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第九部:大結界の中心
大結界の秘密
しおりを挟むで・・・大抵の場合、その『配下として働かせるためのエサ』は『永遠の命』という欺瞞だった訳だけだ。
けれど、その手を使うにしても、それほど多くの人々を騙して籠絡できるのか? って言うと、かなり難しいだろう。
中にはジャン=ジャック氏のように欺瞞のカラクリを即座に見抜く人も出てくるだろうし、関わる人数が増えれば秘密保持も難しくなっていくからね。
馬鹿なモリエール男爵少年やマディアルグ王のように、むしろ得意になってペラペラと喋るヤツも大勢出てくるだろうし。
だから、大勢を集めるって方法はナシだ。
「いやいやパジェス先生、エルスカインは配下の錬金術師に『魂を複製する』方法を開発させたんですよ。その技術を使えば、ホムンクルスに入れる魂の『元になる人物』は一人で良いわけです」
「魂の? 複製?」
パジェス先生が、まるで『言葉の意味が分からない』って表情で俺の顔を見た。
無理もないよな・・・
普通なら、そういうコトを口走ったら『頭がおかしい』と思われかねない話だ。
「言葉の通り、一人の魂を複製して、幾つもの新しい魂を造り出すんですよ」
「えぇぇっ!」
「そうすると出来上がったホムンクルスは魂を持つ『ホンモノ』でありながら幾らでも替えが効く。材料さえ有れば、全員が同じ心と記憶を持って、同じ顔をした軍隊だって造れるでしょうね」
「ほぉーっ、それは凄いなっ!...いや、その、大精霊的には決して褒められる行為じゃ無いだろうけど、その、まぁ、凄いと感じたのは事実だから...」
思わず感嘆した口ぶりを見せたパジェス先生が、俺の表情をチラリと見てから慌ててモゴモゴと言い訳している。
うん、まあ大精霊的には『魂の複製』とか、禁忌中の禁忌もいいところだからね!
「いやパジェス殿、私も凄いことだと思いますぞ? エルスカインの目的は悪しきことでしょうけれど、純粋な魔導技術や錬金術としての凄さに違いはありませんからな?」
「そうですよねロワイエ卿、倫理的なことは脇に置いておいて、とりあえず技術としては凄いということで...」
「左様、左様。技術そのものが悪か善かよりも、要は使う者の心持ちの問題が大きいですからなぁ...」
俺がつい、ジト目で二人を見ていたせいなのか、パジェス先生も伯父上も最後の方は互いの発言をかばい合うような感じになっているぞ?
部屋でアプレイス共々ぐうたらしているパルレアがこの場に来ていたら、一言くらいチクッと嫌みを言ってたかも・・・ちなみにパルレアはパジェス邸に戻って以来、冷凍保存してあった夏の果物のお菓子に夢中で、こっちの実験には目もくれてない。
「ええぇっと、話を戻したいのですけれど、伯父様も先生もよろしいでしょうか?」
場の空気を読んだシンシアが、咄嗟に話を変えるようにパジェス先生と伯父上に水を向ける。
さすが気が利くな。
「ぁ、ぅん! そうだったね。シンシア君は魔力触媒鉱石の保管? 運用? そのあたりについて何か思うことがあるみたいだったけど、何かな?」
「はい。えっと...仮に集積しておいた魔力触媒が臨界量を超えてラファレリアが吹き飛んだとしたら、エルスカインの目的が達成されない可能性があると思うんです」
「そりゃあ、あくまでもヤツの狙いは長大な大結界に魔力を循環させることだからな。ここを吹き飛ばすのはオマケだ」
「ええ。さながら井戸に水を満たして水路に流すように、膨大な魔力を大結界に流し込む訳ですね」
「井戸と水路か...でも土地から引き出す天然の魔力だけじゃあ大結界の起動には足りない。俺たちが井戸って呼んだ魔力溜りは、天然の魔力を一時的に溜めておく場なんだろうけど」
「きっと井戸は、大結界の中を流れる魔力をムラ無く平準化するための仕掛けでしょうね。ですが御兄様、大結界の構造って物理的にはワームが掘ったトンネルなんですよ?」
「そうだが、つまり?」
「天然の魔力...魔力の奔流はもともと水や空気や土地の様子に沿って流れるというモノでもないでしょう? 場所によって魔力の濃い薄い...御姉様の言い方であれば、流れの太い細いは有りますけど、その理由は人には分かりません」
「まあな」
「ですが、エルスカインは地中に『魔力の水路と井戸』を掘って奔流を捩じ曲げ、以前に御姉様が絵図で見せてくれたように大結界のカタチに沿って奔流を流しているんです」
「そうだな。俺たちはもちろん、大精霊でさえ知らないやり方で、だ」
「未知の方法ですよね」
「パルレアが...あの頃はパルミュナだったけど、過去数百年の奔流の変化を辿って大結界の姿を炙り出したんだよな...お陰でエルスカインの企みに気が付くことが出来た」
「ええ。で、先ほどの御兄様の魔道具のアイデアを聞いて、あの大結界の現れ方について私もピンと来たんです。それに、触媒を安全に保管するには小分けしておくしか無いという話を合わせて考えると、もしかしたらエルスカインは、そのために魔力触媒の力を使ってるんじゃ無いかって思ったんです」
「ん? それは、奔流を好きなように捩じ曲げることに魔力触媒を使ってるって意味か?」
「です!」
「うーん、伯父上の魔力障壁を使ってるって話なら分かるけど、触媒は魔法効果を増幅する以外の使い道は無いんだろ?」
「はい、増幅です」
「いや、それじゃあ意味が分からんぞ?」
「えっと...ラファレリアの旧市街地下に溜め込んでいる魔力触媒鉱石を使って、北部ポルミサリアを覆うほどの経路に、一気に膨大な魔力を流し込んで大結界を起動する...その読みは間違って無いと思います。ただ、そうなると御姉様が突き止めた奔流の変化は、そもそもなんだろうって事になりませんか?」
「いや、なんでだい?」
「もしも大結界の起動が一気にやれることだったら、あの数百年がかりの変化はどうして必要だったのかな?って...」
「お?」
「ずっと私たちは、エルスカインが奔流を『捩じ曲げている』と思っていました。もしも伯父様の発明した魔力障壁をエルスカインが自由に使えたなら、それも出来たかも知れません。でも使えていないはずです」
「じゃあ、奔流を捩じ曲げてた『未知の方法』ってのは?」
「つまり、最初から、そんなものは存在していなかったのではないかと」
「なんだと...」
「代わりに、魔力触媒を上手く使って『井戸』の中で天然の魔力を増幅しながら、同時に触媒を応用した魔力増幅の魔道具を『水路』の中に一定間隔で配置したのでは無いでしょうか? そうすれば、水路を流れる魔力をどんどん増幅していけると思うんです」
「おおぉ...」
「最初は僅かな流れでしょう。それこそチョロチョロと雨樋を流れる程度の...ですが、大結界は始まりも終わりも無く繋がっていますから、一度繋がれば、後はずっと流れ続けます。形状としては菱形ですから『円環』と呼ぶのは違和感がありますけどね」
「まぁ始まりも終わりも無いって意味では円環だよ。その中に魔力を流し続けていれば、グルグル回っていくうちに、触媒の力で魔力はどんどん増幅されていくよな?」
「だと思います」
「そう言うコトか...周囲の奔流を捩じ曲げて掻き集めるんじゃ無くって、触媒を使って魔力を増幅し続けることで、あの大結界のカタチに沿った流れを作り出してたってワケか!」
「はい。触媒の力を引き出して魔力の流れを一方向に向ける魔道具を造り、それを一定間隔で配置するんです。いったん、それなりの強さの流れになれば、周囲の細い奔流もどんどん引き寄せられて合流していくのかも知れません。もちろん根拠の無い推測ですけど...」
このシンシアの推測は正しい・・・俺は直感的にそう感じ取っていた。
始まりも終わりも無く、自らを飲み込みながら限りなく成長していく魔力の円環・・・さながら『ウロボロスの蛇』のような奔流だ!
「ただし御兄様、魔力触媒の鉱石がどれほどの耐久性? と言うか、長い期間に渡って触媒の効果を発揮し続けていられるのかは分かりません。もしも水路に配置した魔道具...魔力触媒の効果が尽きる前に大結界を一気に起動しなければ、ここまでのエルスカインの数百年分の準備は水の泡になるはずです」
それはエルスカインも承知していることだし、数百年の準備が水の泡になるようなことをするはずがない。
そして、ようやく大結界を起動できる下準備が整ってきたから、ここ数十年でエルスカインの動きが活発化してきたってことか。
俺が勇者になったタイミングは、大結界の阻止にギリギリ間に合ったってところなんだろうか?
なんとしても間に合っていて欲しい・・・いやいや、絶対に間に合わせるけど!
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