797 / 916
第八部:遺跡と遺産
ホムクルス工廠
しおりを挟む『そう文句を言うな。不死軍団とは全兵力が吾輩その物だ。不満も裏切りも下剋上も無く戦う力もみな同じ...かつて存在したいかなる軍団よりも統率の取れた兵となろう!』
『それはまあ、陛下が陛下を従える訳ですからな...』
『従えるのでは無く、協調するのだぞ!』
『いずれにしても民草にとってはいつも近くに『王の目』があるようなもの。逆らう気など起きますまいて』
『無論だ。この不死兵達は人数以上の恐怖を相手に与えることが出来る。世を統べる王の私兵、民を従わせるための支配者の刃として相応しいものだ』
フェリクスの言っていた不死のニュアンスが俺たちの想像とちょっと違っていたのは個々の兵士が不死身という事では無く、どれだけ死んでも、幾らでも代わりが造れて、それが全て同じマディアルグ王の複製だということだ。
つまり、マディアルグ王としての存在が不滅であるという意味だったらしい。
『しかし、不死軍団を世に出すための最後の仕上げはまだですぞ?』
老人の言葉に、フェリクスは不満そうに鼻を鳴らした。
『ヒュドラか? ふん、あの雇われ魔法使い共、自信満々にルースランド王家を使ってヒュドラの首を回収すると言っておきながら、未だに掘り出せてないのであろう? そもそもヴィオデボラの発掘作業で、なにか不測の障害にでも遭遇しておるのでは無いのか?』
おっと! ヴィオデボラって言った!
ってことはフェリクスは、アクトロス号とバシュラール家の事も知ってる訳か?
『アクトロス号は予定を過ぎてもウルベディヴィオラに入港しておりませんからな...ここにあるヒュドラの毒を全て回収して使えば不死軍団の人数分の『血清』を造ることは出来ましょうが、そうなると本来の計画に使えなくなってしまいます』
『それはエルスカインの負う責であろうよ。血清が無ければ不死軍団にヒュドラのガスの中を歩かせることが出来ぬ』
血清ってなんだろう?
二人の会話だとホムンクルス軍団を動かすために不可欠な感じに思えたんだけどな...シンシアなら知ってるかな?
「ねぇ兄者殿、どうやら彼等はヒュドラの毒を中和する方法を見つけ出したみたいだわ!」
「血清って、そういう意味かマリタン?」
俺が聞くより先にマリタンが教えてくれた。
「古代の魔導技術よ兄者殿。蛇なんかの強い毒を、特殊な魔法で薄めて身体に入れるの。それが血清ね」
「死なないのか?」
「とっても薄めて毒を弱くしてるから大丈夫なのね。でも、その毒を身体が覚えて対抗する力を生み出せるようになるって魔法なのよ」
「凄いな」
「ワタシが知ってる魔法はお酒に強くなって二日酔いをしなくなるって魔法だけど、原理は似たようなものだわ」
「酒って毒か?」
「そうよ。知らなかったの兄者殿?」
酒を毒とは思ってなかったな。
ガスを吸い込んだだけで即死する『ヒュドラの毒』と『二日酔い』を同列に語るのもどうかと思うけど・・・
あ、でもバシュラール家の先祖がヒュドラを倒した時は魔法で錬成した『麻酔酒』を使ったんだったな。
結局は、毒も薬も酒も使いようなのかもしれない。
それはともかく、画面の中では、老人がフェリクスに思案げな顔を向けている。
『しかし陛下、ヒュドラの毒を血清に使い切ってしまえば、そもそも大地に放つガスの材料も足りなくなる訳でございますから、計画の遂行自体が不可能になりますぞ? それでは血清の意味がありません』
『まあな。だが前回の発掘でヴィオデボラのおおよその位置は報告されておろう? いざとなったら勇者共を片付けた後に、吾輩がアヴァンテュリエ号を徴用してヒュドラの首を回収しに向かっても良いのだが...』
『それには少なくともアヴァンテュリエ号の員数分の血清は必要になりますな。作成には少々の時間が必要です』
『なぜだ? アクトロス号の連中は血清など持たずに往復しておるぞ?』
『それで戻ってこないとなれば、何らかの事故に遭ったと考えるのが自然でございましょう。嵐などの海難の可能性もございますが、ヒュドラの容れ物をうっかり開けでもしておれば全滅ですな』
『うぅむ...バカ共め!』
その推測は正しいよ、ご老人。
ひょっとしたらアクトロス号に乗り込んでいた傲慢な魔法使いが、いかにもそういう不手際を引き起こしそうな人物だと思っていたのかもしれない。
『それにアヴァンテュリエ号を使うかどうかはともかく、勇者を片付ける以前に、ホムンクルスを騎乗させる予定だったワイバーン軍団が全滅したと報告が上がっていると聞きましたが?』
『ふん、良い感じにワイバーン共の統制も取れていたゆえ、勇者相手でも勝てると思ったんだがな...くそっ!』
『恐れながら申し上げれば、東の果てから連れてきてそのまま王宮へ攻め込ませるなど、さすがに準備不足でございましょう』
『それを言うなら敗因は魔法使い共のせいだ。あれほど自信満々に『支配の魔法』の力を豪語しておいて、ドラゴンを抑え込みにアーブルへ行った連中は返り討ちに遭って全滅だからな!』
『そのようですな』
『しかし支配の魔法に脆弱性があることは、貴様の言っていた通りだった。アレは強いが脆い、そういうところか...』
『それに加えて、自信過剰になった魔法使い達がドラゴンやワイバーンを普通の魔獣と一緒に考えたことが原因でございましょう。太古から伝わる『ドラゴンの檻』が、なぜオリカルクムで造られていたか...彼等は、そこをもう少し考えるべきでございましたな』
『確かにな』
『魔法によって造りあげるモノを成果とする儂らのような錬金術師と違って、魔道士になる魔法使いというものは自らに蓄えた魔法の能力そのものを武器としますからな...自信過剰にもなりやすいものですぞ?』
『そう言うものか?』
『ええ、錬金術師が技能を磨き、最高の素材で最高の品を仕上げる職人だとすれば、魔道士は己の身体から発する魔法を鍛える、言わば格闘家のようなモノですからな』
『ふむ...それも一理はあるか...』
錬金術師だという老人の言う『ドラゴンの檻』ってのは、モリエール男爵に使わせた例の『ドラ籠』の事だろう。
そして錬金術師が職人で魔道士が格闘家だという比喩を耳にして、シンシアがなんだか微妙な表情をしている・・・言わんとする意味は分からなくもないんだけどね?
シンシアは純粋な魔道士としても、新たな魔道具を生み出す錬金術師としても超一流だと言っていいから、両方合わせて『闘う職人』なんだろうか?
フェリクスは錬金術師の例え話に頷きつつも、不満げに鼻を鳴らした。
『しかし、その自信過剰な魔法使い達のせいで、吾輩の引き連れていたワイバーン共も散り散りだぞ? それに勇者達は思ったより厄介だ。ドラゴンもだな...吾輩は目にしておらぬが、二頭目まで出てきたとはエルスカインにも想定外であろう...此度の件は仕方有るまいて』
そりゃあ、お前はエスメトリスが姿を現す前に失神してたから目にしてないよな!
しかしフェリクスは、支配の魔法でアプレイスを抑え込むことに失敗したのは、パルレアが精霊魔法で守ったからでは無く、魔道具を携えてワイバーンに乗って現れた魔法使い達が失敗したと思い込んでいるようだ。
同じく、ワイバーン達の支配が解けたのもエスメトリスの魔力によるものだとは認識してないらしい。
もっとも、いま彼が口にした『支配の魔法に脆弱性がある』って言い分は正しいだろう。
ヴィオデボラのドゥアルテ・バシュラール卿も、支配の魔法については『絶対でも恒久でもない』そして『ドラゴンを永続的に配下として使った例は存在しない』と断言していたのだ。
むしろ、エルスカインが支配の魔法に頼り切っているのは、『それしか手数を増やす方法が無い』からじゃあ無いのかな・・・?
『それは、一介の錬金術師に過ぎぬ儂の論じることではございませんので、陛下とエルスカインさまとで御相談を』
『ああ、ここで愚痴っていたところで何も進まぬわ。エルスカインもオリジナルである吾輩を粗末に扱うことは出来んし、仕切り直しを要求する』
『この後はどうなさいますか? すぐにエルスカイン様の元へと向かわれますか?』
『うむ』
『では転移門の用意をしますので、少々お待ちを』
そう言って錬金術師は、どっかりとその場に腰を下ろしたフェリクスに背中を向けて歩み去っていく。
おおっと、いま錬金術師とフェリクスは『エルスカインを訪ねる』と話したよな?
俺の聞き間違いじゃ無いよな?
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
婚約破棄ですって!?ふざけるのもいい加減にしてください!!!
ラララキヲ
ファンタジー
学園の卒業パーティで突然婚約破棄を宣言しだした婚約者にアリーゼは………。
◇初投稿です。
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。
◇なろうにも上げてます。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
Crystal of Latir
鳳
ファンタジー
西暦2011年、大都市晃京に無数の悪魔が現れ
人々は混迷に覆われてしまう。
夜間の内に23区周辺は封鎖。
都内在住の高校生、神来杜聖夜は奇襲を受ける寸前
3人の同級生に助けられ、原因とされる結晶
アンジェラスクリスタルを各地で回収するよう依頼。
街を解放するために協力を頼まれた。
だが、脅威は外だけでなく、内からによる事象も顕在。
人々は人知を超えた異質なる価値に魅入られ、
呼びかけられる何処の塊に囚われてゆく。
太陽と月の交わりが訪れる暦までに。
今作品は2019年9月より執筆開始したものです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
実在のものとは関係ありません。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~
雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――?
私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。
「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。
多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。
そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。
「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で??
――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。
騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す?
ーーーーーーーーーーーー
1/13 HOT 42位 ありがとうございました!
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる