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第七部:古き者たちの都
アロイス卿
しおりを挟むスライの伝手で無事にオービニエ造船所に資材調達を依頼し、全員でいったんヒップ島に戻ってから五日後・・・ヒュドラ対策の研究に没頭しているシンシア達女性陣と、昼寝にいそしんでいるアプレイスを島に残して、俺達は再びアルティントの街へ跳んだ。
アプレイスは造船所を見たがるかと思ったのだけど、『いま船を作っている最中ではない』と知った途端に興味を失ったらしい。
いいけど。
今はまだアルティントの街中に転移門を開いていないから、前回と同じ手順を踏んで郊外で馬車を出し、市壁を抜けてオービニエ造船所へ向かう。
例によって門番の誰何もなおざりだ。
もう少し街の様子が分かってきたら直接転移門で行き来出来るようにしても良いのだけど、パーキンス船長やスミスさんも連れてくる必要性が有る以上は、俺達だけで行動するときのように『不可視結界頼り』っていうのも憚られるからね。
それに造船所の周囲は土地が開けすぎていて、何処から誰に見られているか分かった物じゃないし・・・
ともかく造船所にオービニエ氏を訪ねて、応接間で手配の進捗状況なんかを聞く。
現在のところ部材の調達や新規作成は順調なようで、新色塗料の大量製作も街の練金工房が二つ返事で請け負ってくれたそうだ。
それに懸案だった『ガフセール』用の帆布も、まっさらな新品を用意出来そうだと言う。
縫帆手のションティさんの負担が圧倒的に軽くなるし、なにより、ションティさんが一人でチクチクと帆を縫い直すのと、人数のいる工房で新たに造って貰えるのとでは、それこそ製作スピードが十倍以上違ってもおかしくないからありがたい。
そんなこんなをオービニエ氏と話し込んでいると、不意に誰かが造船所の敷地の中に入ってくる気配が伝わってきた。
この気配だと馬車じゃなくて騎馬だな、それも数騎いる。
スライも同時に気がついたらしく、ちょっとだけ眉をひそめた後で俺に目配せしてくる。
先日スライと話している最中にドルトーヘン街のインメル代官代行のことを思い出していたので、ちょっと警戒したくなる気分だ。
まあ、今回は下衆な連中の目を引き付けがちな姫さまやレミンちゃんもいないし、いきなり危険な奴がここに来たりはしないだろうけど・・・だとするとスライ関係かな?
少し待っていると、慌ただしい足音に続いて応接間の扉が勢い良く開かれ、貴族風の男性が入ってきた。
「アロイス様...」
突然闖入して来た男性を見てオービニエ氏が呟く。
予想通りだな。
その男性は、奥のソファに座っているスライの顔を見るなり叫んだ。
「スライかっ!」
怒りとか攻撃的な声色ではないから、これって本人確認か?
呼ばれた当のスライは慌てもせず、首を少しかしげて男性の方を見やる。
「やあ、久しぶりだねアロイス兄さん」
「何を悠長な! スライ、一体これまで何処で何をしていたのだ?」
「アチラコチラで色々、かな」
「ともかく無事で何よりだが...」
「兄さんこそ元気そうで何よりです」
「ふざけないでくれスライ。お前が急に姿を消して、みんながどれほど心配したと思ってるんだ!」
「みんな? へぇ、ホントにそうかな?」
スライが含みの有る返事を返すと、アロイスと呼ばれた貴族男性は怒るのではなく、ぐっと言葉に詰まる様子を見せた。
「なあスライよ、お前がわが家の空気を嫌っていたのは知っている。それについては俺自身にも思うところが有るし、あの頃のお前にもすまなかったと思っている。だが我々は家族だろう?」
「家族だからこそ、では?」
「問答はいいから、とにかく一度屋敷の方に来てくれ。そこでゆっくり話そう」
「アロイス兄さん、僕がここにいるのは別に実家に顔を見せに来たとか、生まれ故郷に帰ってきたとか、そういう理由じゃないんですよ」
「しかし...」
「いま僕らが必要としている事にアルティントの造船所がピッタリだったから、オービニエさんに会いに来ただけなんです。用事が済んだら街を出るし、僕らの事は放っておいて貰えませんか?」
「お前がこの街にいる事を知っていながら、私達にそんなことを出来る訳がないだろう?」
「だけど僕としては、家の誰かと会いたい訳じゃないからね」
「スライ、私に向かって礼儀正しくしろなんて言う気はない。が、せめて父上には最低限の礼儀を払っても良いのではないか?」
「そうですか? いま礼儀を逸しているのはアロイス兄さんの方では?」
スライがそう言うと、彼はハッとした表情を見せた。
まるでたった今、この部屋にスライ以外の人物達がいる事に気が付いたかのようだ。
「これはとんだ失礼を...何分にも慌てていた物で、取り乱していた事をお許し願いたい。私はこの地の領主を務めるラクロワ子爵家の嫡男、アロイス・グラニエ・ラクロワと申す。して、我が弟スライと同道されている皆様方は?」
「俺はスライの友人で、ミルシュラント公国から来たライノ・クライスと言います。どうぞよろしく。ちなみにこちらの二人は、スライが代表を務める商会の持ち船『セイリオス号』の乗組員で、船長のクリフトン・パーキンス氏と船大工のキーラン・スミス氏です」
「船長のクリフトン・パーキンスでございます」
「船大工のキーラン・スミスでございます」
「なんと。スライが代表を務める商会と仰いましたか?」
「雇われ会頭だけどね。まあ色々有って、そういう事になってるんだよ兄さん」
「ほう?」
「それとあらかじめ言っておくけどライノは本当の身分を隠しているし、それを明かす事は絶対に無い」
「なに、どういう意味だ?」
「問い質してもいけない。ただ、どんなことが有ろうと敵対しちゃいけない相手だって事は理解しておいて欲しいな。でないと、長いラクロワ家の歴史が幕を閉じるからね?」
スライが飄々とした調子でトンデモナイ事を口走った物だから、アロイス卿が目を見開いて俺の方を向く。
「話をややこしくしないでくれよスライ。いまのはまるで脅し文句のように聞こえたぞ」
「事実だろ?」
「あのなぁ...ともかくラクロワ卿、俺はそんな大した人物じゃありませんから気にしないで下さい」
「じゃあ僕は、アロイス兄さんがどう振る舞おうと気に留めない事にするよ」
アロイス卿は、どう答えていいか悩んでいるようだったが、ふぅっと大きく息を吐くと、スライではなく俺に向かって言葉を発した。
「正直に申し上げて皆様の事はよく分かりませんが、スライは嘘つきではありません。クライス殿が敬意を表すべき相手だとスライが言うのなら、本当にそうなのでしょう。ぜひ皆様もスライと一緒に当家の屋敷にいらして頂けないでしょうか?」
おっと、そう来る?
うーん、どうしたものか・・・積極的に訪問したい理由は無いけど、さりとて絶対拒否って程のことでもないからなあ。
どのみち、セイリオス号の改修資材が揃うまではアルティントに何度も来る事になるのだしね。
「僕はどっちでもいいさ。ライノが決めてくれ」
あれ? この言い方ってチョット投げやりな口調だけど、その実『絶対行きたくない』と強く主張してる訳でもないよな・・・
「スライ、俺は友人の家の事情に首を突っ込む気はないんだけど?」
「そんなこと誰も求めないさ」
「そうか。ならまあ理由はどうあれ、今回の訪問がスライにとって十年ぶりだかの帰郷だって事は事実だろ?」
「そりゃあね...」
「なあ。スライが実家には行きたくないって言うなら俺は尊重するけど、本当にどっちでも良いって言うのなら、一度くらいは家族に顔を見せに行ってもバチは当たらないんじゃないか? せっかくの機会なんだから」
俺がそう言うとスライはちょっと眉をあげて見せ、同時にアロイス卿が俺に向けて微かに会釈する。
「...分かったよ。じゃあ久しぶりに生家に顔を出してみるかな」
予想通り、スライも元々そこまで強情を張るつもりはなかったみたいだし、ちょっとだけアロイス卿に嫌みを言いたかったとか勿体ぶりたかったとか、まあ、そんなところかな?
俺の『役どころ』は渋るスライの背中を押すって事で正解だったようだ。
「でもアロイス兄さん、僕らは長居をする気はないからね?」
「ああ、無理に引き止めたりはしないぞ。だがスライが顔を見せてくれればみんな喜ぶ」
「だと良いけど?」
アロイス卿の口ぶりもスライとの間に微妙な距離感を感じさせるものだし、スライの言い回しも皮肉っぽいから、過去、出奔に至った経緯が色々とあるのだろう。
少なくとも姫さまが言ってたような、何不自由なく育った良家のぼんぼんが単純に冒険に憧れて旅だった・・・なんて話ではなさそうな気がする。
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