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第九部:大結界の中心
恩師をシエラに乗せる
しおりを挟むここでパジェス先生にシエラを見せる・・・
それは収納魔法を始めとして、普通なら人族には扱えるはずも無い精霊魔法をシンシアが操れると言うことも見せるし、シエラにまつわる色々なことを芋づる式に教えていくことになるかもしれない。
それでも俺はパジェス先生のことを、単にシンシアが昔世話になった恩師だとかには関係なく、信頼できる相手だと直感的に感じていた。
まず先に勇者の妹という位置づけから入り、信用を得てから出自をバラしたサラサスのパトリック王やジェルメーヌ王女なんかと違って、パジェス先生は元からシンシアがアルファニアに出自を持つリンスワルド伯爵家の一人娘で爵位継承者だという、公的な顔の方を良く知っている。
ひょっとしたら、実は父親がミルシュラント大公のジュリアス卿だと知ってるかも知れない。
いや、むしろ知ってる可能性が高いだろう。
そのシンシアの今の姿を、ミルシュラント公国と国境を接しているアルファニア王家に深い関わりを持つ王宮魔道士に教えるのは、国同士の関係においても余計なバイアスを生じさせてしまう可能性は否定できない。
それでも俺にとっては、シンシアが辛い気持ち抱かないことの方が大事だからな。
ジュリアス卿には悪いけど・・・
あと姫様にも悪いけど・・・
まあいい。
ともかく、直感的に『この人には教えても大丈夫』と感じたのだから、面倒なことで悩むのは止めよう。
「私は昔、本当に先生に御世話になりました。だから嘘をついたり、知ってることを黙ってたりはしたくないんです」
「そりゃ嬉しいし、僕だってシンシア君がウソをつかない...とは言わないけど、とってもウソが下手な子だって分かってるよ。シンシア君がウソを下手なのは高位貴族の娘だと思えないほど心根が正直だからさ」
「有り難うございます先生!」
シンシアはパジェス先生に軽く頭を下げると、俺の方に向き直った。
「...それで御兄様、やっぱり私は、先生にシエラに乗って貰いたいと思うんです」
「うん、いいんじゃ無いかな?」
「はい! 有り難うございます御兄様!」
「えっとシンシア君、つまりなんの話をしてるのかな?」
「先生」
「はいはい」
「ぜひ私の可愛がってるワイバーンに乗ってみてください!」
「は???」
それを聞いてパジェス先生が不思議な表情を浮かべる。
パジェス先生にしてみれば、シンシアが素直で良い子なのは知っているし、そうそう嘘をつくハズも無いことを分かっているけど、『ワイバーンに乗る』って言うのは、今の話の流れで咄嗟に思いついたにしても荒唐無稽すぎるってところか。
・・・シンシアが嘘をついている可能性がないとしたら、幻影? 幻視? もしや精神に変調でも来したのだろうか・・・?
なんて、パジェス先生の表情を言語に翻訳するとそんな感じだな!
「えっとパジェス先生、さっきは俺に、『マギア・アルケミア・パイデイア』について聞きたいことが山ほど有るって言ってましたよね? もちろん全てをお話しするのは難しいんですけど、いまシンシアが言ったことは、そこに繋がる話でも有るんです」
「まさか?...」
「昔可愛がってくれた弟子のために、ちょっと庭に出てみて貰えませんか?」
俺がそう言うと、パジェス先生は真剣な表情になる。
ワイバーンの真偽はともかく、古代の遺構探しと不可解な魔導書の存在が、いま俺とシンシアがココにいることに深く関わっていると察したようだ。
パジェス先生は黙って頷くと椅子を立った。
三人とも沈黙したまま階下に降りると、俺たちが階段を降りてきたことを察した先ほどの家政婦長っぽい女性がスッと玄関ホールに姿を現したが、パジェス先生が軽く手を振って止めた。
女性は何も言わずに奥へと引き下がり、俺たちはそのまま玄関から前庭に出る。
ズンズンと中央まで歩いて行ったシンシアは、俺たち全員を含んだ範囲に不可視結界を張った。
その内側にいるパジェス先生は不可視結界の魔法は知らないはずだが、自分が何らかの魔法的効果に包まれたことを察したらしく、不思議そうな顔でぐるりと周囲を見渡している。
「先生、それでは私の友達のワイバーンをご覧に入れますね。名前はシエラ。とっても賢くて、優しくて、素直な子なんです!」
シンシアはそう言うと同時に小箱からシエラを引き出した。
それを見た時のパジェス先生の顔と言ったら・・・
驚愕、感嘆、そして憧憬かな?
子供っぽい『わぁーっ』って言う歓声が聞こえてきそうな表情だ。
さっきパジェス先生は『叶うはずの無い未知の体験』という意味で古代の人のようにワイバーンに乗って飛ぶということを口にしたけど、まさか、自分の教え子がそれを実現していたなんてね・・・もう言葉を失うしか無いだろう。
シンシアがすっとシエラの首元に近寄ると、シエラは撫でてくれとばかりに頭を下げた。
いや、実際に撫でて欲しくそうしてるんだろうなコレ。
シンシアも満面の笑顔でシエラの首や頭を撫でながらパジェス先生の方に向くと、『どうですか?』と言わんばかりのポーズを取る。
「可愛いなっ!」
気を取り直したパジェス先生の最初の一声がそれだった。
可愛いのか? 可愛いんだろうな・・・
「そうでしょう先生? とっても可愛いでしょう!」
「ああ、凄いなシンシア君、ワイバーンを間近で見るのは初めてだけど、こんなに可愛い生き物だとは思ってなかったよ!」
「ですよね、分かります!」
「うんうん、イメージとしては怖がられてる存在だと思ってたんだけど、これは予想外だよシンシア君...いや、これを見せて貰えると分かってたなら、図書館中の本だって無理矢理持ち出して来てたさ!」
冗談で言ってるのだとは思うけど、王宮魔道士の実力をもってすれば本当にやれてしまいそうな気もする。
「先生、シエラに乗って空を飛んでみますか?」
「僕もシエラちゃんに乗せて貰えるの? 本当にいいのかい?」
「ええ、私も一緒に乗って飛びますから安全ですし、不可視結界の魔法で他の人には姿を見えなくしてますから心配無用です!」
「凄いな! うん、僕も乗せて欲しい、ぜひとも頼むよ!」
「はい!」
シンシアはいつも通りにシエラの背によじ登ると、自分よりも大柄なパジェス先生に手を差し伸べる。
パジェス先生も、生まれて始めて近寄っただろうワイバーンに対して全く怖がる様子も見せず、むしろ喜々とした表情でシエラの鞍によじ登った。
「じゃあ御兄様、ちょっと先生と一緒にラファレリアの空を散歩してきますね」
「ああ、気にせずゆっくり行っておいで」
シエラが大きく翼を羽ばたかせて舞い上がって行く。
あ、ひょっとしたら『宙返りとか絶対するなよ』って、シンシアに言っておいた方が良かったかな?・・・
++++++++++
飛び立ったシエラの後ろ姿をしばらく見送った後、このまま芝生の上に突っ立っていても仕方が無いと屋敷に戻る。
勝手に扉を開けて玄関ホールに入ると、先ほどの侍女風の女性が待っていた。
不可視結界でシエラの姿が見えなかったせいか、俺が一人で戻って来たことに動じる様子も無い。
二人は散歩にでも行ったと思ってるのかな?
「客間に飲み物と簡単な食事をご用意しておりますので、こちらへどうぞ」
そう言って俺をホールの奥へと誘う。
考えてみれば主人であるパジェス先生がいない時に、俺を勝手に書斎に通す訳にも行かないよな。
「有り難うございます。パジェス先生が戻ってくるまで、そこでしばらく時間を潰させてください」
「もちろんでございます。ご入り用のことがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「ええ、助かります。その時は御願いしますよ」
この大きさの屋敷で、彼女の他にメイドや家僕といった使用人がいないことは考えられないけど、まだ姿を見掛けていない。
かろうじてチラッと目にしたのは行き帰りの馬車の御者くらいか・・・
こう言っては身も蓋もないけど、貴族や金持ちはどちらかというと使用人の多さを誇る傾向にある。
賓客が来訪した時に、裏方以外の使用人が玄関前にずらりと勢揃いして出迎えるなんてのも、元はそういう意図から始まったものだと聞くし。
案内された客間に入ってみると、テーブルの上にはちょっとした軽食と保温ポットに入っている温かい飲み物が準備されていた。
ポットが魔石で保温できるタイプなのは貴族家には珍しくも無いだろうけど、軽食の載っているトレーにも保温する機能があるらしい。
さすが宮廷魔道士の屋敷ってところだけど、冬の最中に訪れたアルファニアでコレは素直に嬉しいな。
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