上 下
753 / 916
第八部:遺跡と遺産

王子妃と王女

しおりを挟む

「いやライノ、それは分かるけど、なんで俺が護衛なんだよ?」
「イヤか?」

「嫌って言うより、俺みたいな傭兵上がりの与太者じゃ不相応だろ。ジェルメーヌ王女の騎士達はどうしたんだ?」
「解雇だ」
「え?」
「彼女の家臣は全員解雇だよ。って言うか今朝付けで彼女の係からは外されてる。侍女も護衛も世話係も、みんな『ジェルメーヌ王女の虚言癖や誇大妄想』の噂を王宮内に撒き散らしてた連中の一員なんだ」

「まじかよ!?」

「マジだ。セブラン殿とロベール殿が耳にしてたような悪い噂は、その連中が他の王子や王女と一緒になって、面白おかしく王宮内に広めてたんだよ」

「おいおい、直下の家臣が率先してあるじの悪評を広めてたのか...それは許せねえな!」
「だろ? 今はパトリック王もそれを知ったし、もう、あの連中が王宮に戻って来ることは無いと思うね。だから彼女がアルティントにいる間はスライが守ってやってくれ」
「つってもよぉ...」

「それに言っちゃあなんだけど、スライはアルティントの街でもあまり顔が知られてない。オベール家やオービニエ造船所みたいに昔からラクロワ家と付き合いがあった所の人はともかく、今のスライの顔を見て即座に誰か分かる人は少数だろう?」

「そりゃあ、そうだろうけどよ」

「だからいいんだよ。ラクロワ家の騎士達やアロイス卿が護衛したんじゃ、街中から『ありゃあ誰だ?』って好奇の目を向けられるからな」
「確かになぁ...分かったよ」
「と言う訳で頼むぞ?」
「とてもライノのような訳には行かねえけど、ともかく全力でジェルメーヌ王女を守るように努力するよ」

「ああ、それと俺の乗用馬車を一台、そっちで預かっといてくれ。ラクロワ家の紋章が入ってないからジェルメーヌさんと出掛ける時に使って貰うのがいいと思う。御者はラクロワ家の人にやって貰えばいいだろう?」

「あの馬車の中にも結界を仕込んでるんだったっけか?」

「身に着けて貰ってる防護メダルとは別に、アレ自身の結界も強力だ。なにしろ悪党は馬車その物に手が出せないから、番人ナシで置いといても泥棒なんか近寄れもしないよ」
「そりゃ買物行脚にはピッタリだな!」

買物行脚って・・・そういう所の発想は、スライも微妙に十年間の庶民暮らしが染みついてるな。
まあ、庶民に交じって自由に街を歩いてみたいとワクワクしているジェルメーヌ王女をエスコートして貰うには丁度いいよね。

もしもスライにさえ守りきれないとなったら相手はよほどの大人数か、それこそ魔獣やエルスカインみたいな魔法使いとかだ。
そこまで行ったら防護メダルの出番なんだから、普通はスライの処世術というか機転と戦闘力で問題無いと思うし。

++++++++++

早速、ラクロワ家の三人を先にアルティントへ送り届け、受け入れ準備を進めて貰う。

もはやラクロワ家の主要な使用人達に転移門の存在を覚らせないようにする意味なんて無いので、みんな白昼堂々の転移である。
丁度、俺が泊まったフリをした時に借りていた部屋が空いているから、そこを『転移部屋』として使わせて貰うことにし、執事のベルナールさんに手紙番を頼んでおいた。

もっとも大した準備は必要無く、二人の部屋を用意すると共に、ラクロワ家の家臣団の方々には『某貴族女性が長期滞在の客として来る』ということを徹底しておくだけだ。
何しろ必要があれば、王女の居室に置いてある家具さえシンシアの小箱で全部運べちゃうからね。

続けてシンシアにアルティントへ行って貰い、害意を弾く結界と宣誓魔法の掛け直しだ。
今回張って貰う結界のサイズは小型版。
ラクロワ家の屋敷周辺しか守らないからアルティントの街への影響はないけど、変な思惑を秘めたヤツは屋敷の方へ近寄れなくなる。

これから『伯爵就任』への挨拶で大勢の人達がやって来るだろうから、そのくらいで丁度いいだろう。

シンシアから『受け入れ準備完了』の報せを指通信で受け取って、ジェルメーヌ王女とペリーヌ嬢をアルティントに送り届ける。
すでに複数回の転移を経験したジェルメーヌ王女は余裕の表情・・・そして『転移部屋』にはタチアナ嬢が待ち構えていた。

「お久しゅうございますジェルメーヌさま! お元気そうで何よりですわ」

「タチアナさまこそ息災でなによりでございます。久しぶりにお目に掛かれて大変嬉しく思いますわ」
「恐縮でございます。ですが、わたくしはもう王室とは関わりの無い者ですし、まもなくラクロワ家を離れて商家の妻になります。どうかわたくしのことは平民として扱ってくださいませ」

「ご結婚予定の話は伺いましたわ。素敵な方と巡り会えて羨ましいですわね!」
「そんな...」

うん、否定はできないけど自慢するのも違うって感じだなタチアナ嬢。

まだ少女の雰囲気を残しているジェルメーヌ王女の横に年上・・・公式には失踪した夫と離縁した女性・・・のタチアナ嬢が並ぶと、顔の雰囲気が近いせいか姉妹のようにも見える。
なんと言うか、『南国美人』のそろい踏みで一気に室内の雰囲気が明るくなった感じだ。

「タチアナさん、ヴァレリアン卿から聞いてると思いますけど、ジェルメーヌさんが王女だってコトは内密なので、見た目的にもそうしておきたいんです」
「はい、承知しております」
「タチアナさんはアラン殿の妻になってオベール家の人になる訳でしょう? それで、例えばですけどジェルメーヌさんがタチアナさんの妹に見えるような、そんな感じが理想ですね」

「まあ素敵! タチアナさまがわたくしの御姉様ですのね!」

「ジェルメーヌさまは、それでよろしいのですか? わたしのような不肖の女が姉として振る舞って...」
「何を仰いますのタチアナさま。是非わたくしを妹に!」

「有り難うございますジェルメーヌさま、わたくしもずっと妹が欲しかったので嬉しいですわ」
「よかったですわタチアナさま...それで、一つ御願いがございますの」
「なんでございましょう?」
「わたくしのことは『ジェルメーヌ』と呼び捨てに」
「え...」
「絶対にそうして頂きたいのですわタチアナさま」
「ですが...」
「御願い致します!」
「え、えぇ、かしこまりました...では、これからはジェルメーヌと呼ばせて頂きますわね」
「はい、タチアナ御姉様!」

おおっ、なんて言うか上品かつ華やかな二人が、仮とは言え『姉妹』の契りを結ぶ姿が眩しい。
ジェルメーヌさんも満面の笑顔。
ここまで嬉しそうに『しがらみから解放された』感を醸し出されると、いつか王城へ戻すのが可哀想になるな。

ま、ジェルメーヌさんも、この『姉妹ゴッコ』が期間限定だってことは重々承知しているし、セブランとロベールの双子が言っていたように、そろそろ輿入れ先を決めなきゃマズいお年頃だ。
スライにはちょっと手間を、そしてヴァレリアン卿とアロイス卿には多大な心配を掛けそうだけど、いまだけはジェルメーヌ王女に、出来る限りアルティントでの暮らしを楽しんで貰っておくとしよう。

「ペリーヌさんも、そんな感じで話を合わせてくださると助かります」
「かしこまりましたクライス様」
「それと、買物や散歩に出る時にはスライに護衛について貰うつもりなんですけど、ジェルメーヌさんはそれで良いですか?」

「まぁ、スライさまが?」

パァッと笑顔の上に笑顔が重なる感じ。
『買物や散歩』というフレーズに心躍っていることが目にも明らかだ。

「ええ。彼は十年もサラサスを離れていたから、アルティントで今の彼の顔を知ってる者はそう多くありません。それにスライは武術の達人ですから護衛としても万全です」
「そうなのですね! 素敵ですわ」
「俺の知る限りでは、純粋な剣技でスライに勝てそうな人物が数人しか思い浮かばない位ですよ。お忍びにはスライと二人で歩くのがピッタリでしょう」

「まあ、スライさまって凄い方ですのね。素敵ですわ!」

具体的には、姫様とリンスワルド騎士団のシルヴァンさん、後はヴァーニル隊長やシーベル騎士団のアドラーさんとか・・・
サミュエル君の剣は、実戦経験の豊富なスライにはまだ届かないと思うけど、どうだろう?

「スライには話を通してありますから、出掛けたくなった時はいつでも彼に声を掛けてください。遠慮は無用です」

「はい、承知しましたライノさま!」

もっとも本当の万全さは防護メダルの方に頼るのだけど、それにしてもジェルメーヌ王女のテンションが高い。
今これからでも街に出掛けたそうな表情だよ。

「なんだったら...最初はタチアナさんとアラン殿も一緒に四人で出掛けるのも悪くないかも知れませんね。市井の人々には、ジェルメーヌさんのことをオベール家の関係者だと思わせておくのも丁度いいですから」

「そうですわね!」
「ええ、それならみんなで自由に行動できますわ!」
「素敵です!」
「そうだわ、ジェルメーヌの服も、ここへ仕立屋を呼ばずに、みんなで街へ買いに行きましょうよ!」
「まあ、よろしいんですのタチアナ御姉様!」
「もちろんですとも! わたくしが選んで差し上げますわ!」

ジェルメーヌ王女につられたのか、タチアナ嬢のテンションも一気に高くなった。
うん、華やかでいい感じだなぁ・・・姉妹ごっこ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ
ファンタジー
【Remarks】 人々の歴史を残したいと、漠然と心に秘めた思いを初めて人に打ち明けた――あの日、 私はまだ若く、様々な可能性に満ち溢れていた。 職を辞し各地を巡り、そして自身のルーツに辿り着き、河畔の草庵で羽筆を手に取るまでの幾年月、 数多の人と出会い、別れ、交わり、違えて、やがて祖国は無くなった。 人との関わりを極限まで減らし、多くの部下を扱う立場にありながら、 まるで小鳥のように流れていく積日を傍らから景色として眺めていた、 あの未熟でちっぽけだった私の後の人生を、 強く儚く淡く濃く、輝く星々は眩むほどに魅了し、決定付けた。 王国の興亡を、史書では無く物語として綴る決心をしたのは、 ひとえにその輝きが放つ熱に当てられたからだが、中心にこの人を置いた理由は今でも分からない。 その人は《リコ》といった。 旧王都フランシアの南に広がるレインフォール大森林の奥地で生を受けたという彼の人物は、 大瀑布から供給される清水、肥沃する大地と大樹の守護に抱かれ、 自然を朋輩に、動物たちを先達に幼少期を過ごしたという。 森の奥、名も無き湖に鎮座する石柱を――ただ見守る日々を。 全てを遡り縁を紐解くと、緩やかに死んでいく生を打ち破った、あの時に帰結するのだろう。 数多の群星が輝きを増し、命を燃やし、互いに心を削り合う、騒乱の時代が幕を開けた初夏。 だからこそ私は、この人を物語の冒頭に据えた。 リコ・ヴァレンティ、後のミッドランド初代皇帝、その人である。 【Notes】 異世界やゲーム物、転生でも転移でもありません。 クロスオーバーに挑戦し数多のキャラクターが活躍する そんなリアルファンタジーを目指しているので、あくまで現世の延長線上の物語です。 以前キャラ文芸として応募した物の続編更新ですが、ファンタジーカテゴリに変更してます。 ※更新は不定期ですが半年から1年の間に1章進むペースで書いてます。 ※5000文字で統一しています。およそ5ページです。 ※文字数を揃えていますので、表示は(小)を推奨します。 ※挿絵にAI画像を使い始めましたが、あくまでイメージ画像としてです。 -読み方- Archaic Almanac (アルカイクxアルマナク) ぐんゆうりゅうせいぐん

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 1/13 HOT 42位 ありがとうございました!

47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!

のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、 ハサンと名を変えて異世界で 聖騎士として生きることを決める。 ここでの世界では 感謝の力が有効と知る。 魔王スマターを倒せ! 不動明王へと化身せよ! 聖騎士ハサン伝説の伝承! 略称は「しなおじ」! 年内書籍化予定!

処理中です...