776 / 912
第八部:遺跡と遺産
道具立ての準備
しおりを挟む「しかも、本来なら『誰かの魂』は唯一無二です。だから、魂を持たないタダの繰り人形である『ニセモノのホムンクルス』と違って、魂を持つ『ホンモノのホムンクルス』は一人しかいないと、俺たちもずっと思い込んでいました」
「仰り様からすると、そうでは無いと?」
「そうらしいんですよ。フェリクスの身体を素材にしたあのホムンクルスに移されているマディアルグ王の魂は恐らく『複製』です。俺たちも知らない、魂を操る禁忌の魔法...ホムンクルスを造るためには必須の魔法ですけど、その応用で『魂その物』を幾つも複製できるのでは無いかと」
「ではかつて処刑されたマディアルグ王は?」
「処刑されたマディアルグ王は、事前にすり替えられていたニセモノのホムンクルスでしょうね」
「なんと...」
「さっきも言ったように証拠はありません。俺たち自身も、ついさっき思い至った推理なんです。だけどフェリクスの言動やエルスカインの動きとか、色々な状況を考えると、それが一番しっくりくるんです。ま、どちらかと言うとハズれて欲しい推測ですけどね」
「そうでしたか...」
オブラン宰相が黙り込んだ。
彼やパトリック王の視点からすれば、これは由々しき問題だろう。
十年前に死んでいたはずのフェリクスが生き延びていて王宮を襲撃してきたというだけでも、公になったら世間がひっくり返るような大騒ぎなのに、そのフェリクスを捕らえてみれば、トカゲの尻尾に過ぎなかったという訳だからね。
「ねーねー、宰相さんも驚いたでしょーっ!?」
「それはいいからパルレア...なので...いま地下牢にいるフェリクスは、大罪を犯したフェリクス自身であると同時に、恐らくはエルスカインの手で複数創られている『フェリクス達の一人』に過ぎないかもしれない」
「予備は幾らでもいると」
「ええ。この推理が当たっていたら、あのフェリクスを処刑したところでヒュドラの首を一つだけ落とすのに等しい。本体を叩かなければマディアルグ王とエルスカインの悪行は永遠に続くんです」
「...承知しました勇者さま。この計画は万難を排して進めましょう。私は陛下にフェリクスのホムンクルスの件を伝えて参ります」
「まだ推測に過ぎないってことは念を押しておいて下さい。それと、もしフェリクスの身体がマディアルグ王の魂に乗っ取られていた場合...それがジェルメーヌ王女が異変に気付いた時かも知れませんが、本当に本物のフェリクス王子は、その時点で死んでいるはずです」
「そうでございましょうな...ただし彼の場合は幼少期からあまり人望のある人柄ではございませんでしたので、マディアルグ王とすり替わったから悪行に走ったとは言い難く思えますが」
「それはもちろんそうでしょう」
「やはり?」
「ホムンクルスは赤ん坊として母親から生まれるものじゃ有りません。フェリクスだって最初は普通の人の子供だったはずですよ」
「ええ、確かに彼は王宮で産まれております。出産には王宮医官の治癒士も立ち会っておりますので間違いございません」
「つまり...最初にエルスカインの甘言に乗ってホムンクルスにされることを受け入れたのは、人だった頃の本物のフェリクス王子自身ですからね。俺から見ればマディアルグ王もフェリクスも、どっちもどっちだと...」
「そー! そー!」
「ですな! ならば類は友を呼んだとも言えるかも知れません。ただ、それまでマディアルグ王が四百年もの間、どこでどうしていたのかは気になるところでございますが」
「それは多分エルスカインに、『魂だけの状態』で眠らされていたんだと思いますよ?」
物質的な実体の無い『魂』を凍結ガラスのケースに入れて保管するってのは無理っぽいけど、魂を取り出したり移し替えたりを自由に出来るエルスカインなら、そういう魔法も編み出していておかしくないよな?
「魂だけになっても眠っているのであって、死んではいないと...もはや私のような凡人にとっては想像の域を超えますな...常識の崩れ落ちる音が聞こえそうですぞ?」
オブラン宰相は、やれやれといった感じで首を振りつつ退出していった。
++++++++++
その夜のうちにシンシアが超特急で転移門の罠を作り替えて、ジェルメーヌ王女の部屋に置かれていた罠と同じ人物が・・・つまり、エルダンで消失した錬金術師のホムンクルスだが・・・造ったモノのような見た目に仕上げた。
素人が見ても行き先が設定されてないコトは見抜けないので、フェリクスやブリュエット嬢がどれほど眺めても罠だとは気付かないはずだ。
使い方を書いた紙の方も同じ筆跡で、『畳んである紙は転移門の魔法陣だ。二つ折りのまま本に挟んで相手に渡せ。魔法陣を開けば転移門に吸い込まれるから、その場から密かに紙を持ち去り、外でもう一度開けば転移門から脱出できる』と記しておいた。
これでブリュエット嬢が『転移門』という言葉をすんなり受け入れれば、それがエルスカインとの関わりを示す証拠になる。
だって、普通の人間にとっては『ナニソレ?』ってシロモノだからね。
ブリュエット嬢自身がエルスカインの指示を受けていたのでは無く、息子のフェリクスから聞いていたとしても同じだ。
それに、もし本当にフェリクスの魂がマディアルグ王に乗っ取られていたとすれば、彼にとってのブリュエット嬢は敬愛する母親と言うよりも、手駒の一つくらいの位置づけだったろう。
だとすれば自分の力を示すためにも、ある程度の秘密を教えている可能性は高いと思える・・・
もちろん、フェリクスの存命を信じずに手紙と罠を無視したならシロって事だけどね。
++++++++++
翌日の午前中、少しばかり寝不足のシンシアを気遣って遅めの時間にして貰った朝食の後、オブラン宰相が神妙な顔で訪ねてきた。
「勇者さま、昨夜からいくつかの経路で『フェリクスとそっくりな男を捕らえた』という噂を流してみたのですが、早速あちらこちらで動きが出ているようでございます。特に、件の警備隊長の部下が一人、ブリュエット宅へと深夜に馬を走らせたことが分かりました」
「だとすると、俺たちの狙い通りだって可能性が高そうですね」
「はい。それに、関わっている誰の立場をもってしても、ブリュエット嬢に急ぎ知らせる必然性は全くございません」
狙い通りの展開なのに神妙な顔と言うか浮かない顔をしているのは、このこと自体は決して喜ばしいことじゃないからだろうな。
それも王宮の安全保障的に・・・
「転移門の罠はシンシアが完成させています。これからエスメトリスにワイバーン達を帰還させて貰い、俺たちは今夜ブリュエット宅へ向かいましょう」
「かしこまりました。では『面通し』のためにブリュエット嬢を召喚するのは明日でよろしいですかな?」
「ですね。誰に対しても、じっくり考える間を与えない方がいいでしょう」
「ではそのように手配いたします、勇者さま」
「と言う訳でエスメトリスの方も頼めるかい? 出来るだけ大袈裟にワイバーン達を追い払うって言うか、元いた場所に帰らせる様子を見せてくれ」
「あい分かった」
「じゃあ頼んだよ...ってアレ? そう言えば最初にワイバーン達を叱りつけた時もエスメトリスって普通に人の言葉を使ってたよな? ひょっとしてワイバーンも人語を理解できるのか?」
「うむ。こちらの意志を解するというだけであれば、おおよそは大丈夫であるな。それに大型のモノの中にはごく少数ではあるが、拙いながらも言葉を喋れるものもおるぞ」
「そうなのか!?」
「ちょっとビックリー!」
「小型のモノにそこまでの知能は無いが、そういった連中は大きな個体の行動に従うので問題はなかろう」
「でもワイバーンは変身できないけどな!」
「それは仕方ないぞアプレイス。やつらは我らドラゴンと違って魔獣と言っても良い存在であるゆえな」
「なるほどねぇ...」
「ところでエスメトリスさま、ドラゴンのお姿に戻られるのであれば先日の場所に降りられますか?」
「そうしようオブラン卿。あの『獅子の咆哮』とやらの周辺はどうも雰囲気が好きでは無いが、仕方有るまいな」
「いえ、それでしたら、ここの屋上庭園に上がって、そこで変身されるのは如何でございましょうか? 十分な広さもございますし、すぐに私が人払いをしておきますので」
「屋上とな。その方が面倒が無くて良いであろうな。では宰相殿のお勧め通りで行くとする」
「いやいや、ドラゴン姿のエスメトリスが踏みつけたら庭が無事じゃあ済まないだろう?」
「戯言を言うなクライス。体を浮かせてから変身すれば問題なかろう」
「それもそうか」
「さて、それでは王宮の外に出て、これ見よがしにワイバーン共に指図するとしよう。シンシアよ、一緒に来るか?」
「はい! ぜひ御一緒させて下さいエスメトリスさん!」
「うむ、うむ。では遠慮せず我の背に乗るが良いぞシンシアよ。ところでクライスはどうする?」
俺とシンシアでは、随分と扱いが違うじゃ無いかエスメトリスよ・・・知ってたけど。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
この世界で唯一『スキル合成』の能力を持っていた件
なかの
ファンタジー
異世界に転生した僕。
そこで与えられたのは、この世界ただ一人だけが持つ、ユニークスキル『スキル合成 - シンセサイズ』だった。
このユニークスキルを武器にこの世界を無双していく。
【web累計100万PV突破!】
著/イラスト なかの
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
くじ引きで決められた転生者 ~スローライフを楽しんでって言ったのに邪神を討伐してほしいってどゆこと!?~
はなとすず
ファンタジー
僕の名前は高橋 悠真(たかはし ゆうま)
神々がくじ引きで決めた転生者。
「あなたは通り魔に襲われた7歳の女の子を庇い、亡くなりました。我々はその魂の清らかさに惹かれました。あなたはこの先どのような選択をし、どのように生きるのか知りたくなってしまったのです。ですがあなたは地球では消えてしまった存在。ですので異世界へ転生してください。我々はあなたに試練など与える気はありません。どうぞ、スローライフを楽しんで下さい」
って言ったのに!なんで邪神を討伐しないといけなくなったんだろう…
まぁ、早く邪神を討伐して残りの人生はスローライフを楽しめばいいか
Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~
神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!!
皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました!
ありがとうございます!
VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。
山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・?
それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい!
毎週土曜日更新(偶に休み)
異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件
有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
桜の勇者~異世界召喚されたら聖剣に選ばれ、可憐な少女が自分を頼ってくるので守ることにした~
和美 一
ファンタジー
王道一直線のファンタジー。
俺は、異世界に召喚され聖桜剣なんてものの使い手に選ばれて超強くなった。
そこで助けた女の子ドラセナを王都に送り届けることにする。立ち塞がる敵をなぎ倒し仲間を増やし(何故か美少女ばかり)仲間たちとわいわい過ごしながら、王都を目指す。俺の冒険は始まったばかりだ。
適度にチートで適度にハーレムなこれ以上無いくらいの王道ファンタジーをお届けします。
異世界に召喚された葛城ナハトは伝説の聖剣・聖桜剣の使い手に選ばれ絶大な力を得、そこで出会った不思議な力を秘めた少女ドラセナを守るため一緒に旅をしながら想獣に襲われた村を助けたり、ドラセナを狙う勢力と戦うことになる。
聖桜剣の使い手の従者を名乗る少女イヴ、武者修行中の無邪気な格闘少女イーニッド、女騎士グレース、ツンデレ傭兵少女剣士アイネアス。旅の途中で様々な少女たちと出会い、仲間になりながら、ナハトはドラセナを守るための旅を続ける。
ラプラニウム鉱石という特殊な鉱石から作られる幻想具という想力という力を秘めた特別な武器。
ラプラニウム鉱石を取り込んだ凶暴な動物・想獣、国同士の陰謀、それらがあふれる世界でナハトはドラセナを守り抜けるのか!?
小説家になろうにも投稿してあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる