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第九部:大結界の中心

オリカルクムの蝶番

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俺は、出来るだけ落ち着いた調子を意識しながらコンスタン卿に答える。

「一つには、その貴族さまから仕入れた品々を売る相手はミルシュラント国内の貴族では無い方が良いと言われておりました。過去に宴席に招いた貴族に見られると足が付く...失礼しました。売り手の身元が分かってしまうかも知れないとのことでございました」

『市井の乱暴な言葉遣いのまま喋りかけて、慌てて丁寧に言い直した』という俺の様子を見て、コンスタン卿はかすかに顔を歪めて笑った。
もちろんワザとだけどね。

「またアルファニア王国、特にコルマーラでは骨董売り買いが盛んで、モノが良ければミルシュラントで捌く...失礼しました...貴族さまや大店の当主方に買い求めて頂くよりも遙かに良い値がつくと耳にしまして、馳せ参じた次第でございます」

「なるほどの。しかし往復の旅費も馬鹿になるまい?」

「はい。そこでもう一つの目的が、逆にミルシュラントでは珍しい品をアルファニアで仕入れることにございました。コルマーラ周辺でも何か仕入れられないかと数日ほど探してみたのですが、そちらは少々むずかしゅうございました」

仕入れが難しかったのは事実だからな。

ホントにどこを訪ねても売れそうな骨董なんて見当たらず、出されるのはゴミばかり・・・もしも、侯爵が俺たちを訝しんで、この三日間の活動を調べたとしても怪しいところは無いはずだ。

「それは無理もないぞ。レスティーユ領の貴族達は揃いも揃って骨董好きであるからな! 無論、当家の影響が大きいことは自覚しておるがの...めぼしいモノなど残っておるまいて」

「はっ。御言葉の通りにございました」

アリバイ作りに周辺を廻っておいて良かったよ。
コルマーラ近郊では眠ってる骨董品なんて枯渇してることは、実際に買い付けに廻ってみないと分からないだろう。

「であろう。この古代の魔道具は当家が高値で買い取ろう。それに加えて似たような古代の魔道具や骨董があればそれも併せて買い取るが?」

「恐れながら、ミルシュラントからの骨董品自体は色々と持ち込んでおりますのでお目に掛けることが出来ますが、『古代のモノ』と言えそうな骨董品はそれ一つにございます」
「であるか...ならば、今回の品に限らず『古代の魔道具類』が出てきた時にはまず当家に持ち込むのだ。つまり、優先買い付けと言う訳だな。その代わりに、直接持って来るなら旅費は当家で負担しよう。来られぬ時は、品の詳細を綴った文を寄越せば、こちらから使者を送る。それでよいか?」

マジか? 
とんでもない好条件だよ。
普通なら有り得ないだろう。

「ははっ、まことに勿体なきお言葉にございます。古代の品を入手した時には必ずこちらへお持ちいたします」
「うむ」
「ちなみに古代の品ならば骨董芸術や魔道具で無くとも、なんでもよろしいのでございましょうか?」
「構わんが、どういうモノを考えておる?」

「は、先ほどは『魔道具と骨董品』という前提でお答えいたしましたが、他に小物がございまして...売り物になるかどうか分からなかったので箱に入れてさえおりませんが、この場で小物入れから出してもよろしゅうございましょうか?」

「許す。出して見せよ」

俺は小物入れと言いつつ革袋に手を入れて、『オリカルクムの蝶番』を一つ取り出した。
あの、南部大森林で発見した『高純度魔石サイロ』の扉に付いていたモノだ。
まさか、こんな役割で利用できる日が来ようとはな・・・

「はっ。こういったモノも入手しております」

脇に控えていた従僕の一人が豪華なトレイを抱えてこちらに来たので、その上に蝶番を乗せると、まっすぐコンスタン卿のところへ持っていった。
防御障壁みたいに感じたものは、普通に通り抜けられるようだ。
だとすると、気配を遮断すると同時に悪意や害意を持つものだけを弾く結界の一種かもしれない。

「これは!」

コンスタン卿がトレイを覗き込んで声を上げる。
家令っぽい人も脇から覗き込んで眉を上げると、コンスタン卿と目線を合わせた。

明らかに『食いついた』って感じだな!

実は今回、探知魔法を仕込んでいるのはガラス箱を納めている木箱の方だけだ。
本当ならガラス箱自体にも探知魔法を仕掛けたかったけど、詳しく調べられたり魔力を注がれた際に露呈する危険性があると考えて断念した。
木箱は適当に作ったものだからすぐに捨てられてしまうかもしれないけれど、全く行方が追えないよりはいいからね。

そして代わりに、このオリカルクムの蝶番にも探知魔法を仕込んである。
人の手よりも大きな蝶番だから面積は十分にあるし、魔道具じゃ無いから変な魔法を掛けられたり魔力を注ぎ込まれたりする心配もない。

素材として再利用するために溶かされたら終わりだけど、それならその時だ。

「私は冶金やきんに詳しくないのですが、オリカルクム製の蝶番らしいのです。ただ、もし本当に貴重なオリカルクムだとすれば、どうしてまた蝶番の形になっているのか、そもそもがそういう工芸品なのか、あるいは古代の特殊な実用品だったのかも分からず...骨董に詳しい先輩商人に見せても『意味が分からん』と言われまして」

「うーむ。オリカルクム製の蝶番とな...」

「素材としては大変貴重だと言われましたが、果たしてこのままで売り物になるのかどうか、板金いたがねとして鍛冶師にでも売った方がいいのかと悩んでいたところでございました」
「いや、その方の思いは分かるぞ。確かにこれは珍しいものであろうがな」

「飾って綺麗というモノでも無く、扱いに困っていたところでして...そう言って頂ければ幸いにございます」
「他に無いのか?」
「同じモノがもう一つございます」

そう言って革袋から二つ目を取り出すと、さっきの従僕が慌てて取りに来たのでトレイの上に乗せる。

「この蝶番の入手先も先ほどの貴族家か? 責める訳では無いが言えぬ相手か?」

「いえ、こちらはいわくありの品ではございません。田舎の郷士がたまたま旅人に宿を貸したところ御礼代わりにと置いていった品だそうで、その旅人も元は拾ったものだとか」
「拾った?」
「はい。森の中に落ちていたそうですが、錆びも一切見えず立派な金属のようなので、何かに使えるだろうと拾っておいたのだそうです」

「ならば由来は分からぬか...」

「その郷士の家もいまはありません。と申しますか、家財一切合切を売り払って越してしまいましたので、その時に私が他の古道具と一緒に捨て値で買い取りましたものです」
「自分から捨て値で買ったと白状するとは正直なことだ...まぁ素人はオリカルクムと言われなければ分からぬか...良かろう、この二つも当家で買い取る。異存は無いな?」
「有り難き幸せにございます」
「では下がれ。支払いを用意するゆえ別室にてしばし待つが良い」
「はっ!」
「しかしその方、値段については一切希望を口にしておらぬが?」

「事前にサリニャック殿より、『レスティーユ侯爵家さまには適正な値段で買い取って頂けるので価格交渉は無用』と伺っておりましたゆえ」
「ほう! 良い心がけだ」
「もったいなき御言葉にございます」
「うむ、その方の心構えは気に入った。そこも加味して支払うゆえ満足いくであろう。それよりも先ほどの『優先買い付け』の話、ゆめゆめ忘れるでないぞ?」

「ははぁっ!」

++++++++++

疲れた。
マジで疲れた。
めっちゃ疲れた・・・パルレアやアプレイスに言われるまでも無く、俺は役者に向いてない。

今回ばかりは糸口を逃してなるものかって気合いがあったし、『変わり身の魔法』の安心感で商人になりきれたように思えるけど、日常的にこれを続けるなんて絶対に無理!
むしろ、あの『気配を遮断する結界』に助けられたのは俺の方じゃ無いかって気がするくらいだよ・・・

ともかく、別室に下がってサリニャックさんと二人で喋りもせずにじっと待つ。

二人とも喋らないのは緊張が続いている所為でも、ナニカの理由で気まずい空気になったからでも無い。
貴族や大店に行った時は、商談の前後に通された控え室や客間で世間話以外の余計な話は一切しないというのが鉄則なのだそうだ。

何故かというと『壁に耳あり扉に目あり』で、誰がコッソリ様子を窺っているのか分からないからである。
いや、むしろ必ず誰かに窺われていると考えるべきだとか・・・

特に商談の後で緊張がほぐれた時なんか、同行者との間でうっかり本音が出てしまうことも多いそうで、ついさっき商品を売りつけた相手の貴族をボロクソに言ったり、偽物や粗悪品を騙して売りつけることが出来たと喋っているのを聞かれてしまって酷い目に遭ったヤツも多いと聞く。

まあ、そういうのは自業自得という気もしないでも無いケドね。
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