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第八部:遺跡と遺産

スライの疲労感

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事務手続きとか貴族絡みの相談アレコレとか、いくら好きなことじゃないと言っても、スライは知力も知識も豊かで全方位にソツのない男だ。
シャッセル商会の代表を押しつけた時もそうだったけど、口では嫌いだイヤだと言いながらも実際はなんでもサクッとこなしてしまうタイプなのに、今はヤケにげっそりしてる。

「なんか妙にやつれてるぞスライ。困った事でも起きたのか?」

「いやホラさ、サラサス王との会見じゃあ、俺がライノと一緒に王宮に来た揚げ句に、大声で『勇者の友人』って紹介されただろ?」
「ああ」
「あの後、謁見の間にいた上級貴族達というか、いなかった貴族達もだけどよ。俺と兄上のところに押し寄せて、こぞって俺達に嫁さんを斡旋して来やがってんだよ...」

ソファにどっかりと腰を下ろしたスライがウンザリした声を出す。
ありがちというか、目に浮かぶ光景だ。

「どいつもこいつも、ウチの娘はどうだ姪はどうだ孫娘はどうだ、揚げ句に『はとこの妻の姪っ子』はどうだって、ソレもうほとんど他人だろ! 通りすがりの街娘でも連れてくるのと大差ねぇぞ」
「凄いな」
「オマケに口を揃えて『サラサスの貴族が勇者殿のご友人であるのは実に名誉なうんたかんたら』って...親父殿と兄上も一緒にいる手前、上級貴族達をシカトするワケにもいかねぇしなあ、クソ面倒ったらありゃしねえ」

ソレを切り抜けるのは、もの凄く大変だったろう。
スライの場合、それこそ戦場で騎士に包囲されているよりも大変だと感じたかも知れないな・・・

「面倒くせぇから、『公表してないけど実はもう婚約者がいる』とか言って逃げ回ってたんだけどよ、まあ、しつこいしつこい」
「だろうなぁ」
「まったくよぅ...だいたい、あんな上級貴族の娘っこ達に、もう婚約者がいねぇワケねえからな?」
「そうなると、本来の婚約者たちは引っぱがされるのか?」

「もし俺や兄上が婚約話を受ければな。お相手さんだって勇者絡みじゃ文句も言いづれえだろうし...でも恨みは買う。難儀な事だぜ」

そう言ってスライは大きく溜息をつくと天井を仰いだ。

「ああ、じゃあアロイス卿って独身だったんだな。婚約者もいないのか?」

「いたんだけどな、俺が出奔する前に流行り病で急逝しちまったんだよ。あの頃の兄上はそれもあって随分と弱ってた感じでなぁ...」
「そうか、すまん...」
「いいさ。それで兄上はフェリクスとタチアナのコトもちょいと上の空だったね。で、以来、誰とも婚約しなかったそうだ。本人としちゃあタチアナの件の反省もあったんじゃねえかな?」

「かもしれないな」

「それにウチの親父殿は元々が放任主義だからな。本人にその気がないなら無理強いしても仕方ないってコトだろ...爵位を継いだら跡継ぎを作らねぇ訳にも行かねえだろうけど、まぁ兄上は兄上だ。自分がしたいようにするだろうから、どうでもいいがね」
「ともかく今日でスライも子爵になったから、爵位継承後の兄上と並ぶことになるんだな! おめでとう!」

「この野郎、ニヤニヤ面白そうな顔をしやがって...」
「実際に面白い」

「まあ、貴族が嫌だなんて大見得切って出奔しといてよ。十年ぶりに故郷に戻った直後に何をするでも無く、勇者との交友関係だけで叙爵ってのは、ちょっとした喜劇だよな?」
「別にいいじゃないか」
「ハリボテ貴族もいいところだぜ?」
「いや真面目な話、スライがいたからこそ俺たちは『獅子の咆哮』に気づけたし、パトリック王との会見も上手く行った。俺が言うのもなんだけどサラサスに貢献してると思うよ」

「どうだか...だけどよライノ、兄上と並んだってのは違うぜ?」
「え、なんでだ?」

「俺を子爵にすることで親父殿との釣り合いがどうとか陛下が言いだしてよ。で、親父殿は『勇者殿とドラゴン殿を陛下に引き合わせた功績』を讃えて、伯爵になったんだ」
「は?」
「いくら日常的に爵位を大安売りしてるサラサスでも、そんな簡単に爵位を引き上げるとかありえねぇよ普通...もうこの王宮は年中安売りの『爵位の露店市』みたいなモンだ」
「おぉぅ...」

あれか? 
パトリック王を勇者と引き合わせたのは、大きな『戦功』を上げたとかと同じ扱いになるのか?
そりゃスライの言うように『国難に直面して貴族としてやるべきコトをした』って話になるかも知れないが・・・
でもまだ俺はサラサスを救えてないんだけど、いいんだろうか?

「で、明日からアルティントは『ラクロワ伯爵領』だぜ? アランの野郎は腹を抱えて笑うと思うね!」

「ちなみに、なんでアラン殿が笑うんだ?」

「伯爵になったなんて本来は大騒ぎだからな。お祝いで領民達に振る舞いごとをしたり、色々な分野の有力者達を集めてもてなしたりとか、やったらと金が掛かんだよ。ウチみたいな泡沫貴族じゃ、大商家のオベール家あたりに相当な『借り』が出来そうだぜ?」

「あー、そういう...」

活気に満ちたアルティントの街を始め、かなり広い領地を抱えているラクロワ家を泡沫貴族と呼ぶのはさすがにどうかと思うけど、これから色々と大変そうだなスライ・・・なんか俺のせいでゴメン。

++++++++++

しばらくしてシンシアがヒップ島から戻ってくると、小箱から奇妙な円盤を二つ取り出した。
シンシアが持って来るのだから魔道具で有ることは間違いないと思うけど、これまでに見たことが無いタイプだ。
いつの間に造ったんだろう?

「それはなんだいシンシア、これまでに見た覚えがない気がするけど?」

「これはバシュラール家の遺産を応用した新しい魔道具なんです。ヒュドラ対策に必要なモノを探し出したり作り直したりしている時にコレも見つけたのですけど、色々と利用できそうだと思って改造してたんですよ」

「へぇー! で、なに?」

「一言で言うと、人族の転移魔法『橋を架ける転移門ブリッジゲート』を中継する装置ですね」
「中継ってどういう意味?」
「二つの転移門を繋ぎます」
「その心は?」

転移門があれば何処からでも任意の場所に行けるのに、わざわざ間になにかを置く意味はなんだろう?
魔力が足りないことを考慮したステップストーン型の転移門ならともかく、橋を架ける転移門ブリッジゲートの場合は、橋が繋がっている段階でそこへ跳べると確定しているはずだし。
もちろんシンシアが無意味なことをするはずは無いけど、俺には意図が掴めない。

「私たちは必要があればすぐに精霊魔法の転移門を開いて使うことが出来ます。いまのところは隠蔽処理をエルスカインに見破られている兆候もありません」
「ああ」
「ですが、人族の橋を架ける転移門ブリッジゲートを設置するのは、かなり大変です。腕の立つ魔法使いでないと魔法陣の制御を行えません」

「だろうな。お陰でヤツらの転移門がそれほど多くないのは、俺たちにとっては僥倖だよ...」
「ところが、この魔道具を起動すると橋を架ける転移門ブリッジゲートの魔法陣として機能するんですよ。つまり魔法が使えない人もこれを使えば、どこにでも『橋』の出入口を開けるという訳です」

「え、凄いな! って言うか人族の橋を架ける転移門ブリッジゲートで、そんなコト出来んのか!」

「はい。本来の用途は可搬型の転移門だったのだと思います」
「可搬型?」
「バシュラール家の方々はいつでもどこでも転移門が使えるようにと、持ち歩ける転移門魔道具を生み出したのでは無いかと思います。しかも使う時だけ動かすようにしておけば、魔石の消費もメンテナンスの手間も大幅に節約できます」

確かに人族の転移門は魔力の消費も激しいし、使うほどに転移門自体も消耗していくから、魔法使いによる定期的なメンテナンスが必要だ。
使う時だけ展開できる転移門なら、そうしたデメリットを劇的に改善できるだろうな。

「それで、どうしてバシュラール家がそんな魔法と魔道具を生みだしたのか、ちょっと不思議に思ったんですよ」
「え? 魔石を節約できるならメリットあるだろ?」
「ですが御兄様。バシュラール家が権勢を誇っていた時代には、高純度魔石は潤沢にあったんですよ? それこそ『標準魔石』と呼ばれるくらいに...」

「ああ、そうか! 節約する必要が無かったんだ」
「ですです」

あの南部大森林の高純度魔石サイロにも、小石か家畜の飼料みたいに無造作に積み上げられてたもんな。
世間では『超高級品』のはずの高純度魔石を、土木作業のように無造作に掬い続けて、俺もシンシアも最後は作業に飽きてしまうほどだった・・・
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