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第八部:遺跡と遺産

国王の知恵袋

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マディアルグ王は我が子さえ信じない手合いか・・・って、いやいや俺たちもつい最近ソブリンで証拠を目の当たりにしたばかりじゃ無いか! 

我が子を信じないどころか、老いていく自分の身体の『交換部品』として子孫を使い捨ててきた鬼畜の所業を。

「ジャン=ジャック殿、マディアルグ王は家臣も家族も信じていなかったでしょうけど、信じる必要も無かったんだと思いますよ。彼はエルスカインに取り込まれていたんですから」
「ほっほう、つまり?」
「自分一人でずっと生き続けていられるなら、誰かに自分の宝を相続させる必要なんて無いでしょう?」

「は? それって、なにか遠回しな比喩ですかね勇者さま」

「言葉通りですよ。恐らくマディアルグ王はエルスカインから『獅子の咆哮』を渡された前後に、永遠の命を与えると吹き込まれていたでしょう。彼が愚かだったのなら、その言葉を信じていて不思議はないですから」

「永遠の命! それは全く一大事いちだいじ!」

うん、ジャン=ジャック氏は明らかに信じてない。
当然だけどね。

「もちろん戯言たわごとです。でも愚か者は信じてしまう」

「イヤイヤイヤイヤ勇者さま。さすがにソレを信じるのは愚かってレベルじゃないでしょ? 道化師さえも驚きだ」
「永遠の命を得られると、そう信じ込むに足る理由があるからですよ」

「おやまあ、勇者さまったらワタクシをからかってます?」

「切れ者のジェスターをからかう度胸は俺にはないですね。もちろん、よく考えれば『罠』だと気が付くはずだけど、愚か者は目の前のエサに飛びついてしまうもんですよ」
「じゃあ勇者さま、その罠がナニかはともかく、エルスカインがマディアルグ王を取り込んだのは、永遠の命なんかを信じ込んでしまうほど『バカだったから』ってワケだと?」
「身も蓋もないですけど、思い通りに動いてくれさえすればいい駒が、必要以上に賢くても面倒でしょう?」

「おお、勇者さまと意見が合いましたよ。これぞ感動の極み!」

いちいち面倒臭い言い回しをする御仁だけど、相手を苛つかせて本音を引き出す芸風なら仕方ないか・・・
それにしても、いつの間にかジャン=ジャック氏は国王も宰相もほったらかして、俺と直接対話する姿勢になっている。
さすが国王の知恵袋だな。

「して勇者さま、エルスカインが『永遠の命』とやらでマディアルグ王をたぶらかしたのは、一体全体どういうカラクリでございますかな?」

「それはホムンクルスですよ」

「なんですかそれは?」
「ホムンクルス?」
「はて、聞いたことがあるような無いような...」

戸惑う三人に向かって、シンシアが説明の言葉を引き継いだ。

「パトリック王、ホムンクルスとは古代に使われた禁忌の魔法なんです。死んだ人の肉体を素材にして、元の人物と瓜二つな『操り人形』を人工的に錬成出来るのですが、見た目や声は生前の人物と変わらず、知識の無い人に見分けることは難しいでしょうね」
「なんと!」
「恐ろしい所業だな...」
「ああ、ああ、思い出しましたよシンシアさま。そう言えばワタクシも、一部の錬金術師の間で伝承されてるって噂を聞いたことがありましたねぇ!」

「それは単なる噂では無く事実なんですジャン=ジャックさん。いま現在もエルスカインはホムンクルスを使って、様々な悪巧みを進めているのですから」
「しかし操り人形とは...」
「見分けが付かないというのは恐ろしいですな。いやまさか、この王宮内にもいる可能性が?!」
「んー、アタシ達が来た時、この部屋にいた人の中にはホムンクルスはいなかったかなー」
「左様でございますかパルレアさま。ホッと致しました」
「それは良かったな!」

いったん緊張しかけたオブラン宰相とパトリック国王が安堵する。

「でもさー、他の場所は分かんないケド?」
「うっ。それは仰る通りでございますなパルレアさま...」

「しかもホムンクルスを錬成する際に、死人では無く生きている人を素材にすれば、魂を移し替えてさらに本物と同じ存在を作り出すことも出来ます。『永遠の命』という罠は、そのことなんです」

「ではシンシアさま、ホムンクルスと言うのは永遠に滅びぬ存在なのですか?」

「いえ、そうではありません。ホムンクルスの肉体も人と同じように老いてゆきます。だからこそ普通の人族と見分けも付かないわけですが...」
「なるほど」
「ですが、老いて肉体が限界を迎える前に新しい身体を用意して魂を移し替えれば、見た目を変えながらも『中身だけ』を延命させ続けていくことが出来ます。それを繰り返せば、擬似的には永遠に生き続けられるはず、という訳ですね」

「ホッホーっ!」
「おおぅっ...」

「うーむ、その誘いを受ければ断るのは難しいであろう...人は自分の命に対して執着するものであるからな」

パトリック国王の言葉にオブラン宰相も黙って頷く。
二人とも黙ったままだけど、きっと自分の家臣たちの中にいる『その誘いを断れなさそうな人物が誰か』を思い浮かべているに違いない。
だが、その沈黙を破ったのは、やっぱりジャン=ジャック氏だった。

「陛下も宰相殿もバカなんですか?」

うわぁ、ダイレクトかつ歯に衣着せぬとはこのことだ!
激烈な言葉を言い放ったジャン=ジャック氏は、遠慮のカケラもなく蔑むような目を自分の国王と宰相に向けている。

「いま、シンシアさまは『はず』って言ったでしょう? 要は永遠の命も確定じゃないって事ですよ。ねぇ、仮に宰相殿がエルスカインって魔法使いの力でホムンクルスになったとして、それが元の宰相殿『ご自身そのまま』だって誰が保証してくれるんです?」
「なっ!」
「あ...」
「しかもホムンクルスの肉体も老いるんでしょ。で、死ぬ前に作り替えなきゃいけないのに、新しい身体を造って魂を移し替えるなんてコトが出来るのはエルスカインだけ...だから絶対に逆らえない。でしょ、シンシアさま?」

「その通りですねジャン=ジャックさん。自分で自分の魂を扱うことは不可能ですから。エルスカインに魂の移し替えをやって貰えなければ、そこで滅びます」

「ほーら! ソレって、まるっきりエルスカインの奴隷になるのと同じじゃないですか? 永遠の命って、つまり永遠に奴隷として生きながらえるってコトでしょ。まさか陛下や宰相殿は、自分から進んで『永遠の奴隷』になりたいって思うんですかねぇ?」

「そ、そうか...確かにそうだな」

「さっき勇者さまが『罠』だって...ちゃんと考えれば罠に気が付くって言ったのはそーいう意味ですよ? ちゃんと考えてくださいよ。まったく王様と宰相がこんなんで大丈夫かな、この国?」

なんて言うか、容赦ないよな・・・
でも、容赦は無いけど、実際それに見合うだけの冴えた頭を持っている人だ。

「まあそう責めるなジャン=ジャック...儂らが過ちそうな時はお主が諭してくれるであろう?」

「そりゃ、いつか陛下のご機嫌を損ねて頭と胴が離れるまではね!」
「良く言うわい」
「ともかく陛下、アホのマディアルグ王がエルスカインに逆らえないようにされてたっていうのは、コレじゃないですか?」

「そうであったか...」

「パトリック王、俺たちも同じように考えていますよ。それに彼がホムンクルスにされていた証拠もある」
「ほう、証拠とは?」
「マディアルグ王が断罪されて処刑された後、その遺体は残らずに消えたんじゃないですか?」
「まさにその通りですぞ!」

「それは呪いなんかじゃありません。本当の人族とは違って人工的に造られたホムンクルスの体は死んだ後は土くれに還って消えるんです。つまり、死んでから遺体が蒸発して消えたなら、そいつはホムンクルスだったってコトですね」

「なるほど...そんな秘密が...」

「ですが、その断罪の時に王子の遺体は残ってたとも聞きましたが、それは事実ですか?」
「ええ。王子は埋葬されてますな」
「だったら、その王子はマディアルグ王にとって『肉体の予備』だったのかもしれませんね」
「は?」
「ホムンクルスの体が老いた時には、密かに王子を殺して、その遺体を使ったホムンクルスを新しく造る。それから自分の魂を王子そっくりのホムンクルスに移して貰えば、人知れず延命できるって訳です」

「我が子を? 殺して?...乗り移るとでも言うのですか?!」

「そうです。見た目はその時点の年齢の王子と変わらない...だから直前に後継者に指名しておくとか、病気を理由に王位を禅譲しておくとかすれば、周囲の人には普通に親から子へ代替わりしたようにしか見えないでしょう」

「恐ろしい...いや、おぞましい...」

パトリック王が心底ゲンナリした顔を見せた。
これが、正常な人族の反応だよ。
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