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第九部:大結界の中心
魔法の効かない障壁
しおりを挟む「一応、何をやっているのかは確認しておこう。マリタン、銀ジョッキの目を屋内に伸ばせるか?」
「そうね、天窓のガラスは閉まってるけど、通気孔から伸ばせそうよ?」
「じゃあ頼む」
マリタンが銀ジョッキ改四号の『目』を操作すると、視界が暗い通気孔の隙間に迫っていく。
まるで虫かなにかの視覚を乗っ取ったような感じだな・・・
だが、その視界がまさに通気孔の隙間に入り込もうとした瞬間、急になにかに弾かれるようにして視野がブレた。
衝撃で『目玉』が揺れたらしく、画面の写し絵は上下に激しく動き続けている。
なんだこりゃ?
「どうしたシンシア?!」
「銀ジョッキの制御が! マリタンさん目玉を戻してください!」
「はい!...押さえ込んだわシンシア様!」
「ふぅ...これで姿勢も戻りました。もう大丈夫だと思います御兄様」
直前まで焦った表情になっていたシンシアが、明らかにホッとした様子でこちらを向いて報告してくる。
「ちょっと驚いたよ。いまのは銀ジョッキのトラブルかい?」
「銀ジョッキ自体の不具合ではなさそうですね。遠隔操作が遮断されたような? 一時的にですが、機能を喪失しかけた様子でした」
「結界かな?」
「兄者殿、通気孔の内側に入り込もうとした瞬間、銀の枝が完全に機能を失いかけたわ。慌てて引っ込めたけど、少しモタモタしてたら液体金属の枝ごと目玉を落としてたかもしれないわね」
「じゃあホントにヤバかったんだな」
「ええ。さっきのアレは『魔力を喪失した』って感じだったのよ。急激に力を失ったような...分かる?」
「なんとなく、な」
「結界に反射されたとか弾かれたとかじゃなくってね、ただ、見えない敷居を超えた瞬間に魔力が消えていくみたいな感じだったわ」
「でも、あの子供は魔石ランプを使ってたし、他にも明かりの点いてる部屋が幾つもあるよな。屋敷の中で魔法が使えないっていうよりも、外からの魔法や魔力が『貫通できない』って事なのかな?」
「そうですね御兄様、屋敷の外周に沿って、その魔法が張られているのかもしれません。そうだとすると銀ジョッキを内部に突入させることは不可能になります。目玉だけでも同じですね」
「魔力が消されるのか...ん? なぁソレってマリタン、こっちの魔法が別の魔法で打ち負かされてるとか、阻害されてる感じなのか?」
「なんとも言えないわドラゴン。感覚としては魔力そのものが失われたとか、単に力が抜けていった感じだったけど、慌てて引き戻したら銀の枝もちゃんと繋がってたし...」
「そうか。どっちにしても危なかったなライノ。俺が言ったみたいに明るいうちに戸口から銀ジョッキを飛び込ませていたら、中に入った瞬間に銀ジョッキが床に転がって姿を現してたわけだろ?」
「そうだろうな。もしも銀ジョッキじゃなくて俺が不可視になって忍び込んでいたら、屋内に入った瞬間に姿を現す羽目になってたかもしれん」
「うぉ、それはヤバい」
「だなぁ。あの屋敷の外周は、『魔法が働かなくなる障壁』になってるってことか...」
「魔法が働かなくなる障壁って、そんなものがあるんだー!?」
「マリタンの説明を聞くとそう思えるだろパルレア? だとするとこっそり忍び込むのは難しそうだよ。それに、アベール・ロワイエ氏があの本に書いてたことにも納得がいくし」
「え?」
「あ、それって御兄様!」
「シンシアもそう思うだろ。もしも魔法が働かない障壁を創れるのなら、その応用で『連鎖反応』だって止められそうじゃないか?」
「おいおいライノ、連鎖反応だけじゃなくて、あらゆる魔法を阻害できるんだとしたら、世の中を壊せるぞ?」
「そうなるか」
「でもアプレイスさん、そこまでは無いと思いますよ?」
「なんでだいシンシア殿?」
「もし...一切の魔法が効かなくなる『空間』を生み出すとか、そういう手段で魔法そのものを広範囲に阻害できるのだったら、銀ジョッキは近づくことさえ出来なかったはずです」
「なるほど」
「ですので、アレはあくまでも『障壁』なのだろうと...ただ、以前に御兄様が精霊の防護結界を内向きにして魔獣を閉じ込めたりしたことがありましたけど、そういう感じで障壁の使い方を工夫すれば『魔力の連鎖反応』を止める手段になるのではないかと思うんです」
「そうかシンシア! なんだか分かる気がするよ」
「でも強力な術に変わり無いわよ兄者殿...あんな意味深げな記述をして、アッサリと公表できなかったのも納得いくわね」
「でも不思議だよな?」
「お兄ちゃん、フシギってなにがー?」
「だって、そんな凄い方法を発明したのなら無敵じゃないか? それなのに世間に発表して金銭や名誉を得るでもなく、むしろ余計なひと言を本に書いてしまったからホムンクルスにされる羽目に陥ったんだぞ?」
パルレアやシンシアが本当の本気で全力を発揮すれば街を消し飛ばしかねない魔法さえ阻害できるとしたら、もう無敵だとしか言いようがないよね?
「無敵ねぇ...確かに魔法使いに対しては無敵か。でもそれで剣や矢は止められねぇだろ?」
「あっ、そうか。そりゃあまあ、そうだな」
だったら、下手な騒ぎを起こすよりは胸の内に仕舞っておくほうが賢明だ。
あの本に書いてあった一文は、それをいつか発表できる日をアベール・ロワイエ氏が夢見た言葉だったんだろう。
「前にライノと話したことがあったじゃねえか。仮に俺たちドラゴンが目につく大地を片っ端からブレスで焼いていっても、それは『支配』することにはならないって。あらゆる魔法攻撃を防げても、それで王になれるわけじゃない。ってゆーか、むしろ物理であっという間に殴り殺されるな」
言われてみればそうだ・・・仮に王宮魔導士の強烈な一撃を防げたとしても、そこらの雑兵に刀で斬られれば終わりかもしれない。
「でももう、これならロワイエ家は敵認定でいいんじゃねえかライノ? 魔法で守りを固めてるなんて、エルスカインの手下だって公言してるようなもんだろ」
「うーん...そうかなぁアプレイス...俺はなんだか腑に落ちないんだよな」
「何がだ?」
「あの本が出版されたのは二十年ばかし前のことだ。で、その結果としてロワイエ家がホムンクルスに乗っ取られたっていうなら話はわかる」
「ってか、お前がそう言ってたじゃねぇか?」
「うん。でも今も守りを固めてるってことは、今もあそこに『守るべきものがある』ってことか?」
「そうだな!」
「だけど、本でも魔道具でも大事なものなら、とっととレスティーユ城に持ち去ってるはずだろ? なにかおかしくないか?」
「動かせないものとか」
「どんな?」
「秘密の出入り口だな! あるいは『橋を架ける転移門』とかよ?」
「まあ、ヒップ島の秘匿施設の件があるから無いとは言わないけど、それなら『魔法を阻害する』ような守りは必要ない気がするぞ? 普通に結界や防御魔法とかでいいだろ」
「巨大な魔道具!...って、それも転移門と同じコトか。相手の魔法を使えなくしても意味ねえよな...」
「多分ね」
「さっきライノにした話じゃねえけどさ、魔法使いさえ防げればいいって守り方は不自然っていうか確かに不十分だよな? 本気で攻める気なら兵士の一団を送れば済むワケだから」
「だろ? じゃあロワイエ卿のホムンクルスは、魔力阻害の障壁で何を防ごうとしてるんだよ? 誰に攻撃されるんだ?」
「いや、それはお前だろ、お前。勇者だよ、ライノ」
「そうかもだけど...俺たちがいつか辿り着くことを予期して事前に防御してるってことか」
「王宮でロワイエ家について調べて貰ったりもしたろ? それにモルチエだっけ? あの変な男にも会ってるんだし、そこら辺から情報が流れたって考えるのが妥当じゃねえかな?」
「うーん、それは否定できないんだけど、なんか釈然としないんだよなぁ...」
「御兄様、エルスカインの手下が勇者を警戒してるとして、それを釈然としないと思うのはどうしてですか?」
「シンシアは真面目で真っ直ぐだからなぁ...なあシンシア、もしも俺たちがエルスカイン側だったとして、勇者が自分たちを調べに来るかもしれないと考えたら、どうする?」
「もちろん迎撃できるように準備しますが」
「うん。それをどう準備するかって話だよ。もしも勇者を捕らえたり殺したり出来るチャンスだと考えた時、エルスカインなら罠を張ると思うんだ。逆に、こんなに分かりやすく『警戒してます迎撃準備万端です!』ってやるかな?」
「あ!」
シンシアは俺が言いたいことを分かってくれたらしい。
もしもロワイエ卿のホムンクルスが勇者を待ち構えているのなら、一見して何も怪しいモノが存在してないか、逆にすでに猛攻に晒されているのかの、どちらかのような気がする。
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