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第九部:大結界の中心
ハーグルンド氏の商館
しおりを挟むフィヨン氏の工房がある職人街から新市街へ向けてしばらく進み、街並みのゴチャゴチャ感が減って整った感じになってきた辺りにその商館が建っていた。
端正な周囲の建物とも調和が取れていて、見るからにゆとりを感じさせる。
「着いたぜクライスさん。ここがドワーフ族の骨董商人、オロフ・ハーグルンド氏の商館だ」
「中々に立派な店ですね」
「貴族さん相手なんかにも手広くやってるらしいからな。俺らは刀剣以外には興味がねえけど、骨董品の主流は美術工芸の方で、古ければ古いほど高値が付くって世界だそうだ」
「なんだか分かりますよ...」
中庭に入るとすぐに丁稚の小僧さんが出てきたのでそのまま馬車を預け、別の小僧さんに案内されて商館の廊下を進む。
ホールに出て二階へ上がる階段の手前には、執事とも番頭とも判断の付かないエルフ族の男性が立っていた。
「お待ちしておりましたフィヨンさま。二階でハーグルンドさまがお待ちです」
「ああ、ありがとう」
「その、お連れさまなのですが...お腰の刀剣はこちらでお預かりいたしますので...」
「は?」
「ハーグルンドさまのお部屋には、売り買いの対象品を除いて、お客様による刀剣類の持ち込みが禁止されております。従いまして佩刀されている刀剣類は、すべてここでお預かりする決まりとなっておりまして...」
なるほど?
まあ、俺には経験が無いけど、庶民が貴族に謁見する時は入り口で剣を預けるのが当たり前だって事くらいは知っている。
暗殺とか、激昂しての刃傷沙汰なんかを防ぐための措置だろうけど、ここの主のハーグルンド氏は貴族的な振る舞いが趣味なのかな?
「いや待ってくれ、それは俺も知らなかったぞ! 今日は止めて出直そうかクライスさん?」
「いや、いいですよ別に」
「でもなぁ...」
あのオリカルクムの刀を人の手に預けるってコトで、俺よりもフィヨン氏の方が焦っているな。
パルミュナの保護魔法が掛かっているガオケルムを、誰かがどうにか出来るワケは無いし、もしも『悪意を持つヤツ』から盗むなり細工するなりされそうになったら俺には分かるハズだ。
実際に盗まれそうになったことは一度も無いから未体験だけど、パルミュナの説明ではそうだった。
あと、ガオケルムを通じてソイツに警告したり攻撃もできるとか言ってたっけ。
なんであれ、こんな衆人環視の中でガオケルムを革袋にしまう訳にもいかない。
「じゃあ、預けますのでよろしくお願いします」
「では、こちらへ」
「いいのかよクライスさん...」
「そもそも街中ですからね。昼間から思念の魔物退治でもないですし」
「まあ、アンタがいいって言うならいいんだけどな...」
あまり『貴重な品物』だと思わせてもマズいという意識があるのか、フィヨン氏の言い方も奥歯にモノが挟まったような感じだ。
その執事もしくは番頭の人に案内されるまま、壁際にある台の上に大小二本のガオケルムを置く。
台の上には、置いたモノに傷が付かないように分厚いフェルト風の布が敷かれていたし、これが平常通りの対応なんだろうね。
そして二階へ案内されて奥の部屋へ。
執事番頭さんが扉をノックして声を掛ける。
「ハーグルンドさま、フィヨンさまとお連れさまがいらっしゃいました」
「おおぅ、入って貰ってくれ!」
開いた扉の向こうで、オロフ・ハーグルンド氏はデスクから立ち上がってこちらに近づくと、俺たちを招き入れる。
ドワーフ族の男性だ。
背は低いけど、コリガン族のように全体に細く小さくて子供に見えるような感じじゃあ無い。
少しだけ平均より背の低い成人男性だな。
ただし、幅は広いというか厚みがあるというか・・・恰幅がいいと言うよりも『ゴツい』体格だといった方が正しい。
稼ぎの良い商人らしく立派な服を着ているけれど、その下は筋肉ではち切れそうなんじゃ無いかって感じ。
昔どこかで、『暑いところに住む生き物は手足がひょろりとスマートになって、寒いところに住む生き物は体温を失いにくいように丸っぽくなる』と聞いたことがあるけど、本来は北方種族であるドワーフ族の体格がゴッツいのも、そういう理由なんだろうか?
「久しぶりですなフィヨン殿。さあさあ入って掛けて下さい」
「ハーグルンド殿。こちらの方が、お話ししたライノ・クライス殿です」
「どうも、遍歴破邪のライノ・クライスと申します」
「オロフ・ハーグルンドです。どうぞよろしく」
俺とフィヨン氏はハーグルンド氏と握手し、彼と向かい合わせに来客用にソファに座った。
いかにも骨董商らしく、室内には様々な工芸品が飾ってあるし、壁には大きなタペストリーも掛かっていたけど、そのタペストリーの柄には見覚えがあったので、少しほっこりした気分になる。
「立派なタペストリーですね。南方大陸産ですか?」
「おや、クライス殿はあの柄をご存じで?」
「ええ、遍歴修行で南方大陸もしばらく旅してましたのでね。アルサンドラスのマーケットで、その手の見事なタペストリーも見掛けました」
「そうでしたか。ですが、そこの壁に掛けているのはアルファニアの田舎で買い取ったものですよ。大戦争が終結した頃の品ですから、かれこれ三百五十年ほど前ということになりますか」
「凄いですね!」
「いえいえ、骨董としてはさして古いものとも言えません。恐らく戦争が終わった後に南方から運ばれてきたのでしょうが、それ以来ずっと田舎の貴族の屋根裏で眠っていたのですよ」
「なるほど...本当に屋根裏からそう言うモノが出てきたりするんですね!」
「旧家の屋根裏は宝の山ですな。貴族の方々は金回りが良くなると色々なモノを買い込み始めます。理由は様々...新たな趣味だったり、祝い物だったり、単なる見栄だったり...そして飽きると屋根裏部屋に放り込んで忘れてしまうという訳です。購入した時の当主から三代も経てば、何処に何があるかなんて誰も覚えてはいませんぞ?」
わかる。
その時の勢いとか、気分が盛り上がって買った品物なんてそんなものだろう。
「そして、何らかの理由でその家の経済状態が悪化すると、当主が慌てて高値で売れそうなモノを漁り始める、というワケですな!」
埃だらけの屋根裏や倉を漁る貴族の姿が目に浮かぶようだよ。
でもリンスワルド城の『屋根裏』には忘れられてる品物なんて無さそうだな・・・あの家の場合は全てが帳簿に記録されているんじゃ無いかって気がするし、もしも屋根裏や地下室にお宝が眠っているとすれば、シーベル子爵城か?
どうでもいいけど。
「それで、フィヨン殿のお話しによると、なんでもクライス殿はドワーフ族の鉱山や採掘作業に興味をお持ちなのだとか?」
「ええ」
「具体的には、どのようなことを知りたいと考えていらっしゃるので?」
「俺が知りたいのは、先史時代のドワーフたちにはまだ使い道が発見されてなかったか、当時の技術では利用することが出来なかったから捨て置かれてた鉱石なんかで、古代文明以降に貴重な素材となったモノがないだろうかって事です」
「それは色々あるとは思いますが...」
「仮に先史時代のドワーフ達の廃坑が手つかずで残っていて、そこに、古代文明の冶金技術を持っているモノからすれば掘り返したくなるモノが眠っているとしたら、それはなんなのか、と」
「ほっほう? まさかとは思いますが、ドワーフの廃坑を掘り返そうというお積もりですかな?」
「いえ、それが何かを知りたいだけで、欲しいって訳じゃありませんよ」
そう言って、メイドの方が持ってきてくれたお茶を一口啜る。
フィヨン氏の工房では冷えたお茶がとても美味しかったのだけど、さすがに冬に商館の客間で出されるお茶は温かいヤツだ。
香りも豊かで、一口で高級品だと感じる。
「しかし不思議ですな。どうしてまた破邪のクライス殿ががそんなことを?」
ハーグルンド氏が柔らかな表情の中に、怪訝な眼差しを浮かべて言った。
「調査案件なんですよ。部外者に詳しくはお話しできないんですけど、そういう場所に人知れず眠っている鉱石なんかのお宝があって、そのことを土地の持ち主は知らないけど、お宝に気付いたヤツがいて秘密裡に乗っ取ろうとする...みたいな?」
「ほほぅ...」
「実際にそうと決まった訳じゃ無く、そんなコトが起こりそうな感じがするって話があったので、それって本当にあるんだろうかと調べることにした訳です」
まあこれは半分方、本当の話でも有る。
エルスカインはアルファニア王家にも行政にも、ラファレリア旧市街での採掘許可なんか取ってるはず無いからね。
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