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第九部:大結界の中心

古物商の提案

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翌日は、さっそく件の古物商を訪ねてみることにする。
人通りが無いことを見計らってからシレっと不可視結界を消し、荷馬車を街道に戻すと慌てずにコルマーラの街に入った。

「でも、その店の場所自体は分からないよな? 適当に道行く人を捕まえて聞いてみるか?」
「大丈夫よ兄者殿。昨夜、訪ねてくる時の目印を教えてくれたから覚えているわ」
「おお、それは助かるぞマリタン!」

と言うか、アプレイスとパルレアは道順を聞いたことさえ忘れていたのか・・・

ともかく、なんとか辿り着いた『サリニャックさん』という名の骨董商の店は、市壁を入って内側の一角にあった。
昨夜のこともちゃんと覚えていてくれて、門前払いを喰らうことも無かったし、新たな販路と仕入れ先を求めてアルファニアまでやって来た新米古物商っていう設定も問題ないようだ。

問題は、アプレイスが『パルレアの父親』だって設定が生きてるせいで、故郷で留守番をしている『ママ』の設定が必要になったことくらいか・・・
ちなみに俺とシンシアはアプレイスの仕事仲間ってことで普通に通ったけど。

サリニャックさんの店は歴史が古いそうで、当初は陶器屋だったらしい。
それが金物も扱うようになり、やがて修理に持ち込まれる金属製品を捌くようになり、先々代の頃には中古品と言うよりも値打ちモノの骨董が主体になっていたんだそうだ。

「その、先々代の店主さまって、いつ頃の話なんですか?」
「おおよそ百五十年ほど前ですなぁ」

おお、さすがエルフ族だ。
話に出てくるタイムスパンが長い。

「もちろん、私はまだ生まれておりませんでしたが、もうすっかり平和な世の中になって武具の修理なんかは滅多に出なくなり、代わりに経済が良くなったので趣味の工芸品に金を払う人が増え、今度はそれを目当てに屋根裏から売れそうなモノを探しだして持ち込む人が増え...そういう按配で道具屋から古道具屋に、そして古物骨董商に変わっていったそうですよ」

「なるほどねぇ。平和になって金回りが良くなると贅沢品に手を出すのはドコの誰でも同じですね」
「左様、左様。私ら商売人にとっては、世の金回りこそが全てでございましょう。争いで儲かるのは鍛冶屋だけですな...ところで、昨夜アプレイスさんから伺ったのですが、クライスさんは何か珍しい骨董を持ち込まれているそうで?」

「ええまあ。ただ、アルファニアで目を惹くものかどうか分からなかったんで、昨夜のアプレイスの話に早速乗ってみようかと伺いました」
「いや、それは有り難い」
「で、その品物がコレなんですけどどうでしょう? 正直に言って良い買い手がつきそうに思えますか?」

そう言って俺は布に包んで持ってきていた木箱の蓋を開け、『小さなガラス箱』をサリニャックさんに見せた。

これは、設定を支える目眩ましのために掻き集めてきた骨董類とは違う、正真正銘ホンモノの『古代の魔道具』だ。
だって、ヒップ島のバシュラール家の秘匿施設から持ってきたんだからね・・・

中に入っているのは、恐らくは南方大陸産と思われる小さな植物で、すでに枯れているけど、島から持ち出したから枯れたという訳では無くて、最初に見つけた時にはすでに枯れていたのである。

シンシアが言うには、恐らくこの小型のガラス箱は『採集籠』みたいなモノで、高純度魔石から供給される魔力で稼働するようになっているらしい。
他のガラス箱はどれも、施設自体から魔力を供給されていたので中身も無事だったけど、コレは仕様なのか保管時のミスなのか、セットされていた魔石からの魔力供給が途絶えた時点で枯れてしまったのだろう。

それでも、このガラス箱自体が現代では造れない貴重な魔道具であることに変わりは無いし、中の植物だって立ち枯れている様子に風情があって、意図的な『乾燥標本』にも見える。
このまま棚に飾っていたら、そういう雅な美術品だと思って貰えそうだよ。

「ほう。魔道具の一種と言うよりは工芸品のようで、なにやら風情がありますが...これは一体なんでしょうかな? 」

サリニャックさんが不思議そうな表情を見せる。
パルレアが突っ込みを入れて来ないからには嘘をついて無いワケだし、本当にガラス箱を知らないと言うことは、サリニャックさんはエルスカインに関係してないと考えて良いだろう。

「とある貴族家から仕入れたもので、正直に言って良く分からないんですけどね。どうもこのガラス製の箱自体が古代の魔道具らしいんですよ。なんのために造られたのかも良く分からなくて、コレまでの持ち主も皆、工芸品として飾っていたらしいんですが」
「ふーむ...」
「古代の品だって証拠は、枠がティターンで造られてるらしいからです」
「ティターンですと?」
「今どき、掘り出したティターンをわざわざ使えない道具に加工する人なんていないと思いますから、嘘じゃあ無いのかな、と」

「ええ、それはそうでしょうとも!」

「ガラス板もやけに透明だし、伝え聞くところによれば、中に入ってる標本みたいな奇妙な植物も発見された時のままだそうです。なんでも、南方大陸の植物だって話なんですけど、それが本当かどうかは分かりません」

「ほぉー...これはひょっとすると中々の値打ちモノかも知れませんよクライスさん!」
「そうでしょうか?」
「私としては、是非、レスティーユ家の方にお見せすることをオススメしますな! なんでしたら、侯爵家に持ち込めるように私が口添えしても構いませんが、どうでしょうか?」

「やあ、それは助かりますよ。もちろん仲介料はきちんとお支払いしますんで」

「魔道具としての使い道や、今でも動くのかどうかは分かりませんが、保存状態も驚くほどいいです。それに純粋に飾っておく古代の置物としてもおもむきがありますな...仮に私が買い取るとしても...そうですねぇ、アルファニア金貨で十五枚は下らないでしょう。見る人が見れば、もっと高値が付く可能性もありますからな!」
「そんなにいきます?」
「古代の品ですぞ? もし、動かし方が分かって有意義に機能するものなら、値段が『一桁』は上がりますよクライスさん」
「おおっ」
「そこは侯爵家の方に見て貰わなければなんとも申せませんが、あの方々は決して買い叩いたり商人を騙そうとはしないので大丈夫です。価値があると認めたら必ず相応の金額を払って下さいますからね!」

ふーむ、レスティーユ家は骨董商人からすると良い顧客って訳か。

向こうは金に糸目を付けずに出来るだけ多くの魔道具を集めたいのだから、骨董商が品物の持ち込みを躊躇したくなるような差配をする訳がないか。
むしろ珍しいモノを手に入れたら、『まず一番にレスティーユ家に見せよう』って流れになる事が狙いだな。

「では早速、私は侯爵家の方に連絡を取ってみます。返事が来たらすぐにお知らせしますが、クライスさんはどちらにお泊まりで?」

「いやぁ、宿は替えるつもりなんですよ。連絡が来るまでにどの位掛かりそうですかね?」
「割と早いですよ。三日もあれば返事が届くでしょう。そこから美術骨董品の購買担当の方にお見せして良い品だとなれば、家令のお一人と買い取りの交渉をさせて頂く事になりますな」
「では、三日後にまた来ます。それまで、このガラス箱はサリニャックさんにお預けしておきましょうか?」

「いやいやいやいやいや、そんな貴重なモノをお預かりして万が一のことがあったら目も当てられませんな! 最初に侯爵家に伺う日取りは融通も効きますから大丈夫です」
「わかりました」
「それと購買担当への賄賂は不要です。むしろ、そういう話を持ち出したら怒られますのでご注意を」
「へぇ、そうなんですね。教えて頂いて良かったです」

「では、連絡を取っておきますので、三日後を目安にお越し下さい」

++++++++++

サリニャックさんに礼を言って店を辞去し、適当な店を選んで早めの昼食にした。

そもそもアルファニアは海の無い内陸国家だから、ここコルマーラでも料理に出てくる魚は基本的に川魚だ。
それでも結構大きな魚が出てきたので飯屋の女将さんに聞くと、周辺で魚の養殖が盛んなのだという。
侯爵家が奨励していることもあって、農家や地主の多くが副業として手を出しているそうだ。

「話を聞いてると、領民にとっては、レスティーユ侯爵家って悪い領主じゃ無いみたいだよな?」
「そうですね御兄様。農家への養殖の奨励とか補助金の交付とか、官吏の賄賂や横領への厳罰姿勢とか、むしろ善政を敷いている印象です」

「だよなぁ...」

骨董の魔道具を掻き集めるために、商人に対して金払いを渋らず、いい顔をしてみせるって言うのは分かる。
でも、領民に優しくて公平なホムンクルス領主ってのは間尺に合わないって言うか、余所でエルスカインのやって来たこととは相容れないて言うか・・・

変な感じだよ。
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