している。
だけど俺たちにはエルスカイン以上に『後が無い』のだ。
もしも大結界の起動を許してしまったら、いま生きている人族に未来がない。
やり直す機会は来ない。
そして大結界を止めることが出来ても、ここでエルスカインを完全に滅ぼせなければ、またいつか生まれた別の勇者が、長い長い戦いを仕切り直すことになるだろう。

「で、シンシア。さっきの話に戻るけど、大結界は正方形だ。円じゃ無い」
「はい?」
「どうして円形じゃ無いんだろ? グルグル流すのなら円環そのものの形にした方が良さそうなのにな」

「えぇーっと、想像で喋ってしまいますけど、以前に御兄様が仰っていた測量技術の問題かも知れませんね」
「測量で?」
「ええ、北部ポルミサリアの大部分に跨がるほど大きな結界を、綺麗な真円で描くのはかなり難しそうに思えますから。正確に円を描くよりは、直線を四つ結んで正方形を作る方が簡単に思えます」
「なるほど...」
「もちろん円より簡単と言っても、それすら現代の人族に出来る事では無いでしょうけど」
「まあ、ルリオンの城壁とか石組みの地上絵とはレベルっていうか規模がケタ違いだよな。そもそも真円をウォームに辿らせるってのも難しそうだし」

「ですね。ウォームの動きは魔法で完全に制御してるでしょうけど、『真っ直ぐに進め』という命令は指示も確認も簡単でも、微妙な角度で曲がり続けることは、指示するのも確認するのも並大抵の事じゃあ無いと思います」

「だから円環じゃ無くて正方形になったと。それは納得がいく」
「全部、勝手な想像ですけどね?」
「それはどんな戦いでも同じだよシンシア。魔獣が何を考えているか、次にどう動くか、それをより正しく想像できた破邪が生き延びる。武芸が冴えてるだけじゃダメなんだ」
「分かります...それで御兄様は、大結界が正方形で有ることで何が出来ると考えているのですか?」

「最初にアスワンから絵図で過去の奔流の変化を見せて貰った時、正方形の『四辺』よりも、ラファレリアで交差している『対角線』の方が奔流が太くて強いように見えたんだ」

「私もそう思います。むしろ先に対角線が成立してから、頂点を結ぶ四辺が伸びたように見えました」
「つまり...って当然のことだから分かったように言うのもナンだけど、大結界の基点...いや起点は、対角線の中心であるこのラファレリアなワケだろ」
「ええ」
「いや俺も当然のことを口にしてるって自覚はあってだな...えーっと、何て言うか、思考の整理って言うか...交差点にあるラファレリアで魔力触媒の大規模な臨界反応を引き起こして、そこで生じた強大な魔力を一気に四方に流して大結界に注ぐ。で、四つ角の頂点にある井戸でその魔力を受け止めて、結界の四辺に沿って流していく...後は水路のトンネルに置かれてるだろう触媒の魔道具で魔力の流れをどんどん加速?していけば、周囲の奔流を引き込むほどの強い力になって、そこから先はもう止まらなくなる...って事でいいんだよな?」

「はい。いま御兄様が仰った通りだと思います」

「結界のカタチが円環じゃなくて正方形なのは測量の問題もあるとして...なあ、この場合『正方形』ってのは地面に描かれたカタチだよな?」
「はい?」
「いやさ、仮に大結界を空から見下ろしたら正方形に見えるって、そういう事だろう?」
「そうですね。どれほど高く上がれば大結界の全体像を一望することが出来るのか検討もつきませんけど、理屈としてはそうだと思います」

シンシアが怪訝な表情をする。
今までずっと当然の事というか、大前提として気にも留めなかった『大結界の形状』について俺が級に拘り始めたのが不思議でならないのだろう。

だけど、最初にアスワンと大結界の目的について話した時に、彼が『大陸規模の巨大な魔法陣』と口にしてから、ずっと頭の隅に引っ掛かっていたことがあるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 1/13 HOT 42位 ありがとうございました!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

本からはじまる異世界旅行記

m-kawa
ファンタジー
 早くに両親を亡くし、広い実家で親の遺産で生活をする自称フリーター(自活しているので決してニートではない!)の沢野井誠(さわのいまこと)。あるとき近所に不自然にできた古書店で、謎の本を買うのだが、なんとそれは、『物語の中に自由に入れる本』だったのだ。  本気にしていなかった主人公はうっかりと現在ハマッているMMORPGの中に入ってしまい、成り行きでマジシャンに転職する。スキルを取得し、ちょっとだけレベルを上げて満足したところで元の世界に戻り、もう一度古書店へと向かってみるがそんな店が存在した形跡がないことに疑問を抱く。  そしてさらに、現実世界でも物語の中で手に入れたスキルが使えることに気がついた主人公は、片っ端からいろんなゲームに入り込んではスキルを取得していくが、その先で待っていたものは、自分と同じ世界に実在する高校生が召喚された世界だった。  果たして不思議な本について深まるばかりの謎は解明されるのだろうか。

「やり直しなんていらねえ!」と追放されたけど、セーブ&ロードなしで大丈夫?~崩壊してももう遅い。俺を拾ってくれた美少女パーティと宿屋にいく~

風白春音
ファンタジー
セーブ&ロードという唯一無二な魔法が使える冒険者の少年ラーク。 そんなラークは【デビルメイデン】というパーティーに所属していた。 ラークのお陰で【デビルメイデン】は僅か1年でSランクまで上り詰める。 パーティーメンバーの為日夜セーブ&ロードという唯一無二の魔法でサポートしていた。 だがある日パーティーリーダーのバレッドから追放宣言を受ける。 「いくらやり直しても無駄なんだよ。お前よりもっと戦力になる魔導士見つけたから」 「え!? いやでも俺がいないと一回しか挑戦できないよ」 「同じ結果になるなら変わらねえんだよ。出ていけ無能が」  他のパーティーメンバーも全員納得してラークを追放する。 「俺のスキルなしでSランクは難しかったはずなのに」  そう呟きながらラークはパーティーから追放される。  そしてラークは同時に個性豊かな美少女達に勧誘を受け【ホワイトアリス】というパーティーに所属する。  そのパーティーは美少女しかいなく毎日冒険者としても男としても充実した生活だった。  一方バレッド率いる【デビルメイデン】はラークを失ったことで徐々に窮地に追い込まれていく。  そしてやがて最低Cランクへと落ちぶれていく。  慌てたバレッド達はラークに泣きながら土下座をして戻ってくるように嘆願するがもう時すでに遅し。  「いや俺今更戻る気ないから。知らん。頑張ってくれ」  ラークは【デビルメイデン】の懇願を無視して美少女達と楽しく冒険者ライフを送る。  これはラークが追放され【デビルメイデン】が落ちぶれていくのと同時にラークが無双し成り上がる冒険譚である。

処理中です...