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第八部:遺跡と遺産
アヴァンテュリエ号
しおりを挟むアヴァンテュリエ号の大きさは分かったのだけど、窓の向こうを覗き込んでいる俺の頭が、さっきから優しい感触を感じ続けている。
「ところで、なにしてるんだシンシア?」
「目の前に御兄様の頭があるので撫でています」
「なんで?」
「そこに御兄様の頭があるからです!」
「あ、そう...ありがとう」
何がどうアリガトウなのか自分でも良く分からないけど、とりあえずそう答えておいた。
たまーに、シンシアって奇行に走るよな・・・
そして、こういう時のパルレアは、いつも知らんふりだ。
馬車はアヴァンテュリエ号のマストを横目に見ながら造船所の敷地へと入っていき、間近まで行って止まった。
外に出ると、作業中のドックの前には昨夜顔合わせした騎士団先鋒隊の面々がずらりと並んでいる。
「お待ちしておりました勇者さま!
「ペルラン隊長お出迎え有り難うございます。昨夜から走り詰めでお疲れでしょうに、そのまま警護まで」
「なんのこれしき。勇者さまのお役に立てるは我らの誇りですぞ」
そういってニカッと笑ってみせる。
なかなか豪快で良い感じの人だ。
顔は全然違うけど、リンスワルド家騎士団のヴァーニル隊長をちょっと思い出す。
ドックではナゼール・バローと名乗ったアヴァンテュリエ号の船長と、部下の航海士たちが俺たちを出迎えてくれた。
「船に上がれますか、バロー船長?」
「もちろんでございます。改修作業の真っ最中ゆえ散らかっておりますが」
「気にしませんよ」
「では、渡し橋の方へどうぞ。足下にお気を付け下さい」
「大きいな、って言うか長いなシンシア!」
「そうですね御兄様。長さで言えば、セイリオス号の五割増しって言う感じがします」
アヴァンテュリエ号は、全長で言えばセイリオス号よりも断然長いのに、前に回ってみると幅はそう変わらない。
つまり船体が細長くてスマート。
いかにも速度が出そうな雰囲気を漂わせている。
「これなら荷物も沢山積めるだろライノ。輸送用には最適じゃねえか?」
「アプレイスが抱えて飛ぶのは厳しそうだぞ」
「満載のコイツを持って飛ぶのはちょっと勘弁だな。って言うか、船で出掛ける度に毎回マストを切り倒す気か?」
「いっそアプレイスが抱えやすいように、折り畳みが出来るマストを発明するとか?」
「ほざけ」
バロー船長に先導されて、ぞろぞろとアヴァンテュリエ号の甲板に上がるが、ドックの水が抜かれているから揺れて不安定っていう事も無い。
「大きな船ですねバロー船長」
「恐縮です勇者さま。サラサスやポルセトでは、この手の大型船をガレオンと呼んでおります」
「へぇー」
「最近のガレオンは前後の楼閣を小型化して更にスマートになっておりますが、アヴァンテュリエ号は初期に作られたガレオンタイプですから、構造はキャラックとそう変わるものではありません」
「なるほど」
「喫水線が長い分だけ積載量も増えておりますので、実用的な速度もキャラックと似たようなモノですな」
数人の騎士と一緒に甲板の前後を見て回ったが、ここまでの所は周辺に怪しい気配やホムンクルスの影は無し、だ。
「自分は先に階下を確認して参ります」
そう言ってペルラン隊長が船内へ入っていく。
「どうだパルレア、なにか気になることはあるか?」
「ぜーんぜん平気かなー」
もっとも昨日の今日で、すでにホムンクルスが紛れ込んでいるようだったら、王宮の中枢部がエルスカインと繋がってると疑わざるを得ないけどね・・・
「よし。だけど俺たちがドックを出た後に仕掛けてくる可能性もあるからな。ここにも害意を弾く結界を張っておこう」
「分かったー」
「俺たちへの敵意もだけど、この船自体をどうこうしようとするヤツも防がないとな?」
「ねー!」
パルレアは頷くと俺の肩から浮かび上がり、恐らくは船体の中心であろう場所に
結界を張った。
船体を中心にした円周内にはドック周辺の作業場も含まれているから、警護の騎士達もまるっと守れるはず・・・しばらくの間はコレで持つだろう。
と、不意にペルラン隊長の大声が船内から響いた。
「何事だっ!」
続いて誰かが叫びながら走り抜ける音が階下から聞こえ、そこにジャラリと騎士達が剣を抜いた金属音が重なる。
一拍の後、船内へ降りるハッチから一人の男が飛び出してきた。
周囲の騎士達は、振る舞いが奇妙だとは言え作業員の男にいきなり斬り付ける訳にも行かず、剣を構えたまま動きかねている。
俺は咄嗟に動きを加速し、呆気にとられている騎士達の間をすり抜けようとする男に足払いを掛けた。
俺たちと男との間にはちょっと距離があったから、騎士達の目には俺が『跳躍』で瞬間移動したかのようにでも見えたかもしれない。
実際は単に、素早く動いただけだけどね・・・
飛び出してきた男は足を引っ掛けられて盛大に転び、我に返った騎士達がそこを素早く取り押さえる。
だが男は暴れるのをやめず、苦しそうにわめき散らすばかりだ。
ホムンクルスの気配はないけど・・・つまり『ここから出せ』って騒いでるよね?
「あー、パルレア、コイツってひょっとして?」
「うん、すっごく害意を船に持って潜り込んでたからさー、急に耐えられなくなった感じじゃなーい?」
「だよなぁ...一般人か」
「御兄様、ホムンクルスではありませんが、一般人と言い切るのも危険かと」
「シンシアの言う通りだな。隊長、コイツを捕縛したままアヴァンテュリエ号と作業場から離れたところに留めておいて下さい。とりあえず、暴れるのをやめるくらいの距離で」
急いでハッチから出てきたペルラン隊長にそう頼むと、四人の騎士が両手両足を抱え込むようにして男を連れ去った。
船から離れるにつれて、男が大人しくなっていくのが分かる。
「あの、勇者さま。あやつは一体何者でございましょうか? まさか勇者さまを狙う者達の配下で?」
「いえ、恐らくずっと前からここで働いてたんじゃないですかね? 俺たちのことは知りもしないかったでしょう。いつから働いているか、監督官に言って調べさせてください」
「畏まりました。それにしても、なぜ急に暴れ出したのでございましょう?」
「先ほどパルレアが、アヴァンテュリエ号に害意を弾く結界を張ったからです。あの男は、この船に対して害をなそうという企みを心に秘めていたので結界の力に弾かれてしまったんですよ。辛くて苦しくて、いても立ってもいられない、そんな感じでしょうね」
「しかし...そうなると勇者さまがここに来る話が出る前から、あやつは害意を持って働いていたと言うことでしょうか?」
俺たちがここに来るのは昨日の午後、急に決まったことだし、それを見越して事前に雇われておく、なんてことは出来ない。
となると、目的はアヴァンテュリエ号そのもの、か・・・
「勇者は無関係でも、サラサスに損害を与えたいというモノはいるのでは?」
「おおっ!」
「ですから、彼が受け持っていた作業の内容を、もう一度詳しくチェックさせた方がいいですよ。何かを仕込んでいた可能性もある」
「承知致しました、すぐに調べさせます!」
ペルラン隊長が即座に指示を出して騎士の一人が走って行くと、程なくして数人の技師や作業監督と思われる人々を連れてきて戻り、みんなでガヤガヤと騒ぎながら船内に降りていった。
初っぱなから、とんだ視察になったな・・・
++++++++++
その後、安全確保という名目でいったん『迎賓館』に連れて行かれた俺たちは、しばらくしてから迎賓館を訪ねてきたペルラン隊長とアヴァンテュリエ号のバロー船長、そして造船所の所長から報告を受けていた。
「勇者さま、あの男は密かにアヴァンテュリエ号への破壊工作を企んでいたとのことです」
「やはり、そうでしたか」
「アヴァンテュリエ号がドックに入った後に船大工としてこの造船所に雇われ、航海中に船が沈むような細工を施している最中だったようですな」
「それは穏やかじゃないですね...」
「仰る通りでございます」
「でも、そんなに早く自白するなんて本職の間諜じゃないでしょう。それとも拷問とかしました?」
「いえ...最初は頑として喋らなかったので騎士達と相談しまして...縛ったままアヴァンテュリエ号に連れて行き、口を割るまで船内に押し込めておくと告げましたら、すぐに喋り始めました」
「あー...そういう」
それって拷問の一種のような気もしなくも無いが・・・まあ、ヨソの国の内政や外交に首を突っ込むつもりも無いから、いいけどね。
「一度口を開いた後はもう堰を切ったようにペラペラと。お陰で彼が職人として雇われるように手を貸していた背後の協力者達もまとめて捕縛できました。本人は金で雇われたと言っておりますが...」
俺がペルラン隊長からの報告に黙って頷くと、並んで立っていたバロー船長が俺に向けて深く頭を垂れた。
「まこと、勇者さまのお陰様で船も乗員も救われました。此度のこと、勇者さまへ感謝の念が耐えませぬ...」
「いえ、偶然の結果ですからね。まあ今回は運が良かったと思ってください」
そんなに深々と頭を下げられると、コッチが焦ってしまうよ!
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