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第九部:大結界の中心

パジェス邸への帰還

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ともかく、さっさとレスティーユ侯爵領から撤収して、朝までにはみんなでラファレリアに戻るとしよう。

「いやはや、夜中に我が家に向かって歩いてくる破邪の姿を見掛けた時には、まさかこんな話になるとは思いもしなかったが...年寄りとしては急展開に目が回りそうですな」
「すみません伯父上、急を要することですから」
「分かっていますよライノ君」
「で、伯父上。これからの行動でビックリすることが沢山出てくると思うんですけど、いまはとにかく俺たちと一緒に来て下さい」

「ん? え、えぇ、もちろん」

「伯父様、御兄様の言う通りだと思いますよ? それも、驚くことは一つや二つでは無く、です」
「そうなのですかシンシアさん?」

「本当ですよ伯父様。落ち着ける場所に着いたらまとめて説明しますから、早くここを出ましょう? それに、驚きついでにサビーナさんにも一緒に来て貰うのがいいと思います」
「承知しましたともシンシアさん。ではすぐにサビーナも起こして荷物をまとめるとしましょう。で、ライノ君達の馬車はこの近くに置いてあるのですか?」

「ああ伯父上、俺たちに馬車は必要無いんですよ」
「はて?」

伯父上は不思議そうな表情を見せたけど、それが『怪訝な』と言うよりは、ちょっと『期待している』雰囲気だったのは、さすが俺の身内である。
逆にサビーナさんは寝ているところを叩き起こされて、何が何だか分からないまま着替えて荷物をまとめろと言われ、軽くパニックを起こしていたけど。

まぁ伯父上だって転移門については『古代に使われていた』という知識はあったものの、まさか現代においても密かに使われているとは思ってもみなかったようで、さすがに驚いていたね。
さらに荷物をまとめる際に、伯父上が必要だと言ったものを俺とシンシアが片っ端から革袋と小箱に放り込んでいくのにはサビーナさん共々に目を丸くしていた。

流れで話したパルレアの出自や、アプレイスの正体がドラゴンだって説明にも相当に驚いていたけど、なによりも驚愕していたのはマリタンが『自意識を持つ古代の魔導書』だってコトだった。

ここら辺の伯父上の感覚というか興味のツボは、なんとなくパジェス先生に近いものがあるな・・・

++++++++++

「いやはや! アルファニア中にその名を轟かせている大魔道士のパジェス殿に、こうやってお目に掛かれる日が来るとは思ってもみなかったことですな! まるで二十年も屋敷にこもり続けたことへのご褒美のようですぞ」

伯父上は、転移門で跳んだ先が『パジェス大魔道士』の屋敷だったってことには、転移門の存在とは別の意味で腰を抜かしそうになってた。
まさか、パジェス先生ほどの有名人物と繋がりを持つことになるとは思ってもみなかったそうだ。

「こちらこそ。幾つもの名著を記されているアベール・ロワイエ卿には、僕も一度会ってお話ししてみたいと思っていたんですよ?」
「実に光栄ですぞ」
「それにシンシア君は僕の愛弟子なんですよ。しかしロワイエ卿が、シンシア君の婚約者の大伯父上とはねぇ...話としては以前にクライスさんから伺っていたけど実際にお会いできて嬉しい。それに、ともかくご無事で何よりです」

「かたじけありませんパジェス殿。しかし夜分というか、こんな時間に押し掛けてしまい、本当に申し訳ないことです」

夜が明けるのを待たず、俺たちは伯父上の屋敷に張った転移門から、取り急ぎパジェス先生の屋敷に戻っていた。
まずオレリアさんが俺たちが戻ったことに気が付き、躊躇いなくパジェス先生も起こしてくれたのだ。

転移門経由でそーっと戻ったつもりだったけど、オレリアさんは中々に鋭い・・・
そして、動転して茫然自失のサビーナさんへの色々な説明は後回しだ。

「どうかお気になさらずロワイエ卿。いま僕らが直面している事態の中では、そんなこと気にしてるべきじゃ有りませんからね? それに正直、ロワイエ卿はレスティーユ侯爵家に取り込まれているものだと思い込んでました。二十年も屋敷に籠城していたなんて話は、一欠片も王宮には伝わっていませんでしたよ?」

「そこは侯爵が握りつぶしていたのでしょうな...私のような准男爵風情が王宮に直接顔を出すことなんて有りませんし、当然あの地域の代官なども皆レスティーユ家の配下なのですから」

「どうりでロワイエ家に関する情報が少なくてあやふやだったはずだ。卿が出版なされた本も、あの『錬金素材の変遷』が最後でしたから、僕はてっきり、もう著述を止められたのかと思っていましたよ...」

そっか、外界と隔絶している状況で出版なんて出来るはずも無いよな。
迂闊にやったら、本の内容をレスティーユ家に都合良く改変されかねない・・・って言うよりも、論文の内容を全部レスティーユ家で独り占めして本なんか出させないだけか。

「ははは...外に出る訳にもいかず、屋敷に人を呼ぶ訳にもいかずでしたからな。むしろ、この二十年は他にする事が無くて魔法と錬金の研究だけやって来ましたので、研究ノートと未発表の論文は山のように溜まっておりますぞ?」

「おぉ、それは楽しみだ!」

「有り難うございます。ただ私は、ずっと『大海を知らぬ井戸のかわず』だった訳ですからな。新しいつもりの色々な理論も、とうの昔に時代遅れになっておる可能性も考えられます。しばらくの間は情報収集に追われそうですわい」

「でしたら、ぜひ僕にも協力させて下さいロワイエ卿」

「おおっ、パジェス大魔道士殿にご指南頂けるとは、なんと有り難い! もしよろしければ...私の書き溜めた論文を査読して頂けたりなども?」

「もちろん喜んで!」

よっしゃあ!!!
どうやら伯父上とパジェス先生は話が合いそうな雰囲気でホッとした。

正直、俺の魔法に関する知識と理解には心許ないところが大いにあるし、パルレアもアプレイスも『人族の魔法』に関しては疎いから、伯父上とパジェス先生のタッグには期待するところが大なのだ。
もしもこの二人の馬が合わなかったりしたら、シンシアは心底気まずい立ち位置になったろうからね・・・

ともかくエルスカインの大結界を発動させずに壊すためには、魔法や錬金の研究者として著名な伯父上の発明した『魔力阻害』を、魔道士として右に出る者のいないパジェス先生の応用力で、連鎖反応を停めるための術として最適化することが喫緊の課題だ。

++++++++++

「で、クライスさんはロワイエ卿の開発した魔力阻害を手に入れて、ここからどういう段取りを踏んでいくつもりなのかな? もちろん最終的には魔力触媒を無力化した上で、旧市街の地下を制圧するって話なんだろうけど」

ダイニングテーブルの向かい側に座るパジェス先生が、俺たちの持ち込んだレスティーユ名産『川魚の燻製』をワインの肴に囓りつつ聞いてくる。

リンスワルド領のような自前の岩塩採掘が出来ないレスティーユ領では、養殖した魚を塩漬けにするのでは無くて、小屋の中に吊るして煙でたっぷりと燻した後、さらに山裾から吹き下ろしてくる冬の冷たい風に当てながら乾かして干物にするのだそうだ。
だから作られるのは寒い時期だけ、らしい・・・燻すのなら夏でも関係なさそうだけどね。

もちろん、ノイルマント村で魚の養殖を計画しているアサムと魚が大好きなリリアちゃんのためにも、コルマーラの街でたっぷりと買い込んで馬車に積んでおいたよ。

これをちょっと炙ってから裂いて噛みしめると、燻製の風味と共に旨みが口の中に広がって絶妙に美味い。
そしてエールやワインに良く合う。
俺とアプレイスとパルレアはエールだけど、パジェス先生、オレリアさん、伯父上、それにシンシアはワインを選んだ。
ここら辺のチョイスの違いは、やっぱり『貴族の育ち』かどうかってところかな?

ちなみにサビーナさんは情緒不安に陥っているように見受けられたので、先に客間を一つあてがって休んで貰っている。

「そこはパジェス先生、正直言って俺たちにもエルスカインが旧市街の地下で何をやってるのか正確に分かってるワケじゃあないですから、コレってイメージは無いんですよ」
「まぁ無理もないねクライスさん。旧市街の地下に隠されてる空間と言うか、廃坑のトンネルかもしれないけど、それが本当にエルスカインの拠点だったら潜入はまず無理だろうし」

現時点では、旧市街の地下は何がどうなっているのか全く探れていないに等しいからな。
最終的に危険は承知で出たとこ勝負で挑むしかないだろうと思っているし、それこそ『これまで通りのやり方と同じ』だとも言えるが。
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