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第八部:遺跡と遺産

その言葉を選んだ理由

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ゴーレムを動かす・・そしてゴーレムを停める。
あるいは、獅子の咆哮を動かす・・・そして獅子の咆哮を停める。

この二つの行為の共通点は、いったん動かし始めた後は術者が細かく操作しなくても自律的に動き続ける魔道具だって事だ。
ゴーレムは勝手に土木作業を進めていくし、獅子の咆哮は範囲内の生物を片っ端から死なせていく。

冷静に考えてみると、いま目の前で繰り広げられている抱腹絶倒のドタバタ劇の『どうにも止まらないモノ』というテーマも、実は恐ろしいモノのように思えてくるよな・・・

いやまあ、そう言いつつも芝居自体は本当に笑えてるんだけどね!

そして物語の終盤で、すったもんだの挙げ句に万策尽きた魔法使いが『もう自分は終わりだ、街を追い出される』と悲観してヤケ酒をあおっているところに一人の賢者が現れ、ゴーレムを停める代わりに酒をおごれという。

魔法使いが藁にも縋る思いで承諾すると、賢者はハチミツ酒に魔法を掛けて、その壺をゴーレムの頭に投げつけた。
割れた壺からドロリと大量の蜂蜜酒が流れ出し、そこをめがけて沢山の虫が飛んでくると・・・やがてゴーレムの頭に取り付いていた虫たちが染み込んだハチミツ酒を舐め取ると同時に刻まれていた文字も一緒に削り取ってしまい、めでたく『methメト』になったゴーレムは停まり、崩れ落ちて大量の粘土に戻る。

ようやく安堵して賢者に酒を御馳走した魔法使いは、『もうゴーレムは懲り懲りだ』と言って、後に残った大量の粘土の山からかまを作り、焼き物屋ポッタリーに鞍替えして陶器を作り始めるのだが、そこで性懲りも無く炎を魔法で制御しようとして、窯にゴーレムのように『emethエメット』の文字を刻む。
心配する街の人達に対して、『なーに、これは手の届く場所から動かないから大丈夫だ』と得意げに言った魔法使いは高温の窯に素手で触って熱さに転げ回る・・・そして『ああ、しまった。呪文を窯に焼き込んじまったぞ! どうやって火を消せばいいんだ?』と叫ぶオチで終わった。

「ハチミツ酒がもったいなーい!」

感想はそこかパルレア。

「いえいえパルレアさま、あれは小麦の粉を溶いた水に黄色く色を付けてあるだけですよ」
「そーなんだ。でもハチミツ酒が飲みたくなっちゃったー!」
「こちらにございますパルレアさま」

すかさず家僕の男性がハチミツ酒が入っているらしい容器をパルレアに差し出す。
なにその準備力。

「わー、ありがとー!」
「この芝居をご覧になった後は、ハチミツ酒を所望される方が多くいらっしゃいますので...」
「分かるー!!」

芝居が終わったからと言って皆そそくさと席を立つのでは無く、割とそのまま歓談したりして過ごすらしい。

「とても面白かったですね御兄様。私が以前に見た芝居とは、終わり方が少し違っていましたけど」
「そうなの?」
「はい、私が以前に見た芝居では、最後に魔法使いが作業指示のフリをしてゴーレムを屈ませることに成功し、しゃがんだゴーレムの頭に手を届かせて文字を消すんです」

「お、その魔法使いの方が賢いじゃないか!」

「でも、その瞬間にゴーレムが土くれに代わって崩れ落ち、魔法使いは粘土の山の下敷きになっちゃうんですけどね」
「なにそれ、エグいな」
「ですよね。わたしもこっちの終わり方の方が楽しくて好きです!」

ずっと喜劇で進んできたお話しが、いきなりバッドエンドだと救われないものね。
その魔法使いも粘土の下で生きてる設定かもしれないけど、今回のようにオフザケの余韻を感じさせる終わり方の方が好きだな。
それに舞台狭しと走り回る魔法使い役の大袈裟な演技やセリフの言い回しが本当に面白くて、最後まで楽しめる芝居だったよ。

うん、もう一回見たいかも。

そうこうするうちに、いったん空になった舞台に芝居の出演者達が一同に揃って登場し、楽しく挨拶を始めた。
なるほど。
これもあるから、みんな席に残ってお喋りしていた訳か・・・

「勇者さま御一行に楽しんで頂けましたのなら、アーブルに住む者として嬉しく思いますぞ」
「有り難うございますバティーニュ卿。今日は色々と勉強になりましたよ」
「光栄でございます勇者さま」
「そう言えば、この芝居の話って元々は南方大陸のお伽話なんですよね? ご先祖には南方由来の人が多いって聞くサラサスの人にとっては、なじみ深いモノなんですか?」

「そうですなあ...『お伽話』と言うには少々リアリティがあると申しますか、どちらかと言うと『昔話』という類いですな。実話を元に面白おかしく脚色されている、という印象でございます」

「えっ実話?」

「はい。実話に基づく伝承です」
「元はどんな話です?」
「毎年のように起きる大河の氾濫に苦しめられる農民達を助けようと、魔法使いが一念発起してゴーレム作りに取り組むのですが、力が強すぎたり作業が雑すぎたり言うことを聞かなかったりと中々うまく行かず、結局は人々がコツコツと毎年積み上げていた石堤の方が洪水を防ぐ役に立ったという逸話ですな」

「へぇー、そんな下地があったんですね!」

「ですのでサラサス人にとってこの話は、『なんでも楽をして一気に済まそうとするよりも、少しずつコツコツと積み上げていく方が良いのだ』という、そういう教訓として伝えられている訳です。まあ、子供の頃に必ず親から聞かされる類いのものですよ」

「なーるほど。元の実話では、そのゴーレムと魔法使いはどうなったんですか?」

「結局、街の人達の財産や労力を使い果たしただけの結果に終わって、住処を追い出されてしまったという結末です。先ほどの投資の話で言えば『事業化に失敗した』と言う訳ですな」
「うわ、厳しいですねぇ」
「必ず成功させると大見得を切って、人々の力を借りた結果であれば致し方ないかと。もし、それを自分の力と財産だけで試みたのであれば、街の人にも同情して貰えただろうと思いますが」

「確かに...」

ゴーレムを操ることが知恵とか魔法の威力を示すものじゃ無くて、手っ取り早さを求めたゆえの失敗の象徴になっている訳だ。
しかも、そこに他人を巻き込んで損をさせたのだから、失敗を非難されても仕方ないと・・・

それ自体は納得の話なんだけど、そこでさっきまでの連想をふと思い出した。

どうしてマディアルグ王は、そんな逸話を持つゴーレム由来の言葉を『鍵』にしたのか?
失敗の象徴になってる言葉をあえて使うなんてマディアルグ王らしくない気がするし、俺はゴーレムの話を聞いた時には、もっとこう・・・普通の人には抗えない力強さの象徴とか、強い力を思い通りに動かせる特別さとか、そういうイメージを抱いてたんだけどなぁ。

「それって、他人のお金を集めて投資する怖さですよねバティーニュ卿」

「左様で御座いますシンシアさま。ただ、これも実話の伝承の方には続きがございまして...」
「え、そうなのですか?」

「造ったゴーレム共々に役立たずと烙印を押されて街を追い出された魔法使いが、辛い流浪の果てに暴れ者のゴーレムを戦士にして人々を征服し始め、最後はある土地の覇権を握って豪族となるのです」
「豪族?」
「今で言う地方領主というか、小国の王というところでしょう」

「追放者から王とは極端ですね!」

「細かな作業が苦手だったゴーレムも、暴れさせるだけなら『不死身の兵士』となってくれた訳で、まさに適材適所という話ではございますが...まあ、本来の伝承では最後まで含めて、『人生なにが幸いになるかは分からない』という教訓だったようで」
「なるほど...」
「しかしながら王になるくだりはあまり綺麗な話ではございませんから、徐々に後半が省略されて伝えられるようになり、今のように子供にも聞かせやすいストーリーになった訳ですな」

「訓話としても子供に聞かせるのなら、追放された魔法使いが権力欲に目覚めたから王様になれたなんて話よりも、毎日勤勉に働きましょうって言う方が合ってますものね」
「ええ、ですのでシンシアさまが以前ご覧になった芝居での『魔法使いが粘土の下敷きになる』という終り方も、この伝承の後半部分をカットするために付け加えたものでございましょう」

魔法使いがそこで死ねば、続きの話が起きるはずないもんな!

「金融を営む者と致しましては『世の平和』に優ることは無し...子供に聞かせるのは前半だけに留めておきたいところですな」

「いやぁ俺だって、そのお気持ちは良く分かりますよ。自分の子供には、どんなことでも日々コツコツと積み上げるのが一番だと教えたいでしょうからね」

俺は何食わぬ顔でそう答えつつ、バティーニュ准男爵の言葉にガツンと殴られたような衝撃を受けていた。

・・・ゴーレムが『不死身の兵士』だと?
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