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第八部:遺跡と遺産
マディアルグの帰還
しおりを挟むエルスカインが三千年前に『埋め込まれた』目的意識、あるいは存在意義を基盤に、いまも当時と同じ事を再現しようとしているのだと考えれば、色々なことに納得がいく。
何より、『命のある存在』じゃあ無いってコトに。
「いや納得できるよ。俺自身も薄々そんな印象を保っていたしね」
「左様でございましたか...なぜエルスカインさまが長い眠りについていたのか、そしてなぜ数百年前に目覚められたのかは存じません。しかし人ならざるモノであるならば、その理由を人族と同じように考えても意味が無いのでしょうな」
「そうだろうね。もう一つ聞きたい。さっきソブリンの市民達をホムンクルスの肉体の素材にして、魂は別のを持って来るって言ってただろ?」
「はい」
「その魂はどこから持って来るんだ?」
「恐らくエルスカインさまがどこかに保管してある肉体からですな」
「誰の?」
「儂が思うには、古代の世界戦争が終焉した時、国が滅びる前にガラス箱の中に収められていたイークリプシャンの上級市民達ではないかと」
「あぁ...なんだか、そんな気はしてたんだよ...」
そうだった、呪い返しでエルセリア族になった『闇エルフ』の数が、帳尻合わないって話をパルミュナと何度かしたよな。
アンスロープ族の誕生を主導していた魔法使い達の数よりも、エルセリア族に変容してしまった闇エルフの民の数の方が圧倒的に多い。
その理由は、アンスロープを生み出した魔法の悪辣さゆえの『呪い返しの強烈さ』と、当事者である魔法使い達が何らかの手段で呪い返しを躱して同胞の市民達に『呪いを押しつけた』ことの結果であるとも言われていたけれど、それにしても辻褄の合わないところはあるのだ。
だがそれも、アンスロープの『製造』を指図した上級市民や王族達が、揃って呪い返しから逃げたというか隠れていたのだとすれば納得できる話だな。
下手したら、ガラス箱の中で復活の時を待っているのは数千人単位かも・・・
凍結ガラスの普及していた当時、敗戦色が濃くなってきたところで、エルスカインが上級市民達を守るべく行動したに違いない。
そして呪い返しが降りかかってエルセリア族に変容してしまったのは、守られるほど上級の市民でも無く、奴隷や使役されていた被害者側でも無く、ただの下級市民だったのだろう。
「儂はこれまでのエルスカインさまの言動や必要としている魔導技術、小耳に挟んだ配下の魔道士や錬金術師達の行いなどを鑑みた結果、そういう結論に至ったのでございます」
「そうだったか...そしてそれが、エルセリアの呪い返しの『帳尻が合わない』って言われ続けてた理由なんだな?」
「恐らくはそういう理解で間違いないかと思いますが、全ては遠い昔の伝承です。いまとなっては確かめる術もございませんが」
俺の脳裏に、アサムとリリアちゃんが手を繋いで歩いていた姿が浮かぶ。
リリアちゃんの、本人すら覚えてない壮絶な過去や、住み慣れた故郷を捨てるしか無かったアサム達・・・どちらの苦難も、イークリプシャン王家とエルスカインによってもたらされたものだと言える。
その苦難を超えて、いま、あの二人の心温まる姿があるのだ。
俺はなんとしてでも、それを守り抜かなければいけない・・・
「世界戦争から三千年、どこかの凍結ガラスの中で眠り続けているイークリプシャンの魂を持って来るっていうのは分かったけど、ソブリン市民はほとんどは人間族だろう? イークリプシャン達はエルフ系種族のはずなのに、そこは問題ないのかな?」
「むしろ新たなホムンクルスの素材は人間族の方が良いのだろうと。寿命が短いのでコントロールしやすいですからな」
「上級市民達と言えど、エルスカインにとっては支配の対象か...」
「いえ、『支配』と言うよりは『管理』の対象でございましょう」
「どう違うのかなソレ?」
「エルスカインさまの目的からして、一言で言うと『理想的なイークリプシャン国家を再興する』と表現できます。つまり、イークリプシャンの民が幸せに...それはあくまでもエルスカインさまの定義としてですが...生きられる場所の創出ですな」
「新たな国民も、エルスカインの独善ゲームのコマってワケかい?」
「管理という言葉で悪ければ、『保護』と言い替えてもよろしいかとは思いますが、意図は同じです。国民は、その世界の幸せな住民で無ければならない」
「要は国民もエルスカインの管理する『庭』の一部だってことだろ。自分の思いのままにしたいだけだよ」
「庭とは言い得て妙ですな」
「大結界って、人族の常識じゃあ思いつけないほど大それた規模のたくらみではあるけれど、実際にやろうとしてることは『箱庭作り』みたいに思えるからね」
「なるほど...勇者さまのイメージはまさにエルスカインさまの目標とするところを言い当てていらっしゃるのかも知れませんな...おや?」
そこまで言うと、老錬金術師は顔を自分が出てきた扉の方に向けた。
「どうやらマディアルグ陛下がお戻りになった様です。予想よりは早いですが、無事に戻って来たと言うことは計画続行でございましょう」
「無事に戻ってこないかもしれないと思ってた訳か?」
「もし、エルスカインさまが計画を完全に仕切り直すと考えた時には、無駄になるモノは全て処分することも不思議ではありませんので...もちろんそれは儂自身も含めての話でございますが」
「だろうね」
「さて勇者さま。陛下がこの部屋に入ってくる前に、お戻りになることをオススメしますが、いかがなされますか?」
「選択肢があるってことは、俺がここでマディアルグ王を殺そうとしても止めないってことかな?」
「もちろんです」
「あぁそぅ...まあさっきの話からして、いまここで暴れるよりはエルスカインの計画の根幹部分をどうにかすることを考えた方が良さそうだ。今回は素直に撤退するよ」
「承知いたしました。恐らくまたお目に掛かれることがあるでしょう」
「多分ね」
その時は・・・俺がこの老錬金術師を処断することになるのかな?
まあ、今はそんなことを考えても仕方が無い。
俺は素直に転移門の上に戻り、シンシアに目で合図を送る。
老錬金術師は、俺が戻る様子を気に留めることも無く、マディアルグ王を出迎えに行く様子だ。
シンシアが転移門に魔力を込めて数拍の後、俺たちは再びアヴァンテュリエ号の貴賓室に戻っていた。
それにしても・・・
ダイニングテーブルの上に靴のまま立つって、なんだか落ち着かないよね?
++++++++++
「シンシア、銀ジョッキの様子は?」
すぐにシンシアが操作台を出して状態を確認してくれる。
「あのままですね。稼働状態には問題ありません」
「なら、このまま見ていても大丈夫か」
銀ジョッキの画面にはマディアルグ王と話す老錬金術師の背中がチラリと見えたが、すぐに二人とも扉を出て別の部屋へ向かった。
「追います!」
シンシアが急いで銀ジョッキを天井から引き剥がして二人の後を追わせたけど、もう少しで追い付くというところで二人は部屋を出てしまい、そこでマディアルグ王が扉を閉めてしまった。
残念、いまの銀ジョッキは壁抜けが出来ないのが本当に痛い・・・
いや、壁抜けた出来た状態が異常なんだし、そのためにまたパルレアに危険な真似をさせようとは思えないけどさ。
「なあライノ、いっそ、あの老人に銀ジョッキのことを教えといたら、扉を閉めないように気を効かせてくれたかもしれないぜ?」
「そうかもなアプレイス。でも今はまだ、銀ジョッキのことは誰にも教えたくないんだよ」
「まあそうか」
「どうしましょう御兄様? このまま待ってみますか?」
「うーん...」
「ライノ、いったん王宮に戻らないか? これからの行動はしっかり話し合って決めた方がいいだろうと思うぜ」
「そうだな。正直、予想外の収穫があった訳だし、色々と整理しておこう」
用心して、全員いったん不可視結界で姿を隠したままアヴァンテュリエ号を降り、造船所の工廠の奥で静かに座っていた騎士達に、全て終わったから大丈夫だと声を掛けた。
息を殺して潜むという苦行から解放された騎士達が詰所に戻ってくる前に、さっさと転移門で王宮の部屋に戻ることにする。
色々と質問されても、なにも答えられないしな・・・
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