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第八部:遺跡と遺産

スライとジェルメーヌ王女

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「ところでライノ、もう聞いてるかも知れねえけど、俺はジェルメーヌ王女にどうしてもって頼まれたからよ、転移メダルを使わせて貰ってルリオンの王宮に行ったんだ」
「へぇそうだったのか。ここのところフェリクスの追跡やらなんやらでバタバタしてたから知らなかったよ。何かあったのか?」

「まぁ、有ったと言やぁ、有ったんだけどな...」

スライは自分から話を振っておきながら、眼を窓の外に向けて言い淀んだ。
伝え方に迷っているって感じかな?

「その歯切れの悪さはスライらしくないな。何か困ったことがあったんなら遠慮せずにハッキリ言ってくれよ。実際、ジェルメーヌ王女を押しつけたのは俺の責任なんだしな?」

「この野郎、今さら『押しつけた』って白状しやがったよ! 責任取れ、責任!」

「なんの責任だよ? まぁ、もうこの期に及んで世話役を撤回される心配も無くなったからな」
「ったく...」
「で、実際なにがあったんだスライ?」

俺がそう聞くと、スライは大きく溜息をついて天井を見上げる。
それから視線を俺の顔に戻して口を開いた。

「実は、ジェルメーヌ王女に求婚された」
「え?」
「だから、ジェルメーヌ王女に俺が『求婚された』ってんだよ。先に言っとくケド、逆じゃあねえし、俺が王女に手を出したとかでもねえからな! 向こうから俺と結婚したいって言ってきたんだ。いいか、そこは勘違いするなよ?」
「マジか!」
「マジだぜライノ。こんなこと冗談で言えるかよ!」

「いや、まさかそうなるとは俺も...」

真剣に驚いた。
なにがどうしてそうなるんだ? 
王女だぞ?
しかもアルティントって言うかラクロワ家は『緊急避難先』であって、まさか『お見合い』的なコトじゃないし、王女にとっては一種の休暇旅行バカンスのようなモノだったはずだ。

確かに庶子だし、そろそろ年齢的にも降嫁こうか先を見つけなきゃいけないって言われてたのは聞いているけど・・・

バカンスだからこそ気が緩んで開放的になったとか?
あるいはルリオンに戻るのが嫌で、『緊急避難バカンス』を『永久同居ロマンス』に変えようとしたとか?

「王女がアルティントに来てから、やれ街に買い物に行くだの気晴らしの散歩に行くだの、そういうのに全部、俺が付き合わされててな...」

あー、それは確かに俺の責任だな。

屋敷の外に出たい時はスライを連れていけ、遠慮は無用だとジェルメーヌ王女に言ったのは俺だ。
そう言えば、あの時のジェルメーヌ王女はスライと出掛けられると聞いて、もの凄いハイテンションで喜んでたっけ・・・
でも、俺としては気の利く護衛って意味だったんだけどね?

「なぜか知らんが懐かれて、段々と屋敷の中にいる時でも『スライさま、スライさま』って纏わり付かれるようになってな。食事も必ずご一緒にってメイドを差し置いて自分で呼びに来るんだぞ...そりゃモチロン悪い気分じゃねえけど、相手は王女様だからな? こっちも気を使うぜ...」
「だろうな」
「果てはオベール家の屋敷の食事会に一緒に出るだの、アランとタチアナに誘われて郊外にピクニックに行くだので、なんか気が付いたら距離を詰められててよ? いきなり『スライさまはわたくしのような女はお嫌いですか?』って。そう聞かれて嫌いって言えるか?」

「言えないな。でもスライはジェルメーヌ王女のこと嫌いなのか?」

「んなワケあるか! でもよぉ、ジェルメーヌ王女と最初に会ったのがライノと陛下の会見の日の晩餐会だ。結婚は船の修理とはワケが違うんだぞ?」

「貴族同士の結婚なんて、婚約前に顔を合わせる機会があるなら上等な部類だって聞いたけどな」
「そりゃあそうだけど、そもそもだ。あんな若くて別嬪で、気立ても品も良くて、挙げ句に王女様だぞ? 俺にゃあ勿体なさ過ぎるだろ。ってか、どう考えても釣り合わねえよ!」
「そうかな?」
「ともかく、一度どうしても王宮に戻りたいってねだられてな。そんで仕方なく居室に連れてったら、俺を引っ張ってオブラン宰相の執務室だ。なんの話をするのかと思ってたら国王陛下の予定を確認してた。でも俺の見るところ、先に根回しされてたな」

そうか・・・だとすると、シンシアが手紙箱で協力したのかな?

「で、そのまま謁見か?」

「いや、謁見の間じゃ無くて奥の控え室に連れてかれたぜ。その場で王女は『お父様、わたくしスライさまと結婚したいのです』って、ぶちかましやがったよ。正直、俺は死を覚悟したね」
「大袈裟な!」
「シンシア殿と婚約してるライノに言われても素直には頷けねぇな。ってか、ライノは自由人だから気にならねえんだよ。迂闊に爵位とか持たされると不自由になるもんなんだ」

「はっ、気ままに傭兵稼業やってたスライに言われても、それこそ素直に頷けないな! どっちが自由人だよ」
「この野郎...」
「で、パトリック王はどう反応したんだ?」

「それが...満面の笑顔になって、俺の方がビックリしたぜ」
「なんか想像できる」
「そうか? ともかくだ。俺にとっちゃあ逃げ場がねぇ状況だ。それで陛下からは前置き無しで『うむ、娘を頼んだぞ子爵殿!』って...返答する間もなく祝いの言葉を投げかけられて、断れるか? 断れねぇだろ? もう俺の人生は俺の手を離れたような気がするね!」

そう言って、スライは少しだけ顔をしかめる。
聞いてるだけで、そのシーンとパトリック王の表情が脳裏に浮かぶよ。

ただ、以前にスライは『貴族の暮らしが嫌で出奔した』なんて風に言ってたモノの、実際はタチアナ嬢を巡るゴタゴタで実家にいることに嫌気が差しただけってのは分かってる。
末っ子だから最初から家督を継ぐ可能性も無くて、自由気儘にやって来たのは事実だろうけど、だからと言って本質的に貴族であることが嫌だという訳じゃあ無いだろうし、パトリック王がスライを評して『気概ある貴族』と言ったのも的外れじゃ無い。
要は、人生に何を求めるかってことじゃないかな?

「なるほどな...一つ聞いていいかスライ?」
「何だよ、改まって?」

「本当にジェルメーヌ王女との結婚を断りたいか? どうしても逃げたいなら、ラクロワ家にも誰にも迷惑を掛けないで済む方法はあるぞ?」

スライは俺の言葉を聞くと、少しドキッとしたような表情を見せてから俯いて考え込んだ。
そう出来る可能性は考えなかったのかな?
それが良いか悪いかは別として、勇者の名前と力を使えばなんとかなることは多いのだ。

「...いや...逃げようとは思わないな」
「ほう?」
「王家の親族なんざどうでもいいんだが、どうやら俺も、あの無邪気なお嬢さんに惚れ込んだらしい。悲しませたくないし、これから一緒に過ごしていくのも悪くないと、そう思い始めてるみたいだ」

シャッセル兵団というか、その前身のドゥノス傭兵団の頃から浮いた話はまるで無かったと耳にしていたから、意外にもスライは女性関係に関してはウブなのかも・・・
って、俺が言えるセリフじゃ無いけどね。

「なら良かったよ。行き掛かりとは言え子爵になったんだし、どうせ傭兵稼業なんて続けてられない状況だったろ。人生がそういう流れになったんだって思うべきじゃないかな?」

「そうだな...ま、ジェルメーヌ王女にも、俺を選んで良かったと思って貰えるようにしなきゃいけねえってコトか...」

おっと、こんな殊勝な態度のスライを見るのは初めてだな!

ジェルメーヌ王女の行動力が凄いけど、なんて言うか彼女は先日の一件で、本当に色々なモノから解放されたって感じなんだろう。

++++++++++

その日の夜、どこぞから戻って来たシンシアに、今日のスライとジェルメーヌ王女のことを話すと、意外にも驚かなかった。

やっぱり王女に手を貸してたのかな?・・・

「だって御兄様、迎賓館で皆さんと一緒に食事をした時から、ジェルメーヌさまの目はスライさんに向いてたでしょう?」
「え、そうだったの?」
「そうですよ。視線を追っていれば分かります。それに、言葉を拾って話題を繋げたり質問を投げかけるのも、スライさんが口にしたことばかりだったでしょう?」

「いや正直、全然気が付かなかったよ...」

「もう、これだから御兄様は!」
「あ、うん」
「ともかく、ジェルメーヌさまは最初からスライさんのことばかり気に掛けていらっしゃいましたよ。だから、御兄様がジェルメーヌさまの護衛には是非スライさんをって持ちかけた時に、私はてっきり御兄様がジェルメーヌさまの気持ちを分かって後押しするつもりなんだと思ってました」

「ごめん、ぜんぜん無意識だった」
「まあ、そういうところも御兄様らしくて好きですけど!」

シンシアは一応フォローっぽい言葉を口にしてくれたけど、自分の鈍感さをあからさまにされた気分。
ちょっと恥ずかしいというか、情けないというか・・・
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