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第八部:遺跡と遺産
賓客室の円卓
しおりを挟む「本当にそうだとしたら用心深いな...それにしても、転移門一つを抹消するために船ごと数百人を犠牲にするってか? やっぱりエルスカインらしいよ」
「ですね。御兄様、本当に想像通りの転移門があるかどうか、これからアヴァンテュリエ号に見に行きますか?」
「ああ行こう。いまのところは転移門が船内にあるって事からして、タダの推測だしな。無きゃあ無いで別の理由を探さないと」
「これがもし他国の...例えばポルセトやミレーナの仕組んだ陰謀であれば、まだ分かりやすいのですけどね」
「可能性はゼロじゃ無いけど、低いだろうな」
「私もそう思います」
外交関係によっぽどの裏があるってコトも無いとは言えないけど、まあ俺たちとしては、まずエルスカインの関与を疑うべきだろう。
「いずれにしても、さっきの男は本当に金で雇われた下っ端でしょう。あの男が造船所に雇われるように裏で仕向けたという人達も似たようなモノだと思います。黒幕がエルスカインであれ他国であれ、アーブルにいる人々を捕まえて辿り着けることは無いでしょうね」
シンシアも、こういう所の思考回路は魔道士と言うよりも貴族の娘だ。
将来、リンスワルド伯爵家の爵位を継承することになったら、海千山千の貴族達を相手に、権謀術策の渦巻く世界で生き抜いていかなければならないのだろうか?・・・
うーん、そんなの姫様にだって似合わないけど、シンシアに至っては掠りもしないイメージだな!
「だな。ともかく、もう一度アヴァンテュリエ号に行ってみよう」
「はい」
「ヴァレリアン卿とアロイス卿はここにいて頂いていいですよ。それに魔法のことだから、スライとアプレイスも休んでて貰って構わないけど?」
俺がそう言うと、ヴァレリアン卿がおずおずという感じで口を開いた。
「あの、クライス殿、せっかくアーブルに来たこともあり、もしも差し支えがなければ我々は少しばかり外へ出たいのですが、いかがでしょうかな?」
「それは構いませんが...スライ、お二方の防護メダルは?」
「もちろん先日からずっと着けて貰ってる」
「なら大丈夫だろう」
「スライ、良ければお前も一緒に来ぬか?」
「どうしてです父上?」
「教えてなかったか? その、なんだ。セブランとロベールは二人ともこの街におるのだ」
「あぁ、あいつらの所ですか...」
セブランとロベールって、スライの双子の兄だよな。
タチアナ嬢の口利きでどっかの連隊に武官として就職できたって話だったけど、アーブルにいるのか・・・
スライはラクロワ家の屋敷では、双子の兄には俺の正体をバラしてはならないと言ってたけど、もはやルリオンとアーブルの市民の多くが俺たちを見ているのに今さらだ。
それにヴァレリアン卿は素知らぬ顔で『教えてなかったか?』なんてしれっと言ってるけど、あれは絶対にワザと言ってない。
と言うか、スライの前でその二人の名前を口にするのは極力避けてたんだろうって気がする。
あからさまに顔をしかめたスライを、アロイス卿が宥めに掛かった。
「なあスライよ、お前があの二人をどう思っているかは分かっているし、無理もないことだと思う。我にも責任があるしな。ただ、タチアナの婚礼も決まった今は、家族全員でタチアナの新しい門出を祝ってやりたいのだ。お前にも二人と和解して欲しい...」
「和解ねぇ」
「それがタチアナのためだ。なにしろタチアナ本人は、お前ほど二人を嫌っておらんからな」
「アロイス兄さんズルいですよ。僕はそれを言われると弱いですからね」
「無論、知ってて言っている。だが、それがタチアナとアラン殿のためだと我は本気で思っているのだ」
「そうですか...」
「どうだろうかスライ。少しばかり譲歩しては貰えぬか?」
「はぁ...分かりました。僕はあの二人を罵るのも無し、殴るのも無し。でも、仮にアランがあの二人に決闘を申し込んでも、僕は止めませんからね?」
「まあ大丈夫であろう」
「商家の息子だと言っても、アランはガキの頃からずっと騎士団と一緒に僕の鍛錬の相手をしてきてるんです。剣でも拳でも、ひょろっちいセブランとロベールなんか瞬殺ですよ? どうなっても知りませんからね!」
「そこはタチアナが止めるであろうよ」
「でしょうねぇ...まったく、タチアナは優しすぎる...」
へぇー、アラン殿も結構やるんだな。
確かに壮健な男だったけど、『達人』と呼べるスライの練習相手が務まるほどだとは思ってなかった・・・
でもこれってヤバいな、意外に俺も雰囲気に惑わされてるのかも。
もしパトリック王と一緒に会ってなかったら、俺もジャン=ジャック氏を舐めてた可能性が無きにしも非ずだ。
++++++++++
結局、アプレイスを部屋に残してシンシアとパルレアと三人でドックを再訪することになった。
廊下に待ち構えていた家僕の人に、造船所を再訪したい旨を伝えるとすぐに馬車が用意され、またしてもモンシーニ騎士団長直々の護衛を伴って港へ向かう。
なんというか・・・『一般人に護衛されてる勇者ってどうなのよ?』という思いも強いのだけど、せっかくの厚意を無駄にするのも大人げないので、黙って護衛されることにした。
ドックで馬車を降りるとすでにペルラン隊長が待っていて、間を置かずにバロー船長もやって来たので、船の中・・・特に貴賓用の客室などを確認してみたいと伝えると早速案内してくれた。
「ここが王族や大臣と言った、高位の方々が乗船なさった際の客室になります。中でも、そこの続き部屋が一番大きく、フェリクス王子がアルティントに向かわれた際にも、そちらの部屋をお使いになりました」
「その時にフェリクス王子が自分で持ち込んだモノは何か残っていますか? つまり持ち込んでおきながら、下船する時には置き去りにしていった、ということですけれど」
「持ち込まれたものというのは分かりませんが、あの時は王子の要望で出発前に室内をかなり改装致しましたな。その時のしつらえは、そのままとなっております」
ますますコレはアタリの可能性が高いな。
バロー船長とペルラン隊長を廊下に残して、三人で部屋の中へ踏み込んでみると、案の定、大きな丸テーブルが中央に鎮座ましましていた。
「コレって船室の扉を通らないでしょう。どうやって室内に入れたんですか? それとも中で組み立てたとか?」
「船尾楼の窓をいったん全て取り外しまして、そこから吊し入れました」
やっぱりフェリクス元王子って我がまま放題だったんだな・・・
パルレアが俺の肩から浮かび上がると、その円卓に近寄って表面にスッと手を走らせる。
「大あったりー!」
「やっぱりか...」
これで、俺たちの推理が的を射ていたことが分かったが・・・さて、コイツをどうしたものか・・・
「思ったんだけどなパルレア、シンシア。この転移門が生きてることにエルスカインが気が付いたってことは、ココと繋がっている先は今回の一件にとって重要な場所のような気がするんだ」
「そうですね御兄様。放置されているだけの場所だったら気が付かれなかったような気もします。やはり、フェリクス王子がまだ生きていると言うことなのかもしれません」
「そーよねー!」
「ただし用心深いエルスカインですから、自分の本当の拠点にフェリクス王子を転移門で招き入れるような真似は絶対にしなかったでしょう。フェリクス王子は必要以上に秘密を知らせるには...その...愚かすぎるように思えますから」
「そうだろうな。昔から戦争の時には、『本当に恐ろしいのは強靱な敵では無く、身内にいる愚か者だ』って言うからね」
「皮肉ですね...」
「でも、ワカるー!」
「だとすると繋がった先は本拠地じゃ無く、ルースランド王家の離宮の地下にあったような施設じゃ無いかな? 王族用ホムンクルスの製造拠点というか保管場所というか」
そこは恐らくマディアルグ王のホムンクルスを造った場所だ。
そして数百年が経った後、同じ魔導設備を使ってフェリクス王子のホムンクルスも造ったんじゃないだろうか。
「お兄ちゃんそれってさー、マディアルグ王の時代に作られた物ってコト?」
「エルスカインが傀儡政権を造らせるつもりだったならそうだろうね。王は粛正されちゃったけど、跡を継いだメシアン家は獅子の咆哮に気付かなかったから、そのまま寝かせてたんだと思う」
「最近ようやく使う目処が着いたから、そこにフェリクス王子を連れて行って色々なモノを見せ、ホムンクルスになることを承知させたのかもしれませんね?」
ひょっとしたらフェリクス王子は、数百年を超えてそこに保管され続けていたマディアルグ王の『予備のホムンクルス』でも目にしているかも知れない。
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