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第九部:大結界の中心

夕食の前に

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ふと気が付くと、オレリアさんの目がまん丸になっていた。

一瞬にしてガオケルムがどう言う存在かを見て取ったのかと思ったけど、考えてみればそんな訳は無い。
つまり驚いたのは、俺が前置きヌキで『革袋の収納魔法』を使ったことの方だな。
俺たちとしては、こっちが勇者だと知る友人へ精霊魔法を見せることに大きな躊躇いは無いのだけど。

「あー、この空間収納の技も精霊魔法の一種なんですよ。ほとんどのモノはココに入れて持ち歩けますから、俺やシンシアは一般的な『旅の荷物』を全く身に着けてないんです」

「そうでございましたか。転移門と言い、その収納魔法と言い、素晴らしい御業でございますね...もしも世の中に広めることが出来たら、どれほど世界を変えることが出来ましょう」

「いやぁ、そうは言っても三千年前の人達は魔導技術を発達させすぎて滅んでますからね。それに未だに、その頃の残滓と言ってもいいエルスカインと戦い続けなきゃいけない羽目に陥ってる訳ですから...ま、何が良くて何が悪いのか俺には判断できませんけど」
「古代の世界戦争ですか...」
「ラファレリアだって、その時に一度は消滅してる訳でしょう?」

恐ろしく遠くにある山脈の半分を吹き飛ばして都市を土砂に沈めたり、意図的に火山を噴火させて平野を溶岩で埋め尽くすなんて事を正気で出来たんだとしたら、果たしてそれを『正気』と呼んでいいのだろうか?
そのせいで命を落とす数千人、数万人の人々のことを気にしないでいられるのだとしたら、それをやった連中を『人』と呼んでいいのかどうかすら怪しいよ。

「確かに、魔導技術を発達させすぎて人族の手には負えなくなってしまったとか、使い過ぎて枯渇してきた資源を巡って争いが起きたという説も耳にしたことがございます」
「それって、どちらも正解だって気がしますよ?」
「きっと...そうなのでしょうね」

収納魔法を見て無邪気に感動していた様子のオレリアさんの表情が曇る。

良い技術と悪い技術の線引きなんて俺には分からないけど、個人的には転移魔法とか収納魔法は行き過ぎで、シンシアの『方位魔法陣』ぐらいが丁度いいって感じるけど・・・これって身贔屓かな?

「暗い話はともかくとして、その刀鍛冶の方に会うことが出来たら、旧市街の地下でエルスカインが何を企んでいるのかが少しは見えてくるかもしれません。俺の方はいつでもいいんで、是非御願いします」

「かしこまりました。すぐに連絡を取ってみます...ところでクライスさんは今日の夕食に何かご要望はありますか?」
「えっ、夕食ですか?」
「はい、すぐに御用意できるかどうかは分かりませんが、お好きなモノがあれば教えて頂ければと。あるいは逆にお嫌いな食材や料理ですとか?」

「好き嫌いは特にありませんよ。それよりもオレリアさんがお一人で食事の仕度までされるんですか? なんなら俺も手伝いますよ」
「まさか、お客様にそんなことをさせる訳には参りません」
「いえ、お気になさらず」

いや、むしろ俺が手伝うと悪い結果になったりするかな・・・?

「それに、実は仕掛けと申しますか秘密がございますので、それほど手間は掛からないのです」
「あ、パジェス先生の魔法の力で、と仰ってたことですか?」
「左様で御座います」
「凄いな、魔力で調理ですか...」
「正直に申し上げますと、もう料理は出来ておりますわ。先ほど好きなモノや嫌いなモノを伺ったのは、その中から選び出す際の参考にしようと思いましたので」

「その中からって言うと、もう沢山の種類を作って? あれ、ひょっとしてパジェス先生も空間魔法が使えたりとか!...」

まさか、凍結ガラスを使ってるとかは無いよね?

「さすがに、それはございませんわ。叔母様の魔法というのは氷の魔法の強化版です。氷を作るのでは無く、食材や作った料理を瞬時に氷のように冷たくして保存いたします。凍らせておくといつまでも傷みません。食べる時は逆に熱の魔法で温め直して、という感じですね」
「へぇー! 凄いですね」
「ただ、凍らせると食感が変わってしまったり美味しくなくなってしまう食材や料理もございますので、今は、そういう素材や調理方法ごとの『向き不向き』を研究中ですのよ」
「なるほど。しかし氷の魔法で食品の保存とは考えましたね...そういうのは、良い方向に社会を変える魔法だって俺も思いますよ」

氷の魔法なら、凍結ガラスの箱みたいに極端なことにはならないだろうしね。
日常生活が便利になる・・・それくらいが丁度いいのだと思う。

サラサスでの王宮晩餐会の時に、パルレアが目をキラキラと輝かせた季節外れの瑞々しい葡萄が乗せられたタルトも、パジェス先生の魔法を使えばサラサスみたいな南国でなくても一年中味わえるようになるかもしれない。

「ありがとうございます。ですが叔母様の話では、魔石ランプほど普及させるのは難しいだろうということでしたわ。やはり消費する魔力がランプとは桁違いだそうですから」
「でしょうねえ...破邪が使う普通の魔法でも、光を出すよりも炎を出す方が魔力を消費しますからね。でもいつか改良して庶民でも使えるくらいにコストを低く出来るといいですね!」

「ええ、そうですわね。道のりは遠そうですけれど...最初にクライスさんに応接間でカフィアをお出しした時に、温かい軽食を載せていたトレイがありましたでしょう?」
「ああ、アレは美味しかったですよ。それに温かい食事がさっと出てくるのって素晴らしいなって思いました」
「恐縮ですわ。あれとは逆で、トレイの上に乗せた食材や料理を瞬時に冷やすのですけれど、冷やした後に、その状態を維持することに使う魔力が多いのだそうです。保存している間は常に魔力を消費し続けますので」

「あー、なるほど...」

高純度魔石が潤沢に使えた古代ならいざ知らず、か。
でも古代には『凍結ガラス』が普及してたんだから、食べ物を冷やさなくても好きなだけ長持ちさせることが出来たはずだ。
とは言え、そのために必要な魔力と言うか、高純度魔石の量は莫大なモノだったかもしれないけど。

「いまは冬なので冷えやすいですし、冷たい状態を維持するのにもそれほど魔力を消費しないのですけれど、夏になると外の温度に引っ張られて、すぐに食材の温度が上がってしまうのです。そのまま戸棚や箱に納めていても、わずかな効果しかありませんね」
「えっと、つまり魔力で冷やし続けるのですよね?」
「はい、他に方法は無いかと」
「冷やすのはもちろんそうでしょうけど、冷やしたモノを温まりにくくするためには、断熱すれば良いのでは?」
「断熱?」
「こんな感じです。これは精霊魔法ですけどね」

そう言いつつ、オレリアさんに熱魔法を使った『断熱効果』を実演してみせる。

革袋から出した一枚の紙を左手の掌に載せて周囲から断熱し、そこに右手で破邪時代から使ってる、ごく普通の火魔法で小さな炎を出して近づけて見せる。
もちろん、炎が紙をなめるほど近づけても、紙が燃えたり焦げ出したりすることは無い。

最近の俺とシンシアは暑い時に外気の熱を遮断して涼しくしたり、逆に寒い時は冷たい風に体温を奪われないようにしたりと言った生活的な事にしか使ってないけど、炎を出すとか氷を出すとかではなくて『熱を操る』のが精霊の熱魔法の便利なところだ。
使い方を間違えると鍋でお湯を沸かそうとして、うっかりアプレイスを鱗越しに煮るようなことになったりするけど・・・

ただ、今のオレリアさんの話を聞く限りでは、氷魔法の強化版と言っても、対象物から『熱を奪って冷たくする』魔法だと思えた。
それって熱操作の一種だよね?
だったら精霊魔法と似たような感じで、断熱も出来るんじゃ無いかな?

「オレリアさん、人の魔法でも『氷を出す』のではなく『冷たくする』っていう術式が組めるのなら、それの応用で『熱を遮断する』つまり断熱の術式も組めそうな気もするんですよね...もちろん、出来るかどうかは試してみないと分かりませんけど」
「あの、その紙に少し触ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ」

そう言いつつオレリアさんが俺の手の上の紙に触れる。
紙はもちろん冷たいままだ。

「この紙を私の手の上に置けば、その炎を手に近づけても熱くはならないのですか?」
「なりませんよ」
「試してみても?」
「もちろんです」

怖がらせないように、オレリアさんの手の上に置いた断熱状態の紙の上にそっと炎を近づけていく。
オレリアさんの目が見開かれ、ほとんどくっついている状態の紙と炎を凝視した。
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