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第八部:遺跡と遺産
身を隠す場所
しおりを挟むいつになくパトリック王のテンションが高い。
「おまけにペリーヌも無事に戻って来れたとは喜ばしい! まこと勇者殿には感謝の念が絶えませぬ」
「いや、それは偶然、結果が良かっただけですから」
「しかし、あの可哀想なオリアーヌのことさえもフェリクスの差し金であったとは...絶対に許さんぞフェリクス...」
その言葉にペリーヌ嬢がピクリと反応したけど、相手が国王なので口を挟むのを控えたっぽい。
「お父様、フェリクス王子はもう...」
「そうか、いやジェルメーヌよ、フェリクスのことについては少々説明が必要であろうな...」
「はい?」
そうだった・・・ペリーヌ嬢は自分が罠に取り込まれた後のフェリクス王子の悪行を全く知らないってだけだけど、対してジェルメーヌ王女はフェリクス王子が叛逆に失敗して『処刑された』と思っているのだ。
いや、その情報自体は正しいんだけど、逆に、まだ生きている可能性が出てきていることを彼女は知らない。
ジェルメーヌ王女の顔には、『フェリクス王子が出奔したのでは無く、実は処刑されたということなら、わたくしはもう知っておりますわ』と書いてある。
うん、ここら辺の経緯は、あとでまとめて説明しよう。
「パトリック王、オリアーヌ妃に限らず、その当時に王宮内で起こった不穏な出来事に関しては、裏で彼が関わっていたものも多いでしょう。十年経って今さら調べ直すのも難しいでしょうが、これまでとは見方を変える必要がある事件も出てくるかも知れませんね」
「仰る通りですな勇者殿...ジェルメーヌよ、お前の母を殺めたのは儂の息子の一人ということだ。今さらであることは重々承知しておるが、あやつの本性を見抜けなかった儂をどうか許して欲しい」
「滅相もありません!」
「では許してくれるのか?」
「わたくしにとって許すことなど一つたりともございませんわ、お父様...」
感極まったパトリック王がジェルメーヌ王女を抱擁した。
そこにあるのは、一国の王ではなく一人の父親としての姿だ。
++++++++++
少し待って、落ち着いてきたパトリック王と今後の方針を相談する。
「勇者殿、当時フェリクスがホムンクルスにすり替わったことをジェルメーヌが見抜いておったとすれば、王宮内に他にもホムンクルスが混じっている場合に察知できると考えて良いのですかな?」
「そうですね。ジェルメーヌ王女は『ちびっ子精霊』たちの存在を検知できるんですから、逆に精霊に嫌われる存在であるホムンクルスを見つけ出すことも出来るでしょう」
「ふむ...」
「だからこそ、フェリクスがまたぞろ何かを企んでいるとすれば、彼女は真っ先に狙われる可能性もあるんです。彼等にとっては危険な存在ですからね。すぐに噂を払拭できないのは腹立たしいとは思いますが、いましばらくジェルメーヌ王女の特殊な能力のことは伏せておいた方がいいと思います」
「わたくしは全く気にしませんわ。これまで通りですもの」
「儂は心が痛い」
「まぁ、お父様ったらお優しい...」
「危険なのは当時の証人であるペリーヌさんも同じでしょうね。それに十年前の姿から変わっていない彼女が宮廷内を歩いていたら大騒ぎです」
「確かにそうでしょうな...」
「オブラン卿、どこかにペリーヌさんを安全に匿える場所はありませんか?」
「そうですな。王族の方々が利用する『隠れ家』のようなものでしたら幾つかございます。もちろん口の固い世話人も控えておりますので、よろしければ手配いたしましょう」
「いいと思いますよ」
「あ、あの...」
「いかがしましたかジェルメーヌ王女様?」
「あの...ペリーヌに、わたくしと一緒にいて頂く事は無理でございましょうか?」
「王女様とですか?」
「ええ、ですが、この居室では秘密を守れないでしょうから、わたくしとペリーヌの二人だけで、どこかへひっそりと姿を隠すという形でも構いませんわ」
「ふーむ...お気持ちは分かるのですが、王女様が家臣を誰も連れずに王宮を離れるというのは、それはそれで不穏な噂の元となってしまいます。場合によっては『失跡した』などと噂されかねませんな」
「えっと、ジェルメーヌさんが、いまの使用人や世話係を、そのまま連れて行ってはマズいのですか?」
「あの、ライノさま...それはわたくしが避けたいのです」
「どうしてです?」
「こんな事を口にするのは心苦しいのですが、正直に申し上げて、わたくしは仕えて下さっている方々を信用できません。世話係も護衛も侍女も、みな影では、わたくしの虚言癖と誇大妄想の噂を盛り立てていたことを存じておりますので...」
「あー...そういうことでしたか...」
それは嫌だろう。
と言うか、むしろ絶対にダメだ。
瞬時にして王宮中に話が広まりそうだし、どん不穏な噂を流されるか分かったもんじゃないな!
使用人達にしてみれば、全員揃って人払いをされてジェルメーヌ王女が一人きりで部屋に籠もったと思ったら、急に出て行ってオブラン宰相を連れて戻り、オブラン宰相が出てきたと思ったら、今度はパトリック王を連れて来たのだ。
いったい何事が起きているのかと興味津々だろうな。
きっと使用人達はいま、そこら中の壁に耳を押し当てて室内の様子を聞き取ろうとしていることだろう・・・いや、パトリック王に付いてきた護衛騎士が廊下に立っているから無理か。
まぁどちらにしても、パルレアが静音の結界を張ってあるから無駄だけどね。
「しかし、そうなると取り得る手段が限られますなぁ...」
「あのオブラン卿、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はいシンシアさま」
「緊急時の隠れ家というほど大袈裟なものでは無く、普通の景勝地や避暑地にも王族の方の屋敷はありますよね?」
「もちろんでございます。ただ、そこは秘密の場所と言うには少々おおやけになりすぎているかと思いますが」
「いえ、それで良いと思うのです。いまジェルメーヌ王女の世話に関わっている方々をその屋敷へ派遣し、事前に王女を迎え入れる準備をさせるのです。そうすれば王宮からジェルメーヌ王女の姿が消えても、休養に向かうという話で誰も不審に思わないでしょう」
「はあ」
「ですが、ジェルメーヌ王女は実際にはその屋敷を訪れません。使用人の方々は待ちぼうけをさせられることになりますけれど、それは甘受して頂きましょう」
「では、実際には王女さまはどちらへ?」
「ペリーヌ殿と一緒にアーブルの迎賓館へ、です。あそこの騎士団の方々や先鋒隊の皆さんは信用がおけますし、迎賓館の使用人の方々も口止めには問題ないでしょう。大っぴらに王女であることを吹聴せず、貴族女性の一人のような振りでもなさっていれば問題ないかと」
「おお、それはいい手だなシンシア!」
「ですよね御兄様」
「なるほど。勇者さま方がそれでよろしいのであれば、王女様が一時的に身を隠す場所として迎賓館は良い選択肢かと思いますな」
「わたくしは大変嬉しく思いますが、本当にそれでよろしいのでしょうか?」
「もちろん」
「有り難うございます。では、お言葉に甘えさせて頂ければ幸いですわ」
そして、これからはペリーヌ嬢に自分の侍女を務めて欲しいというジェルメーヌ王女の願いも受け入れられ、いま現在の使用人達はオブラン卿が適当な理由を作って配置換えをすると言うことで落ち着いた。
これまで噂の出元になっていた使用人達が『別荘』から戻ってきた時には新しい使用人達が揃っているって訳だ。
もう、ここに足を踏み入れることも無いのだろうね。
ジェルメーヌ王女には急いで身の回りのものを最小限だけ纏めて貰ったが、ペリーヌ嬢の荷物はすでにこの部屋からは片付けられているから、持って行くもの自体が無い。
その用意の間に、オブラン卿に迎賓館の家令への指示をしたためて貰う。
「よし! じゃあ、みんなで迎賓館に戻るか」
「そうですね、ジェルメーヌさまはこのままで大丈夫ですか?」
「はいシンシアさま。わたくしは平気ですわ」
「後はお引き受けいたします。適当な頃合いを見計らって使用人達を戻せば、王女様は陛下と一緒に部屋を出たと勘違いするでしょう。すぐにどこかの別荘へ向かわせる指示を出します」
「分かりましたオブラン卿。ではペリーヌ殿も一緒に跳びましょう」
「は、はい?」
やっぱりまだ状況を飲み込みきれないペリーヌ嬢の腕をシンシアが掴んで問答無用で迎賓館に転移し、俺たちもすぐに後を追う。
俺とパルレアがジェルメーヌ王女を連れて跳ぶのと、ラクロワ一家が部屋に入ってくるのがほぼ同時だったようだ。
応接間にスライ達が入ってきた気配を察してそちらへ移動してみると、双子はそのまま職場に残ったらしく、戻ってきたのは三人だけだった。
アプレイスはまだ、『午後寝』から起きてないみたいだな・・・
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