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第九部:大結界の中心
オーラの測定
しおりを挟む「ともかく大結界の範囲内に旧来から住んでいた普通の人族は、過剰な魔力に対抗する魔法薬の投与を定期的に受けないと死ぬんです。逆らったり逃げ出したりすれば命は無いって訳です」
「つまり人々は皆、王たるエルスカインの奴隷にされるという事ですかな?」
「ええ」
「ふむ...するとエルスカインと協力し合っているコンスタン・レスティーユ卿は、自分たちが『上級市民』の側になると考えておる訳だ」
「きっとそう考えてるんでしょうね。で、レスティーユ家がパラディール家に代わってアルファニア王家になれるとかってエルスカインに吹き込まれてるのかも知れません。けど、実際は怪しいんじゃないかと思いますね。むしろ用が済んだら切り捨てられるでしょう」
「それは酷い」
「当然の報いじゃないかと?」
「確かに...それはともかく、もう少しクライスさんの話を伺いたいですぞ。そもそも私の著作を目にした理由ですとか?」
「ああ、ラファレリアの王宮図書館で貴方の本を目にしたのは本当に単なる偶然ですよ。仲間の一人が、そうとは知らずに手に取った本でした」
「そうとは知らずと言うのは、連鎖反応についての一文のことですかな?」
少し話している間にアベール卿はまた冷静さを取り戻している。
この人はホムンクルスでは無いにしても、過去二十年間、様々なプレッシャーを受け続けて鋼鉄のように硬くなってしまったんだろうか?
「まず錬金素材ってタイトルに惹かれて手に取ったんですよ。それから著者が貴方だって事に気がつき、連鎖反応についての一文が書かれていることを知ったのは、更にその後です」
「あれは二十年も前に出した本ですぞ? よくまぁ著者が私だと気が付きましたな...私の名前など有名では無いでしょうに」
「いや王宮魔道士の方々も知っていましたよ? あの図書館にも代々のロワイエ家当主によって上梓された本が数冊はあると言ってましたね」
「それは光栄ですな」
「だけど俺自身にとっては...貴方の『名前』にはもっと重要な意味があったんですよ」
「ほほう。と、仰いますと?」
勇者であることを口にしても、アベール卿はさほどの動揺を見せなかったけど、もう一つの『縁』の方はどうだろう?
「えっと、その前に一つ教えて頂きたんですけど、シャルティア・レスティーユの事です。彼女は貴方にとってどういう血縁の方になりますか?」
「おや...」
「突然プライベートな事を尋ねて申し訳ないですが」
「いや。その名前が出てきたのには少し驚きましたがな...確かにシャルティアは私の血縁者ですぞ。より具体的に言うと、側室としてレスティーユ家に嫁いだ私の妹が先代当主との間で産んだ娘ですな。しかし...彼女が随分昔に亡くなっていることはご存じで?」
「するとアベール卿にとって、シャルティア・レスティーユは『姪御さん』になる訳ですか?」
「ええ、そうです」
「じゃあ俺にとってアベール卿は、伯祖父とか大伯父になりますね!」
「は?」
「なぜならシャルティア・レスティーユは俺の産みの母親...つまり俺を産んでくれた女性ですから。祖母の兄なら大伯父でしょう?」
俺の予期せぬ発言にアベール卿は一瞬キョトンとした顔を見せてから、すぐに眉をひそめて、これまでに無い鋭い声を出した。
「な...ふざけたことを言わないで頂きたい! シャルティアは未婚のうちに亡くなったのですぞ!」
「それは違いますよ。レスティーユの一族で狩りに出た時に、馬が足を滑らせて一緒に谷底に落ちたというのは欺瞞です」
「彼女は殺されたと言いたいのでしょう? 判っておりますぞっ!」
「いえ、彼女は自分が襲撃されることを直前に覚ってミルバルナへ向けて脱出し、俺はその後、外国で生まれた子供なんですよ」
「な! そ、そんな馬鹿な....」
「でも本当のことです」
「いやまさか...少し...少し待って頂きたい...」
「俺が勇者だって言うよりも信じにくいでしょうね。それに勇者だと証明するよりも、こっちの証明の方が難しそうだ」
「信じ難いのは本音です...ですが...もしもそれが事実であれば...それは確認出来ることなのです」
「え、そうなんですか?」
「左様です。貴方が本当にシャルティアの息子で私の親族だというのなら、それを確認する方法はありますぞ?」
「そうでしたか。知りませんでしたよ」
「では、調べさせて頂いてもよろしいですかなクライスさん?」
「もちろん、って言うか是非御願いします! むしろ証明して貰えるのなら俺も安心できますからね」
「分かりました...では確認させて頂くことにしましょう。一緒に来て下され」
そう言ってアベール卿は立ち上がった。
俺も後に続いて二人で客間を出ると、廊下を更に奥へと進んでバックヤードの方へと向かう。
途中、俺たちが歩いてくることに気付いたサビーナさんがキッチンから顔を覗かせたけど、二人とも難しい顔をしていたせいか、何も言わずにすぐに引っ込んだ。
辿り着いた廊下の端で、アベール卿が懐から出した鍵で物置らしき部屋の扉を開けると、中には地下に降りていく階段があった。
いかにも秘密の部屋って感じだな。
でも、ここまで来れば後に引く選択肢はない。
それにアベール卿が俺を殺す気なら、とっくの昔になにか手を打ってる気がするし・・・
++++++++++
階段を降りた先にはまたしても頑丈そうで重々しい扉があり、アベール卿が鍵を開ける。
そして踏み込んだ先の空間は奇妙な部屋だった。
様々な実験道具や魔道具らしきモノが所狭しとおかれ、壁一面の棚には沢山の書物。
反対側の棚には、何らかの錬金素材とおぼしきモノが詰まった壺やガラス瓶がぎっしりと並んでいる。
典型的なと言うか、頭の中で想像する典型のような『錬金術師の部屋』だ。
あえて言うならば、マリタンが置かれていたエルダンの城砦の錬金術師の部屋や、ソブリンの離宮の地下の一室に雰囲気が近い。
もっとも、ぐるっと見渡した限りでは、ここにはホムンクルスを作る設備の類いは無さそうだけどね。
「この部屋は、『障壁の内側の、もう一つの障壁』にくるまれた空間ですな。どういうことかという、この部屋の中ではどんな魔法も動かせますが、その影響が外部には出ないのですよ。そうでなければ、危険な魔法の研究や実験が出来ないですからね」
「なるほど! あ、だとするとココって、普通は絶対に訪問者を入らせない部屋なのでは?」
真偽を調べるといいつつ実はもう、俺が本当に勇者で、加えてシャルティアの子供であるってことを受け入れてくれてるのかな?
「ええ。実を言うと他人を踏み入れさせたのは初めてですぞ。もちろん、ここでも私の方が優位な立場にいることは変わりないですし...なんと言うか、貴方を疑う気持ちはほぼ消えかけているのでね?」
「そう言って頂けると有り難いです」
「私を騙してどうにかするつもりの人物なら、まかり間違っても『勇者』だなんて騙らんでしょう。それに『親族』と言うのもですな...では掛けて下さいクライスさん。魔道具を使ってちょっとした検査を行いますが危険はありませんので、寛いで頂いて結構」
「座ってればいいんですか?」
「左様。この装置をクライスさんに向けますが、それで何をするかというと、人体から放散されている魔力のパターンを測定するのです」
あれ?
これってソブリンで入市税を徴収する時に個人を特定するために使ってた『オーラ』の測定と同じような気がする。
そしてシンシアに、リリアちゃんのオーラを偽装したメダルを造って貰ったんだよな。
ソブリンの時はてっきりエルスカインの魔導技術だと思っていたけど、そういう訳でも無いのか・・・
「それって、つまり『オーラ』ですよね?」
「ほう、ご存じでしたか!」
「ええ、ちょっと」
「オーラには、その人ごとに固有のパターンがあるのですが、同時に血縁関係の強い人物同士ではパターンが似てくる傾向があるのです。アルファニアでは貴族同士の縁戚関係を確認するために使われる魔導技術ですが、あまり一般的とは言えませんのでな...」
とは言え、シンシアもすぐに入市トークンの仕組みを解析して『銀箱くん』に乱数オーラを纏わせていたし、リリアちゃんが『バシュラール家』の血筋であることを確認した古代の仕組みにも、そういった技術が使われていたはずだ。
それほど特殊なモノでは無いのだろう。
「シャルティアのオーラのパターンは手元に記録がありますからな。どの位、それと似ているかで血縁の高さを類推することも出来るのですよ」
「なるほどね」
「もっとも、あくまでも類推出来ると言うことであって、確定出来るとまでは言えませんがね?」
そういったアベール卿の表情に、ほんのわずかだけどニヤリとした笑みが浮かぶ。
どうとも取れる表情だけど、いい方に考えておこう。
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