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第九部:大結界の中心
遺言魔法
しおりを挟む早速、俺は二人をダイニングルームに残して庭に出ると、指通信でパルレアを呼び出した。
魔力阻害の知識習得はシンシアに委ねるとしても、今後どうするかは全員一緒に考えるほうがいいからな。
< なーに、お兄ちゃん? ダイジョーブ? >
< 全部順調だ。それでパルレア、さっき聞いたかもだけど、ここの主のアベール・ロワイエさんって俺の大伯父だったんだよ >
< おーっ、無事で良かったねー! >
< 有り難う。で、少し離れたところから、この屋敷も含む形で大きめに『害意を弾く結界』を貼って貰えないか? >
< あー、それってロワイエさんがアプレースやマリタンと敷地で会えるよーにってコトねー! >
< そうだ。頼めるか >
< モッチローン! ソコに行かなくていいの? >
< もしものコトを考えると敷地の外から広めに網を掛けた方がいいだろうと思ってな? >
< 分かったー。こっから大きめに結界を張るから、ちょっと待っててねー >
< おう! >
そのまましばらく待っていると、最初に降り立った河原の方向から、鮮やかな光の柱が空に立ち上るのが見えた。
考えてみると、パルミュナやパルレアがこの結界を張る様子を離れた場所から見たのは初めてだけど、中々に美しいものだな・・・
光の柱が収まると、今度はアプレイスから指通信が来た。
< ライノ、パルレア殿が、『これで結界は大丈夫』だって言ってるぞ >
< 有り難う。パルレアはどうしてる? >
< 術を発動する前にコリガン姿になったけど、いまはぐったりだな >
< そうか。ちゃんと服を着てるか? >
パルレアの場合は、一応確認しておかないとな。
ぐったりしている素っ裸の幼女を大伯父の前に担いでいって、『俺の妹です』なんて紹介するのは避けたい。
< 大丈夫だ。お前の置いてった革袋に自分で飛び込んで、先に着替えてから出てきたぜ >
< なら良かった...悪いけど一緒に連れてきてくれ >
たぶんパルレアがコリガン姿になってから結界魔法を発動したのは、ピクシー姿だと俺からの説明が面倒になるって事に気を使ってくれたんだろう。
結界を張った後の脱力状態じゃあ変身もままならないだろうから、先にコリガン姿になってくれたとは、まったく愛いヤツだ。
すぐに屋内に戻って伯父上とシンシアに声を掛け、魔法の伝授を一旦中断して貰って庭に出てくれるよう頼んだ。
「御姉様の結界は?」
「もうこの敷地の周囲に張って貰ったから大丈夫だよ」
「念のために、私も防護結界を庭に張ります」
「じゃあ頼む」
先にシンシアが戸口から出て、精霊の防護結界を張ってくれた。
パルレアの害意を弾く結界とシンシアの防護結界、さらに伯父上の掛けている魔力阻害の仕掛けまで、三段重ねの障壁を突破して来れるヤツがいたとしたら、もうこの世に防ぐ手段は無いと考えて良いんじゃないかな?
少し待って三人が到着したところで伯父上に庭に出て貰い、アプレイスとパルレアを紹介した。
正直、どう紹介するかは悩んだんだけどね?
マリタンが古代に造られた、自意識を持つ魔導書であるとか・・・
アプレイスの正体がドラゴンであるとか・・・
パルレアが元は大精霊で、過去生の妹の魂を抱え込んでいるとか・・・
そんなことまで説明し出すと伯父上の興味の点からも収拾が付かなくなる気がしたので全て省略し、単にアプレイスは親友で、パルレアは妹ポジションの仲間だと言うことし、マリタンには沈黙してもらう事にする。
ま、そういう諸々は知っても重たい秘密になるだけだし、いまは『魔力阻害』の秘密をシンシアに伝えることに集中して欲しい。
伯父上に皆のことを伝えるのは、エルスカインとの対決に筋道を付けてからの方がいいんじゃないかな?
「ふむ...皆さんはそれぞれ魔法の影響が大きい理由があるので、屋敷の中には踏み込まない方が良いということですな...ならば、魔力阻害の障壁を解除しましょう」
「いや伯父上。いまは解除しない方がいいと思いますよ」
「何故ですかな?」
「過去二十年の間に、なにか『動いていない状態』の危険な魔道具が屋敷に持ち込まれている可能性はゼロだと言えないと思うんです。もし、魔力阻害を解除した瞬間にそれが動き出したりしたら目も当てられませんからね」
周到で執念深いエルスカイン一味のことだ。
準備に何年も掛けて、『何十年後かに動けば儲けもの』くらいの感覚で罠を仕込んでいても不思議は無いって気がするからね。
「おぉ、なるほど...確かにライノ君の言う通りかも知れません。歳を取ると気配りがおろそかになっていかんですな!」
「いやぁ、そんなことは...ですが伯父上、さっき屋敷の中で『訪問者を障壁でつつんでいるから生殺与奪が思いのまま』だと仰っていましたけど、それは魔法的な攻撃に対してでしょう?」
「いえ、たとえ物理的な攻撃でも私に手が届く前に、私が相手を動けなくする方が早いと思います。呪文の詠唱や、目に見える特別な動作は必要無いですから」
うーん、そうなんだろうか?
「じゃあ伯父上、ちょっとの間そこを動かずに、これから俺のすることを見ていて下さいね」
「ええ、なんでしょう?」
俺は庭の一角に立つ落葉樹の側に行った。
冬だから葉は全て落ちていて枝の張り具合が分かりやすくていい。
そこで伯父上に見えるように向きを変え、腰に差したガオケルムに手を添えて呼吸を整える。
一拍の後、俺の手は抜き身のガオケルムの柄を握っていた。
多分、伯父上には俺の手の動きが見えていなかったと思うけど、勇者の力や体感時間の加速は使っていない。
これは破邪の修行で得た抜刀技の一つで、鞘に収めた刀を瞬時に抜いて相手に斬撃を与えるものだ。
大型の魔獣には頭の良いものも多く、相対している敵の様子を判断して攻撃方法を変えてきたりもする・・・この技が使える場合、こちらの刀がまだ鞘に収まったままだと見て無防備に飛び掛かってくるヤツは、瞬時に真っ二つに出来る。
そう言えばリンスワルド領で『治安維持部隊遊撃班』の面々に出会った時、アンディーさんも似たような技を俺に使おうとしてたよな・・・その前に蹴り飛ばしちゃったけどさ。
俺がガオケルムをスッと鞘に収めると、まるでタイミングを合わせたように太い枝がバサリと地面に落ちた。
ちょっと枝が張り出しすぎてた感じだったから、丁度いい剪定具合だよね?
落ちた枝を拾って伯父上のところに行き、切り口を見せる。
「魔法は使っていませんよ? もちろん勇者の力もね。これは純粋に破邪の技なんです」
「ライノ君がなにを...なにをしたのか見えませんでしたぞ...手が動いてもいないのに、いつの間にか刀が握られておって...」
「もちろん動きましたし、物理的に刀を鞘から抜いて振るい、この枝を切り落としたんです」
「なんと...では、もしもライノ君が私を殺す目的で屋敷を訪れていた人であれば...」
「もしそのつもりだったら応接間に入った時に勝負を掛けていたでしょう。それなりに勝ち目は有ったと思います」
「それなりどころか、私はライノ君の手が動いたことさえ気付かないまま死んでいたのでしょうなぁ...いやはや...人生において誰かと本当に闘ったことなど一度も無かったもので、人がそんなにも早く動けるものだなんぞ思い至りませんでしたぞ」
「いまのご時世で人と闘ったことが無いのは、それが普通です。ただ、これくらい早く動けるヤツも探せばそこそこいるもんなんですよ」
「そうなのですな...」
「と言うワケで、もしもこれまで屋敷の中まで踏み込んだ敵対者がいたとしても、伯父上が殺されなかったのは、あくまでも『遺言魔法』の発動を恐れてのことでしょうね」
自分で言うのもなんだけど、何年も師匠に厳しい修行を課せられてきた俺ほど早く動ける人は、もちろんそう多くいないだろうと思う。
でも、いないわけじゃあ無いのだ。
これは伯父上だけで無くシンシアにも言えることだけど、『物理戦闘』の経験が無いと、訓練を受けた人物の動く速さや力強さはピンと来ないものだ。
だから『まだ相手と離れているし、自分は離れていても魔法が使える』なんて油断していると、アッと言う間に距離を詰められてやられてしまいかねない。
シンシア含めて俺たちの場合は強力な防護結界があるから現実的な危険は少ないけど、今回『魔力阻害』の障壁と出会った事で、そのリスクもゼロじゃ無いと俺も思い至った。
つまり、わざわざこんなデモンストレーションをして見せたのは、伯父上の危機感を強めると共に、シンシアにも見ておいて欲しいという理由もあったのだ。
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