上 下
684 / 912
第八部:遺跡と遺産

マリタンの解釈

しおりを挟む

シンシアの表情が憂鬱に沈む。
バシュラール家の中だけならともかくも、そんな危険物が世界中に拡散してた可能性があると考えれば無理も無いけど。

「しかも、先日のヴィオデボラでのように不注意や事故で毒ガスが漏洩したとかでは無く、殺戮兵器として使える状態で保管されていたとするなら尚更ですよね」

「ねー、お兄ちゃんがソレを『使える状態』だって思ったのはどーして?」

「ああ、言い忘れてたけど、その王家の谷って場所...ぐるりと巨大な円形の城壁で囲まれた内側には、ただの一つもちびっ子の姿が見当たらなかったんだよ」
「えーっ!」
「城壁の外にはわずかながらちびっ子が見えたから、偶然では無く城壁の内側に入ってきてないんだ。ちびっ子たちが厭がるナニカがそこにあるってコトだろ?」
「きっと、そーね...」
「だから今でもあそこには、なにか人々を屠ろうとする意志とか、それに準ずるものが息づいてると思うんだよ」

「なるほど...御姉様、ちびっ子さん達が厭がるモノって言うと、濁った魔力とか邪念の澱みとか、そういうモノですよね?」

「うん、俗に『穢れ』なんて呼んだりもするけどねー」
「ケガレか...暗い意志、負の感情、壊したり汚したりする衝動...そんな感じだよな?」
「そーゆー類いがポピュラーかな?」

「その円形城壁が作られたのは、恐らく四百年前の大戦争の前後だ。魂魄霊レイスが留まりそうな暗い地下洞窟とかならともかく、あんな明けっ広げな、陽の光が燦々さんさんと降り注ぐような場所に、そんなものが四百年も留まり続けるハズは無いよ」
「御兄様、ではどうして?」
「つまりそれが...殺戮の意志から漏れ出る仄暗い情念が...今も産み出され続けてるってコトだろう?」

「それは!...」

古代の魔導技術の粋が注ぎ込まれているヴィオデボラや、悪の権化のようなエルスカインの管理下にある様々な魔道装置の類いが今も動き続けていることは、まあ理解も納得も出来る。
だけど、ほぼ四百年間も忘れられていただけのような魔導兵器が、いまも『臨戦態勢』を保ったまま起動されるのを待ってると言うのは、ちょっと不気味すぎるよな・・・

「俺にはライノが言ってる『ちびっ子精霊』って言うのは良く見えないんだけど、ただ、あの辺りの土地って魔力そのものは普通だぜシンシア殿。上空をぐるりと飛んでも実際に王家の谷の地面に降り立っても、妙な感じはしなかったからな」

「では、アプレイスさんの感覚ではおかしな処はなにも無かったのですか?」
「いや、そういう訳じゃ無いんだシンシア殿」
「と、言いますと...」
「降り立った時にはどうと言うことも無かった。だけどな、ライノが『今日は戻ろう』って言い出した時に、なぜかホッとしたんだよな...」

「早く帰りたかったのね? 寝不足だったのドラゴン?」

「あのなあ...でもマリタン、俺たちドラゴンにとって『怖い』と感じるものは滅多にない。痛みを恐れて用心することはあっても、相手その物を怖いと感じることは滅多にないんだ」
「ゼロじゃ無いでしょ?」
「そりゃね。まぁ俺にとって怖いと言えば、ライノの熱魔法で背中の上で煮炊きされるとかだな」
「いつのネタだよアプレイス! 古い、古すぎるよ!」
「ありましたね、そんなこと」
「いや冗談はともかくな、アレって最初は俺もライノ自身も気が付いてなかったじゃねえか? で、シンシア殿から熱魔法の説明を受けてゾッとした」

「悪かったってば...」

「そうじゃなくってさライノ、『ゾッとした』って感覚は、知らずに怖い物から逃れたとか、偶然出会わずに済んだとか思った時にも生じる気持ちだろ? 俺は帰ろうと言われた時に何故かホッとした。で、王家の谷から飛び立った後には何故かゾッとしたんだよ」
「まさかアプレイス、それってギリギリで逃れたとか、そんな感じか?」

「ああ、それが何かって言われても説明できないけどな」
「おおぅ...」

俺はいまゾッとしているぞアプレイス。
王家の谷に降りても、普通の感覚ではおかしなコトはなにも感じなかった。
でも精霊の視界で周囲を見渡した時に『ちびっ子』が一つもいないことに気が付いて、なんだか居たたまれないって言うか落ち着かない気分になったんだよな・・・

あのまま、慰霊碑の側に居続けたとしたら、なにか良くないことが起きていたのだろうか?

「いやな感じだな。俺もアプレイスも気が付けないような方法で、誰かに狙われてたって事か?」
「そこまでは言わねえけど、思い返すと妙に不安な感じだったな」

「ねぇ兄者殿、そこの凝結壁って一枚岩みたいな感じだったのよね?」

「そうだよマリタン。小山の一部をバッサリ縦に切り落としたみたいな感じでさ、その断面が凝結壁で覆われてるみたいな、そんな感じだ」
「でしたら御兄様、山中の道によくある『切り通し』の片面みたいな感じですね?」
「おお、まさにそれそれ!」
「切り通しってなんだいシンシア殿?」

「山を削って道を通す手法の一つですよアプレイスさん。道幅分だけ真っ直ぐに山を削ってしまうんです。ただし穴を掘ってトンネルにするのでは無くて開放状態で掘削していきますから、道が開通した後には両側に壁というか、山の断面の形で低い崖が出来ています」
「なるほど」
「兄者殿、で、その岩壁は、円形になった城壁の中心点に置かれてるのよね?」
「そうだよなアプレイス?」

「大体な。上空から見下ろした感覚的には、城壁の円の中心は小山の天辺だと思う。で、慰霊碑の建ってる場所が、さっきシンシア殿が言ってた『切り通し』で削られる前の小山のへりさ」
「その岩壁はどちらに向いてるの?」
「王宮側、つまり城壁の玄関側だな。ルリオンの街や防衛陣地の方を向いてるとも言えるけどね」
「入口からの道も真っ直ぐだよな。俺たちは歩いてないけど」

「そう...」
「何に気が付いたんだマリタン?」

「兄者殿やドラゴンが嫌な気分になった理由は『情念』の類いじゃ無いかも知れないわ」
「ほう?」
「仮説なのよ?...でも、もし『王家の谷』に古代の魔導技術が使われているとしたらね、周囲のモノを検出するために魔力波が使われている可能性があると思うのよね」

「モノを検出?」

「そうね...大雑把に言うと、ごく弱い魔力の波を周囲に向けて放出するのよ。普通の人なら感じ取れないくらいに薄らと、弱くね。でも物凄く弱くて薄い魔力波だから、途中でナニカにぶつかったらそこで途切れたり、向きが変わったりしちゃうわけ」

「ダメじゃねえか?」

「いいえドラゴン、それでいいのよ。そうして乱れた微小な魔力波を測定すれば、周囲にどれくらいの群衆がいるかとか、障害物があるかとか、それらが動いてるか止まってるかとか、そういうことが分かるってワケね」

「そりゃ予想外に凄いな!」
「マリタン...」
「なぁに兄者殿?」
「まさかソレも生活魔法だなんて言わないよな?」

「あら、立派な生活魔法よ? この検出魔法を使えば真っ暗な闇の中でも明かりを灯さずに行動できるの」
「どんな生活習慣だよソレ?」

鍵開けだの、変装だの、埋設物の探知だの、挙げ句に暗闇でも行動できる検出魔法だと?
もう古代人の日常生活ってのは盗賊と変わらない気がしてきた!

「ともかく...俺が落ち着かない気分になったり、アプレイスがあの場所を離れてホッとというかゾッとしたりしたのは、その『微小な魔力波』を浴びてたからってコトなのか?」
「ワタシの仮説通りなら、たぶんそうね」
「じゃー、ちびっ子たちが城壁の内側にいないのも、ソレを浴びるのを嫌ってたってことだろーねー」
「ええ姉者殿。ワタシもそう思うわ」

「問題はマリタンの言う、その『検出魔法』がなんのために使われているのかってことだな。まあ、近づいてくる敵をってことだろうけど」

「でもライノ、そんな面倒な魔道具を置かなくても、敵がどれくらいの軍勢で向かって来たかなんて、誰かが見てれば分かるんじゃねえかな?」
「それもそうだ」
「いいえ兄者殿、見張りだけじゃなくて調整のためでもあるんじゃないかしらね?」

「調整って、何をだい?」

「これも完全な推測なのだけど、敵の数に合わせて『獅子の咆哮』...毒ガスの吐息の噴出量とか方向とかを調整するのかもしれないわ」
「有り得るなマリタン...」
「生き物みたいに、自分で相手に会わせた調整をやる兵器ってことか? まったく人族の執念は凄いぜ」

執念で済ませていい事なのかどうか・・・
それほどまでに人族を過激な同族争いに駆り立てる根源がなんなのかを、知りたいような知りたくないようなって感じだな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新人神様のまったり天界生活

源 玄輝
ファンタジー
死後、異世界の神に召喚された主人公、長田 壮一郎。 「異世界で勇者をやってほしい」 「お断りします」 「じゃあ代わりに神様やって。これ決定事項」 「・・・え?」 神に頼まれ異世界の勇者として生まれ変わるはずが、どういうわけか異世界の神になることに!? 新人神様ソウとして右も左もわからない神様生活が今始まる! ソウより前に異世界転生した人達のおかげで大きな戦争が無い比較的平和な下界にはなったものの信仰が薄れてしまい、実はピンチな状態。 果たしてソウは新人神様として消滅せずに済むのでしょうか。 一方で異世界の人なので人らしい生活を望み、天使達の住む空間で住民達と交流しながら料理をしたり風呂に入ったり、時にはイチャイチャしたりそんなまったりとした天界生活を満喫します。 まったりゆるい、異世界天界スローライフ神様生活開始です!

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜

I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。 レベル、ステータス、その他もろもろ 最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。 彼の役目は異世界の危機を救うこと。 異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。 彼はそんな人生で何よりも 人との別れの連続が辛かった。 だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。 しかし、彼は自分の強さを強すぎる が故に、隠しきることができない。 そしてまた、この異世界でも、 服部隼人の強さが人々にばれていく のだった。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

ダンジョン菌にまみれた、様々なクエストが提示されるこの現実世界で、【クエスト簡略化】スキルを手にした俺は最強のスレイヤーを目指す

名無し
ファンタジー
 ダンジョン菌が人間や物をダンジョン化させてしまう世界。ワクチンを打てば誰もがスレイヤーになる権利を与えられ、強化用のクエストを受けられるようになる。  しかし、ワクチン接種で稀に発生する、最初から能力の高いエリート種でなければクエストの攻略は難しく、一般人の佐嶋康介はスレイヤーになることを諦めていたが、仕事の帰りにコンビニエンスストアに立ち寄ったことで運命が変わることになる。

底辺男のミセカタ 〜ゴミスキルのせいで蔑まれていた俺はスキル『反射』を手に入れて憎い奴らに魅せつける〜

筋肉重太郎
ファンタジー
俺は……最底辺だ。 2040年、世界に突如として、スキル、と呼ばれる能力が発現する。 どんどん良くなっていく生活。 いくつもの世界問題の改善。 世界は更により良くなっていく………はずだった。 主人公 田中伸太はスキルを"一応"持っている一般人……いや、底辺男であった。 運動も勉学も平均以下、スキルすら弱過ぎるものであった。平均以上にできると言ったらゲームぐらいのものである。 だが、周りは違った。 周りから尊敬の眼差しを受け続ける幼馴染、その周りにいる"勝ち組"と言える奴ら。 なんで俺だけ強くなれない………… なんで俺だけ頭が良くなれない………… 周りからは、無能力者なんて言う不名誉なあだ名もつけられ、昔から目立ちたがりだった伸太はどんどん卑屈になっていく。 友達も増えて、さらに強くなっていく幼馴染に強い劣等感も覚え、いじめまで出始めたその時、伸太の心に1つの感情が芽生える。 それは…… 復讐心。

処理中です...