上 下
875 / 916
第九部:大結界の中心

ロワイエ准男爵家へ

しおりを挟む

そんなことを考えていると、アサムがちょんちょんと腕をつついてきた。

「あのさぁライノさん、ぜんっぜん関係ないコトなんだけど...」
「なんだアサム?」

「ホントはライノさんがノイルマント村に戻って来た時に相談しようと思ってたんだけどさぁ...この前、兄貴とエマーニュさんからとんでもないこと言われたんだよね」
「とんでもない?」
「兄貴は一応男爵になって、それでエマーニュさんは子爵じゃん? そんで兄貴は子爵家に婿入りしたワケだけど、同時に男爵でもあって...その男爵位を俺に譲るって言ってきたんだよ。酷くない?」

それはアサムにとって『酷いこと』なのか・・・

「貴族にされるくらい別に酷くはないだろうアサム。って言うか、ダンガが叙爵された時からお前も男爵家の爵位継承者の一人なんだから、とうの昔に貴族の一員なんだぞ?」

そもそも『貴族にされる』って表現を使うのが普通じゃ無いけどな。

望まぬ爵位が降ってきたってコトでは、ダンガに、スライに、今度はアサムだ。
となると、次はレビリスやウェインスさん辺りと来るのか?
アプレイスは叙爵とか言われたら怒るかな?・・・
いや、大笑いしそうだ。

アプレイスは俺たちとの関係性に基づいて一緒にいてくれているのであって、人族の配下に下ったワケじゃあ無い。
爵位というのは人の世の序列であって、王や大公から『何番目の位』かを規定してるモノだから、その枠組の外にいるドラゴンにしてみれば、自分より遥かに弱い存在から『お前を配下として取り立てよう』と言われてもウンザリするだけだろう。

まぁ冗談はともかく、その理由の大部分に俺が関わっている以上は、あまり爵位の否定もできない気分だけどね・・・

「でも騎士団のローザックさんに聞いたんだけど、仮に庶民が叙爵されるとしても騎士爵か、よっぽど貢献が大きかったら准男爵で、いきなり男爵なんてフツーは有り得ないって言ってたよ?」
「まぁ、そうらしいな」
「やっぱり!」
「でもお前たち兄弟にはそれだけの貢献があるんだ。姫様の視察団から一人の死者も出さずに済んだし、北部のヒューン男爵領でもダンガは瀕死の重傷を負いながら最後までエマーニュさんを守り抜いた。これが戦乱の時代なら大きな戦功を立てたってのと同じだぞ?」

とは言えダンガの叙爵は単純な『報奨』じゃなくて、何十年後か分からないけどジュリアス卿が世を去った後、そしてスターリング家の子孫達が『ノイルマント村の特別扱い』を不思議に思うようになる頃のために、あらかじめ手を打ったと言うことだ。
あの時ダンガはパニックしてたけど、恩着せがましくならないように最善策をとったジュリアス卿は人物的にも大したモノだと思うし、さすがは姫様が惚れた相手と言うか、さすがはシンシアの父親だよ。

「でもさー、兄貴は男爵になってまだホンの数ヶ月なのに、そんでもう俺に爵位を譲るとかおかしくない?」

まだ納得いかない表情のアサムに、シンシアが声を掛けた。

「おかしくはないのですよ、アサム殿」
「そう?」

「そもそもお父様がダンガ殿を叙爵したのは二つの必然がありました。一つは、おばさ...フローラシア・エイテュール子爵と結婚する際に貴族達からの余計な茶々が入らないようにするためです。もうお二人の結婚は確立しましたから、これはクリアです」
「うん」
「もう一つの理由はノイルマント村を『ダンガ・ド・ル・マント男爵の領地』としてスターリング家から独立させることです。こちらはエイテュール・リンスワルド子爵家とは別の男爵家として存続させていく必要がありますから、誰かが継がねばなりません」

「でもそれって、兄貴とエマーニュさんの子供の一人が継ぐんじゃないの?」

「アサム殿も聞いたでしょう? リンスワルド家の女は娘しか産めません。それは私も、お母様も、お...フローラシア御姉様も、みな同じです。あまり女系家族を増やしていくのも、それはそれで将来的に問題が増えますし、ル・マント男爵家をリンスワルド家と同じようにしてしまうのは良くないと思いますよ?」

「えっと...シンシアさん。それって、考えてみると最初から分かってたことだよね?」
「そうですね!」
「じゃあさぁ、じゃあさぁ、エマーニュさんもジュリアス卿も、いずれは俺に男爵位を継がせるのを想定してたってこと?」
「はい。そのはずです」
「酷いよ...」
「まぁアサム、あの時点で色々言われても、お前は受け入れられなかっただろ? 村長にもなる前だったしな」
「それは、そうだけどさぁライノさん。だけどさぁ...」

「アサム、これもノイルマント村の将来計画だって思えばいいんだよ。お前たち兄弟が命懸けで、遙々ミルシュラントまで旅して守ろうとしたノイルマント村のみんなのためだ。そう考えればアサムも、村長になったことと同じように男爵になることを『自分が引き受けるべき領分』だって思えるんじゃないかな?」

「うーん...そっかー...そうなのかなぁ?...ねぇリリアは俺が男爵になっても気にしない?」
「わたしはアサム君の側なら、どんなことでもいいの」

可愛い!
リリアちゃん、めっちゃ可愛い!
シンシアも、妹を見るような目でリリアちゃんを見て微笑んでいる。

++++++++++

これから俺たちが向かうつもりの『ロワイエ准男爵家』は、レスティーユ領の中にある。

准男爵というのは微妙なポジションらしく、サラサスのアーブルで出会ったバティーニュ准男爵は街への経済的貢献で爵位を『買った』と自分で言ってたけど、アルファニアの場合は、その人が所属する土地の公爵とか侯爵とか『大領主』のさじ加減で変わってくるらしい。

いまや戦乱の時代は遠く過ぎて、武勇で叙爵される人なんて滅多にいないけど、それでも上位貴族や地域への貢献とかで褒賞を受ける人はちょくちょくいて、騎士爵や准男爵の称号を賜るのは、その中でもトップクラスと言うことだ。
ただ、騎士が『貴族』ではないように、個人に与えられる名誉称号である騎士爵位を得ても貴族の一員とはならない。

ところが准男爵の場合は国や叙爵内容によって位置づけがかなり違い、一代限りの名誉称号の時もあれば、爵位として世襲できて領地も与えられ、文字通りの準貴族として扱われる場合もあるのだという。

で、ロワイエ准男爵家は後者だ。

この場合は立場的にも『見なし貴族』として扱われるけど、領地と言っても大したことは無く、ほとんどの場合は豪農や富農とか地主ってレベル。
税収だけで豊かな生活が送れる家から、自ら農園経営などで頑張らないと苦しい家まで千差万別・・・らしい。

まぁロワイエ准男爵家は、歴代の当主が錬金術や魔道具の研究に打ち込んでこられたのだから、そこそこ豊かな家なんだろうとは思えるけどね。

「御兄様、ロワイエ准男爵家にはどういう風に近づく予定ですか?」

「二つ方向性を考えてるんけど、まず当主はホムンクルス化されてる可能性が高いだろ。その場合は真っ直ぐ会いに行ってもロクな話は聞けないだろうと思うし、勇者だと見抜かれれば即戦闘だよな」
「でしょうね」
「だから少しだけ銀ジョッキで周囲から様子を探って、レスティーユ家の傀儡と化しているようなら俺たちが不可視結界で潜り込んで探るしかないだろう。この際、泥棒みたいだろうがなんだろうが仕方ないさ」

「万が一...という言い方も変ですけれど、ホムンクルス化されていなかった場合には正面から会いに行くという手もありですね?」

「まあな。恐ろしく可能性は低い気がするけど、もしそうだったとしたら、それはそれでなにか必然性というか、ホムンクルスに『出来なかった理由』があるんじゃ無いかと思う」
「出来ない理由、ですか...」
「うん。それが具体的に何かは思い浮かばないんだけどね。ただ、それでも俺が血縁者だってロワイエ准男爵に知らせた方がいいのかどうかは、チョット難しいところだなぁ」

「レスティーユ家がロワイエ家の血縁や継承権を断ちたいと考えているのでしたら明らかな障害ですものね」
「ただ、エルスカインというかレスティーユ卿は、『シャルティア姫の子供がまだ生きている』って事は分かってるんだろうと思うんだよな。だって、俺の父さんと母さんを殺した時の魔法使いは、恐らく家紋のペンダントだけを持ち帰ってるだろうから」

「あれ? ライノさんの両親を襲ったのはブラディウルフだったんでしょ?」

そう言えばアサム達と知り合った時に、三人がアンスロープの狼姿を酷く気にしていたのは、俺がその話をしたせいもあったよな。
会話の最中でアサムが妙にオドオドし始めたり、レミンちゃんが慌てて、かつさりげなく話題を変えるように誘導したりしてたっけ・・・
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 1/13 HOT 42位 ありがとうございました!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

真実の愛に婚約破棄を叫ぶ王太子より更に凄い事を言い出した真実の愛の相手

ラララキヲ
ファンタジー
 卒業式が終わると突然王太子が婚約破棄を叫んだ。  反論する婚約者の侯爵令嬢。  そんな侯爵令嬢から王太子を守ろうと、自分が悪いと言い出す王太子の真実の愛のお相手の男爵令嬢は、さらにとんでもない事を口にする。 そこへ……… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

素質ナシの転生者、死にかけたら最弱最強の職業となり魔法使いと旅にでる。~趣味で伝説を追っていたら伝説になってしまいました~

シロ鼬
ファンタジー
 才能、素質、これさえあれば金も名誉も手に入る現代。そんな中、足掻く一人の……おっさんがいた。  羽佐間 幸信(はざま ゆきのぶ)38歳――完全完璧(パーフェクト)な凡人。自分の中では得意とする持ち前の要領の良さで頑張るが上には常に上がいる。いくら努力しようとも決してそれらに勝つことはできなかった。  華のない彼は華に憧れ、いつしか伝説とつくもの全てを追うようになり……彼はある日、一つの都市伝説を耳にする。  『深夜、山で一人やまびこをするとどこかに連れていかれる』  山頂に登った彼は一心不乱に叫んだ…………そして酸欠になり足を滑らせ滑落、瀕死の状態となった彼に死が迫る。  ――こっちに……を、助けて――  「何か……聞こえる…………伝説は……あったんだ…………俺……いくよ……!」  こうして彼は記憶を持ったまま転生、声の主もわからぬまま何事もなく10歳に成長したある日――

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

処理中です...