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第八部:遺跡と遺産

出発時の喧噪

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「ほら御兄様、丸い城壁の内側に...『椰子ヤシ』ではありませんけど、木々が生い茂っていて...」
「お?」
「中心部の小山から四方に伸びる道が『交差する二本の剣』、同心円を描いている環状の道が『丸い盾』で、正門と一体化している王宮部分の建物が『湧き出る泉』ですね」

「おぉ。で、城壁に囲まれた全体がオアシスか...」

「はい、『立ち上がる獅子』の姿は地面に描かれていませんけど、地下に埋め込まれている『獅子の咆哮』がそれだと考えれば...『生い茂る椰子の葉に囲まれたオアシスで、いまにも襲いかからんとしている二頭の獅子が左右に立ち上がり、その中で交差した二つの剣と丸盾が、湧き出る泉の上に浮かんでいる』...そんな感じでは?」

なるほど! まさに紋章と同じ配置だぞコレ・・・

「で、紋章だと『冠』クレストの代わりに置かれてる『マディアルグ』っていう綴りが、ちょうど最奥の離宮...王家のプライベート空間に当たってる訳だ。これは偶然のはずないな」

「ですよねですよねっ!」
「凄いぞシンシア、よく見抜いた!」
「はいっ!」

さすがに三度目の『えへっ!』は控えたなシンシア。
シンシアがパルレア風の『可愛子ぶった振る舞い』を身に着けるのは、まだまだ道が遠そうだけど・・・
いや別にそんなもの身に着けなくていいし、むしろ身に着けない方がいいんじゃ無いかな?

それはともかく、この紋章と景観の相似性は不思議な感じもする。

確かに城壁の内側の景観は、紋章にならった配置になっているけど、これをマディアルグ王が自分で見ることが出来たのか?
エルスカインの操るグリフォンの背にでも乗ってない限り、いま俺たちが銀ジョッキで見ているのと同じ光景を見ることは出来ないはずだけど・・・

「ところで三日月は何処だろう?」
「三日月ですか?」
「紋章の方だと天辺の『マディアルグ』って家名の綴りを、向かい合った三日月が囲んでるだろう?」

「あ、本当ですね。なんとなく私は三日月を『家名の括弧書き』みたいに見做してました! 御兄様の仰るように『三日月』だとすると...形が対称的なのは月が太る時と痩せる時の両方でしょうか?」
「だろうね」
「確かに離宮の両側には『三日月』っぽいモノは見当たりませんね...」

とすると、シンシアが言うように単なる『括弧書き』かも知れない。
紋章の図案の一部だったら『三日月』を省く理由が無いけど、『マディアルグ』っていう綴りと一緒に『括弧書き』を省いたのなら納得できるからな。

「やっぱり三日月じゃ無くて単なる『カッコ』の可能性も高いな。モットーを書いてある『巻物』スクロールみたいな定形様式かも知れないし」

「そこはチョット保留ですね御兄様」

「うん。でも城壁内のレイアウトが紋章と一致してるってシンシアが気付いただけでも大収穫だよ。それもヒントに繋がるかも知れない」
「ええ!」
「じゃあ、銀ジョッキはいったん降ろしておこうか」
「ここの外壁にくっ付けておきますか?」

「いや...慰霊碑の上に乗せておいてくれ。あそこなら誰かが触れる心配は無いし、コッソリ誰かが近づいてきた時にシンシアの『泥棒避け結界』で気が付けば、すぐに状況を確認できるからね」

「分かりました!」

シンシアが銀ジョッキを操作して慰霊碑の上に器用に着地させる。
銀ジョッキの視界が黒い壁の方を向いてるから不気味な光景だけど、誰かがコッソリ来るとすれば慰霊碑の裏側である可能性が高いから、これで正解だろう。

ソファで居眠りしているアプレイスを叩き起こしていつも通りに出掛ける仕度をすませ、廊下に出ようと扉を開けると、すでに大勢のメイドさん部隊が待ち構えていた。
ラクロワ家の借りている部屋にも声を掛けて貰い、すぐに部屋から出てきた三人と一緒に正門前へと向かう。

「ところでクライス殿」
「なんでしょうかヴァレリアン卿?」
「先ほどスライから聞いたのですが、儂とアロイスも一緒にアーブルへ連れて行った下さるに当たって、移動には馬車を使わないと?」
「ええ、時間が勿体ないですから」
「そうしますと...例の、アノ方式ですかな?」

ハッキリ『転移門』と口にしないのは、ヴァレリアン卿なりに秘密保持に気を使っているのだろう。
俺たちの前後には露払いの従僕や護衛騎士なんかもいるからね。

「いえ、みんなでアプレイスに乗せて貰いますよ」
「なんと!」
「アーブルまでなんて、チョット話をしてる間に着いちゃいますからね。さすがに向こうに着いてからは歩くか馬車を借りるかになるでしょうけど。ちなみにヴァレリアン卿やアロイス卿は高いところが苦手だったりしますか?」

「儂もアロイスも大丈夫だと思いますが...よもや、自分の人生において、ドラゴン殿の背に乗せて貰える時が来るとは思いもしませんでしたなぁ...なんという感激でしょう!」

以前にも聞いたことがある感じのセリフだ。
アロイス卿も、横でうんうんと頷いてる。

「いや、そりゃあ予想してる人の方がいませんよ? 普通はドラゴンに会ったら死を覚悟しますからね」
「仰る通りですな!」
「違うだろライノ。お前は死を覚悟って言うよりも、俺を殺す覚悟で会いに来たじゃねえか」
「おまっ! それは成り行きだろ...アプレイスが挑んできたんだし、俺は最初から殺そうとなんかしてなかったぞ!?」

「そうですよアプレイスさん。あくまでも御兄様はアプレイスさんと対話しようと訪れたんですからね!」

「あー、まあそうだったかなシンシア殿...まあ仲良くなったんだからいいじゃねえか」
「でも、私と御兄様はあの時、アプレイスさんからブレスの炎を吹きかけられましたよね?」
「まあドラゴン流の挨拶みたいなもんで...」
「全力って感じでしたけど?」
「いやそれはホラ、アレだよ。当時の俺は荒んでたし『勇者対ドラゴン』っていう様式美のカッコ良さがいい感じだったんだよ。ムシャクシャしてやっちゃったけど、いまは反省してるぞ?」

アプレイスが俺にツッコミを入れようとして墓穴を掘った感じだけど、シンシアも言うようになったなあ・・・それこそ、いい感じだ。

「まあアプレイスもシンシアも、その件はジュリアス卿には内緒にしとけよ?」
「あ、はい...」
「お、ぉう。そうだな...」

そんな会話をしつつ露払いの従僕の人の後について歩いて行ったら、扉の開け放たれたホールに出た。
どうやらこっちが俺たちの借りている客間のある棟の本来の玄関らしく、オブラン宰相もそこで待ってくれていたようだ。

それはいいんだけど・・・
扉の向こうに見える中庭にたむろしている人達が大勢いるのは何故に? 

「勇者さま、あまり大袈裟なお見送りはどうかと思っていたのですが、噂を聞きつけて城内の者達が集まって参りましてなぁ...追い払うのもどうかと思ってそのままにしておるのですが、いかがしましょう?」

いや、『いかがしましょう?』って、ここで俺が『追っ払ってください』って言うのも大人げないでしょ。

「そうですか。まあアプレイスがドラゴン姿に戻って飛び上がるのは正門の外に出てからですので、構いませんよ」
「寛大なお心に感謝致します」
「見てるのはいいんですけど、外に出たら観衆が俺たちに近づいてこないように注意しておいて下さい。怪我をされるといけないので」

「はっ、かしこまりました」

玄関から出てきた俺たちを見て綺麗に二つに割れた人垣の間を、好奇の視線を浴びながらも何食わぬ顔で通り抜けていく。
久々に浴びる、『珍しい生き物を見る目』だよ。

さらに城門の前後に整列している騎士達の前を通り、ようやく緩衝地帯の原っぱへ出た。

「今日はホントに不可視にしなくていいんだなライノ?」
「ああ、むしろ姿を見せるのが『アーブルの船が目的地』だって言うデモンストレーションだからね」
「了解だライノ。みんな、ちょい下がっててくれ」

そういってアプレイスは一人でスタスタと芝生の上を歩いて行く。
どういうわけか、いつもよりもかなり遠くまで離れてから、ようやく魔力を開放した。

お定まりの魔力の強風が吹き荒れた後には、威風堂々たる巨大なドラゴン姿のアプレイスが佇んでいて、俺たちの背後で見守る大勢の人達が一斉にどよめいたのが聞こえてくる。
緑の芝生の上で澄み切った陽射しを浴びている黒鉄の鱗が、いつにも増してカッコいい。
やっぱり芝居好きなアプレイスは観客が多いとテンションが上がるのかな?

「いいぜ、じゃあみんな乗ってくれ!」

そう言うとアプレイスは普段と違ってうずくまるような姿勢をとり、背中の立派な翼をぺたんと地面に降ろすように広げた。
どうしたんだろう?

「ライノ、さすがにヴァレリアン卿とアロイス卿に飛び上がれって言うのは酷だろう? 翼の端を踏んで、背中まで歩いて登ってくれればいいさ」
「おお、そうか! 気を使わせて悪いなアプレイス!」
「いいってことよ」

そうか、アプレイスがドラゴン姿に戻る時に、いつもより多めに距離をとったのはこのためだったんだな。
口ではぶっきらぼうなことを言いながら、実は細やかな気配りも出来るドラゴン、それがアプレイスだ。
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