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第九部:大結界の中心
魔力阻害の別の用途
しおりを挟む「なあライノ、考えても分からないことなんだったら、イチかバチか突っ込んでみるしか無いだろ? どうせ放置は出来ねえんだし、俺たちがあそこに突入するのが早いか遅いかだけの問題だと思うぞ」
「そうは言ってもアプレイス、出来るだけの準備や調査はしておきたいよ」
「まぁレスティーユ侯爵家には大したネタも無かったしな。アイツらが確実にエルスカインの手下だってコトが判明したくらいで、大結界の仕組みやなんやらに繋がる話はゼロだ」
「むしろ最大の収穫は伯父上に来て貰えた事さ。あそこで踵を返して立ち去っていたらと思うとゾッとするよ」
「おぉう確かに! 気が短い俺だけだったら、銀ジョッキが入れなかった時点で諦めるかブレスで燃やすか二択だったろうからな!」
「ねー!」
「物騒な事言うな」
「でもパルレア殿もそう思うだろ? ロワイエ殿の『魔力阻害』はライノにとっちゃあ、偶然で秘密兵器が手に入ったような感じかもな!」
「秘密兵器ですか。私が最初にこのアイデアを思いついた時には、そんな役割になるとは想像もしませんでしたな...しかしライノ君は『魔力阻害』をどのようにして使いたいと思っているのですかな?」
「えーっと、魔力触媒の連鎖反応を『そもそも起こさないように』出来るか、もしも連鎖反応が始まってしまった時には即座に『停止させられる』って手段になると有り難いんですが」
「お兄ちゃんったら、わがままー!」
「黙りなさいパルレア」
「うーん、ライノ君の言う『即座に停められる』ようにと言うのは難しいだろうねぇ...結局は魔力だって燃えさかる炎や流れ落ちる激流と同じように、『力の一種』だからね。反応が大きくなるほど、停めるための力も多く必要になるものだ」
「ええ、それは承知してます伯父上」
以前、パジェス先生にも言われてていたことだ。
重たいモノほど、動かし始めた時の蹴飛ばした時の何十倍、何百倍もの力が必要になるだろうと・・・
だからタイミングを逸すれば、もう誰にも止められなくなることは承知している。
「つまり御兄様が仰りたいのは、動き出した後でも好きなタイミングで停められるように、と言う意味では無くて...予定通りの手順を踏めないような不測の状況にも、臨機応変に対応できる使い方をしたいと言うコトですよね?」
俺の拙い表現を、即座にシンシアが翻訳してくれた。
いつもながら有り難い。
密かに心の中で『さすがシンシア』という旗を振りつつ言葉を繋ぐ。
「そうそう、そうなんだよシンシア。旧市街の地下への突入はたぶん一回こっきりの作戦になると思う。他に抑えなきゃいけない場所があるとしても、失敗したら次は無いって思うからね」
「ふむ。つまり使い方における柔軟性が欲しいと言うことですな?」
「そうです伯父上!」
「なるほど柔軟性ねぇ。とは言えクライスさん、やっぱりある程度の想定は必要だと思うよ?」
「想定ですか...」
「ああクライスさん、想定って言っても、どう突入するかとか闘うかの『作戦』の話じゃあなくってね、最悪の場合どれくらいの魔力を阻害するって言うか、押し留める必要があるかの『力の見積』って感じだね」
「あ、なるほど。旧市街の地下に埋もれている魔力総量の見積って事ですか?」
「うん、そうなるね」
パジェス先生にそう言われて、俺は革袋から高純度魔石を一つ取りだした。
「俺の革袋にもシンシアの小箱にも、これと同じ純度の魔石が荷馬車一台分くらい入ってますよ。なにしろ魔石をシャベルで掬って流し込むって作業を一刻以上は続けましたからね」
「それは凄まじい。さすがは勇者だな」
と言うか南部大森林の遺跡に転移すれば、あの建物群いっぱいの高純度魔石をいつでも採掘できる訳だけど・・・
「伯父上。この魔石が保管されていた『古代の遺跡』は、単に俺たちがエルスカインよりも先に抑えることが出来ただけに過ぎません。エルスカインが北部ポルミサリアのアチコチを掘り返して遺跡の発掘やトンネル作りをやっていたことを思うと、ヤツらだって俺たち以上に大量の魔石を拠点にストックしてると考えるべきでしょうね」
「うーむ、そういう事か...」
「ねぇクライスさん、さすがにそんな数の高純度魔石が一気に連鎖反応を起こしたとしたらさ、停める為の力がどれほど必要かって以前に、停められるチャンスってあるのかな? とてもそんなヒマは無さそうに思えるよ?」
「確かにそうですよね...」
連鎖反応で生まれた強力な魔力が、エルスカインの仕込んだなんらかの魔法を強化して大結界を形作る・・・それは多分、ウォーム達が数百年がかりで掘ったトンネルの中を激流のように走って循環する流れになるんじゃ無いだろうか?
そうして、大結界がポルミサリアに出現すると・・・
「ふむ。パジェス殿の仰る通り、もし『一気に』連鎖反応が起き始めたら停めるコトは不可能でしょうな...連鎖反応が一気に起きれば、それはもう爆発に等しいですぞ?」
「爆発ですか伯父上。そうなると燃え始める前に『燃えなくする』以外に手は無いってコトですね?」
「ただしそれは、反応が『一気に起きれば』ですがな」
「どういう意味です伯父上?」
「ライノ君の話では、エルスカインは魔力触媒によって大量の魔石に連鎖反応を引き起こし、その魔力を幾つもの国を跨がるほど広大な範囲に循環させてなんらかの魔法を駆動することで、『大結界』を造り出そうとしていると、確かそういう事でしたな?」
「ええ」
「ならば、野放図にただ爆発させるとは考えにくいのでは? 一カ所でまとめて爆発させても、それで広範囲に魔法を広げることにはならんでしょうからな」
「うん、言われてみると僕もロワイエ卿の言う通りだって気がするね。何らかの手段で連鎖反応の進行を制御しながら大結界の構築を進めるんじゃ無いかな?」
「何らかの手段...」
「御兄様、それこそ魔力阻害を制御手段に使えるのではありませんか? 伯父様が屋敷で仰っていたように阻害範囲や力を自由にコントロール出来るのでしたら、魔力をただ防ぐとか食い止めるだけでなく、連鎖反応の進み具合を制御することにも応用できると思うんです」
「お? おおっ、そうか!」
「なるほどね! シンシア君の言うように強めたり弱めたり、広げたり縮めたり...連鎖反応の進み具合を見ながらロワイエ卿の魔力阻害の障壁を調整できるのなら、ただ『停める』のではなく舵取りの役目を果たせるって訳かい?」
「はい先生。それもあってエルスカインは伯父様の魔力阻害を手に入れようとしていたのでは無いかと?」
「んんん? でもシンシア、それだったら伯父上の遺言で魔力阻害技術が世間に発表されるのを恐れる必要なんか無かったんじゃないか? むしろ、それで阻害技術が手に入るなら、それでも良かったような...」
「いえ、エルスカインが大結界の構築を始めてから数百年は経っているはずです。目処も立たないうちに、これほど大掛かりな仕掛けに取り掛かるとは思えませんから、基本的にはエルスカインが保有する古代の魔導技術だけで触媒の制御は出来ただろうと思います」
「じゃあ、伯父上の阻害技術は押さえか?」
「外部から出てくるとは予想外の技術だったのでは無いでしょうか? ひょっとしたら伯父様の魔力阻害技術の方が、エルスカインの持っていた従来技術よりも『制御』において優れていると判断した可能性もありえますし...」
「なるほどね」
「それに、停めることに使えるのも事実ですから、あまり早く広まって対抗策を編み出されても困ると考えたのでしょう」
「まあ、二十年前の段階では大結界を組み上げるための下準備がまだ整ってなかったはずだもんな。エルスカインも慌てる必要が無かったのかもしれん」
「ですね」
「シンシアさん、そうだとすると...この二十年、私が生かされていたのは単に、エルスカインの準備が出来ていなかったという事かも知れないと、そう言うことでしょうか?」
「...ええまあ」
「そして準備が出来たら、その時点で私を殺して魔力阻害の秘密が世間に公表されるように仕向けても良かったと?」
「...ですね...」
「となると、もしライノ君が我が家を訪れること無く、今まで通りに暮らしていたとすれば?」
「えぇっと、その、伯父様はそう遠くない将来、機を見てエルスカインに殺されていたのでは無いかと...その...言葉は悪いですが、伯父様が生きていると邪魔になる可能性は高いですから」
シンシアの言葉を聞いた伯父上は、椅子に背を持たれ掛けさせてぐったりと沈み込み、天井を仰いで溜息をついた。
そりゃ、そういう気持ちになるだろうな・・・
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