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第八部:遺跡と遺産
各々のやることへ
しおりを挟む例によって満足のいく昼食を堪能した後でルリオンの王宮に戻るパルレアとシンシアを見送り、俺とアプレイスは昨日と同じようにモンシーニ騎士団長直々の護衛付きでアヴァンテュリエ号のあるドックへ向かった。
ラクロワ家の皆さんは自由行動と言うことにして、迎賓館でノンビリにして貰っても構わないし、家族でどこかへ出掛けて貰っても構わないということにする。
「アプレイスは本当に船が好きだなぁ...」
「まあな」
「いつか、みんなで南方大陸に旅する時が来たら船で行こう。それならアプレイスも一緒にノンビリできるしな」
「おお、セイリオス号なら設備もいいし飯も美味い。船員も気のいい奴ばかりだから楽しそうだ」
ドックに着くとバロー船長とペルラン隊長の出迎えを受けたので、昨日の『破壊工作』に関する調査状況の報告を聞く。
もちろん昨日の今日で進展があるとは思ってないけど、これはまあ世間話の切っ掛けみたいな物だ。
言うなれば『今日は天気がいいですね!』とか『めっきり寒くなりましたなあ!』とかと同じような感じ?
内容がちょっと不穏なのが頂けないが・・・
「勇者さま、あの男がこれまでに作業した可能性のあるところを重点的に調べておりますが、いまのところ不穏な加工の形跡は出ておりません。引き続き調査は続けさせて頂きます」
「それは何よりですね。とにかく乗組員の安全が第一ですから、船の航行に関係ある箇所は、これまで彼が触れた形跡が無くても調べて頂いた方が良いと思います」
「ええ、念には念を入れましょう」
むしろ、こちら的には準備に時間を掛けて貰うのは一向に構わないのだから、船を一回バラして組み立て直すぐらいの勢いでも問題ない。
「専門家の方に言うのも差し出がましいですが、例えば、すでに塗料やタールが塗り込められて加工の跡が隠れているような所なども気を配って頂いた方がいいかもしれません」
「確かにそうですな」
「あとは魔法ですね」
「魔法、でございますか?」
「ええ、あの男は魔法使いでは無いと思いますけど、他にも紛れ込んでいたヤツがいなかったとは限らないでしょう?」
「それはまあ」
「ですから魔道士の方を呼んで、船内で変な魔法が使われた形跡が無いか調べて頂くのが良いと思います」
「なるほど! 確かに勇者さまの仰る通りですな。至急手配を致しましょう」
「それで、これから俺とアプレイスも船内を見学させて頂こうと思うんですが...誰か船の構造に詳しい方を一人、案内に付けて頂けませんか?」
「航行では無く構造に詳しいというと、船大工か造船技師のような者でしょうか?」
「まさにそうです、そう言う方がいいですね」
「かしこまりました」
すぐに伝令が走って、ドックの工房の奥から一人の男性が大慌てで出てきた。
その慌てっぷりに、ちょっと申し訳なさを感じる。
「彼は造船技師のドルイユです。以前この船の設計にも携わっておりましたので、なんでもお尋ね下さい」
「それは助かりますよ。有り難うございます!」
いきなり連れて来られた小太りの男性は状況が分からずにあたふたしている感じ。
造船技師だそうだけど、まだ若くて、スライと同年配くらいにも見える。
「あ、その、えっと、当造船所所属の造船技師ドルイユでございます勇者さま、それと、あの...ドラゴンさま?」
「アプレイスと呼んでくれればいい」
「か、かしこまりましたアプレイスさま。それで、どのようなご用向きでございましょうか?」
「すみませんドルイユさん、これから船の中を見て回りたいんですけど、アプレイスを案内して貰えませんか? 彼は船のことが好きなので、このついでに色々と知りたいんだそうです」
「え? は、はぃ...」
ドラゴンの案内を受け持たされると聞いたドルイユ氏の顔が蒼白になる。
重ね重ね申し訳ない!
でも、アプレイスは基本的に温和で気の回る男だから大丈夫だよ?
「俺は昨日の貴賓室を詳しく調べたいんですよ。しばらく一人にしておいて頂けると有り難いです」
「承知いたしました。こちらからはお声掛けしないように致します」
船上に上がり、アプレイスとドルイユ氏を送りだしたあと、俺はフェリクス王子の円卓が置かれていた部屋に入った。
すでに迎賓館とドックで大勢の前に姿を晒したから、今日の俺の役目は八割方済んでいる。
シンシアが貴賓室に開いておいた転移門を使って迎賓館に跳ぶと、ちょうどスライ達が一家揃って出掛けようとしているところだった。
「出掛けるのかスライ?」
「ああ、ちょっとセブランとロベールの職場を見学だ。父上も伯爵になっちまったから、そこの連隊長に挨拶しといた方がいいしな」
「そう言えばスライも新設の連隊を預けられるって話じゃ無かったか?」
「まだ確定じゃねえよ」
「そうかなあ...」
「確定じゃ無いって」
「あー、はいはい。ともかく俺はこことアヴァンテュリエ号の間を行ったり来たり、場合によっては王宮に行くこともあるかも知れん。もし何かあったらアヴァンテュリエ号のドックに集合だ」
「了解だライノ」
何気ない会話のように思えるけど、家族や貴族同士のつながりのための挨拶にスライが同行するってのが驚きだ。
しかもコレって、『スライ自身も貴族になったから』と言うよりは、もう、貴族家への反感とか、そういうことに拘るのをやめたんだなって思える。
年上に対して言うのもおこがましいけど、いつも周囲に対して斜めに構えていたスライの、最後の一皮がスルリと剥けた感じだ。
ラクロワ家が出掛けた後、転移門で再びアヴァンテュリエ号の貴賓室に戻る。
この貴賓室が広い部屋だと言っても、『船の客室としては』という注釈が付くワケで、迎賓館や王宮の客間のように広々としている訳じゃあ無い。
むしろ俺としては、このくらいの方が寛げるし、船の内装とか家具とかは、狭い空間に機能性と美意識を上手く溶け合わせてギュッと詰め込んだような感じがあって好きだ。
そんなことをつらつらと考えていると指先が震えた。
シンシアからの指通信だ。
< 御兄様、無事に王宮でオブラン卿と落ち合いました。いま、彼の案内でジェルメーヌ王女の居室まで来たところです。これから中に入ります >
< 分かった。くれぐれも安全第一でな >
< はい御兄様 >
< まずはジェルメーヌ王女がお茶会を楽しめる相手かどうかだ。そうだったら、むしろ良い事なんだからね? >
< ええ、昨夜頂いた助言を忘れていません! >
< よし、じゃあ行っておいで >
< 場所がハッキリしたら、できるだけ早く転移門を開きます >
< 頼んだ >
普通のお茶会なら、迎え入れる側は事前に準備万端を整えてテーブルもセッティング済みのはずだから、しばらく待っても転移門が開かれないとしたらトラブル発生が確定だ。
その場合は銀ジョッキ云々よりも、即座に王宮に転移してシンシアのいる場所まで突っ走ることになる。
俺も念のために転移門の中心に立ち、魔力を高めて王宮の方を凝視する。
その辺りにまとまっているのは慰霊碑の裏の転移門、謁見の間の転移門、借りている客間の転移門、それにフェリクス王子の居室に張った転移門だ。
そのまま落ち着かない気分で待っていると、やがて新しい転移門の存在が浮かび上がった。
これがお茶会の場所だろう。
意識を集中すると、転移門から歩き去るシンシアの後ろ姿とテーブル脇で待つ王女らしき女性の姿が朧気に見えた。
最初は明るい中庭のような空間かと思ったけれど、むしろ広めのバルコニーのような所らしい。
城壁の内側に向いて開放されているバルコニーだけれど、柵に囲まれているから外部から覗き見ることは出来ない様子で、秘密のお茶会にはピッタリな感じだ。
オブラン宰相は仕事に戻ったらしく、三人の他に人はいない。
これで第一関門突破ってところかな?
これ以上様子を見続けていると覗き見というかプライバシー侵害だって気がするので、後はパルレアとシンシアを信じて委ねることにし、さっさと魔法陣から出る。
あそこに罠が張られている可能性はまだ有るので気は抜けないけど、後はお茶会の内容次第というか、ジェルメーヌ王女という人物をパルレアとシンシアがどう判断するかだな。
もしもその結果が『黒もしくは、限り無くグレー』な判定だった時に、パトリック王にどういう風に伝えるかを考えると気が重いけどね・・・
後はシンシアからの連絡があるまで暇つぶしだ。
銀ジョッキの操作台は革袋に預かっているし、操作方法も一通り教えて貰っててあるけど、シンシアからの連絡が来るまで出さなくていいだろう。
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