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第八部:遺跡と遺産

ペリーヌ嬢

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本当のところを言うと、机の上に積まれていた本に仕掛けられていた罠は、王女の母君を狙った押さえの策や、蛇を目撃したペリーヌ嬢の口封じを狙ったものでは無く、ピンポイントにジェルメーヌ王女自身を狙ったものだという可能性が高い。

さっきは、それに気付いていたシンシアが歯切れの悪い言い方をしたけど、未熟な錬金術師がジェルメーヌ王女に『だけ』反応するように魔法陣を作ろうとして失敗していた、というのが諸々の顛末の着地点のように思える。

その理由は、いかにも少女が興味を持ちそうな童話風の本が罠に選ばれていたという点と、時たま現れるレイス風の影がジェルメーヌ王女にしか見えてなかったという点だ。
彼女が居室にいる時だけ、転移門が中途半端に反応して影を生じさせていたんじゃ無いだろうか?

まあそれは推測だし、可能性としてはどれもあり得るんだけどね・・・
フェリクス王子をとっ捕まえて尋問でもしない限り、真相は分からないだろう。

「ともかくペリーヌさんが十年ぶりに、しかも十年前の姿で現れたとなったら王宮中が大騒ぎだ。かと言って、ここに押し込めておく訳にも行かないだろうし、どうしたもんかな...」

「そうですね。ずっと隠しておく訳にも行きませんけど、いま公表するのはタイミングが悪い気もします」
「だよなあ。まあ、とりあえずジェルメーヌ王女の問題が解決したことはパトリック王とオブラン宰相には伝えといた方がいいだろう。ついでにペリーヌさんの扱いも相談するか?」

「御兄様、さきほどお茶会が始まる前にオブラン卿は、『何か用事があったら執務室にいるから声を掛けて欲しい』と仰っていました。いまならまだ執務室にいらっしゃる可能性も高いのでは?」

「あの、ライノさま。でしたら、今わたくしがオブラン宰相殿の所へ足を運んで参りましょうか?」
「よろしいのですか?」
「もし執務室におられなくても、わたくしが探しているとなればすぐに見つけられると思いますわ。その間、ここの人払いは続けておきますので、皆様には寛いでいて頂ければ大丈夫かと」

「そうですね、ここにオブラン卿を連れてきて貰うのが一番合理的か...じゃあジェルメーヌさんに御願いしますよ」
「承知しましたライノさま」
「あ、もしも、ジェルメーヌさんが戻ってくる前にペリーヌさんが目を覚ましたら、俺の方から顛末を説明しておきますね」

「ええ、よろしくお願い致します」

++++++++++

結局、ジェルメーヌ王女が執務室からオブラン卿を引っ張り出してくるまでにペリーヌ嬢は目を覚まさなかった。

ジェルメーヌ王女も人前ではオブラン卿に詳細を話さず、『とにかく一緒に来てくれ』の一点張りで引っ張ってきたらしい。
談話室に入ってからペリーヌ嬢のことを聞かされたオブラン卿は、ご本人に負けず劣らずビックリしていたけどね。

「なるほど...勇者さまのお陰で、長年の疑問の一つと王女様への中傷も解決いたしましたが、これは誠に予想外の展開となりましたなぁ...まさかフェリクスがオリアーヌ様までも手に掛けていたとは」

もしもパルレアがジェルメーヌ王女と『お茶会』をしようと言い出さなければ、彼女への不名誉な中傷が拭い去られることも無く、母君であるオリアーヌ妃殺害の真相も闇に葬られていた所だった。

全く、どんな偶然の中に真相が転がっているのか分かったもんじゃないな・・・

「奴らのミスで、ペリーヌ嬢がフェリクス王子の魔手から逃れられたことは幸いでしたけれど。ただ、いまはタイミング的に王宮で騒ぎを起こしたくないのが本音ですね」
「もっともでございます。無論、陛下にはこれからすぐにお知らせいたしますが」

「ええ、御願いしますオブラン卿」

丁度話がまとまったところで、カウチに寝かせていたペリーヌ嬢が微かに身じろぎして目を覚ました。

「あ、あの...わたしは一体?」
「気が付きましたかペリーヌさん、あのままジェルメーヌ王女の居室から動いていませんよ」
「ペリーヌ殿、お具合はいかがですかな?」

ペリーヌ嬢はオブラン宰相の声を聞いて顔を上げ、宰相と目が合った。
すでに結構な年齢のオブラン宰相は、十年経ってもさほど見た目が変わってないらしく、すぐに相手が誰か分かったようだ。

「あ、オブラン宰相さま...あの、私は...本当に十年も眠っていたのでしょうか?」
「ええ、間違いございません」
「では...やはり夢では無かったのですね...」

そう言って、不安そうに辺りを見回す。

「いま、貴方の目の前に十年分の成長をなされたジェルメーヌ王女様がいらっしゃることが、何よりの証拠でございますな」

「ペリーヌ殿、わたくしは貴方が母上の後を追ったと思い込んで、ずっと悲しんでおりましたのよ!」

「ジェルメーヌさま...あなたは本当に、本物の、ジェルメーヌさまなのですね!」
「ええ勿論」
「なんと言うことでございましょうか...一瞬の間にこんなにも美しくご成長なされるとは...上手く言い表せませんがペリーヌは感激しております」

「わたくしこそ、貴方に再会できてどんなに嬉しいことか言葉に出来ませんわ。十年前に母上が亡くなった後、いつもわたくしを可愛がってくれた貴方までいなくなってしまい、本当に寂しい思いをしていたのです」

「それは、大変申し訳ないことを致しましたジェルメーヌさま...」

と言ってもペリーヌ嬢にとっては、ちょっと気を失っていただけだからなあ。
どうしようもないだろう。

「ペリーヌ殿、色々と分からないことも多くございましょうが、ともかく命があったことを喜びましょう」
「ええ、そうですわペリーヌ殿! 貴方が無事に戻ってきて下さって、いま私は、ただそれだけで幸せなのです」

「もったいないお言葉ですジェルメーヌさま」

「ところで勇者さま、王女様、もし差し支えなければここに陛下をお連れしてもよろしいでしょうか? 早めにお耳に入れておきたいと思いますし、話を聞けば陛下もきっとペリーヌ殿にお会いになりたがることでございましょう」

「ええ、俺は構いませんよ」
「わたくしも早くお知らせしたいですわ」
「では、少々お待ち頂けますかな。すぐに陛下をここへお連れいたします」
「パトリック王もなにかと忙しいのでは?」
「勇者さまのことは最優先事項でございます。謁見など後回しで構いませんので」
「まあ、良いのであればそれで」
「では」

オブラン卿がそそくさと辞去すると、ペリーヌ嬢が不思議そうな顔で俺たちを見る。

「あの...いまオブラン宰相さまが貴方様のことを『勇者さま』とお呼びしていたように思うのですが、皆様方は一体?」

あ、そう言えば俺たち全員、ペリーヌ嬢に自己紹介するのを忘れてたよ!

「そう言えば、わたくしから紹介しておりませんでしたわ。ごめんなさいねペリーヌ殿」
「その...ジェルメーヌさま、わたしに『殿』などと付けるのはお許し下さいませ。どうかいつものように『ペリーヌ』と呼び捨てに」

「いつものよう...ええ、そうでしたわね...ではこれからもそう呼ばせて貰いましょうペリーヌ」
「はいジェルメーヌさま」
「それで、こちらにいらっしゃる皆様なのですが...」

ペリーヌ嬢が俺たちの正体とここにいる理由、そして自分が何から救い出されたかを飲み込むのにしばらく時間が掛かり、ようやく言葉の意味を理解していつものドタバタが繰り返されたあと、なんとか落ち着いたのはパトリック王が来る直前だった。

++++++++++

ともかく、可愛がっていたジェルメーヌ王女が、実は『虚言癖』でも『誇大妄想』でもなく、むしろ類い希な才能を持っているという事をパルレアから知らされたパトリック王の喜び様は大変なモノだった。

「なんと言うことか! 長く苦しんでいたお前の力になれず、本当に済まなかったジェルメーヌ!」

パトリック王がジェルメーヌ王女の両手を優しく掴んで涙を流している。

「もったいないお言葉でございます陛下。わたくしは陛下にご理解頂けたと言うだけで、もう十分に報われました。それに、シンシアさまとパルレアさまという素晴らしいお友達もできましたのよ。今日はあの日以来...母上と過ごす日々が終わって以来の、人生で一番素晴らしい日となりましたわ」

「ジェルメーヌよ、どうかおおやけでないところでは父と呼んで欲しい」
「はい、お父様!」

パトリック王は、幼くして母親を亡くしたジェルメーヌ王女を不憫に思って可愛がっていたものの、他の王女達の手前ことさらに贔屓も出来ず、またよろしくない評価が王族同士の間でも飛び交っていることに心を痛めていたらしい。

すぐに公表するかどうかはともかく、それらの噂が『根も葉もないもの』あるいは『単なる誤解』だったと分かって、パトリック王も晴々とした気分になれたようだ。
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