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第九部:大結界の中心

引き合わせの対価

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「それになぁ、いまはエルフ族や人間族の造った刃物だって一流だって胸を張れるけど、大昔は『金物と言えばドワーフ族』ってのが常識だったから、秘密主義がひでーんだよ」

「技術を人に教えないんですね?」

「まぁエルフが川で砂鉄を集めてなんとか鉄を作ってた頃に、ドワーフ達はもう鉱石から鉄を造る技術を持ってた訳だし、他の種族が陶器の器しか持ってなかった時に真っ白な磁器を使ってたんだからな? ちぃーとばかり鼻っ柱が高くなるのも致し方ねぇかもしれんがな」

うーん、名うての鍛冶職人に聞けば先史時代の行動や鉱山のこととかも色々と分かるんじゃないかと期待してたんだけど、意外とアッサリ行き詰まってしまった。
エルスカインがあそこの地下で何を企んでいるのか、『先史時代の坑道に残されていたモノがなにかを探る』って方面から答えに辿り着くのは厳しいかな?

俺が難しい顔をしていたからか、フィヨン氏は思いもかけないことを口にした。

「なあクライスさんよ、いっそドワーフのヤツに直接聞く方が手っ取り早いかも知れねえぞ?」
「この近くで見つかりますかね?」
「アテが全くないワケでもねえんだ...鍛冶師じゃ無いけどな」

「おお、それじゃあ?」

「ただなぁ...知ってるかもしれねえけど、ドワーフ族ってのは貸し借りとか売り買いとかをキッチリする連中なんだ」
「はあ」
「つまり何が言いたいかってーとだな、俺はソイツをクライスさんに繋ぐことで、借りが出来ちまうんだよ。だって、ソイツにとっては何のメリットも無い話に付き合わせる訳だからよ?」

「ああ、それはそうですよね...どうすればいいでしょう?」

「まぁこの程度の話なら、向こうさんも情報料を寄越せってことにはならねーと思うし、俺だってこんな事でアンタから金銭をなにがしか受け取ろうなんて思わねぇよ。で、だ。代わりと言っちゃあなんだけどクライスさん。アンタの刀を見せてくれねえか?」
「えっ?!」
「いやなに、俺たち刀匠ってのは依頼人の要望に合わせて刀剣を誂えるけどよ、たまーの修理仕事以外じゃあ、他人の打った刀を見る機会ってのはそんなにねえもんなんだ。ましてや現役の破邪が使ってる刀剣がどんなものなのか興味があってな?」

「そうですか...」

おっと、そう来た?
いや、フィヨン氏の御願いは普通なら全然変な話じゃ無い。
むしろ、そんなことで誰かを紹介して貰えるなら願ってもないってところなんだけど・・・
問題は俺の使ってる刀が、大精霊が魔鍛したオリカルクム製の逸品『ガオケルム』だってコトだ。

こんな事になるなら、師匠譲りの刀を売らなきゃよかったな・・・あれも南方大陸の有名な刀鍛冶が打った業物わざものだったし・・・
でも、あの時はまだ革袋が使えるようになる前だったし、使わない刀を持っていても仕方が無かったんだよ。

さて、どうするべきか・・・せっかくパジェス先生が持たせてくれた『断熱魔法の論文』も、こうなるといまさら出しにくいな。
刀を見せる代わりに論文を渡すってのもヘンな話だし。
打刀じゃなくて小さなナイフの方か、サミュエル君に譲った短剣ぐらいだったら大事にならないかな?

いやいやいや、『魔鍛オリカルクム製』って段階で、それが剣だろうがバターナイフだろうが同じ事だよね・・・

でも、街で適当な刀を仕入れてきてフィヨン氏を騙すっていうのはゼッタイにやりたくない。
そう言う不誠実さは俺自身として嫌だ。

武闘派の破邪は、刀鍛冶の造った剣に命を預けてる。
刀鍛冶の職人も、自分の作る道具に誰かの命が掛かってることを分かっていて、自分に造れるモノの範疇で最善を尽くしてくれているはずだ。
ここでフィヨン氏を誤魔化すのは、そういう『お互い口に出さない信頼関係』に泥を塗る行為に等しいだろう。

仕方ない・・・

「分かりました。じゃあ次回は持ってきますよ」
「おお、そーか! ソイツは嬉しい」

「それと...実は今日、情報料の代わりにフィヨンさんにお渡ししようと思って持ってきてたモノがあるんですけどね」

そう言いつつ、ペッタンコな背負い袋から閉じた論文を取り出して渡す。

「これ、ミルシュラントや南岸諸国には出回ってるんですけどね、『断熱魔法』の論文なんです」
「断熱?」
「ええ、熱を遮る魔法が開発されてるんですよ。ここに書かれてる術式や魔法陣をなぞれば、誰でも再現できるそうです」
「熱を遮るねぇー...火傷を防ぐとかかい?」
「それも出来ますけど、もっと一般的な使い道を簡単に言うと、冷たいモノを冷たいまま保管するとか...」

そう言って、冷たいお茶の入っているカップを目の高さに差し上げてみせる。

「あるいは、熱いモノを熱いままにしておくとかですね。熱を遮るってことは熱が逃げないってコトです。例えば、この魔法で『炉』を囲めば、四六時中薪や木炭を追加しなくても、長時間、高い温度を保てるんじゃないですかね?」

お弟子さん達がせわしなく働いている工房の方に俺が目線を向けると、フィヨン氏は即座にその意味を理解した。

「マジかっ!」
「そうみたいですよ」
「おぃ凄えなそれ! で、幾らなんだよその論文は?」
「差し上げますよ」
「なんでっ?」
「そもそも無料って言うか、いつの間にか世の中に出回ってたってシロモノなんです。そりゃあ、まだ出回ってないところに持っていけば売れるでしょうけど、アッと言う間にそこにも広まって、むしろ金を取ったヤツは後で憎まれるって感じですよ?」
「なるほどなぁ...ソイツは凄ぇ...」

「まだアルファニアじゃあまり広まって無さそうだったんで、お土産にちょうどいいかな? って。まぁそんな程度ですね」

「そーかぁー...じゃあ本当にタダで貰っていいんだな?」
「もちろんです」
「コイツは鍛冶屋にとっちゃあ宝が転がり込んでくるよーなモンかもしれねぇぞ? いやー、ホントに有り難いよ!」
「こちらこそ」
「うん、俺はすぐそのドワーフに連絡を取ってみる。約束が取れたらオレリア嬢に伝言するってコトでいいかい?」

「もちろんです。俺はいつでもいいので、会う場所と時間はそちらの都合で指定してください」
「分かった。じゃあ、連絡を待っていてくれクライスさん!」

フィヨン氏は俄然張り切った感じになり、俺と握手を交わすと戸口まで送ってくれた。

++++++++++

パジェス先生の屋敷に戻ると、ちょうど庭でシンシアとマリタンが『銀ジョッキ改四号』の動作テストをやっているところだった。
一瞬ドキッとしたけど、ちゃんと周辺まで全部を不可視結界でくるんでいる。
まあ、シンシアがそういうミスをやる訳無いな。

「ただいまシンシア、マリタン。新しい銀ジョッキの調子はどうだ?」

「お帰りなさい御兄様。これなら狭いところの調査もいけると思いますよ! あ、先生とオレリアさんには庭で液体金属の実験をするから不可視にしてあると伝えていますから大丈夫です」
「うん。ありがとう」
「御兄様の方は如何でしたか?」
「有益な話は聞けたけど答えには辿り着かなかったって感じだな。ただ、今日会った刀匠の人に、また別の専門家を紹介して貰えることになったよ」

「そうですか。次こそ坑道の秘密が分かるといいですね!」

「ああ。ところで銀ジョッキの目玉の小型化というか軽量化というか、それは上手く行ったんだな?」
「ええ。マリタンさんの開発した液体金属の魔力伝導性が予想以上に良かったのが幸いしました。先端部は本当に集光の役目だけに絞り込めましたから」
「そうなのか。狭いところでも自由に入り込めるなら、かなり活躍の機会が増えるよな?」
「ええ。こんな感じです!」

シンシアがそう言って指差した操作台の画面には、俺の後頭部が映っていた。
思わず振り返ると、ひょろひょろと伸びてきている液体金属の枝の先端にガラスの玉が光っている。
まるで『目が合った』ような感覚・・・

「いつの間に!」

「御兄様、この液体金属の『銀の枝』の良いところは、上下左右に振って動かすだけじゃ無くて、伸び縮みが自在ってところなんですよね。だから例えば狭いところに侵入させる場合でも、擦ったり引き摺ったりして物音を立てる危険性が少ないんです」
「なるほどなあ...」
「姿が見えなくても実体はある訳ですから、物音で不審に思われる可能性はあります。この『銀の枝』はホントに狭い場所でもスルスルと伸ばしていけますから、かなり安全です!」

そう言えばヴィオデボラで獣人族の船員達に警告を送るために、銀ジョッキを天井にぶつけることで『信号音』を出したよなあ。
あれは意図的に音を出したけど、姿は見えずとも音がするってのは、確かにかなり不気味だ。

それに周囲の環境を乱す『ノイズ』しか感じ取れない場合は、人は視覚よりも聴覚に敏感だって話も聞いたことがあるし、音が出る可能性を抑えるのは大事だろう。
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