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第九部:大結界の中心
コルマーラの街
しおりを挟むレスティーユ侯爵領はアルファニアの南端に位置していて東西に細長く、その南側は長い国境線でミルバルナ王国とクロリア王国の双方に接している。
アルファニアの『南の守り』とも言えるし、そこが『実質的な辺境伯』だと言われる所以だけど、見方を変えれば大国アルファニアとミルバルナ、クロリアの三国に挟まれた小国のような位置だ。
歴史的にも大戦争の始まる前にアルファニアに恭順して、ミルバルナやクロリアの侵攻から守られた小国が起源だそうだから、自治領に近い扱いなのも頷ける。
そのレスティーユ領の都は『コルマーラ』という大きな街で、侯爵家の本城はこの街の中心に建てられており、その周囲を取り巻くように城下町が広がっていた。
城は三重の防壁と堀に囲まれていて、いかにも戦乱の時代に建てられた国王の居城って雰囲気が溢れている。
宮殿では無くて、あくまでも城。
そんな感じだな。
城下町もぐるりと市壁に囲まれているけれど結構な規模。
ま、元は小さな国の『王都』だった訳だから、当然と言えば当然か・・・今では更に、その壁の外側にも街が広がっていて賑わいを見せている。
ちなみに、コルマーラの脇を通っている大きな街道を延々と西に進めば、ミルバルナ王国を通り抜けてエドヴァル王国の首都カシンガムへ、東にしばらく進んでから南下すれば、クロリア王国を抜けてラクロワ家の領地であるサラサス王国のアルティントへと繋がっているのだ。
つまり交通の要所のハズなんだけど、この街道でのアルファニア側と両国の国境は東西どちらもレスティーユ領内にある。
この街道を通り抜けようとすると、絶対にレスティーユ領を通らざるをえず、侯爵家が徴収する通行税と関税が発生する。
しかしミルバルナとクロリアが直に接している国境地帯は長く険しい山脈に阻まれていて、平坦な経路がないので通りにくい。
大変な思いをして山越えするか、通行税を払うかの二択・・・大量の荷を運ぶ商隊にはどちらも負担だ。
で・・・どちらも嫌だと思う人が多ければ交易は減る。
ミルバルナとクロリアの間で『通商が発達せず、両国が周囲の国々に較べて少し貧しいのはその影響も大きい』とパジェス先生は言っていた。
つまりミルバルナ王室とクロリア王室の両者にとって、レスティーユ侯爵家は『邪魔者』だ。
アルファニア王家のクローヴィス国王は、別にミルバルナとクロリアの通商を阻害するメリットは無いので関税を撤廃したいのだけど、レスティーユ家にとっては収入源が減る話だから受け容れがたい。
むしろレスティーユ家は、国外との貿易において関税を縮小して開放政策に舵を切ろうとしているクローヴィス国王を目の仇にしている・・・と、そんな話だったな。
道を造る、橋を架ける、水路を引く、何をするにも金は掛かるし、皆で使うモノを作る費用を誰が出すんだってなると税収も必要だ・・・なんて、俺自身も姫様と出会って色々と教えて貰う前は『税金なんて出来る限り払いたくない』って思ってたクチだから偉そうなことは言えないけどね?
++++++++++
「御兄様、まずはコルマーラの街に入ったら宿を探しますか?」
「ああ、俺たちは街のこともレスティーユ家のこともまったく知らないからな。宿屋で飯でも食いながら地元の人から情報収集できるといいんだが...」
「だけどライノ、この人数で宿に泊まって色々と聞き回ってれば逆に注目されちまうぞ?」
「いや、それが狙いなんだけど? 骨董の魔道具を売りに来た商人って設定はそのためなんだから。逆に、外国から来た古物商として注目を集めて、レスティーユ家に入る口実でも作れないかって」
「お前が侯爵家の連中の前で魔道具専門の骨董屋を演じるもつもりか? そりゃムリだな!」
「ムリっぽーい!
「ムリだわね」
「ムリだと思います御兄様」
だから、あれほど『俺の演技力の関するコメントは不要だ』と念を押したのに・・・
「いやライノ、お前の演技が云々って話じゃないよ。その道の商売人の知識を舐めちゃ駄目って話だ。骨董のことを聞かれた時にスラスラ受け答え出来んのかよ? ムリだろ?」
「一応、出発前にも骨董商のハーグルンドさんに商売のことを色々聞いてきたんだけどなぁ...」
「あのなぁライノ。お前は『破邪のニセモノは同業者なら一発で見破れる』って言ってたよな? どうして他の業界でも同じだって思わないんだ?」
「おぉぅ...」
「造船所のドルイユ技師から聞いたコトの受け売りだけどな、役者ってのは本当の自分じゃ無い姿や気持ちを演じてる。つまり、それは『嘘をつく』ってコトなんだと。だから他人になりきれるほどに嘘が上手けりゃ、役者としての演技が上手いってことになるんだとよ。分かるだろ?」
「まぁ分かるけど」
「そもそもライノの演技が下手なのは『嘘をつくのが下手』だからなんだぞ。相手が善人だったらなおのことだ。お前が『人を騙すことへの躊躇い』を持ってる限りは、上手い演技なんか出来るワケ無いと思うぜ?」
「ねー!」
「アプレイスさんの言う通りだと思いますよ御兄様。それに私は、そこも御兄様の素敵なところだと思っています。だから嘘が上手になる必要なんて無いんです!」
くっ・・・内心ではシンシアのことを『嘘が下手』なんて思ってたのに。
逆に慰められてしまったぞ。
「お兄ちゃんってさー、性格はアスワンみたいだもん。だからアスワンはお兄ちゃんのコトが気に入ってるんだと思うけどねー!」
「そうかなぁ...」
「ワタシはアスワンという方に会ったことは無いけれど、皆が言いたいことは分かるわ兄者殿。兄者殿は今のままがいいんじゃ無いかしら、ね?」
「わかったよ...魔道具を扱う骨董商ってのは、あくまで街に滞在するカモフラージュに徹して、出来るだけ目立たないようにするよ」
「ああ。で、ソブリンみたいに魔法で居場所を追跡される心配が無いんだったら、あえて宿屋に泊まる必要もねぇな。どっか目立たないところに馬車を停めて不可視にしてればいいだろ」
「それもそうか。馬車の中で寝れば済む話だもんな。話を探るのは、目立たないように俺が一人で酒場にでも行くとするか」
「やめとけってライノ」
「でも、領民の目から見てレスティーユ家が領主としてどんなヤツかとか、最低限の情報は仕入れておきたいんだよな」
「でしたら私が行きます」
「却下だ!」
「ダーメ!」
「無理だよシンシア殿」
「でもエルフ族の見た目年齢は同族でも分かりにくいですから、お母様みたいに若作りだと言えば通ると思うんです。うちでの食事の時も少しはお酒を飲んでいましたし...」
いやいや、リンスワルド城での晩餐時にあの高級なワインを嗜んでいたことと、『街の酒場で安酒を飲む』のを同じに考えるのは厳しいぞシンシア?
あと、自分の母親のことを『若作り』って言っちゃっていいのか?
「あのなぁシンシア殿、もう少し自分の美貌ってヤツを自覚した方がいい。目立たないどころか酒場中の注目を引いて大騒ぎになるぞ?」
「だよな?」
「ねー!」
「そうでしょうか...」
「だから俺が行くよライノ」
「は? いやアプレイスは酒に弱いだろ?」
「別に本気で飲み比べする訳じゃねえだろ。自分が飲むよりも相手に飲ませて話を聞き出す方が重要だと思うぜ? それに、飲み客相手に骨董談義をするつもりもねえからな」
「それはそうか...」
アプレイスは以前に少しドワーフ族と付き合いがあったらしく、その時に魔道具のことなんかも少しは教えて貰ってるみたいだし、なにしろエルダンで最初に『魔帳』を見つけたくらいだもんな。
意外と適役かもしれん。
「じゃー、アタシも一緒に行くー!」
「なんでだよ?」
「ホムクルスを見分けるのとさー、あとはソブリンの時のコリガン族方式みたいな?」
「あー、あれかぁ...」
子供のフリをして相手をノセて聞き出すと。
「いいんじゃねえかライノ? 俺が根掘り葉掘り聞き出すよりも、一緒にいる『妹役』ってことでコリガンサイズのパルレア殿が興味津々に聞いた方が、向こうさんもペラペラ喋ってくれる気がするぜ? なにより子供に見えるってことが重要だからな」
「うーん、まあアプレイスが一緒ならパルレアが危険なことになる訳無いし、それもアリか...」
「だろ」
「分かったパルレア、聞き取りは頼んだぞ」
「やった!」
「だけど飲み過ぎるなよ。酔う酔わないじゃ無くって、普通のエルフの子供は酒をガバガバ飲んだりしないからな? 食事と一緒に嗜む程度だ」
「わかったー...」
なんだよ、その『気のない返事』は・・・
初めて来た土地の酒がどんなモノか、色々飲んでみたいって気持ちは分かるけどな。
パルレア、今回は仕事優先で頼むぞ?
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