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第九部:大結界の中心

自然物のオーラ

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「えぇっと御兄様、魔力触媒の鉱石でしたら、伯父様が実物を持ってらっしゃいますよ?」

「あ...」

「伯父様は、あの本に走り書きを加えた時点で、すでに手持ちの魔力触媒を使って阻害効果を実験済みだったんです。これから私たちが行う実験は触媒の連鎖反応を止めることなんですから、その時に鉱石が特有の匂いかオーラを発していないか調べて見れば分かるかと」

「おぉっ、それもそうか!」

いつもながら燭台しょくだいもと暗し・・・いやいや、コレは俺の思考がすっぽ抜けてたってだけだよな!

++++++++++

数日のうちに四人・・・つまりシンシアと伯父上とパジェス先生とマリタンは、反応し始めた魔力触媒を停止させるためには、どの程度の魔力阻害による抑え込みが必要になるかを、その進行度合いに応じて測っていくという実験を始めた。

もちろん、万が一の時にも危険が無いように実験で使う魔力触媒はごく微量で、例え触媒が停まらずに反応し続けても、防護結界の外に影響が出ることのないように配慮してある。
ただし伯父上の言葉によると、触媒の反応を止められなくなる『臨界量』を超えさせるためには投入する魔力だけで無く、魔力触媒その物の物量も一定以上が必要になるそうで、実験のステップがそこまで進んだ際には細心の注意が必要だそうだ。

なんにしろシンシアの言った通り、伯父上は十分な量の魔力触媒を保有していて、俺たちはアッサリと現物の『匂い』や『オーラ的な魔力放射』を確認することが出来た。
タダの当てずっぽうで言った事だったのに、魔力触媒の鉱石には本当に『匂い』が有ったことには驚いたけど・・・

なんて言うか・・・くさい。
それほど強い匂いでは無く『微かに匂う』って程度の弱いモノだけど、なんとなく不快感を覚える系統の匂いだ。
腐敗臭とかってワケでも無いんだけどなぁ・・・長く嗅いでいたく無い感じだな。

俺が魔力触媒鉱石の匂いをもっとよく確かめるために顔を近づけようとしたら、サッと伯父上に止められた。

「止めておきなさいライノ君。顔を近づけたり素手で触れることも避けた方が良いですな」
「え? やっぱり匂いのある鉱物ってのは有毒なんですか伯父上?」
「いやいや、必ずしもそうとは限りません。ですが、その物体が『匂いを放っている』という事が何を意味しているか、分かりますかな?」

匂いの意味って?・・・急にそんなことを問い掛けられて俺が困惑していると、シンシアが代わりに答えてくれた。

「あっ、ひょっとしてガスでしょうか伯父様?」

「そうです! さすがはシンシアさんだ。匂いを感じると言うことは、ほんのわずかでも、それが何らかの『物質』や『感覚に影響を与える力』を放出していると言うことなのです」
「なるほど...」
「ガスとは空中を漂う物質を含んでいるのです。ですから、もし放出されているモノが有毒な物質であれば、ガスの匂いを嗅ぐという行為は、僅かながらもソレを身体に吸い込む行為となるワケですな」

おお、それは聞いてるだけでも危ない感じがする。

「君から、先史時代にラファレリアに住み着いて鉱石を採掘していたドワーフ族が、魔力触媒を掘り当てたことに恐れを成して北の地に逃げ帰ったのかもしれないという仮説を聞きましたが、さもありなんと思いますぞ? ひょっとしたら、実際に被害者を出したことで恐怖に駆られたという可能性もあるでしょう」

「被害者ってのは、病人とか死人とか?」
「そうです」
「エルスカインがそれを大量に溜め込んでいるとしたら...いや待てよ...旧市街の地下に溜め込んでいるって言うよりも、逆に多すぎてそこから動かせないから、大結界の中心をラファレリアにしたって可能性もあるのか...」

「うむ、有り得る話だと思いますな。ましてや触媒鉱石は魔力に大きな影響を与える存在ですから、悪影響のある力が放出されている可能性も高いでしょう。だから私は、この鉱石を厳重に密封して保管していたのですよ」

「そうだったんですか。ポケットに入れて持ち歩けないようなモノじゃあ、一般的に利用するのは難しいですね」
「到底無理でしょうな」
「上手く使えば社会に役立つ可能性がありそうに思えたんですけど、そう美味しい話は無いってワケだ」

「ライノ君、かつて多くの錬金術師達が、画期的な錬金素材の発見や発明を夢見て有毒な素材にも手を出し、健康を害したり最悪の場合は死に至ったりを繰り返して来たのですよ。私があの本...『錬金素材の変遷』を書いた動機の一つには、そういった過去の情報を共有して、錬金術師達が無駄に危険を犯すことを減らせないかという思いもあったのです」

その言葉を聞いてパジェス先生が口を挟む。

「さすがですねロワイエ卿。そういった高尚な動機であの本を執筆されていたとは気が付きませんでしたよ」

「いえいえ、とんでもないですパジェス殿、錬金術師同士の情報共有は私自身の利にもなることですからな。自分で言うのもなんですが、そこには高尚とはほど遠い目的が透けておりますぞ?」

「はっはっはっ、ご謙遜を!」

パジェス先生はカラカラと笑い、伯父上も微笑む。
さすがは『同好の士』というところか、この二人は本当に馬が合うようだ。

「それで伯父上。このイヤな匂いはともかく『オーラっぽい魔力放射』の方ですけど、これって人のオーラと同じように捉えていいんですかね?」

「ライノ君、『同じ』とはいかなる意味で?」

「見分けが付く、他のモノと区別できるって意味です。この放射を測定できれば、そこに魔力触媒が存在していると判断できるような...」

実験に先立って、伯父上の屋敷から持ち出してきたオーラの測定装置で魔力触媒鉱石の放射を測定してみたところ、そこからハッキリと魔力のパターンが放射されていることが分かった。
ただし、その放射はごくごく弱いもので、天然の魔力を『視る』ことが出来るリンスワルドの一族であるシンシアにとっても、視覚的には『注意してようやく気が付く』というレベルらしい。

「うーむ、出来る気はしますが、断言するのは厳しいですな」
「と言うと?」

「私が持っている魔力触媒鉱石は、一度にまとめて手に入れたものです。ですから、コレがあくまでも天然の産物だという想定の上で考えれば、産地によって微妙に放射が異なっているという可能性も捨てきれません」
「ああ、そうか...」
「それを確認するためには、産地の異なる触媒鉱石を複数手に入れて比較してみる必要がありますが、そもそも、どこにでも転がっているというモノでは無いですからな。異なる産地の鉱石を揃えるのに何年かかるか分からないですし、現実的では無いでしょう」

「うーん、そうですか。もし産地によって違いがあった場合、この魔力触媒鉱石のオーラでゴーレムの動きを規定しておいても、エルスカインが集めている鉱石が別の産地のモノだったら駄目かも知れないってワケですね?」

「そうなりますな。しかし同じなのか違うのか、それ自体を確かめる手段がないのですよ」
「じゃあ駄目か」
「あの御兄様、思ったのですけど?」
「なんだいシンシア」
「伯父様の作成されたオーラ測定器はかなり精密です。これほど微小な魔力放出でも、しっかりとパターンを読み取ることが出来ました。確かに伯父様が仰るように『他の産地の鉱石はパターンが異なる』という可能性もありますが、それよりも、『旧市街の地下に蓄えられている魔力触媒鉱石』のパターンが分かれば良い訳ですよね?」

「そうだけど、前も言ったように事前に侵入して盗んでくるなんて出来ないよ。やるとしてもぶっつけ本番だし、そもそも魔力触媒鉱石を蓄積してある場所まで俺が行けたのなら、そこで俺自身が障壁を起動させればいいだけだろ? むしろゴーレムは必要無いさ」
「そうでは無くて...鉱石その物を盗まなくてもオーラのパターンを盗めば用は足りると思うんです。それなら不可能なじゃない気がします」
「パターンを盗む?」
「はい」
「でも鉱石の実物が無いとパターンは読み取れないぞ?」

「ですから蓄積場所に潜入する必要はありますけど、御兄様が潜り込む必要はありません。マリタンさんが改造した銀ジョッキを送り込んで、『銀の枝』で内部を探ります」
「ん、銀ジョッキでパターンを読み取るのか!」
「そうです御兄様」

レスティーユ家とロワイエ家に探りを入れることを優先して中断していたけど、もともとマリタンが『銀の枝』の開発にいそしんでいたのは旧市街の建物の内部を探るためだ。

このシンシアの発想が上手く行けば、中を探るついでに魔力触媒の固有オーラも測定できる可能性は高いな。
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