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第九部:大結界の中心

銀ジョッキ『改三号』

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帰りも男装の女性御者が操る馬車に乗って、パジェス先生の屋敷に戻ることにした。
さすがに、ここから自分たちだけ転移門で帰るのは気が引けるからな。
それに入館した人数をカウントされている訳では無さそうに思えたけど、出入りの員数があわないのはよろしくないだろうから、まぁ念のためだ。

着いたらすぐにパジェス先生に引っ張り回されるままに屋敷内を案内され、素直に部屋割りを受ける。
なんだか今朝からこの人のペースに飲まれっぱなしだ・・・

今は『たまたま』オレリアさんがいるけれど、日頃この屋敷に住んでいるのは使用人の方々を除くと、本当にパジェス先生一人きりだそうで、『客間が空いてる』っていうレベルでは無く部屋が余りまくっていた。
俺とシンシアはパジェス先生の書斎や寝室とは反対側のウイングにある、二階の客間を一人一つずつ充てがわれたけど、どちらも無駄に広い。
俺もシンシアも荷物なんか無いから、手足を伸ばせる寝台に椅子とテーブルでもあればそれで十分なんだけどね?

「御兄様、ちょっとよろしいですか?」

振り向くと、開け放したままの戸口からシンシアが顔を覗かせていた。

「大丈夫だよシンシア、さっきの話の続きでもしようか」

「はい。それで、この部屋に転移門を張って良いですか御兄様? 使用人さん達が戻ってこないとしても、いちいち庭に出ずにココから跳んだ方がいいと思いますから。それに銀ジョッキは、まだ先生にも見せたくないですよね?」

「そうだな...信用する、しないとかじゃ無くて、知る人が増えれば露呈するリスクが増えるって、それだけなんだけどね? 使う者以外は存在を知らない方がいいんだよ」
「ええ、分かってます」

銀ジョッキに関して、パルレアがやたらと『覗き見』の可能性を騒いでいた理由もいまは分かる。
アレをどう使うかは俺たちの良心に掛かっていて、『見られる側』にどうこう出来るものじゃ無い。
だから銀ジョッキの存在を知った人が『覗き見されるかもしれない』と考えた瞬間に、それは、その人の中で半分事実になってしまうのだ・・・見られていないことを確認するすべは無いのだから。

あのオフザケは、パルレア流の警告も含んでいたんだろう。

「そう言えば、マリタンはどうしてるんだ?」
「パジェス先生の書斎です」
「錬金の続き?」
「図書館で見ていた『錬金素材の変遷』は先生もお持ちだそうで、他にもいくつか参考になりそうな書物があると仰ってました。もう少し形になったら庭で実験に移るそうです」

「今朝のマリタンの提案から転がるみたいにして思わぬ展開になったけど、まあ、結果良ければ全て良し、だな?」

「そうですね。先生にも話せましたし、国王陛下の理解を頂戴したことも却って良かったと思います」
「うん。それにレスティーユ侯爵家とロワイエ准男爵家のことを知れたのも良かったよ。それにさっきのモルチエ子爵だっけ? アイツが古代の魔道具を手に入れてレスティーユ家に貢ごうとしてる云々ってのも、なんだか繋がってる気がするんだよな...」

「私も御兄様の直感通りだと思います。御兄様とマリタンが、ロワイエ家の人が書いた書物を、あの膨大な本の中から無意識に選び取っていたのには本当にビックリしましたけど」

「いや、あの本を選んだのはマリタン自身だからな? 俺は目にすら留まってなかったよ」
「そこは御兄様の繋がりで」
「運命だからこそ奇遇って感じなのかねぇ?」
「ええ、まずは旧市街の方なんですけど、いきなり踏み込む前に探りを入れることには賛成です。ただ、銀ジョッキで探ろうにもどこから入り込んだら良いかが問題ですね」
「開いてる窓なんか無いだろうしねぇ」

「中には転移門があるはずですし、ソブリンの離宮やウルベディヴィオラの倉庫と違って建物の外と出入りする必要は無いでしょうからね」
「やっぱり穴掘りか...」
「とは言え御兄様、あの近隣を闇雲に掘ってもドワーフの旧坑道に行き当たるとは限りませんよ? 最初の計画のように目星を付けてからだったら、マリタンさんの開発している魔法も探索に使えるとは思いますけど...」

「問題は、あそこが公園や空き地どころか、建物の密集地ってことだな」

「仮にマリタンさんの探索魔法で地下を探るにしても、街中であれば当然、建物の地下室や用水路、排水溝が沢山あるはずですので...」
「一度は掘り返されてる所が多いか」
「ええ、浅いところの坑道は、そういったモノを作る時に分断されて、ただの空隙として埋められているでしょうね」
「だよなぁ...」
「地下室に入って、さらにその地下を探ることも可能かも知れませんが、あの付近の建物に片っ端から入らせて貰って探査するなんて、とても『目立たずに』と言うのは不可能だと思います」

さすがに目立たずに調査するって言うのは厳しいだろう・・・

俺たちが調査していることをエルスカインの配下にバレないようにするためには、あの『倉庫』の中心からかなり離れておかないと危ない。
それはつまり、地下を調査するべき範囲を囲む『円周の長さ』がグンと伸びることを意味する。

仮に、クローヴィス国王に『王命』でも出して貰って穏便に入れたとしても、王命とは『おおやけ』に出すモノだ。
相手が多すぎて口止めなんて現実的じゃ無いし、アッと言う間に街中の噂になってしまうだろうな。

「姿は不可視化できても、最初の銀ジョッキみたいな壁抜けは出来ないからなあ。あの『倉庫』のどこかに出入りできる隙間でも見つけないと、コッソリ調べるなんて現実的じゃ無いよな...」

「さすがに銀ジョッキ改三号でも、壁抜けは無理ですね...」
「え? 改三号?」
「あ、御兄様にはお知らせしていませんでしたね。サラサスからアルファに飛ぶまでの間、シエラの背中の上にいる時は暇だったので、魔道具製作の時間に充てていました」
「それで、また銀ジョッキの改造を?」
「はい!」
「そりゃ凄い。今度はどんな機能を改造したんだい?」

「まず、前回の魔力切れの反省を踏まえて稼働時間を伸ばしました。今回は仮に途中で魔力の貯蔵量が一定より少なくなると、魔力消費が激しい浮遊機能を抑えて自動的に着地し、固着と不可視状態の維持だけに残りの魔力を振り向けます。コレで、万が一の時にも発見されにくくなるはずです」
「おおっ!」
「さらに、使えるのは敵のいない場所だけですけど、暗い場所でも見えるように魔石ランプを搭載しました」

「銀ジョッキにランプって、さすがに目立ちすぎないかい?」

「ええ。なのでランプ機能を使えるのは、相手に見つかる心配が無い状況だけですね。ただ、この魔石ランプは以前、御兄様のアイデアで造ったモノの改良版ですから発見されにくいとは思いますよ?」
「俺のアイデアで造った? そんなのあったっけ?」
「あれですよ、鍵穴ランプです!」
「ああ!」
「仮に見られても銀ジョッキ本体は不可視結界で見えませんから、小さなボンヤリした光が浮いてるだけです。その光の向きも一方向に狭められていますから、蛍よりも目立たないでしょう」

思い出した・・・

『目で見えている場所には移動できる』跳躍魔法で、狭い穴の向こう側に跳ぶケースを想定してシンシアに作って貰った、『扉の鍵穴を通せるほど細い魔石ランプ』だ。
あの麦粒みたいに小さな魔石ランプなら確かに見つかりにくいし、銀ジョッキの魔力で光らせるのなら、発光時間が短いって問題も無くなるな。

「魔石ランプの軸は少し伸ばせますから、狭いところを確認したりするのには便利だと思います。例えば...そう、小さな箱の中を調べるとかですね!」
「いいな、ソレ」
「ですよね!」
「あと銀ジョッキの『目玉』も伸ばせればいいのにな! 鍵穴から向こうの部屋の中を調べたりとかさ?」
「あ...」
「ついでに、いまマリタンがやってる液体金属の錬成と制御だっけ? アレでこう、狭いところもクネクネと『目玉』が通過していくとか? まぁ、さすがにそれはムリ...」

そこまで言ったとき、急にシンシアが大きな声を上げた。

「ソレです、御兄様っ!」
「えっ?」
「それですよ。伸びる目です! 実は、目を魔石ランプと同じようにして少しくらい銀ジョッキから伸ばしても意味が無いと思ってやらなかったんですけど、液体金属を制御するマリタンさんの魔導技術が使えるなら、可能性はありますね!」

さすがシンシア、すでに目を伸ばすこと自体は考えていたけど意味が無いと諦めていたと・・・
でもマリタンの液体金属技術がモノになって、伸ばした目を自在に動かせるようになるなら話は別、ってワケだな!
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