上 下
783 / 916
第八部:遺跡と遺産

Part-3:マディアルグ王 〜 シンシアの名付け

しおりを挟む

ワイバーンの背に乗る時、シンシアは『ちょっと飛んでみます』と軽い感じで言っていたのに、いざ飛び立った後は縦横無尽に空を駆け回ったという感じだった。

ワイバーンがいきなり宙返りを始めた時には少しヒヤッとしたが、それもシンシアの指示通りだったらしい。
その後も横にクルクル回ったり急降下したり、曲芸のように様々な飛行をワイバーンに行わせた。

もちろん宙返りしても落ちそうになったりはしなかったし、必死でしがみついているという様子もなかったから、シンシア自身の魔法で身体を固定していたのだろう。
恐らく銀ジョッキを天井に固定したりする時に使っている固着の魔法だと思うけど、そう言えば、あの魔法を最初にシンシアが使ったのもヴィオデボラへ向かった時に、アプレイスの背に馬車を固定するためだったな。

平然と馬車を置いたり、十人以上が好き勝手に寝転がったりして過ごせるアプレイスの広い背中と違って、ワイバーンの場合は収まりの良いポジションが限られそうだし、『鞍が欲しい』というシンシアの感想は、純粋に居心地の良さを向上させたいってことだろう。
いっそ、背中にカウチでも置かせて貰ったら寛げていいんじゃ無いか・・・?

ともかく、シンシアが十分に飛び慣れたと見えてからは、アプレイスも律儀にワイバーンの後ろを追うのを止めて、少し離れた低空から見守るというスタイルに変えていた。

「なあライノ、あれ、もう見守ってなくても大丈夫なんじゃねえか? そもそも姉上が黙って行かせてる段階で危険は無いって判断されてるしなぁ...」

「まあ、でも万が一って事はあるから」
「そりゃあな」
「お兄ちゃんってばシンシアちゃんには過保護だもーん!」
「だよな。俺の姉上といい勝負だよ」
「そこまでは...いや、それでいい。うん、それでいいんだよ俺は!」
「開き直りやがった」
「まー、お兄ちゃん兼、婚約者だし?」

「そういうコトだ! それはともかく、そろそろ王宮の方に戻ってエスメトリスにも声を掛けよう」
「姉上ならさっきから真後ろにいるぜ?」
「えっ?!」

アプレイスにそう言われ、驚いて後ろを振り返るとエスメトリスと目が合った。

そしてドラゴンの顔でニヤリと笑ったような気がする。
不可視にしてもいないのに、この距離で気配を感じさせずに飛んでいたのか・・・さすが色々と凄いなエスメトリスは。

< シンシア、そろそろ王宮に戻ろう。オブラン卿から進捗を聞いて次の準備をしておきたい >
< わかりました御兄様。不可視にして一緒に戻りますね >

すぐにワイバーンとシンシアが不可視結界の中にくるまれる。

並んだまま飛んで屋上庭園の上空まで戻り、まず先にシンシアとワイバーンを着地させた後に、俺とパルレアが飛び降り、続けてアプレイスとエスメトリスが空中で人の姿に戻ってから庭園に舞い降りた。

事情を知らない人の目から見たら、ワイバーン軍団がサラサスからちゃんと退去していく様子をアプレイスとエスメトリスが見届けてから戻って来た、という様子だろう。
降り立ってしまえば、オブラン宰相が屋上の人払いを維持してくれているので人目の心配はない。

「随分と調子が良さそうだったなシンシア!」

「はい! とっても素直に、私の御願いした通りに飛んでくれました! すごく素敵な子ですよ!」
「うん、そいつは何よりだ」
「それで、エスメトリスさんに伺いたいのですけれど...」
「こやつに何か気になることでもあったか?」
「いえ、この子って自分の名前を持ってないみたいなんですけど、やっぱり名前は無いんでしょうか?」

「うむ、ワイバーン同士で名を呼び合うことなど無いゆえ、こやつに限らず個体ごとの名前など無かろうな」

「でしたら、その...私が名前をつけても構いませんか? 名前がある方が呼びやすいですし...」
「おお、シンシアがこやつに名付けをするか! うむうむ、一向に構うまい。むしろ喜ぼうな」

「だったら、私がこの子に名前を付けますね!」

シンシアはパァっと満面の笑顔を浮かべるとワイバーンの方へと向き直った。

「では貴方の名前をつけさせて下さい。でも、もし私の考えた名前が嫌だったら言って下さいね?...それで貴方の名前ですが『シエラ』という名前を考えました。古い言葉で『疾風』や『強風』というニュアンスがあります。どうでしょうか?」

シンシアがそう言うと、ワイバーンが翼を広げて顔を上げた。
これ喜んでるよな?
ワイバーンだから当然ながら竜系統というか、もっと有り体に言ってしまえばトカゲ系の顔つきだ。
なのに表情が分かる・・・

もちろんアプレイスもエスメトリスもドラゴン姿の時でも表情豊かだから、その流れでワイバーンが表情豊かでもおかしくないのかもしれないけど・・・なんて言うか、ワイバーンなのに子馬みたいな様子だよ。

「えっ、この名前で嬉しいんですか? 良かったです!」

やっぱり言葉が通じてるのか?
通じてるよな・・・シンシアの言葉をワイバーンが理解しているだけならエスメトリスの話からも納得できるけど、シンシアの方もワイバーンの意志を汲み取れているのが凄い。
と言うか、やり取りがある様子自体が、俺にはサッパリ分からん。

「シンシア、そのワイバーン...『シエラ』だっけ?」
「はい!」
「じゃあ準備が整うまで、シエラには、ここで一人で休んでて貰って問題ないかな?」
「ええ、大丈夫だと思います。念のために不可視結界を張っておきますね」

万が一の事故で『シエラ』の姿を他人に見られることが無いように不可視状態にしておき、俺たちは揃って部屋に戻った。

++++++++++

お茶を入れて一息つく間もなくオブラン宰相が部屋にやって来る。
もはや俺たちの出入りをメイド達に監視させてることを隠そうともしてないな・・・まぁ、こちらとしても手間が省けるし、別に嫌でも無いけどさ。

「勇者さま、首尾はいかがでございましょう?」

「しっかりした賢いワイバーンをエスメトリスが選んでくれたので、万事上手く行きましたよ。予定通り、今夜にはブリュエット嬢の屋敷へ向かえます」

「では上々というところですな。王宮でも皆が飛び去っていくワイバーンを見ておりますので、『そのうちの一頭がこっそりと舞い戻ってきた』と言う流れも信憑性が高まるでしょう」
「ブリュエット邸の動きは?」
「王宮から密かに...本人達は密かに行動しているつもり、という事でございますが、本日もブリュエット邸やルフォール侯爵家に追加で伝令が走っておりますな。件の王宮警備隊隊長が指示を飛ばしておるようです」

「一回だけなら『縁者への気遣い』とかも有り得ますけど、二回も伝令が飛んだって事は、確実に関係が維持されてますね...」

「はい。その伝令がブリュエット邸を訪れるのを見届けた上で、こちらからもブリュエット邸に『面通し』の立ち会いを依頼する旨、使者を送りました」
「返答は?」
「無論、承諾しましたな」
「うわぁ、限り無くグレーですね...だったら、今夜にでもワイバーンを使ってシンシアの魔道具を届けさせましょう。もし受け取ったらジャン=ジャック殿の読み通り完全にクロってことです」

「面通しのためにブリュエット嬢が王宮にやって来るのは明日の午後の予定で御座いますが、私どもの方でやっておくべき事は何か御座いますか?」

「ブリュエット嬢が地下牢を訪ねてきた時には、王宮警備隊の志願兵以外はその場にいないように仕組んで下さい。警備隊の隊長にも立ち会わせると、なお良いと思います」
「かしこまりました。彼には『危険な相手なので隊長自ら陣頭指揮として立ち会って欲しい』とでも言えば、喜んで出てくるでしょうな」

「じゃあそれで御願いします。フェリクスが上手いこと転移門に吸い込まれたら、牢内に残っている転移門の紙を、なにか適当な理由を付けてブリュエット嬢に渡してしまえばいい」
「遺品と言うのは少々違いますか...警備隊の隊長に『不穏なものかどうか調べておくように』とでも命じて渡せば、ブリュエットの手元に届くでしょうな」

「いいと思います。それとブリュエットには魔石を二つ渡しておきます。転移門を起動させるのに一つ、もう一つは回収した罠からフェリクスを引っ張り出すために使います。そのあたりのことは手紙に書いておきますよ」

「フェリクスを引っ張り出すのに別の魔石が必要であれば、警備隊長が興味本位で魔法陣を開いても問題ありませんな?」

「ええ、だから生きている魔法陣とは見えないはずです。あれの中身を見抜けるのは転移門の存在を知っている者だけですよ」

「承知しました」

後は・・・深夜にワイバーンの訪問を受けたブリュエット邸の使用人達がパニックを起こさなければいいんだけどね?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 1/13 HOT 42位 ありがとうございました!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

本からはじまる異世界旅行記

m-kawa
ファンタジー
 早くに両親を亡くし、広い実家で親の遺産で生活をする自称フリーター(自活しているので決してニートではない!)の沢野井誠(さわのいまこと)。あるとき近所に不自然にできた古書店で、謎の本を買うのだが、なんとそれは、『物語の中に自由に入れる本』だったのだ。  本気にしていなかった主人公はうっかりと現在ハマッているMMORPGの中に入ってしまい、成り行きでマジシャンに転職する。スキルを取得し、ちょっとだけレベルを上げて満足したところで元の世界に戻り、もう一度古書店へと向かってみるがそんな店が存在した形跡がないことに疑問を抱く。  そしてさらに、現実世界でも物語の中で手に入れたスキルが使えることに気がついた主人公は、片っ端からいろんなゲームに入り込んではスキルを取得していくが、その先で待っていたものは、自分と同じ世界に実在する高校生が召喚された世界だった。  果たして不思議な本について深まるばかりの謎は解明されるのだろうか。

「やり直しなんていらねえ!」と追放されたけど、セーブ&ロードなしで大丈夫?~崩壊してももう遅い。俺を拾ってくれた美少女パーティと宿屋にいく~

風白春音
ファンタジー
セーブ&ロードという唯一無二な魔法が使える冒険者の少年ラーク。 そんなラークは【デビルメイデン】というパーティーに所属していた。 ラークのお陰で【デビルメイデン】は僅か1年でSランクまで上り詰める。 パーティーメンバーの為日夜セーブ&ロードという唯一無二の魔法でサポートしていた。 だがある日パーティーリーダーのバレッドから追放宣言を受ける。 「いくらやり直しても無駄なんだよ。お前よりもっと戦力になる魔導士見つけたから」 「え!? いやでも俺がいないと一回しか挑戦できないよ」 「同じ結果になるなら変わらねえんだよ。出ていけ無能が」  他のパーティーメンバーも全員納得してラークを追放する。 「俺のスキルなしでSランクは難しかったはずなのに」  そう呟きながらラークはパーティーから追放される。  そしてラークは同時に個性豊かな美少女達に勧誘を受け【ホワイトアリス】というパーティーに所属する。  そのパーティーは美少女しかいなく毎日冒険者としても男としても充実した生活だった。  一方バレッド率いる【デビルメイデン】はラークを失ったことで徐々に窮地に追い込まれていく。  そしてやがて最低Cランクへと落ちぶれていく。  慌てたバレッド達はラークに泣きながら土下座をして戻ってくるように嘆願するがもう時すでに遅し。  「いや俺今更戻る気ないから。知らん。頑張ってくれ」  ラークは【デビルメイデン】の懇願を無視して美少女達と楽しく冒険者ライフを送る。  これはラークが追放され【デビルメイデン】が落ちぶれていくのと同時にラークが無双し成り上がる冒険譚である。

処理中です...